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(クルド問題についての緊急レポート)PKK勢力はなぜクルディスタン自治政府住民投票に反対したのか

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049763

2017年10月

はじめに

トルコにおいてクルドの独立を掲げて武装闘争を行ってきたことで知られるクルディスタン労働者党(PKK、トルコおよび欧米でテロ組織に認定)とその影響下にある人民民主党(HDP)は、イラクのクルディスタン地域政府(KRG)による住民投票に異を唱えてきた。これらPKK勢力は、同様の目標を掲げるKRGの独立への動きになぜ反対したのか。直接の契機は、PKKのシリアにおける事実上の下部組織が勢力を拡大、全クルド地域での主導権を巡りKRGのマスード・バルザーニ大統領と確執していることにある(PKKの事実上の下部組織とは、民主統一党〔PYD〕とその軍事部門である人民防衛隊〔YPG〕である)。

ただしPKKとバルザーニ大統領との確執はすでにシリア内戦前から起きている。その理由は第1に、バルザーニ大統領がこれまでトルコと協調的な関係にあり、トルコによるKRG領内でのPKK攻撃も容認してきたことである。第2に、バルザーニ大統領は部族主義に依拠する政治体制を続けてきたが、これに対し、PKKは元々マルクス主義で反部族主義だったのに加え、近年は国家よりも地域共同体を重視する立場になっていることである。本稿では第2の理由、すなわちPKKの近年のイデオロギーと組織化戦略を概観し、それらのトルコやシリアでの有効性を考察する。

写真:PKKにより爆破された警察署での現場検証、ディヤルバクル、2016年

PKKにより爆破された警察署での現場検証、ディヤルバクル、2016年
住民投票反対の根拠

住民投票へのPKK勢力の反対は、PKKがKRG領内のスレイマニエに組織したクルディスタン自由社会運動(TCAK)の共同副党首タラ・ヒセン1、PKK執行委員のドゥラン・カルカン2、テロ組織を支持したとの理由で拘束中のセラハッティン・デミルタシュHDP共同党首により投票前に3、投票後にはPKK執行委員のムラット・カラユランにより表明された4。これらに共通しているのは、クルドの民族自決権を正当な権利として擁護したうえで、住民投票という方法と時期がいずれも間違っているという主張である。反対の論拠はふたつにまとめられる。

第1に、住民投票が、バルザーニ大統領が現在の非民主的体制を維持するために試みられたことである。議会は3年間閉鎖された状態で、大統領の延長された任期は今年に終了するがそれをさらに延長することが狙われていること(ヒセン、カルカン、デミルタシュ)、暴力装置である国家の建設よりも、住民レベルの自治の拡充が先決であること(カルカン)が主張された。

第2に、住民投票について合意が無かったことである。政党間の合意に基づいて独立のための手続きを踏むべきであること(ヒセン、デミルタシュ、カラユラン)、議会無視が民族宗派間の対立をもたらしかねないこと(ヒセン)、クルド内での合意無しに一方的に住民投票を行ったことが、トルコに介入の機会を与えたこと(カラユラン)などの批判が表明された。

すなわちPKK勢力は、バルザーニ大統領がクルド民族主義を利用して個人支配を維持しクルドの盟主となることに、民主主義と合意形成の必要を理由に異を唱えた。そもそもバルザーニ大統領は、これまでトルコと協調的な関係にあった。バルザーニは北イラクのクルド部族を基盤とする二大政党の一方であるクルディスタン民主党(KDP)の党首で、もうひとつの政党はPUKである。湾岸戦争後の1992年に北イラクで実質的な自治が始まったものの、両党は1994年に内戦状態になった。

クルディスタン愛国者連合(PUK)がイランやPKKと連携したのに対し、KDPは北イラクでのトルコ軍の駐留やPKK追撃、さらには軍事キャンプ設置も容認、トルコの対PKK作戦を支えてきた5。他方トルコは、トルコ内クルドの間でも人気のあるバルザーニ大統領との間に良好な関係を築くことで、PKKの影響力を削ぐことを狙った。そのためPKKとバルザーニの間には対抗関係が存在していたわけだが6、住民主体の民主主義というPKKの主張は、PKK勢力の近年のイデオロギーおよび組織的変質をも反映している。

独立国家建設から民主的自治へ

PKK党首のアブドゥッラー・オジャランは1999年にトルコ当局に拘束され無期禁固刑に服して以降、クルドによる独立国家建設ではなくクルドの住民共同体を基盤とする自治を主張するようになった。これに応じてPKKはトルコのクルド地域で2005年以降、自治組織を結成し始めた。2007年には議会の役割を果たす民主社会会議(KCD)が、頂上組織としてクルディスタン共同体同盟(KCK)が設立された。2012年に結党されたHDPも民主的自治を掲げた。

この戦略転換は、オジャラン拘束とトルコ軍の圧倒的優位性という現実に対応していた。オジャランは、獄中から解放されるためにはイデオロギーの穏健化しか道は無い状況で、獄中の読書を通じてその思想を変質させたのである7。国家として独立が無理でもクルド地域において自治を獲得できればPKKにとって実質的な成果になる。また住民自治は民主主義原則にもかなうため正統性を主張できる。ただし実際には、自治組織とはPKKが上から組織した階層構造になっていた。それはトルコ国家の中に住民自治の名の下にPKK組織を浸透させる方法で、漸進的かつ現実的な戦略だった。

他方、トルコの公正発展党(AKP)政権も、クルド地域での政治基盤を強化しPKKのテロを抑えるために、2009年以降、対クルド自由化やオスロでの秘密和平交渉を試みた。オスロ交渉は相互信頼不足などにより2011年に失敗に終わったが、交渉の事実がイスラム系組織であるギュレン派によりインターネット上に暴露されると、エルドアンはPKKとの和平交渉を継続すると言明し、いわば公開での和平過程が2013年に始まった。和平過程は一時的には戦闘の無い状態をもたらし、特にクルド地域で住民から強く支持されたが、PKKのトルコ領内からの撤退はあまり進まなかった。しかもPKKはこの間、停戦状態を利用して武器備蓄や地雷埋設などを行い、予想される和平過程崩壊に備えていた。

クルド地域での武装自治

PKK勢力の民主的自治の主張は、実際には武装自治として実現した。2014年秋、シリアのクルド地域のコバニへのイスラム国(IS)による攻撃に対し、PYD/YPGが都市ゲリラ戦で勝利した。PKKはその成功をトルコのクルド地域(しかもコバニに近い地域)で再現することを試み、PKKの若者組織による武装抗議運動を展開、イスラム系クルド組織との衝突を起こした。これは和平過程にも影を投げかけた。同過程の修復はトルコ政府とPKK勢力の代表が関与した2015年2月のドルマバフチェ声明で試みられたものの、総選挙を控えてAKP票が野党の民族主義政党に流れていることを懸念したエルドアン大統領が同声明に3月に反対したことで崩壊に近づいた。

AKPが過半数を失った2015年6月総選挙後の7月、クルド系市民団体の集会を狙ったISの自爆テロが起きると、これに対する報復かのようにPKK系若者が警官を暗殺、さらにトルコ政府が大規模なPKK掃討作戦を開始したことで和平過程は崩壊した。8月以降はクルド地域のHDP市政があちこちで自治を宣言し始め、民主社会会議(DTK)は2015年12月の大会で自治を決議した。さらにPKKの若者組織がクルド地域で塹壕戦による都市蜂起を起こすが、トルコ軍により鎮圧された。クルド地域市民の多くは塹壕戦開始前に都市を脱出したが、取り残された市民が犠牲となった。

2016年5月まで続いたこの塹壕戦は一般市民を強制的に戦闘に巻き込んだことで、トルコ政府とともにPKKがクルド地域でも強い批判を受けた。他方、クルド地域以外でもPKKはその急進的分派を装うクルディスタン解放の鷹(TAK)を使って軍部や警察を狙った都市部テロを実行したため、PKK関連の犠牲者は急増した(図1)。2015年以降のPKKによるテロ再開、特に民間人をも巻き添えにした都市部テロについて、HDP指導者がPKKを非難しなかったことは、同党への世論の反発を招いた8

表1 PKK関連の戦闘・テロに伴う死者数(1989-2016年)

表1 PKK関連の戦闘・テロに伴う死者数(1989-2016年)

(出所)Sundberg, Ralph, and Erik Melander, "Introducing the UCDP Georeferenced Event Daaset,"
Journal of Peace Research, Vol.50, No.4, 2013, pp. 523-532. データセットは以下のサイトからアクセス可能。http://www.pcr.uu.se/research/ucdp/datasets/
(注)pkkによる攻撃(テロを含む)またはpkkに対するトルコ国軍の攻撃に伴うpkk戦闘員、トルコ軍、民間人の死者数。
2016年はTAKに関連した死者数を含む。
おわりに

住民投票へのPKK勢力の反対は、PKKのバルザーニ大統領(およびKDP)との確執とともに、PKKの近年のイデオロギー転換を反映している。しかし民主的自治というPKKの新たなイデオロギーは、実際には階層的に統制される共同体組織をもたらした。同時に、それまで山岳部で展開されていたPKKの闘争は、都市部に舞台を移し、しかも住民を巻き込み多くの犠牲者を伴うものに変質した。このような統制的自治組織がシリアにおけるPYD/YPG支配下でも定着しつつあることは、最近PKKがPYDの穏健派指導者サリフ・ムスリムやアスィア・アブドゥラーを解任したことからも読み取れる。住民投票に対するPKK勢力の批判は、自称民主的自治のトルコでの実践からすると空虚に響く。

                                   (脱稿日:2017年10月14日)

著者プロフィール

間寧(はざまやすし)。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。Ph.D. (Political Science). 博士(政治学)。最近の著書に"Economic and corruption voting in a predominant party system: The case of Turkey," Acta Politica, 2017, advance online publication, 「浸透と排除——トルコにおけるクーデタ未遂とその後」(『アジ研ワールド・トレンド』2017年3月号),"Legislative agenda setting by a delegative democracy: omnibus bills in the Turkish parliamentary system," coauthored with Seref Iba, Turkish Studies 18(2), June 2017など。

書籍:Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies

写真の出典

By Nedim Yılmaz [CC BY-SA 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons.

脚注
  1. ヒセンはPKKの公式見解として声明を読み上げた。2017年8月16日付報道。http://tr.zer.news/2017/08/pkk-kurdistan-bagimsizlik-referandumu-resmi-aciklama.html
  2. 2017年8月22日付報道。http://www.rudaw.net/mobile/turkish/kurdistan/220820171
    PKK’li Kalkan: Referandum yapılamaz
  3. 2017年9月17日付報道。http://www.cumhuriyet.com.tr/haber/siyaset/825675/Demirtas_tan_referandum_yazisi__Barzani_elestirileri_dikkate_almali.html
  4. 2017年10月2日付報道。http://www.rojnews.org/tr/haber/13542/karayilan-referandum-kurtlerin-ic-meselesidir-saldiri-olursa-seyirci-kalmayiz.html
  5. http://www.washingtoninstitute.org/policy-analysis/view/turkeys-military-presence-in-iraq-a-complex-strategic-deterrent
  6. ただしバルザーニはトルコとの対抗上、裏でPKKを庇護することもあったと元治安担当者は指摘している。http://www.milliyet.com.tr/yazarlar/nihat-ali-ozcan/pkk-pyd-irak-ve-suriye-2530023/
  7. Leezenberg, Michiel. "The Ambiguities of Democratic Autonomy: The Kurdish Movement in Turkey and Rojava." Southeast European and Black Sea Studies, 2016, vol. 16, no. 4, 671-90.
  8. その後治安措置が強化されたことで都市部におけるPKKのテロは収まったものの、クルド地域において危険な状態は続いている。