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バングラデシュ:政治体制の権威主義化と「テロとの戦い」
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049522
2014年1月、バングラデシュ民族主義党(Bangladesh Nationalist Party: BNP)をはじめとする野党がボイコットするなか第10回国民議会選挙が行われ、シェイク・ハシナ首相の率いる与党アワミ連盟(Awami League: AL)が3分の2を超える議席を獲得して政権を維持した。与野党の間にこのような決定的な亀裂が生じたのは、2011年5月に最高裁判所が非政党選挙管理政府(Non-Party Care-taker Government: NCG)制度を違憲とする判決を出したのに乗じて、AL政権がNCG制度に関する条項を憲法から削除する憲法第15次改正を行ったためである1。
総選挙で「勝利」して以降、AL政権の権威主義化が急速に進行しており、「1975年に一党制を導入したALの前歴を考えると、バングラデシュが再び同じ方向へ進んでいくのではないかという懸念が高まっている」(Riaz 2014, 128)との見方まで出ている。具体的には、ALによる事実上の一党支配のもとで、野党勢力に対する徹底した弾圧、各地での市長選挙および市議会議員選挙をめぐる不正疑惑、メディアへの圧力をはじめとする言論の自由の抑圧、規制強化を通してのNGO活動への介入などが、一段と顕著になってきている(詳細については、2014年以降の『アジア動向年報』の関連項目を参照)。
さらに、バングラデシュで近年活発化しているイスラム過激派によるテロ活動も、政治体制の権威主義化という文脈のなかで理解する必要がある。2016年7月1日に首都ダッカの高級住宅街にあるレストランで発生したイスラム過激派によるテロ事件では、日本人7名を含む20名の民間人が犠牲となり、事件直後にはイスラム国(Islamic State: IS)が自らの犯行であることを明らかにした。また、この事件に先立つ2年ほどの間にイスラム過激派によると見られる犯行によって、反イスラム原理主義のブロガー、ヒンドゥー教徒やキリスト教徒などのマイノリティ、大学教員、外国人(日本人1名を含む)など合わせて49名が殺害され、これらの事件の多くについて、ISやアルカイーダを自称する組織が犯行声明を出していた。ところが、バングラデシュ政府は「ISやアルカイーダの組織は国内に存在しない」という姿勢を崩そうとしない一方、一連のテロ事件はバングラデシュ聖戦士団(Jamaat-ul-Mujahideen Bangladesh: JMB)などの国内組織の犯行であるとして、これを口実にBNPとイスラム協会(Jamaat-e-Islami: JI)を中心とする反対勢力への弾圧をさらに強めている。
例えば、2016年7月1日にダッカで発生したテロ事件の直前には、11,000人以上もの逮捕者を出す大規模な「テロリストの取り締まり」が行われたが、その真の目的は野党(特にBNP)を弾圧することにあるのではないかと非難の声が上がっていた2。民主主義制度が脆弱な国々では、腐敗の蔓延、政府機関の機能不全、逆効果に終わるような治安対策などの要因が、テロ事件の頻発を招いているだけでなく、テロ対策を名目にした政府による反対勢力の弾圧が広く行われているといわれる(Freedom House 2015, 3-4)。この指摘は、政治体制の権威主義化とイスラム過激派によるテロ活動の活発化が同時進行しているバングラデシュの現状を的確に捉えているといえる。
なお、バングラデシュにおけるイスラム過激派によるテロ活動の活発化について考える際には、近隣の南アジア諸国の動向も視野に入れておく必要がある。隣接するインドとミャンマーとの間には、それぞれ移民問題を長年抱えているし、インド人民党(Bhartya Janata Party: BJP)政権下でヒンドゥー至上主義勢力が台頭するインドでは、イスラム教徒が迫害と直接的な暴力の脅威にさらされている3。こうした問題が今後さらに悪化していった場合、イスラム過激派によるテロ活動が刺激される(そして、それがヒンドゥー至上主義勢力などをさらに刺激して、宗教対立の悪循環が生まれる)ような事態が十分起こりえるのである。
参考文献
- アジア経済研究所『アジア動向年報』(各年版)。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Asia/Db/bangladesh.html - 佐藤宏 2016. 「バングラデシュのイスラム過激派テロ事件—その衝撃と背景」『季論21』第34号 93-99。
- 湊一樹 2016. 「バングラデシュの民主主義の不安定性—非政党選挙管理政府制度をめぐる対立を中心に」川中豪編『発展途上国における民主主義の危機』調査研究報告書、アジア経済研究所、2016年。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/2015/pdf/C05_ch3.pdf - Ahsan, Syed Badrul. 2016. "Fear and Loathing in Dhaka." The Indian Express , 24 June.
http://indianexpress.com/article/opinion/columns/bangladesh-arrests-islamist-militants-sheikh-hasina-2872082/ - Freedom House. 2015. Freedom in the World 2015 . Washington D. C.: Freedom House.
https://www.freedomhouse.org/sites/default/files/01152015_FIW_2015_final.pdf - Riaz, Ali. 2014. "Bangladesh's Failed Election." Journal of Democracy 25(2): 119-130.
脚 注
- NCG制度とは、政治的に中立な暫定政権のもとで自由で公正な選挙を円滑に実施することを目的として、1990年12月の民主化後に導入された制度のことである。NCG制度に関する憲法の規定、同制度の導入から廃止までの経緯、同制度が政党間の争いの焦点となった政治的背景などについては、湊(2016)を参照。
- ダッカでのテロ事件の背景とISの関与の可能性については、佐藤 (2016)を参照。その直前に行われた「テロリストの取り締まり」については、Ahsan (2016)および "Round up the Usual Suspects." The Economist , 18 June 2016を参照。
- 実際、ISの広報誌『ダービク』(第14号)に掲載されたインタビュー記事のなかで、バングラデシュのIS指導者を名乗る人物は、イスラム教徒を抑圧してきたとして、ミャンマーの仏教徒とインドのヒンドゥー教徒を十把一絡げにして罵っている。