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2015年11月トルコ総選挙:議会過半数を取り戻した公正発展党政権

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049669

2015年11月

2015年11月1月のトルコの「再」総選挙で与党公正発展党(AKP)は49.5%の得票率で317議席を獲得、前回6月7日総選挙で失っていた議会過半数支配を回復した(図1)。与党の勝利宣言直後からアフメット・ダウトール首相やオメル・チェリック官房長官は、大統領制導入の意思を公言している。ただし大統領制導入のための憲法改正に必要な議会5分の3に当たる330議席に与党は13議席欠いている。今回の選挙結果は、短期的には政治的不確実性を軽減したものの、長期的には大統領制導入を巡る与野党及び国民の間の対立、さらには制度変更を待たずとも執行大統領制を既成事実化してきたエルドアン大統領の経済政策への介入が強まる懸念も生じている。ここでは選挙結果の要因を概観し、今後のトルコ政治経済を展望する。

          図 1 2015年11月総選挙結果による議席配分(過半数議席は276)

図 1 2015年11月総選挙結果による議席配分(過半数議席は276)

出所:最高選挙委員会ホームページ( http://www.ysk.gov.tr )のデータより筆者作成。


与党の勝因

与党得票率が6月総選挙時のそれから9パーセントポイントも上昇したのは、端的に言って6月総選挙での過半数割れの原因を克服したことによるところが大きい。第1に、前回総選挙の争点が大統領制導入の是非になり、与党支持者の間でも大統領制に反対する立場の有権者は棄権ないし(イデオロギー的にAKPに近い)民族主義行動党(MHP)支持に回った。大統領制導入は前回選挙と同様に選挙公約に含まれていたが、今回総選挙ではエルドアン大統領が選挙戦中に大統領制導入を求める遊説をしなかったため、与党への票が大統領制導入につながるとの懸念はなかった。今回総選挙直後のIPSOSによる世論調査結果によれば、今回総選挙でAKPに投票した人のうち前回総選挙でもAKPに投票していたのは72%で、残りの28%の半分近い12%の人は棄権していた1。すなわち、AKP復活の最大の要因はAKP支持者を以下で見るような党組織のフル稼働により投票させたことだった。これによりAKPは国政選挙で達成した自己最高記録に並ぶ得票率を獲得した(図2)。AKPは2011年総選挙で(議会過半数議席を3回連続して確保したことで)いわゆる一党優位制を確立した。その支持者はAKPに不満があっても他党に流れるよりはむしろ棄権を選ぶことは、現在の一党優位制の耐久性を示唆している。

           図 2 AKP得票率(%)

図 2 AKP得票率(%)


出所:最高選挙委員会ホームページ( http://www.ysk.gov.tr )のデータより筆者作成。
注:(*)は統一地方選挙、それ以外は総選挙。2015(1)は6月、2015(2)は11月。

第2に、前回総選挙ではエルドアンはダウトール首相が作成したAKP国会議員候補者リストを、自らに近い人物などが含まれたものに差し替えさせるなどして候補者選定に深くかかわり選挙活動でのAKP組織の戦意が低下した。今回総選挙戦ではダウトール首相は党大会を繰り上げ開催して党執行部を刷新して選挙組織を再活性化、実績のある候補を野党との競合選挙区に立てて前回失った議席を奪回した。特に重要なのは、党規約による国会議員4選禁止規定を今回総選挙に限り適用を除外したことである(その趣旨は前回総選挙から5カ月しか経っていないため、もし前回総選挙での当選を「当選」扱いすると、前回総選挙までに2回当選していた議員は「3回当選」となり、今回総選挙に出馬できなくなるのを防ぐことだった。しかしいわばどさくさ紛れで、前回総選挙までにすでに3選されていたため前回総選挙で候補になれなかった人物も適用除外の対象となった。そのうちトルコの経済改革を主導してきたアリ・ババジャン、国会議長をも務めたジェミル・チチェック、インフラ整備で知られるビナリ・ユルドゥルム元運輸通信相、クルディスタン労働者党(PKK)との和平交渉の中心だったベシル・アタライ元副首相など有力閣僚経験者を含む24名が候補となり1名を除いて当選した。

第3に、前回総選挙では野党、特に共和人民党(CHP)が年金支給額引き上げなど経済公約で有権者の歓心を買ったのに対し、与党は当初、実績を列挙することに力点を置き、財政を縛る公約には慎重だった。それが今回は最低賃金や年金の引き上げを初めとする多くの経済公約を並べ(CHPからは公約真似の批判を受けた)、それが一定の期待を集めたとみられる。

与党が教訓を実践したのに対し、野党への期待はしぼんだ。前回総選挙で与党過半数割れ後に野党が代替政権を提示できなかったことは、有権者の単独政権志向を強めた。前回総選挙で旋風を巻き起こしたのはクルド系の人民の民主党(HDP)だったが、大統領制導入が争点から落ちたことで、(AKPと最も競合する)HDPへの戦略的投票の意識は弱まっていた。加えて、7月にトルコ南部のシリア国境沿いのスルチュでのクルド系市民団体を狙ったIS(イスラム国)自爆テロが起きるとその責任をトルコ政府に求めたPKKが(約2年間の停戦の後に)テロを再開した。これに対し、HDPがテロを認めないという態度を当初は示さなかったこと、国民全体を代表するという前回総選挙での同党のメッセージが影を潜めたこと、クルド地域でHDPが自治を宣言したことなどは同党支持票の一部を離反させた。もちろん、政府がPKKに対する掃討作戦を目的として南東アナトリアの多くの地域に外出禁止令を施行して経済封鎖状態をもたらし、市街地での銃撃で民間人も犠牲になる状況で、住民が政治的安定を求めたこと、同時にHDPの選挙活動が著しく制約されたことも勘案されなければならない。

今後の政治経済的展開

総選挙勝利後、大統領制は再び与党の主要な政策課題に浮上した。与党は(前国会で実現できなかった)広範な憲法改正を野党に呼びかけ、大統領制導入もその一部と位置づけている。野党としては民主化を目的としている以上、憲法改正協議には応じるが、大統領制については抵抗すると予想される。前国会での憲法改正協議でも与野党は主要な改正点で一致していたが大統領制で対立したために改正は実現しなかった。また世論も従来から3割程度しか大統領制導入を支持していない。もし大統領制導入を広範な憲法改正に盛り込むことが出来なければ、エルドアンを中心とする大統領府は、現状の事実上の執行型大統領制を強化していくだろう。

経済に関しては、ダウトール首相が経済界の求めてきた構造改革というよりは分配重視の政策を100日で策定することを総選挙後に表明した。ただしその中でも最低賃金の1000リラから1300リラへの引き上げとそれに伴う他の従業員の賃上げは企業収益を圧迫するためダウトールは法人税控除などの措置を検討している。総選挙前にはババジャン前副首相は最低賃金の1300リラへの引き上げはあくまでも政府の提案で、実際の金額は政労使交渉で決まり、財政支出も考えていないと述べていたが、総選挙後の動きはババジャンやメフメット・シムシェク財務相らの財政規律派の考えとは異なった進展を示している。市場関係者は両氏が新政権で入閣するかどうかに大きな関心を抱いている。

他方、対外的にはトルコの立場は今回総選挙以前から強まってきている。EUへのシリア難民流入を抑制するためEUはトルコに対し10月、30億ユーロの援助(当初提示された5億ユーロからトルコの要求で増額)、トルコのEU加盟交渉凍結項目のうち5項目を凍結解除、シェンゲン協定による移動自由地域へのトルコ国民のビザ無しアクセスを早ければ来年に実現することを約束した。また米国は、対IS戦略でトルコがより積極的に貢献する代わりに、(シリア内クルド勢力だがトルコのPKKと姉妹組織である)民主統一党(PYD)への米国支持へのトルコ側の強い反対に配慮する姿勢に転じている。これまでトルコにおける権威主義化とエルドアンの越権行為を批判してきたEUと米国は、エルドアン大統領を実質的交渉相手にしている。トルコの対外的立場の好転はエルドアン大統領の影響力を強化する形でトルコ内政に反映している。

(地域研究センター中東研究グループ長 2015年11月16日脱稿)

脚注
  1. トルコ全81県の有権者に対する電話を用いた面接調査(N=1614)。IPSOS Sosyal Araştırmalar Enstitüsü, 1 Kasım 2015 Genel Seçim Sandık Sonrası Araştırması, 4 Kasım 2015 (http://www.arastirmakutuphanesi.com/wp-content/uploads/2015/11/Ipsos_SandıkSonrası_Bulgular_Gorseller_04112015_CNN_FinalDosya.pdf)
参考