IDEスクエア

世界を見る眼

初の中台首脳会談の背景と意義

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049537

2015年11月

11月7日、台湾の馬英九総統はシンガポールを訪れ、中国とシンガポールとの国交樹立25周年を記念行事のために同国訪れていた中国の習近平国家主席と会談した。台湾では両者の名前からこの会談を「馬習会」(以下、馬習会談)と呼んでいる1。馬英九総統、習近平国家主席は互いの職名に触れず、相手を男性に対して用いる「先生」(日本語の「さん」)と呼んだ。台湾では野党が会談の実施について、「本当の意味で、対等になっていない」「台湾人民の選択肢を狭めるものだ」として批判した。蔡英文民進党主席は「双方のリーダーが会談することには反対しない」としつつ、「対等、公開および透明性、政治的な前提を設けないことが必要である」と馬英九総統を牽制する発言をした2。また、台湾の世論調査でも今回の会談を評価する声よりも、批判する声の方が大きい。そのため、今回の会談は与党である中国国民党(以下、国民党)にとって、来年の総統選挙や立法委員選挙での逆風となる恐れもある。そもそも、こうした中台首脳会談について、馬英九政権はアジア太平洋経済協力(APEC)の首脳会議に合わせて行うことで、野党や世論の懸念を打ち消すつもりのはずであった。しかし、今回の馬習会談は中国とシンガポールの国交樹立25周年記念行事の開催という台湾側にとって屈辱とも思えるタイミング、場所で行ったようにも思える。本稿では初の中台首脳会談までの経緯と台湾世論の反応を紹介し、また、その意義や今後の展望について考察する。

中国側の提案で実現した馬習会談

11月3日の深夜、台湾では突如、馬英九総統が中国の習近平国家主席と会談を行うとのスクープを自由時報が報道した3。同夜のうちに、総統府は7日に両首脳による馬習会談が行われることを認めた。今回の首脳会談を知っていたのは総統府および国家安全会議の高官、行政院長、大陸委員会主任委員などのほか、事前にアメリカへの説明を行った外交部長も含まれる。

一方、朱立倫党主席や王金平立法院長など与党幹部は会談の見通しがあることすら知らされていなかった。朱立倫党主席は選挙を最優先し、しばしば馬英九総統の政策を批判している。また、王金平立法院長は中国とのサービス協定の審議を棚上げし、ひまわり学生運動の際も独断でその要求を受け入れるなど、事実上馬英九政権の対中国接近を妨害してきたため、いまだに馬英九総統から敵視されている。むしろ、今回の会談は、2014年12月の統一地方選挙の敗北で党主席を引責辞任し、与党の立法委員(議員)に対する締め付けの手段を失った馬英九総統にとって、唯一残しうる「歴史的な業績」であった。

馬英九総統が中国側との首脳会談に言及したのは、2013年8月である。馬英九総統は「2014年に中国で開催されるAPEC首脳会議に合わせて、中国を訪問し、同会議に出席し、中国の習近平国家主席と会談する」との3点セットを政策目標として掲げた。そのうえで、習近平国家主席から台湾のTPP参加の容認やRCEP参加への協力を取り付けることで、外交成果としようとした。

しかし、会談後の11月9日、馬英九総統は首脳会談のアイデアが中国側から提案されたものだったことを明らかにした4。これは財界が設けた賞の受賞者らと面会した際、「残り任期が半年という段階で、なぜ『馬習会談』を行ったのか」と疑問を投げかけられたため、馬英九総統が「実際は2年間温めた案件だ」と返答した中で明らかにされた。

また、今回のタイミングでの首脳会談実現も中国側が意欲を示したものだったという。夏言明大陸委員会主任委員は11月4日の記者会見で、10月中旬の訪中時に14日に中台関係閣僚会談の終了後の「おしゃべり」のなかで、中国の張志軍国務院台湾事務弁公室主任から馬習会談の実施について打診を受けたと述べた。その際、夏言明はフィリピンでのAPEC開催時の実施を主張した。しかし、中国はこれを拒否したうえで、その他の第三国での実施を打診してきた。そこで、夏言明が開催地としてシンガポールを挙げた所、張志軍は前向きな態度を示し、双方が「持ち帰って検討する」ことになったという5。後述するように、台湾側は今年3月の時点でシンガポール側に協力する意向があることを確認済みであった。

この「おしゃべり」が行われたのは14日晩の珠江クルーズであった。これは2日前の12日に急遽、予定が設定されたものであった6。つまり、実際には部外者に内容が漏れにくい船上での臨時会談として組まれた可能性がある。この張志軍による第三国での実施の提案は習近平国家主席の意向が働いており、中国側も馬英九総統との日程を最優先し、それに合わせてシンガポールでの日程を組んだ7。また、中国国内では日程の決定前に馬習会談が「一つの中国」原則から逸脱しない旨を説明し、胡錦濤や江沢民ら歴代指導者から同意を取り付けたほか、中国共産党中央委員および委員候補にも説明が行われたとの報道もある8。中国側にとっても、今回の会談は敏感な問題を避けて行う必要があったと思われる。

その意味で、中国がAPEC首脳会議での実現を拒んだのは、自然な選択であった。APECでは主権国家も、いわゆる「地域」も同じ、経済実体と位置付けられているため、台湾も中国と同じ正式メンバーである。毎年、台湾の総統にもAPEC首脳会議主催「メンバー」から招待状が送られている。しかし、実際は台湾側がそれをあえて辞退し、総統の代理を派遣するのが「慣例」とされている。そして、台湾の総統代理の人選についても、受け入れ国の了解が必要である。事実上、受け入れ国は中国の意向にも留意せざるを得えない状況であり、中国が反対すれば実現しない。過去、陳水扁政権の時代に、台湾は李元蔟・元副総統や王金平立法院長をAPEC首脳会議に派遣しようとしたが、受け入れ国や中国に阻まれてきた。台湾の国家要職経験者の派遣が実現したのは、馬英九政権が発足した2008年の連戦・元副総統の派遣が初めてであった。

もし、APEC首脳会議に現役の総統が出席するということであれば、画期的な外交成果として評価された可能性もある。しかし、中国は台湾と政治分野での交渉、協定の締結を望んでいる。2014年2月に台湾の王郁埼大陸委員会主任委員が訪中し、中国の張志軍国務院台湾事務弁公室主任と中台の関係閣僚による初の公式会談が行われた。この際、台湾側は馬英九総統の訪中、APEC出席、馬習会談の3点セットの実現を主張したのに対して、中国側は「平和協定」の交渉を求めていた。しかし、台湾では野党や台湾独立派、あるいは国民党に批判的な学者を中心に「中国が真に対等な地位を認めるわけがない」との疑念から、「平和協定」が「統一協定」あるいは「投降協定」になると危惧する声が大きい。馬英九総統は2011年に中国との「平和協定」の締結を目指したいと発言したものの、世論の強い反発を受けて、事実上撤回を余儀なくされた。また、2014年のひまわり学生運動が世論の支持を受けたのも、サービス貿易の自由化に対してだけではなく、馬英九政権が政治分野の交渉に入り、台湾が中国に取り込まれる結果になるとの危惧が世論に大きかったためであった。いずれにせよ、中国にとって「一つの中国」原則から逸脱しないという保証が与えられなければ、APECの場を借りた首脳会談は受け入れられないと思われる。

なお、2015年2月には張顯耀・元大陸委員会副主任委員が「台湾政府内では(台湾が実効支配する福建省の)金門島での馬習会談の実現が検討されていた。その場合、過去の対立と将来の平和を象徴する意味で、(中国軍が撃ち込んだ砲弾を材料にした)金門包丁を習近平に記念品として贈呈することも決まっていた」と暴露した。総統府はこれを否定したが、これ自体は台湾にとって必ずしも悪い話でない。むしろ、習近平国家主席にとって、台湾を訪問すれば中華民国の存在を認めたことになる恐れがあり、安易に受け入れられなかったと思われる。ただし、次のステップとして、習近平国家主席の訪台実現を期待する声や報道も見られる。

いずれにせよ、台湾と中国がそれぞれ、首脳会議の実現を目指す背景には異なる目論見が存在していた。今回の首脳会談は双方がこうした目論見を棚上げしたことで実現したものといえる。ただし、このことが後述するように、会談の中身を新鮮味に欠けたものとしたことも否めない。

シンガポールでの会談実現の意味と問題点

APECでの首脳会談が不可能であるため、中国の習近平国家主席が他国に外遊するタイミングを見計らう以外に選択肢がなかったと思われる。通常なら国家元首の受け入れでは事前に予定が組まれており、受け入れ国側が積極的に調整に応じなければ、新たな予定を挟み込むことは困難である。さらに、今回のように中台首脳会談の予定が漏洩することを防ぐ必要もある。そうした問題を解決するべく協力を求められる国は少ない。

しかし、シンガポールは台湾や中国にとって特別な存在であった。同国は1993年に台湾の辜振甫海峡交流基金会董事長と、中国の汪道涵海峡関係協会会長による対話窓口機関トップ会談を初めて実現させた場所でもある。シンガポールのリー・クアンユー首相(当時、今年死去)は台湾、中国双方にパイプを持つと同時に、彼や多くの同国民が中国系の血統を引くため、中台関係への関心も高い。特にリー・クアンユー首相と台湾の蒋経国総統は盟友に近い関係であり、シンガポールは長年、同国軍の訓練を海外で行ってきたが、台湾もその受け入れ先の一つである。また、蒋経国は晩年、中国が改革開放路線に舵を切り、台湾側に交渉や経済社会交流を求めてきたことについて、リー・クアンユーにアドバイスを求めたこともある。表向き語られることが少ないが、台湾の「中華民国」とシンガポールにはかつて存続を危ぶまれた華人国家という共通点がこうした協力関係の背景にあると思われる。

馬英九総統と習近平国家主席の会談についても、シンガポールは協力に前向きであったという。中国側が2013年に馬習会談の意向を台湾に伝えた直後にも、シンガポールが仲介役を引き受ける用意があり、馬英九総統がその準備のため、中南米とアメリカ訪問の際にシンガポールを電撃訪問する可能性があったとの報道もある。今回の首脳会談については、リー・クアンユー死去を弔問するため馬英九総統が今年3月にシンガポールを訪問した際、リー・シェンロン首相が非公式な会談に応じ、その協力に同意したといわれる9。馬習会談後、リー・シェンロン首相は馬英九総統との非公式会談を行い、その写真をフェイスブックにアップロードした。これに対して、馬英九総統は「あなたと父上なしに、両岸関係の平和的発展はなかった」と謝意を示す返信をした10

ただし、シンガポールとの関係に対する見方や感情は、台湾の与野党で異なっている。シンガポールは1990年に中国と国交を樹立した。もともとシンガポールは、双方とも国交を持たなかったが、東南アジアの中で中国との国交樹立が遅れていたインドネシアに遠慮していたにすぎなかった。その意味で、シンガポールは台湾に無条件に友好的だったわけでない。そうであるがゆえに、台湾と中国の仲介ができたことも事実である。

しかし、李登輝・元総統や野党民進党は、馬英九総統のようにシンガポール首脳との親密な関係を維持しておらず、むしろ、感情的にしこりが残っている可能性が高い。1990年代、台湾とシンガポールの間には亀裂が生じ始めた。台湾の李登輝総統が民主化を進め、同時に中国との経済交流を解禁し、窓口機関を通した対話を始める。しかし、中国は李登輝総統の台湾人としてのアイデンティティーの強さを疑い、政治的に対立を深める場面が見られた。リー・クアンユーはこうした台湾の民主化と、それに伴う中華民国の台湾化に好意的でなかった。特に、李登輝総統が民主主義の普遍性を主張し、欧米に民主化の成果をアピールしたことは、「アジア的価値」を重視するリー・クアンユーとの意見対立を深刻化させ、途中から両首脳の交流も途絶えた。

民進党の陳水扁政権は当初、リー・クアンユーやシンガポールとの関係を重視した。しかし、陳水扁政権が独立色を強めると、シンガポール側がその動きを批判するようになる。特に2004年にはシンガポールのジョージ・ヨー外相が国連総会でわざわざ「一つの中国原則」を支持する発言を行った。これに反発した台湾の陳唐山外交部長は「鼻くそのような国が、中国に媚びへつらっている」などシンガポール側を罵った。陳唐山外交部長は後日に「表現に品がなかった」と謝罪したが、それでも「シンガポールへの批判は撤回しない」とわざわざ断った。また、陳水扁総統とリー・クアンユーとの交流も途絶えてしまう。こうした経緯もあり、台湾では野党民進党の支持者や独立派の間には「シンガポールは中国の味方であり、台湾を軽視している」という見方が強い。

そのシンガポールが台湾の地位を損ないかねない中台首脳会談のホストになるということは、台湾国内でマイナスの印象を与えかねない。さらに、中国とシンガポールの国交樹立25周年のため習近平国家主席が同国を訪問するタイミングで中台首脳会談の実現は、台湾の世論の印象を悪化させる要因になりうる。特に、民進党への支持や馬英九政権の親中ぶりに批判が高まっている中では、今回の会談とシンガポール訪問が政権や国民党への反感という「火」に注ぐ油となるリスクもあった。

確かにシンガポールは中台関係において、歴史的に縁の多い国である。しかし、今日、それを肯定的に受け止めるのは国民党やその支持者に多いと思われる。台湾では政治的な立場によって評価が大きく異なる事柄が多く、シンガポールとの関係もその一つとなっている。

新鮮味に欠けた会談、払拭できない懸念

また、「歴史的な業績」である首脳会談そのものについても、各方面からプラスの評価を受けるとは限らない。台湾の場合、中国が「台湾は中国の一部」としている。この中国は台湾に対して「『中国』とは中華人民共和国をさすのではなく、より大きな枠組み」としているが、国際社会では「中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の政府」という二面的な言い方をしている。そのため、台湾では野党である民進党などが「中国との関係について本当に対等であるのか、慎重であるべき」と主張し、与党である国民党もその点を確認することを度々表明してきた。そして、国民党側は中国との間で互いの関係について「一つの中国、それぞれが解釈(表明)する」(一個中國,各自表述)との「92年コンセンサス」11が存在すると述べてきた。つまり、台湾側が「中華民国」を名乗ることは中国も承知済みであるから、対等なのだと主張してきた。台湾独立派の中には「『中華民国』でも我慢できない」という人もいるが、民進党は「本当にそのようなコンセンサスが存在するのなら良い」としつつ、「中国が承知したという証拠がない」と国民党側の説明に疑惑を示してきた。

今回の会談では、こうした台湾の野党や台湾独立派の疑念を払拭する材料は見当たらなかった。例えば、「一つの中国」や「92年コンセンサス」という文言ばかりが強調され、国民党が存在を主張してきた「各々が解釈(表明)」への言及がなかった。馬英九総統は記者会見の席で「中華民国総統」の名札を掲げたが、習近平国家主席の前では「総統」と名乗れなかった。また、シンガポールでは台湾の総統府が発行した記者証に「民国」(つまり、中華民国)の元号が記載されていたため、報道陣が会談の会場であるシャングリラホテルへの立ち入りを拒否され、西暦を記載した記者証が再発行されるまで待たされた12。台湾人記者を足止めしたのはシンガポール側であったが、こうした規制は従来から中国が国際組織や各国に要求してきたものである。このため、台湾の野党や政府に批判的な識者は、今回の会談について「台湾の地位を損なう」「台湾人民の選択肢を狭めるべきではない」と批判した13

従来も中国は「各々が解釈(表明)」への言及を避けてきたが、台湾との公式な場以外では何度か言及したことがある。例えば、2008年3月に中国の胡錦濤国家主席(当時)がアメリカのブッシュ大統領との電話会談で「『一つの中国』について異なる定義があることを承知している」と述べた。そのため、台湾との公式な場で中国に「各々が解釈(表明)」を唱えさせることは全くの不可能とも言いきれない。むしろ、首脳会談だからこそ、「各々が解釈(表明)」を伴わない「一つの中国」原則だけを掲げれば、台湾と中国の関係は「一国家内の問題」となり、他国の干渉を禁じた国連憲章第2条7項が適用されるリスクがあるという国際法学者の指摘もある14。なお、国民党から見れば、中国が「各々が解釈(表明)」に言及できないのは、民進党が92年コンセンサスを受け入れないことが原因だとみている。しかし、中台関係の基礎とされる合意の内容が曖昧なまま、「それを認めよ」と求めること自体に無理があるのではないか。

また、アジアインフラ投資銀行への台湾の参加を歓迎するという点も、中国はすでに表明している。しかし、台湾が既に加盟意向書を送付したにもかかわらず、中国はそれを放置し、台湾抜きでAIIBの設立協定を作ってしまった。そして、その協定では、外交権を持たない「地域」は宗主国や中央政府の同意を得るか、手続き上の協力を求めることが定められた。馬習会談でどのような議論を行ったのかは、明らかになっていない。

さらに、南シナ海問題についての言及がなかったのは、ある意味、予想された結果であった。というのも、中国が主張する南シナ海における中国の権益を示す「9段線」は、台湾に移転する前の「中華民国」政府が唱えた「11段線」からベトナムとの間の2つの線を消したものである。つまり、南シナ海問題では中国と台湾の「中華民国」が必ずしも対立せず、むしろ共通の主張をしているという見方もできる。また、馬英九総統自身、中華民国のレガシーとして尖閣諸島の領有権とならび、この南シナ海の11段線への思い入れが強い。アメリカは中国に国連海洋法条約の尊重を求めているが、馬英九総統は従来「11段線」よりも後にできた国連海洋法条約を南シナ海問題に適用しようとするのが紛争の原因だと否定的な発言をしてきた。2014年9月には総統として南シナ海問題に関する学術シンポでのゲストスピーチでその旨の発言をしている。彼は国際法、特に海洋問題や島嶼問題を専攻してきた研究者でもあり、その発言は信念に近いものと思われる。2015年に台湾の外交部が「南シナ海平和イニシアティブ」を発表し、国連海洋法の順守を各国に呼び掛けた。馬英九総統もこの南シナ海平和イニシアティブの宣伝を自ら行ったものの、2012年の「東アジア平和イニシアティブ」が馬英九総統自身の言葉として発表されたのと比較すると、若干位置づけが異なることにも留意するべきであろう。

このほか、会談の予定発表後、中国の台湾研究を専攻する学者が「習近平国家主席は次に台湾を訪問するだろう」「中国が台湾に照準を合わせている弾道ミサイルの撤廃を行う」などの発言をした。しかし、実際はそこまで進んだ話になっていなかったようである。

馬英九総統は「習近平国家主席が会談の中で『弾道ミサイルは台湾人民を狙ったものではない』と釈明した」と述べたが、台湾の野党は「信用できない」と一蹴した15。むしろ、台湾の国防部報道官は会談後に改めて、「中国側の弾道弾が台湾向けに配備されているのは事実」と述べた16。実際は馬英九総統が会談において「弾道ミサイルが野党にとって批判の口実になっている」と軽口を叩いたという話まで流れ、野党側をさらに反発させた17

習近平国家主席の台湾訪問については、馬英九総統は「招待はしていない」「(なぜ、招待しなかったのかと質問され)何らかの理由があるわけじゃない。一歩一歩進めるものだ。」と述べるにとどまった。こちらは前述のように習近平国家主席の金門島訪問が検討されたという張顯耀・元大陸委員会副主任委員の暴露もあるため、後日に何らかの進展がみられるかもしれないが、現時点ではまだ具体化していない。

世論の反応

首脳会談に対する世論の反応は、調査によって異なる結果が出ている。これは調査主体によっては党派色が強く、都合の良い調査結果を得るために設問を行うことが多い。今回の場合は、首脳会談の是非と、今回の馬習会談への評価は微妙に異なることに注意する必要がある。また、電話調査を行う場合、中南部に住む本省人の高齢者には台湾語で対応しなければ回答を得られないケースもある。そのため、調査員の台湾語能力が不十分な場合、調査対象が偏る可能性がある。

とはいえ、台湾の世論は今回の会談を積極的に評価しなかったと考えるべきだろう。むしろ、与党国民党に対する逆風を持続させる結果となった可能性の方が高い。

以下、主な世論調査の結果を紹介し、比較検討したい。

(1)会談前に行われた世論調査

(1-a)大陸委員会(政府)

8割以上の回答者が「対等かつ尊厳ある形で、航海の場で透明性のある中台首脳会談」に賛成し、76.6%が「両首脳が互いを『大陸の指導者』『台湾の指導者』と呼ぶ形で会談を行う」とに賛成したという18。これは、夏言明大陸委員会主任委員が4日に述べたものだが、調査結果の詳細は「大陸委員会の内部資料である」として公開されなかった19。とはいえ、この結果自体は会談後の「NOWnews今日新聞」の結果とも近く、ある程度の妥当性があると思われる。しかし、この調査の設問では双方が対等であることが前提となっている点に注意するべきである。

(1-b)蘋果日報

11月4日に行われた世論調査で、結果は53.1%が「支持しない。馬英九総統はもうすぐ退任する。次期総統に両岸事務(中台関係事務)を処理させるべきだ」と回答し、38.81%が「2人の会談を支持する。両岸関係にとって助けになる」と回答した20

蘋果日報と民進党の調査結果は、おおよそ一致しているように見える。ただし、蘋果日報は必ずしも民進党よりでないものの、国民党よりでもない。同紙の香港版が香港人の反中国感情を焚き付け、雨傘革命にも好意的だったことにも留意すべきかもしれない。

(1-c)民進党

4~5日に世論調査を行った。66.8%が「馬英九総統は半年しか任期が残っておらず、両岸政策について重大な意思表明を行うべきではない」との意見に賛成し、66.9%が「両岸政策について重大な意思表明は新しい総統が行うべき」とし、18.1%のみが「馬英九総統が行うべき」と答えた21

(1-d)ケーブルテレビ向けチャンネル提供会社「TVBS」

11月4日から5日に実施。
「馬習会談では馬英九総統、習近平国家主席とも相手を「さん」と呼ぶ。この会談の実施を支持するか」との設問に対して、「支持」が41%、「支持しない」(28%)を上回った。
「馬習会談が両岸の平和発展に貢献するか」との設問に対して、「貢献する」が47%、「貢献しない」(31%)を上回った。

実は世論調査の詳細がきちんと公開されているのは、TVBSしかない。しかし、この調査結果を鵜呑みにすることはできない。回答者の支持政党を見ると民進党(25%)が国民党(26%)を下回っている22。総統選挙や立法委員選挙に関する多くの世論調査と比べ、TVBSの調査では国民党の支持者が多いというバイアスが存在する可能性が高い。

TVBSは香港系資本だが、蘋果日報と違い、中国政府よりである。といのは、香港でもテレビ事業TVBを行う上で政府の許認可が必要だからである。むしろ、香港のメディアでは多くが中国政府の目を気にする財界人によって経営されており、蘋果日報の方が例外定な存在である。

(2)会談後の世論調査

(2-a)オンラインニュースサイト「NOWnews今日新聞」(趨勢民調に委託)

会談後の11月8日に実施。

「今後、台湾と大陸の指導者の会談が常態化すること」に「非常に賛成」(27.3%)と「どちらかと言えば、賛成」(37.5%)の合計が62.8%と圧倒的多数を占め、「あまり賛成しない」(12.2%)と「全く賛成しない」(10.9%)の合計が23.1%にとどまった。
一方「馬習会談が両岸関係の安定的な発展に寄与すると思うか」との質問には、「大いに寄与する」(14.3%)と「どちらかと言えば寄与する」(31.7%)の合計が46.0%に対して、「あまり寄与しない」(19.9%)と「まったく寄与しない」(19.4%)の合計が39.3%を占めた23
首脳会談の継続を望む声は圧倒的に多く、今回の馬習会談にも評価する声が上回った。しかし、馬習会談を評価しない声も4割近くに及び、少ないと言えない。

(2-b)蘋果日報

11月8日に実施。「馬習会談が昨日行われたが、両岸関係の実質的な進展を達成したと思うか」との質問に対して、「達成していない。既出事項を改めて述べただけで、実質的な新展開はなかった」が47.51%に対して、「達成した。指導者が会ったことは、両岸関係における重大な突破である」が42.72%と下回った24
とはいえ、同紙の夜会談前の調査(1-c)と比較すると、今回の馬習会談に対する拒否反応は薄れたようにも思える。

(2-c)テレビニュース専門チャンネル「三立新聞台」

実施日は不明。おそらく、会談後の7日から8日の間と思われる。

「馬習会談における馬英九総統のパフォーマンス」について「満足」が26.4%にとどまり、「不満」が34.9%と上回った。しかし、「馬習会談は両岸の平和的な発展に寄与するか」との問いには「寄与する」(43.3%)が「寄与しない」(36.7%)を上回った。また、「今後、両岸の指導者が会談を常態化させる制度を構築する」ことについては「支持」(58.6%)が「支持しない」(20.3%)を大きく上回った。
また、総統選挙への影響については、37.9%が「国民党の足かせになる」と答え、「国民党の手助けになる」との回答(33.6%)を上回った。それぞれの総統候補については、蔡英文民進党主席への支持が46.7%と10月の調査結果(41.6%)からさらに増加し、朱立倫国民党主席への支持が19.0%と10月(20.7%)よりも減少した25

なお、三立は基本的に民進党よりといわれ、馬英九政権に批判的な姿勢を取ることが多い。しかし、あまり党派色を出さない「NOWnews今日新聞」の調査と重なる設問では、近い結果を出した。また、馬習会談の評価について、異なる設問を行っている。今回筆者が見た限りでは、三立の世論調査が最も世論の意向を正確に把握する努力を行ったように思える。ただし、筆者が見た限り、調査の詳細な内容は公開されてないようである。

(2-d)聯合報

11月8日に実施。

「馬英九総統の馬習会談におけるパフォーマンス」について「満足」が37.1%と、「不満足」(33.8%)を超えた。また、「蔡英文が総統に当選した場合、習近平と会うことに賛成するか」に対して「賛成」(67.0%)が圧倒的多数を占め、「賛成しない」(8.6%)は僅かであった26

なお、聯合報は国民党よりの新聞である。この調査結果は(2-b)蘋果日報や三立新聞台と異なっている。

(2-e)TVBS

11月8日に実施。

「馬習会談の実施を支持するか」との設問に対して、「支持」が47%と会談前の調査結果(1-d)よりも増加した。「支持しない」は28%で変化しなかったが、「意見なし」が会談前の31%から減少し25%となっていた。

「馬習会談が両岸の平和発展に貢献するか」との設問に対して、やはり「貢献する」が55%と会談前の調査結果(1-d)よりも増加したし、「貢献しない」(29%)が会談前(31%)よりも減少した。
総統候補への支持については、蔡英文民進党主席がトップで43%であるが、朱立倫国民党主席が27%と他の調査結果に比べて高い。なお、両者ともTVBSの10月調査より支持率を落とした。
馬習会談への評価がさらに上がった原因としては、対象者の支持政党に関するバイアスがさらに強まった可能性も否定できない。この会談後の調査では、民進党支持者(23%)が2%減少し、国民党支持者(27%)が1%増加した27

(2-f)国民党立法院党団(議員団)(旺旺中時媒体集団傘下の艾普羅民調公司に委託)

1月7日の午後5時から10時実施。

馬習会談に「賛成」が46.1%、「賛成しない」(21%)を上回った。

「馬習会談が両岸の平和発展に貢献するか」との設問に、「貢献する」が48.1%で、「貢献しない」(29.1%)を上回った28

調査の詳細が公開されていないため検証できないが、この調査結果も調査対象者に強いバイアスがかかっている可能性が疑われる。また、調査実施主体を傘下に収める旺旺中時媒体集団は、中国からの里帰り企業である「旺旺集団」に買収された複合メディア企業である。親会社である「旺旺集団」が中国の現地提携先に子会社を乗っ取られたケースを除き、近年は露骨な中国よりの報道姿勢を取ることで問題視されている。
また、調査日時も今回の首脳会談の後に行われた記者会見の直後である。つまり、会談実施後とはいえ、まだ正確な情報を得る前に回答を迫られた回答者もいたのではないか。調査結果にはTVBSと大きな差異がでなかったものの、こうした調査手法が妥当であったのか疑問である。
それぞれの調査結果に差があるものの、大まかに整理を行う。台湾の世論は中台首脳会談の実現によって平和が維持されることを望んでいる。仮に台湾が中国と対等であることが確認されれば、台湾の世論は台湾と中国の首脳会談を評価すると思われる。しかし、台湾の地位が認められないことへの不満も高く、馬英九総統と習近平国家主席による馬習会談への評価は分かれている。少なくとも、野党支持者の間には馬英九総統が中国側と妥協したことへの不満が大きく、与党国民党の支持者は今回の会談を評価する傾向がある。

世論調査によって、今回の馬習会談への賛否の割合が異なるのは、質問の仕方だけでなく、対象者に占める与野党の支持者の比率が異なっている可能性がある。とくに馬習会談への評価が高い世論調査では、国民党支持者が不自然に多く、調査対象者にバイアスがかかっている可能性が高い。この点を考慮すると、今回の馬習会談への評価は高くないと考えるべきだろう。

当初、首脳会談の実施が2016年1月の総統選挙や立法委員選挙で与党国民党へ肩入れすることが目的だと疑われた。しかし、会談終了後も、その影響ははっきりしない。ただし、野党民進党の蔡英文主席の支持がさらに増えたという調査結果がある一方、与党国民党の朱立倫主席の支持は増えてないと見られる。首脳会談は若干野党民進党側に追い風となった可能性がある。

まとめに代えて

今回の中台首脳会談馬習会談は、2016年1月の選挙と5月の馬英九政権の任期終了を前に双方の主張が縮まらないまま行った妥協の産物であった可能性が高い。台湾の馬英九総統はAPEC首脳会議への出席を合わせて、中国の習近平国家主席と会うことで国内世論に十分にアピールしたかった。今回、馬英九総統の発言で、中国側が2013年に首脳会談の実現を言い出したことが明らかになった。しかし、中国は「一つの中国」原則にこだわり、APECという国際的な舞台での首脳会談字を拒んだ。むしろ、中国は首脳会談において、政治分野の協定の締結を望んでいた。それは馬英九政権にとって、台湾の国内世論から強い反発を受けたこともあり、受け入れられなかった。

そのため、実質的な内容を伴わないまま、シンガポールという第三国で首脳会談を実現させた。その目的は、まさに初の中台首脳会談という歴史的なイベントを行うこと自体にあったと思われる。また、シンガポールで行ったことについても、与党やその支持者には感慨深いものとなった。しかし、野党やその支持者からみれば、シンガポール政府や首脳らが中国や与党よりだとの見方も強く、反発を強めた可能性もある。

ただし、台湾の世論は中台首脳会談そのものに必ずしも反対していない。また、とりあえず、双方の首脳が会談したことで、武力衝突に至るリスクが軽減され、平和が維持されることへの期待もある。そのため、馬英九政権を批判してきた野党民進党の蔡英文主席も、中国側と対等であることが確保されるとう条件付きであるが、自らが総統選挙で当選した場合に首脳会談に応じる可能性を排除していない。仮に民進党への政権交代後も、首脳会談が行われたなら、引退後の馬英九や国民党は自らが作ったレガシーを喧伝することができる。実際には、民進党政権になれば、国民党政権時代ほど、中国との関係で大きな成果が上がる可能性は低い。そのために、首脳会談が行われなかった場合、国民党は民進党を批判する口実を得るだろう。いずれに転んでも、馬英九総統や国民党は、今回の首脳会談を自慢することができるかもしれない。

世論および2016年選挙への影響と言う短期的な側面だけ見れば、今回の首脳会談は必ずしも与党国民党のプラスにはならず、むしろ、マイナスに働く可能性の方が高い。しかし、皮肉なことにすでに野党民進党が圧倒的に有利であるため、選挙結果を左右するほどの影響は出ないかもしれない。それでも、今回の首脳会談が新味に欠けたことは、野党支持者の中国に対する不信感を払しょくできなかった一方で、与党支持者に安堵を与えた可能性もある。蘋果日報の会談前(1-b)の調査では馬習会談への反対が過半数を超えていたが、会談後(2-b)では馬習会談への不満が強いものの、否定な意見が若干減少した。中身が伴わずとも、表面的にソフトなイメージを醸し出すことで、台湾世論が軟化する可能性もあることをこの結果は示している。1990年代から2000年代のような武力行使を示唆する強硬な姿勢を中国が取り続ければ、台湾の反中感情が持続することは容易に想像が付く。ところが、2016年に政権交代した後も中国が従来の荒々しい態度を控えた場合、台湾の世論が中台関係の低迷の責任を民進党政権に問う可能性もある。そう考えると、今回の馬習会談は一見地味ながら、新政権にとって地雷となる可能性もあるように思える。

脚 注
  1. 中国やシンガポールでは「習馬会」と呼ばれている。
  2. 小英談馬習會:不在乎人民 燒再多金紙也沒用」2015年11月6日(自由時報ウェブサイト)。
  3. 獨家》馬總統7日密訪新加坡 「馬習會」不期而遇」2015年11月3日(自由時報ウェブサイト)。
  4. 總統接見第一屆「國家金璽獎」得獎代表」2015年11月9日(中華民国総統府ウェブサイト)。
  5. 十月夏張會洽談馬習會 夏立言辯稱閒聊」『自由時報』2015年11月5日。
  6. 特寫:夏立言參訪廣州看到中華民國國旗」2015年10月14日(BBC中文網ウェブサイト)。
  7. 習近平拍板 主動拋「馬習會」」2015年11月5日(中時電子報ウェブサイト)。
  8. 习马会获中共高层支持」2015年11月7日([シンガポール]聯合早報ウェブサイト)。
  9. 王寓中「李光耀牽線 2013馬原定迷航 飛星見習近平」『自由時報』2015年11月10日、
    從生到死穿針引線‧李光耀促成習馬會」『星洲日報』(マレーシア)2015年11月4日。
  10. 馬習會》李顯龍會後邀「喝茶敘舊」馬總統臉書留言致謝」2015年11月8日(風傳媒ウェブサイト)。
  11. 中国と台湾が1992年に双方の公文書の扱いをめぐり、記載された国名や官庁、要人などの名称、台湾で使われる「民国」の年号などを容認することで合意した。国民党によれば、これを拡大解釈し、中台関係や双方の地位にまで適用することに中国も同意したといわれる。
  12. 台湾記者臨場換通行証」『聯合早報』(シンガポール)2015年11月08日。
  13. 蔡:不應該限縮人民選擇權」『自由時報』2015年11月10日。
  14. 姜皇池「【馬習會】總統竟成中國攻擊手」『自由時報』2015年11月9日。
  15. 馬習會撤飛彈釋善意? 學者:隨時可再裝回去」2015年11月7日(自由時報ウェブサイト)、
    飛彈非對台?立委批馬天真如媽寶」『自由時報』2015年11月9日。
  16. 中國飛彈非對台?國防部:部署是事實」2015年11月9日(自由時報ウェブサイト)。
  17. 馬向習『告狀』:飛彈成反對黨口實」『自由時報』2015年11月10日。
  18. 馬習會 夏立言:8成以上民眾支持」2015年11月4日(自由時報ウェブサイト)。
  19. 陸委會民調:逾8成支持馬習會 但細節不公開」2015年11月4日(新頭殼newtalkウェブサイト)。
  20. 《蘋果》民調 過半民眾不支持馬習會」2015年11月5日(台湾蘋果日報ウェブサイト)。
  21. 民進黨公布民調結果 高達65.9%民眾不信任馬總統處理兩岸關係的能力」2015年11月6日(民進党ウェブサイト)
  22. 馬習會議題民調」2015年11月5日(TVBSウェブサイト)。
  23. 馬習會後民調/不認九二共識? 六成民眾憂未來兩岸生變」2015年11月9日(NOWnews今日新聞ウェブサイト)、
    馬習會後民調/兩岸議題 學者:藍軍支持者將歸隊」2015年11月9日(NOWnews今日新聞ウェブサイト)。
  24. 蘋果民調:馬習會昨落幕,您認為是否有達成兩岸關係實質進展及成果?」『蘋果日報』2015年11月9日。
  25. 實地街訪!馬習會後政黨傾向 藍綠板塊逐漸鬆動」2015年11月8日(三立新聞網ウェブサイト)もしくは
    【馬習會】助台?三立民調35%不滿馬英九表現|三立新聞台」2015年11月8日(Youtube上の動画)、
    馬習會後 《三立民調》:蔡英文支持度首突破45%」2015年11月9日(三立新聞網ウェブサイト)、
    馬習會加分國民黨選情? 《三立民調》顯示台灣人不買帳」2015年11月9日(三立新聞網ウェブサイト)。
  26. 聯合報民調/馬習會 滿意37.1% 不滿意33.8%」『聯合報』2015年11月9日。
  27. 馬習會後相關議題與總統大選民調」2015年11月8日(TVBSウェブサイト)。
  28. 國民黨團民調:46.1%贊成馬習會」2015円11月8日(中央社ウェブサイト)。


(注)本稿におけるウェブサイトの参照は、2015年11月17日時点のものである。