IDEスクエア

世界を見る眼

シリア情勢 長期化するシリア内戦——戦闘の激化と和平交渉の課題

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050903

2014年1月

2011年3月に平和的な抗議運動として始まったシリアの民主化運動は、泥沼化した内戦と化し、まもなく丸3年が経とうとしている。この内戦は1994年のルワンダでのジェノサイド以来、最悪の人道危機を招き、戦闘の激化で死者は日に日に増加している。すでに数百万人が難民としてシリアを逃れ、また国内避難民となっている。

通常兵器を使った激しい戦闘に加え、2013年8月21日にダマスカス郊外で化学兵器が使用され、国内外に大きな衝撃をもたらした。国連調査団はサリン使用を確認し、住宅地に向けて化学兵器攻撃が行われたと結論づけている。アサド政権はこれを反政府武装勢力によるものとして非難したが、国連調査団の調査結果は、共和国防衛隊の第104師団の基地から化学兵器弾が発射されたことを示唆している。

化学兵器廃棄の合意−状況に大差なし

米、仏がアサド政権に対して懲罰的な軍事攻撃の可能性を示したことは、2013年9月に国連安全保障理事会で外交交渉の突破口を開き、米露の合意を基に、アサド政権に化学兵器廃棄を義務づける安保理決議第2118号が可決された。アサド政権にとっては、イランの軍事援助とロシアの外交的支援が継続し、米国の介入を回避できる限り、安保理決議第2118号に従うことは利益にかなうものである。同決議により、国際社会のパートナーとしてアサド政権の立場がより正当化され、アサド政権による通常兵器での一般市民殺害の継続を煽る結果となった。

アサド政権は、国際社会による軍事介入の可能性が低いことを見抜いていたため、西欧諸国の圧力を真に受けなかった。アサド政権に化学兵器廃棄を義務づけるというロシアのイニシアティブは、軍事介入に対する国際的支持を取り付けられず、米国議会の支持も見込めなかったオバマ大統領を政治的敗北から救った。米露の合意によって、米国は軍事的冒険の危機を避けることができたと言える。シリア内戦をめぐって対立した立場にある米国とロシア双方にとって、化学兵器の問題は懸念材料であり、その問題で合意に達したのは、それぞれの国益にかなうものだったからだ。米国にとっては化学兵器のヒズボッラーへの流出が、ロシアにとってはシリア反政府派の急進的イスラーム主義グループへの流出が、最も警戒すべきことだった。さらに、この時期米国はイランとの接近を模索しており、シリア内戦に介入していたら、米国とイランの核合意は達成できなかっただろう。

化学兵器廃棄に関する米露合意は、シリア内戦の解決自体にはプラスというよりマイナス面が大きい。なぜなら第一に、アサド政権が一般市民に対して化学兵器を使用したという事実が抜け落ちているからであり、第二には、化学兵器の問題を取り上げることで、シリア内戦の解決から焦点が外れたからである。国際法や人道的視点、米露の国家安全保障問題の観点からみれば、化学兵器問題は重要であるが、化学兵器攻撃による死者は、推定130万人にのぼるシリア内戦の犠牲者の2%にしか満たないのが実情だ。つまり、内戦の犠牲者の大半は通常兵器による攻撃で殺害されているのである。

化学兵器問題が焦点となったことで、アサド体制は逆に体制が維持されなければ問題が解決出来ないという体制維持の口実を得たと言える。米国は英仏と共に、アサド体制下のシリアで化学兵器廃棄の計画を進めるしかなかった。アサドは、化学兵器廃棄の計画に従うことで、日々の殺戮から国際社会の焦点をずらし、介入に関する議論を麻痺させることに成功した。

合意に至ったとはいえ、米露を含む地域的・国際的アクターはアサド側または反政府勢力側の支援を続けており、平和合意実現の可能性を阻んでいる。ロシアをはじめ、イラン、イラク、ヒズブッラーはアサド側を支援し、カタールとサウジアラビアを中心とする湾岸アラブ諸国、トルコ、英仏は米国と共に反政府勢力側を支援している。米露の合意に唯一期待できるとすれば、米露がその影響力を行使して、地域の同盟国、特にサウジアラビアとイラン、そしてアサド側の勢力と反政府武装勢力に対して停戦を呼びかけ、和平プロセスを始動させることだろう。そのために、今後の和平会議の行方が重要となる。

ジュネーブ和平会議の課題

長期化する内戦の政治解決と戦闘終結を模索するため、1月22日にジュネーブ和平会議の開催が予定されている。この和平会議では、内戦から脱するための行政権をもった移行政府を樹立する交渉がなされる予定だが、和平会議に誰が出席するかや、アサド大統領をどう位置付けるかなど、核となる課題は残されたままである。さらに、内戦の当事者である政府側や反政府諸勢力が交渉で妥協する可能性は低い。これらを支援する域内アクター、特にイランとサウジアラビアが、内戦での勝利を一義的に追求しているためである。イランはアサド政権を支援するため兵士やヒズブッラーの民兵を派遣し、サウジアラビアは武器や資金を提供することで反政府勢力側を支援している。両国は、シリアが地域覇権の確立の要になると考え、経済的・宗教的影響力を使って内戦に介入しているのだ。

皮肉なことに、和平交渉の日程が決定すると戦闘が激化する。アサド側、反政府勢力側ともに交渉が始まる前に戦況を有利にし、交渉を有利に進めようとするからだ。化学兵器廃棄が計画され、和平会議の日取りが設定されてからは、軍事攻撃を激化させ、戦況を有利にはこんでいるのはアサド側である。この状況を受け、2013年11月にサウジアラビアとカタールが支援するイスラーム主義勢力がイスラーム戦線(Islamic Front)を結成した。その結果、西欧諸国が本腰を入れないまでも支持している自由シリア軍は弱体化を強いられ、和平交渉はさらに困難となった。反政府武装グループの数は増大しており、これらのグループによる支配地域、資金や武器をめぐる争いは、反政府勢力のさらなる分裂を招き、和平交渉に向けて反政府勢力をまとめることを困難にしている。

和平合意には、主要な域内アクターであるイランとサウジアラビアの積極的な関与が不可欠だ。しかし、両国はジュネーブ和平交渉に直接関与しておらず、シリア内戦が自国の国益への脅威とならない限り、両国が和平合意にコミットすることはないと考えられる。

アサド政権と反政府勢力は、それぞれのパトロンが支援を続ける限り合意に達する意思はないだろう。アサド政権は交渉には同意したものの、政権を強制的に退陣させる案は一切支持しないと明言している。また、シリア国民連合(Syrian National Coalition)はジュネーブでの交渉を歓迎してはいるものの、アサドの退陣を前提条件にしなければ交渉のテーブルにつかないとしている。そのシリア国民連合は、反政府武装勢力から反政府勢力の代表として認識されているわけではない。たとえば自由シリア軍の司令官サリーム・イドゥリースは、交渉に参加しないと公言しているし、反アサドのイスラーム主義民兵グループも、国際社会の仲裁を直ちに拒絶した。しかし、交渉に参加するかしないかの意思決定は、これらのグループのパトロン、特にサウジアラビアとカタールが握っている。パトロンが交渉に参加すべきとの決断を下せば、これらのグループの姿勢も変化するだろう。

このような状況下で、国内外のいかなるグループも内戦で軍事的な勝利をおさめることができず、戦闘の継続と激化で、シリアは破壊の一途をたどっている。

内戦の長期化と地域的影響

多様なアクターや派閥が戦闘に関与することで、内戦は他の戦争よりも長期化する。国外からの支援や介入は対立をより暴力的にし、死者も増加する。一般市民の犠牲が増えれば増えるほど、内戦は根深くなる。シリアの場合、対立する派閥の増加だけでなく、アサド側・反政府勢力側を支援する地域勢力の関与が深くなることで、内戦終結がより困難になっている。

戦闘の継続と難民の大量流出は、トルコやヨルダン、レバノンなど隣国との軋轢を生み、周辺国への大きな負担となっている。トルコには大量のシリア難民が逃れ、経済が圧迫されている。トルコ国境沿いでアル=カーイダ系武装グループが台頭していることも、トルコの安全保障上の脅威となっている。トルコは、アル=カーイダに対抗して、自由シリア軍に属する穏健派グループと他のイスラーム主義武装グループを動員する新しい戦略をとっているが、これもトルコに対するアル=カーイダの脅威を増大させるものである。レバノンでも、アサド側と反政府勢力側の衝突が起きている。また、レバノンのシーア派とスンナ派民兵も、シリアでの戦闘に加わっている。ヨルダンにも多くの難民が押し寄せ、ヨルダン北部のザータリ難民キャンプは世界で2番目に大きい難民キャンプとなっている。イラクでは、政府とアル=カーイダ系のグループの戦闘が起こっているが、このグループはシリアの反政府武装グループでアル=カーイダ系の「イラク・シリアイスラム国」(Islamic State of Iraq and al-Sham:ISIS)とつながっている。シリア、トルコとイラクの国境付近は、ISISに支配されている状況だ。

このように、シリア内戦は周辺国の政治・経済・安全保障情勢に大きく影響している。戦闘の停止と内戦の政治的解決のための交渉には、シリア内の勢力だけでなく、シリア内戦に介入している国際的・地域的利害関係勢力やシリア内戦の影響を大きく受けている国を関与させ、包括的な紛争解決へのコミットメントを取り付けることが重要であろう。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。