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インドネシア・ユドヨノ政権の内閣改造(上)――閣僚人事について

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049563

2011年11月

インドネシアのスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領は、第2期政権発足から2年が経った2011年10月19日に、内閣改造を実施した。ユドヨノ大統領は、2009年7月の大統領選挙で圧勝し再選を果たしたが、閣僚や与党・民主主義者党関係者の汚職疑惑が大きく報道されるなど、その人気に陰りが見え始めた。今回の内閣改造は、支持率の低迷を挽回したいという大統領の意図が背景にあったと言われているが、大統領の目指しているものは何か、今後の政策遂行にどのような影響があるのかを、2回に分けて考えてみる。1回目の今回は、閣僚人事について考察する。

今回の内閣改造の対象となったのは、全38ポストのうち、12ポストである。そのうち新たに任命された大臣が7人、残りの5人は閣内での異動である。

最も驚きをもって受け止められたのが、商業相の交代である。経済学者でもあるマリ・パンゲストゥが、観光・文化省から組織改編した観光・創造経済相に異動し、後任には実業界出身のギタ・ウィルヤワン投資調整庁(BKPM)長官が就任した(後任のBKPM長官は未定)。この背景には、自由貿易推進派のマリに対して、ASEAN中国FTA締結後の中国製品の大量流入や農産品の輸入増加などに危機感を抱く他の閣僚や国内団体から批判が強まっていたことがあったと見られている。

マリの異動は、2010年5月に、センチュリー銀行の救済策をめぐる閣内の対立や、議会からのバッシングをうけてスリ・ムルヤニ蔵相が辞任したのに続き、重要経済閣僚からテクノクラートが外されたことを意味している。

これで商業相と工業相の両経済関係閣僚が実業家になった。海洋・漁業相にも、実業家で、アブリザル・バクリ・ゴルカル党党首に近いチチップ・スタルジョが新たに任命された。民主化後、政界における実業家の比重は高まる傾向にある。マクロ経済の安定や自由貿易を重視するテクノクラートが閣内から去り、財界の利害を反映する閣僚が増えたことが経済政策にどのような影響を及ぼすのか、注目される。

エネルギー・鉱物資源相は、行政手腕に関して評価の低かった民主主義者党幹部のダルウィン・サレが更迭され、第1次ユドヨノ政権発足以来7年間観光文化相を務めていた同党のジェロ・ワチックが異動してきた。重要ポストであるエネ鉱相を与党が保持したまま政策パフォーマンスの向上を狙った人事だと思われるが、新大臣の手腕は未知数である。

国営企業担当相には、健康問題から辞任したムスタファ・アブバカルにかわり、国営電力会社PLN社長のダーラン・イスカンが抜擢された。新聞記者出身でジャワ・ポス・グループ代表を務めていたが、企業経営手腕の高さを買われてPLNの立て直しをユドヨノ大統領から託されていた人物である。今回は、さらに国営企業全体の立て直しを任されることになった。

その他、行政手腕の評価が低かったり、女性スキャンダルなどの問題を抱えたりしていた閣僚(法務・人権相、運輸相、国民住宅担当相)が交替している。ただし、汚職疑惑のあるアンディ・マラランゲン青年・スポーツ担当相とムハイミン・イスカンダル労働力・移住相は留任した。ユドヨノ大統領は、汚職撲滅を進めるにしても、基本的に司法プロセスへの介入をしない、という姿勢をとっており、現役閣僚の汚職疑惑についても司法判断を待つとして今回はこの2人を更迭しなかった。

国家情報庁(BIN)長官は、警察出身のスタントから陸軍出身のマルチアノ・ノルマンに交替した。2009年の第2期政権発足時に、諜報機関のトップに初めて警察出身者が就任して注目を集めたが、わずか2年でBIN長官は陸軍将校の手に戻ってしまった。小規模ながら散発的に続くテロ事件に対する取締りを強化する意図があったとも、テロ対策への関与を深めている国軍の巻き返しがあったとも考えられる。

今回の内閣改造については、「連立政党のバランス重視」、「適材適所ではない」などの批判が国内からはあがっており、概して評価は低い。政策の実効性を向上させるには不十分だと落胆する声も多い。しかし、今回の内閣改造の全体像を評価するには、同時に任命された副大臣の人事までも含めて考える必要がある。その点については、次回の報告で触れてみたい。

【新たに任命された閣僚】


法務・人権相(新任) Amir Syamsuddin (70歳、南スラウェシ州出身) 民主主義者党顧問会議事務局長、弁護士
エネルギー・鉱物資源相(転任) Jero Wacik (62歳、バリ州出身) 文化・観光相、民主主義者党副幹事長、観光業実業家
商業相(転任) Gita Irawan Wirjawan (46歳、ジャカルタ州出身) 投資調整庁(BKPM)長官、投資・実業家
運輸相(転任) Evert Erenst Mangindaan (67歳、中ジャワ州出身) 行政効率化・官僚改革担当相、民主主義者党幹事長、退役軍人(陸軍)
海洋・漁業相(新任) Sharif Cicip Sutardjo (63歳、ジョグジャカルタ州出身) ゴルカル党副党首、インドネシア商工会議所(KADIN)副会頭、インドネシア青年商工会議所会頭、実業家
観光・創造経済相(転任) Mari Eka Pangestu (54歳、ジャカルタ州出身、女性、華人) 商業相、国際戦略問題研究所(CSIS)理事、学者
研究・技術担当相(転任) Gusti Muhammad Hatta (59歳、南カリマンタン州出身) 環境担当相、ランブン・マンクラット大学副学長、学者
環境担当相(新任) Balthasar Kambuaya (54歳、パプア州出身) チュンドラワシ大学学長、学者
行政効率化・官僚改革担当相(新任) Azwar Abubakar (59歳、アチェ州出身) 国会議員(国民信託党)、アチェ特別州知事代行
国営企業担当相(新任) Dahlan Iskan (60歳、東ジャワ州出身) 国営電力会社PLN社長、ジャワ・ポス・グループ代表、ジャーナリスト
国民住宅担当相(新任) Djan Faridz (61歳、ジャカルタ州出身) 地方代表議会(DPD)議員、開発統一党
国家情報庁(BIN)長官(新任) Marciano Norman (56歳、南カリマンタン州出身) 大統領親衛隊司令官、ジャカルタ地方軍管区司令官、退役軍人(陸軍)
投資調整庁(BKPM)長官 未定