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スリランカ北・東部における状況報告(要約)
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049565
スリランカでは2009年5月に内戦が終結した。それから2年以上が経過し、国内避難民キャンプもほとんどが閉鎖され、LTTEメンバーらもリハビリの末解放されていると報じられている。しかし、内戦の主戦場であった北・東部における人々の生活、特にタミル人の生活は、様々な面で抑圧されていると言われている。本報告(dbsjeyaraj.com/dbsj/archives/2759参照)は、2011年7月7日、タミル国民連合(TNA)所属の国会議員M.A. Sumanthiran(比例区選出)が国会に提出した、北・東部の状況に関する報告書をリバイズしたものであり、紛争終結後のスリランカ北・東部で生じている事態について網羅的に提示している。網羅的であることを重視し、全ての項目についてポイントを要約した。
1 イントロダクション(略)
2 軍事化
2.1 軍のプレゼンス
北・東部におけるタミル人居住地域は1万8880平方キロであるが、そのうち7000平方キロを軍が占拠している。ジャフナでは民間人10人に対して軍人1人の割合で存在する。
2.2 不処罰の文化
兵士や公務員、国家権力と関係のある個人が係わる事件に対して、警察の捜査がなされない。タミル語新聞の編集者が襲撃された事件の捜査も進展していない。
2.3 土地紛争解決
北・東部では土地関連の紛争に軍が介入している。2011年7月22日付土地通達2011/4では北・東部の土地問題解決のための委員会を設立している。この委員会に地区の軍関係者が含まれている。軍関係者は、この委員会を補佐する役割も与えられている。
2.4 経済活動
軍が北・東部で幅広く経済活動に従事している。東部沿岸の土地は、軍関係者が経営する会社に割り当てられている。ジャフナに向かう幹線道路沿いには軍人の経営する食堂が建ち並んでいる。海軍は、南部からの観光客むけのフェリーサービスを提供している。また、小さな商店や理髪店なども経営している。これにより現地住民の経済活動を圧迫している。ある軍幹部は、兵士らの恒久住宅と長期滞在についても触れている。
2.5 個人の生活へ侵入
北・東部では個人の生活面にも軍が侵入してきており、来客は軍に通知しなければならない。村に入る時には、届け出なければならない。村のスポーツイベントでさえ届け出が必要である。
2.6 社会生活へ侵入
村や寺、教会などが内部の問題を議論するための集会を開催するときも、軍に通知し、軍人が参加し、監視している。
3 国家による残虐行為
3.1 「グリース・デビル」現象
北・東部およびその他の地域で、正体不明の何者かによる傷害・殺人事件が発生し、安全が脅かされた。ジャフナ、プッタラム、マナー、トリンコマリー、バティカロア、アンパラの住民はそれをグリース・デビルの仕業として集団恐慌に陥った。住民は、軍や警察がグリース・デビルに関与していると信じて、抗議活動を行った。抗議活動に参加した住民らは、軍や警察の反撃を受け負傷した。
(注:身体に油を塗りたくった泥棒や痴漢・のぞき魔がグリース・デビルと呼ばれる。こうすることにより、ぬるぬるして捕まりにくくなると信じられた。)
3.2 裁判所における乱暴行為
警官が係わる事件に対して民間人が、弁護士らが近くにいながら、裁判所内で暴行を受け、重傷を負った。
3.3 反対意見に対する暴力的な弾圧
北・東部においては表現の自由が弾圧されている。ジャフナ大学の学生組織のリーダー、新聞社の編集者、 TNA議員のスレッシュ・プレマチャンドランらが暴行を受けた。
3.4 性的暴力
ジャフナ、ムライティブ、キリノッチでは女性に対する性的暴行が増加している。加害者の多くは軍や政府関係者、あるいはプロジェクトで働く南部から来た労働者である。加害者が判明していても、罪を問えないでいる。
3.5 共同体へのハラスメント
軍は、タミルイーラム解放の虎(LTTE)の元メンバーに、かつてLTTEに協力したことのある人物を教えるように脅迫している。元メンバーはパニックに陥り、脅迫から逃れるために全く関係のない人物を協力者として通報することがある。そのためコミュニティ内では相互不信が生じている。
3.6 選挙暴力・脅迫
選挙暴力が有権者に恐怖をもたらしている。TNAや人民解放戦線(JVP)は占拠キャンペーンを行えなかったと苦情を申し立てている。特にTNAに対しては妨害行為が甚だしかった。加害者に対する捜査は進んでいない。
4 生活の損失
自宅に戻り、生活を立て直そうとしているタミル人コミュニティは、これまでの生活を再開したいのだが、それが妨げられている。
4.1 失業と資源の配分
中央政府は、雇用や所得創出に最小限の注意を払っているに過ぎない。中央銀行によれば、cash for workプログラムに200万ドルが支出されたのみである。中央政府や援助国はインフラ事業を重視し、現地のコミュニティに対して配慮していない。限られた労働の機会も南部からの労働者に割り当てられる。失業率の全国平均は4.3%であるのに対して北部州の失業率は20~30%と見積もられる。
4.2 タミル人の漁業活動の制限
タミル人の行う漁業に対しても制限が課せられている。その代わりに国防省がシンハラ人漁民にムライティブ地域における漁業許可を与えている。なかには、沿岸部の自宅を撤去され、強制的に内陸部に移住させられた地区があった。もともと彼らが居住していた沿岸部には国防省の許可を得た南部の住民がダイビングショップを始めた。
4.3 ライガム塩田プロジェクト
1805エーカーにわたる塩田プロジェクトであるが、2009年、2010年にはTNA議員が反対し、実施されないできたが、 2011年9月からトリンコマリーで開始した。この事業が進展すれば、シンハラ人が増加し、地域の人口構成に変化が生じる可能性がある。
5 再定住
5.1 再定住の進捗状況
内戦により避難民となったタミル人の再定住の進展は著しく遅い。中央政府の統計によれば2011年7月1日までに25万8446人が難民キャンプを去り、1万2661人が残るとされる。もっとも新しい統計ではメニック・ファームに7440人が残っている。しかし、北・東部の20万人以上がもともと住んでいた場所に戻れていない。基本的な施設もないトランジット・キャンプや親類の家に留まっている。軍が広大な土地を高度警戒地域として占拠しているからである。
5.2 コンバヴィルへの移動
メニック・ファームの7440人は、元いた場所ではなく、コンバヴィルに移されることになっている。しかしコンバヴィルは、内陸で、漁業に従事していた住民らには不便である。中央政府は、彼らのもともとの居住地が軍事活動や経済活動に用いられているため、あるいは、地雷撤去がすんでいないためと説明している。
5.3 基本的施設の欠如
難民キャンプを出た人々たちへの住宅、食料、衛生、保健、教育などの基本的な施設やサービスが提供されていない。
5.4 適切な保健・教育へのアクセスの欠如
巡回医療が2週間に一度しか行われない村がある。ある村では中等教育の施設がない。
5.5 東ヴァダマラッチにおける居住に適さない住居
中央政府は、東ヴァダマラッチにおいて選挙直前に再定住プログラムを開始した。元あった家は取り壊され、壊された家の石が新しい家の建設に用いられた。新たな家は床や基本的な設備がなかった。
6 体系立てられた立ち退き、土地収奪、占拠
6.1 土地収奪、強制立ち退き
軍が強制的に、説明もなく、内戦によって追われた人々が帰還しようとしている土地を接収している。サンプールの住民は、サンプールが特別経済ゾーンとして認定されたので、べつの地区に移動させられた。ムトゥールでは、タミル住民らが田畑を奪われた。
6.2 軍による学校の占拠
複数の学校が軍に占拠されたままになっている。
6.3 灌漑施設へのアクセス禁止
灌漑施設へのアクセスが禁止され、作物が枯れている。
6.4 クッチャヴェリの観光開発
トリンコマリー、クッチャヴェリの観光プロジェクトのために51ブロックの国有地が割り当てられている。これらの割り当ては本来、この地区で多数を占めるタミル人に割り当てられるべきだが、すでにいくつかのブロックは南のシンハラ人に割り当てられている。
6.5 ジャフナ潟湖
中央政府はジャフナ潟湖の350エーカーをエビ養殖のために接収し、南部から連れてきた労働者を働かせている。
7 シンハラ人居住区
7.1 ヴェリオヤ地区の創設
ムライティブ県のコッキライ町の土地の一部が奪われ、シンハラ人居住区になっている。75件の家が建てられたという。
7.2 タミル人官吏の排除
タミル人官吏が北部から排除され、シンハラ人の見習いに取って代わられている。この動きは、タミル人を行政の選抜、昇進、訓練プロセスから排除し、開発の機会を奪おうとするものである。
7.3 礼拝所
北・東部では、人口分布の変化が進んでいる。A9幹線道路沿いには仏教関連の施設が増加しつつある。住民がもともとあったヒンドゥー寺院やキリスト教教会を再興しようとするのを、軍が阻んでいる。
7.4 南部の労働者
中央政府は、「北部の春」なるインフラ開発計画が北部に大いなる発展をもたらすと主張している。しかし、この計画の本当の受益者は北部に住むタミル人ではない。シンハラ人コントラクターが雇用する南部出身のシンハラ人青年である。
7.5 シンハラ人への住宅や学校
タミル人の土地が収奪されているだけではない。住宅や学校などの建物がシンハラ人のために用いられたり、新築されたりしている。
7.6 標識
道路の名前がシンハラ語あるいはシンハラ人由来の名称に変更されている。タミル人やムスリム・コミュニティに緊張をもたらしている。
8 社会的問題
8.1 心理的トラウマ
北部における軍の存在の大きさは、その地域に住む人々を心理的に圧迫している。紛争中に被った経験によるトラウマは現在も継続している。軍が心理カウンセラーが村に入るのを許可しなかった。政府は、教会やNGOに対して、この種のカウンセリングの提供を禁止している。
8.2 女性に対するセクハラ
女性に対するセクハラや嫌がらせが発生している。シンハラ人労働者の犯行によるものだが、苦情を申し立てても、逆に軍などから脅迫を受ける。
8.3 飢餓と栄養不良
失業が蔓延し、飢餓と栄養不良が深刻な問題となっている。WHOは北部州の60%の世帯が食糧不足に直面していると見積もっている。半分の世帯が1日1ドル以下の所得しかない。これはスリランカの1人当たりGDP2399ドルと対照的である。
8.4 ドロップアウト
東部州とくにワーカライでは、学生のドロップアウトが高水準である。生活手段の喪失と低年齢での結婚の増加が貧困の原因となっている。
8.5 社会的紐帯の崩壊
若いタミル人女性がシンハラ人兵士の子どもを妊娠しているとの報告がある。軍事化がこの背景にあり、社会およびコミュニティの不安定化をもたらしかねない。軍事化によりアルコール依存や中毒も懸念される。
8.6 子どもの収容
幼児殺害、子捨てが北・東部で報告されている。この報告を受けて、中央政府は、この地域の子どもと母親を援助するプロジェクトを開始した。しかし新しいプロジェクトでは、北・東部の戦争未亡人や未婚の母から子どもを引き離していると、シンハラメディアでも報道されている。
8.7 社会不安
すでに述べたような事例によって、タミル人コミュニティの中には怒りだけでなく、不安が生じ始めている。たとえば、軍の運営する店では、不妊症になるような薬が混ざった食料が売られていると広く信じられている。このような噂が流れるのは、極度に圧迫されている証しである。このような恐れや被害妄想が深刻であると、現実的な問題に正常に対処できなくなる。極度に暴力的な状況さえ引き起こしかねない。
9 法的問題
9.1 戸籍登録
5人のTNA議員がジャフナ裁判所に対して、ジャフナとキリノッチ県における強制的な戸籍登録をやめるように基本的人権訴訟を行った。これを受け、登録は停止していたが、裁判所の命令を無視して、再び登録が強制されている。ジャフナの漁村でも住民登録とIDカードの発行が行われている。海軍と軍に対して、家族全員が名前と身体的特徴を申告し、写真を提出しなければならない。
9.2 土地通達
土地委員会は、2011年7月22日付の通達を発した。国家治安問題や特別開発プロジェクト以外の国家所有地の譲渡を一時的に停止する。北・東部の全ての住民に対して土地所有権申込書の提出を義務づけている。しかし、正式な書類を持たないものも多く、未提出の場合の処遇が不明である。
9.3 テロリズム防止法
2011年8月25日、大統領は国会において非常事態宣言の撤廃を宣言した。しかし、国防大臣は、テロリズム防止法(PTA)下における新たな5規則を発表した。これによりLTTEの活動禁止、LTTE支援組織の活動禁止、いくつかの非常事態規則などは継続することになった。
9.4 国会議員数削減
ジャフナ県選出の国会議員数が減少している。これは、有権者数の減少によるものだが、人口の流出はジャフナの暴力的で異常な状況からなるものである。国会議員の割当数の減少は、選挙権の否定である。
9.5 国防省によるNGO監視
NGO取り扱い事務局は以前は、社会サービス省にあったものが、総務省下におかれ、2010年半ばから国防省下に置かれている。NGOらは定期的に財政状況や活動計画を報告しなければならず、国防省の監視下に置かれている。そのため、自己検閲状態にあり、機能が妨げられている。
9.6 死亡証明書
内戦で家族や親戚を亡くした国内避難民らの死亡証明が発行されていないことが深刻な問題である。土地や資産の権利関係や行政サービスの受給に影響を及ぼす。
訳者によるコメント
マヒンダ・ラージャパクセ大統領率いる現政権は、内戦中および内戦末期の人権侵害や戦争犯罪についての和解プロセスに積極的でない。それよりも経済的な発展、主にインフラ開発によって、生活水準を上げて行くことにより、タミル人の不満を和らげられる、と考えている。しかし、この報告によれば、現在北・東部で発生していることは、土地などの生活空間および生活手段や就業機会の収奪という全く逆のことが進行しているように見える。タミル人の生活を抑圧し、二等国民のようにあつかっているようにも見える。まさにスリランカにおける紛争の火種になったことであり、タミル人の中に近い将来、再び反政府的な勢力が生じないとも言い切れない。