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第11回ベトナム共産党大会――継続性を堅持しつつ、潮流への適応を模索
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049571
2011年3月
2011年3月11日、東日本大地震が日本を襲った。ベトナムでは3月16日にベトナム赤十字がベトナム国民に向けて日本の被災者に対する支援の呼びかけを開始した。また、大統領府、政府など各機関で募金活動が行われている。
そのベトナムでは2011年1月12~19日まで第11回ベトナム共産党全国代表者大会(以下、党大会)が約370万人(総人口の約4.3%)の党員を代表する1377人が出席して開催された。同党大会は「2020年までに近代化の方向にしたがって基本的に工業国になる」との目標達成に向けた基盤作りを視野に行われた。定められた方向性・方針、人事ともに第10期(2006~2010年)からの継続性は堅持されている。ベトナムでは5年に1度、党大会は開催される。基本的にはそれ以降5年間、時期によってはより長期的な将来の方向性・方針を定める最も重要な政治イベントのひとつであり、ベトナム国民の生活に大きな影響を与える。通常、当該党大会で採択された正式文献の分析に基づいて執筆を行う。その公開、入手を待っていたが、3月第1週を過ぎた段階で主要文献の原文が入手できていない。そのため、手元にあるベトナム各紙の報道、執筆段階で公表されている文献に基づき、以下、基本的な方向性・方針、人事について認めることにしたい。
基本的な方向性・方針
第11回党大会の日程は、1月12~14日には同党大会で採択予定であったベトナムが今後進む方向性・方針を定めた諸文献について、それ以降は人事を中心にして進行した。党条例に定められた上限の2期を既に務め、交代が決まっていたノン・ドゥック・マイン書記長に代わり、グエン・フー・チョン国会議長が新たなベトナム共産党書記長に選出された。また、同党大会の決議によれば、社会主義に至る過渡期における祖国建設綱領(以下、党綱領)、2011~2020年経済・社会発展戦略(以下、経済・社会発展戦略)、党運営について定めた党条例の修正・補充案が採択されている。今後5年間の全体的、包括的な方向性・方針について定める政治報告については、第10期党中央委員会が同党大会に提出した政治報告(原案)に盛り込まれた、第10回党大会(2006~2010年)決議の実行状況、そして2011~2015年の方向性・任務について、基本的内容に合意したとされる。しかし、同決議では政治報告について可決した(thong qua)という表現は用いられていない。前回の第10回党大会では政治報告が可決されたことが、同党大会決議の冒頭で記されていた。この辺りに同党大会で採択された各文献の公開が遅れた原因が存在する可能性がある。
第11回党大会決議によれば、政治報告について合意された第11期(2011~2015年)における主な中心任務と目標とする経済・社会指標は表1、表2の通りである。
表1 政治報告に示された第11期(2011~2015年)における中心任務
(1)党の領導力、戦闘力の向上 |
(2)行政改革、特に組織、企業の活動・人民の生活に関連する行政手続改革 |
(3)工業化・近代化、国際経済参入事業の要求を満たすための人材の質、源泉の向上 |
(4)経済インフラ、特に渋滞を引き起こし、経済成長を妨げ、人民の中に不満を引き起こす要素である交通インフラ体系を足並みを揃えて建設する |
(5)幹部・公務員・職員・労働者の給与・収入の分配関係、政策を刷新する。現在の給与・収入の分配関係、政策の非合理的な状況、消極的作用を克服する |
(6)道徳、生活様式の衰退、社会的悪弊など、いくつかの社会問題を集中的に解決する |
(7)十分な程度、意義を伴って現実的に汚職・濫費の発生を妨げ、後退させるために、汚職・濫費の防止・取締りに対する戦いを推し進め、効果を向上させる |
(出所)第11回党大会決議(Nhan Dan紙2011年1月21日付け掲載)に基づき筆者作成。
表2 第11期(2011~2015年)の主な目標経済・社会指標
項目 | 目標値 |
---|---|
平均年間GDP成長率 | 7.0~7.5% |
平均年間工業・建設成長率 | 7.8~8% |
平均年間農業成長率 | 2.6~3% |
GDP構成 |
農業17~18% 工業・建設41~42% サービス41~42% |
高度技術製品、高度技術応用製品が占める割合 | GDPの35% |
平均年間輸出額増加率※ | 12% |
平均年間社会総投資 | GDPの40% |
1人当りGDP | 約2000ドル |
平均寿命 | 74歳 |
貧困家計率 | 年2%削減 |
森林占有率 | 42~43% |
(注)※輸入超過を削減し2020年までに輸出入を均衡させる。
主な中心任務について盛り込まれた要素は、(1)政治行政、(2)経済、(3)社会、の3つの分野に整理することができる。具体的には(1)党の領導力・戦闘力の向上、行政改革(特に行政手続)、人材の育成・訓練、給与改革、汚職・濫費との戦い、(2)交通インフラの整備、工業化・近代化、国際経済参入に資する人材の育成・訓練、(3)道徳、生活様式の衰退、社会的悪弊などいくつかの社会問題への対処・解決、以上である。上記の諸点は従来から課題とされてきたものである。体制の転換を行わないことが前提である現体制において、中でも時代潮流、ニーズに即した適応を迫られる党員・幹部の能力・質の向上、機構・制度の改善・改良がいかに重要視されているかがうかがわれる。
目標とする主な経済・社会指標の考察については、公式文献入手後のベトナム経済専門家による本格的議論を待たねばならない。そのため、あくまで紹介レベルに止まるが、2006~2010年における目標平均年間GDP成長率が7.5~8.0%であったのに対し、今回は7.0~7.5%に設定された。世界的に続く経済不況などベトナムを取り巻く状況を鑑みた上での判断だと考えられる。目標とするGDP構成については工業41~42%、サービス41~42%、農業(決議に記された文言の通り。農林水産分野を意味していると考えられる)17~18%とされている。例えば、統計総局発行の2001年統計年鑑によれば、2001年時のGDPに占める工業・建設比率は37.8%、サービス比率は38.6%であった。また、高度技術製品のGDPに占める割合が目標数値として挙げられている。こうしたことから、工業化を推し進め、経済構造の高度化を図っていくという従来の方向性を堅持するとともに、分野の幅広さを追求する傾向から脱して「深さ」をも追求する志向が看取される。昨年11月末、ベトナムで夜7時から放送されるニュース番組「Thoi su(時事)」において、訪越中であった「競争の戦略」で著名なマイケル・E・ポーター・ハーバード大学教授関連のニュースが連日報道されていた。同教授が経済的成功への処方箋を求めるベトナムの人たちに対し、「ベトナム企業が苛烈な競争市場において成功するためには、自身が優位を持つ分野を見出し、力をその分野に集中することが必要だ」と強調していたことが想起される。
最後に、中国共産党のケースから注目されていた私営企業家の入党については、マイン書記長が第10期党中央委員会を代表して党大会初日に行った発表の中で「入党の基準を満たす私営企業家の入党の公認を試験的に実施する」との方針が示された(先述したように第11回党大会の政治報告は執筆現在未入手)。ベトナムでは党員による私的経営は既に認められている。しかし、私営企業家とあらかじめ分かっており、ビジネスマインドを持つ人物の入党を試験的にでも公認することは、社会の実勢を指導層の構成に反映し、同党を取り巻く状況に即して指導層の幅を広げる可能性を持つ動きとして注目される。
人事
第11回党大会では党中央委員175人、党中央委員候補25人、党政治局員14人(表3参照)、党書記局員4人(表4参照)が選出され、党書記長にはグエン・フー・チョン国会議長の就任が決まった。ここでは現在のベトナムにおける権力中枢の中でもさらにその中核をなす党書記長と党政治局について見ることにしたい。
表3 党政治局の構成
名前 | 役職 | 年齢(才) | 出身地方 |
---|---|---|---|
グエン・フー・チョン | 党書記長、国会議長 | 67 | ハノイ市 |
チュオン・タン・サン | 党書記局常任 | 62 | ロンアン省 |
フン・クアン・タイン | 国防相 | 62 | ハノイ市 |
グエン・タン・ズン | 首相 | 62 | カマウ省 |
グエン・シン・フン | 常任副首相 | 65 | ゲアン省 |
レー・ホン・アイン | 公安相 | 62 | キエンザン省 |
レー・タイン・ハーイ | ホーチミン市党委書記 | 61 | ティエンザン省 |
トー・フイ・ズア | 党宣教委員会委員長 | 64 | タインホア省 |
ファム・クアン・ギ | ハノイ市党委書記 | 62 | タインホア省 |
◇チャン・ダイ・クアン | 公安省次官 | 55 | ニンビン省 |
◇トン・ティ・フォン | 国会副議長 | 57 | ソンラー省 |
◇ウゴー・ヴァン・ズ | 党事務局長、党検査委員会委員長 | 64 | ヴィンフック省 |
◇ディン・テェー・フイン | ニャンザン紙編集長 | 58 | ナムディン省 |
◇グエン・スアン・フック | 政府官房長官 | 57 | クアンナム省 |
(注)掲載順、役職、年齢は党大会時のもの。◇は新しく党政治局入りした人物。
表4 党書記局の構成
名前 | 役職 | 年齢(才) | 出身地方 |
---|---|---|---|
◇ウゴー・スアン・リック | 軍政治総局副局長 | 57 | ハーナム省 |
◇チュオン・ホア・ビン | 最高人民裁判所長官 | 56 | ロンアン省 |
ハー・ティ・キェット | 党大衆工作委員長 | 61 | トゥエンクアン省 |
◇グエン・ティ・キム・ウガン | 労働・傷病兵・社会問題相 | 57 | ベンチェー省 |
(注)掲載順、役職、年齢は党大会時のもの。また、党条例に従い、
党書記長と党政治局によって党書記局員に選ばれた政治局員も党書記局入りする。
◇は新しく党政治局入りした人物。
党書記局長に選ばれた首都ハノイ市出身のチョン国会議長は選出時点で67歳。マイン前書記長の再任時より1歳年長である。就任時の年齢から、1期(5年)の在任だと推測される。国会議長就任前に党理論誌編集長、ハノイ市党委書記、中央理論評議会議長などを歴任してきた同氏は、党内の保守層が納得する人物だと考えられる。早くから未来を嘱望され、これまでも要職を担ってきたグエン・タン・ズン首相、チュオン・タン・サン党書記局常任も党政治局員に再選されており、共に62歳の両雄の5年後に可能性を残す結果となった。マイン前書記長も初就任の際に国会議長職を務めており、今後このパターンが続くかどうかについても注目される。ちなみにチョン国会議長の2007年国会代表選挙における選挙区はハノイ1区であった。同選挙区は長年、党書記長が立候補する選挙区として注目されてきた選挙区である。
党政治局の平均年齢は61.3歳であり、ベトナム戦争開始時に10台半ば頃という世代である。構成は、北部出身6人、中部出身4人、南部出身4人であり、再任は9人である。新任5人のうち、トン・ティ・フォン国会副議長、ウゴー・ヴァン・ズ党事務局長、党検査委員会委員長の2人は党書記局員からの昇進組である。しかもチョン新書記長、ズン首相、サン党書記局常任といった、ベトナムの最高権力上位5ポストを構成する党書記長、大統領、首相、国会議長、党書記局常任のポストの一角をそれぞれ占めてきた有力者3人がそのまま残る形となった。それだけでなく、経済運営で重きをなしてきたグエン・シン・フン常任副首相や、フン・クアン・タイン国防相、レ・ホン・アイン公安相といった軍、治安部門のトップも党政治局内に残っている。こうしたことから、現在のベトナム政治において中枢をなす第11期党政治局の構成は、前指導部からの継続性が強いと考えられる。
おわりに
駆け足で第11回党大会の基本的方向性・方針と人事について見てきた。今後、公式文献の入手を待って具体的な分析に入ることになる。上記の諸点から、基本的には従来の路線が大きく変わることは考えにくく、従来からの基本路線が堅持されていると考えられる。一党支配体制の堅持を前提とし、その下で経済成長の速度と質の双方に留意しつつ、国際経済への参入、工業化・近代化を推進し、「2020年までに近代化の方向にしたがって基本的に工業国になる」との目標達成を目指す。分野に限らず、国内外の潮流に常に注意を払い、適応すべきは適応しつつ、対処すべきは対処するとの基本姿勢の下で、新しい指導部は今後ベトナムを取り巻く国内外の様々な局面に対応していくものと考えられる。ベトナムの人々は、少なくとも今後5年間、こうした方向性の下で生活することになる。
(2011年3月23日脱稿)
〔付記〕本拙稿の内容は筆者個人の見解であり、アジア経済研究所ならびに同研究所のベトナム関係者の意見を代表するものではない。