IDEスクエア

世界を見る眼

イランNPT再検討会議出席の舞台裏

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049675

鈴木 均

2010年5月

 この記事は2010年5月18日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『 イランNPT再検討会議出席の舞台裏 』(鈴木均研究員出演)の内容です。


アメリカ・ニューヨークで開催されている「NPT=核不拡散防止条約の再検討会議」では、イランの核開発問題も主要なテーマとなっています。会議初日には、イラン・アフマディネジャード大統領が演説で核保有国のアメリカを批判、昨日はテヘランでトルコがイランと核燃料取引に合意するなどNPT体制の強化に向けた合意がえられるかは予断を許さない状態となっています。

Question イランの動向に関心が高まっていますが、まず国内の状況から教えてください。

Answer イランでは昨年6月の大統領選でのアフマディネジャード陣営の不正疑惑に端を発して都市部を中心に30年前の革命以来といわれる大規模な反体制運動が盛り上がり、アフマディネジャード政権は現在でも国内的に少なからぬ不安定要因を抱えています。

表:イラン国内の政治相関図

ここでイラン国内の情勢をみますと、昨年夏にイスラームの断食月であるラマダーン月が重なって一旦運動は鎮静化したように見えたのですが、その後も様々な記念日などを利用して抗議運動は継続していた訳ですね。そして12月20日にホメイニー師の後継者にも指名されていた高位聖職者のアーヤトッラー・モンタゼリー師が老衰で死亡し、再びアフアマディネジャード政府に対する抗議運動が盛り上がりを見せた。

ところがこうした流れに大きな変調がみられたのが今年2月11日の革命記念日です。この日、期待されたような抗議運動側の動きは何も報じられず、逆に現体制の支持母体である革命防衛隊および下部組織のバシージュが記念日の会場を埋め尽くした。ある試算によると、イラン政府はこの日のために3億ドルを投じてテヘラン市内各所に約30万人を動員したということですが、とにかくインターネットの規制と国営メディアなどの最大限の活用によって、体制側が国内を掌握しつつあるという印象を与えたことは大きかったですね。

Question アフマディネジャード体制が国内でいまだに安定していないというのは意外でしたが、それと今回のNPT再検討会議への出席とは関係あるのでしょうか?

Answer アフマディネジャード体制は国内的には未だに全く安定を欠いた状態にある中で、逆に暴力的な鎮圧劇を目の当たりにした欧米を中心とする国際的な批判の高まりを利用して国際的な緊張と孤立を自ら演出し、国内的な結束を強めようとしている側面があると思います。先の5月3日のアフマディネジャードのニューヨーク訪問も、そうした流れの中で捉えられる部分が少なくないのではないでしょうか。

Question アメリカはこのようなイラン情勢について、どのようなレベルの情報を持っているのでしょうか?

Answer その点ではアメリカのメリーランド大学の調査プロジェクトであるWPOが昨年公表した電話調査による世論動向の報告書が象徴的なのですが、この調査ではイラン国内でアフマディネジャードが大統領選後も広範な支持を得ているという結果を出しています。私自身これに対してはイラン社会の実態を全く反映していないということで、電話調査という方法そのものを含めて批判的なコメントを出していますので、ご関心がある方は" A Critical Review of Opinion Polls relating to Iranian Voting Intentions: Problems of Research Methodology as applied to Complex Societies " ( IDE Discussion Paper No.231 ) をご覧いただければと思います。とにかくこうした杜撰かつ不正確な現状認識もあって、一体イランの現状に批判的な勢力が何を目指しているのか、またアフマディネジャード政権の存続を国際社会がこのまま受容した場合にどのような帰結が待っているのかについて、米国政府自身がきちんとした認識を持てていないのではないでしょうか。

Question イランの批判勢力という事ですが、鈴木さんはこれについてどのように見ていらっしゃるのですか?

図:アフマディネジャードの国内政策

Answer イラン国内の批判的勢力としては、国内的にはムーサヴィー、キャッルービー、ハータミーらが現在でも積極的に発言しており、ラフサンジャーニー元大統領が依然として隠然たる影響力をもっています。彼らはすべて1979年以来の革命体制を実質的に支えてきた功労者ともいえる政治家で、アフマディネジャード政権としても容易に手を下すことはできない存在です。 また宗教界においてもホメイニー師の家族やモンタゼリー師の衣鉢を継ぐサーネイー師はアフマディネジャードの現体制に対して強い批判的姿勢を隠していません。

しかしこうした勢力とは別に、大統領選のはるか以前からテヘランを始めとする都市部の各大学がイランの反体制運動の拠点になってきたことは周知の事実で、こうした学生運動の主導者のなかにはイランの革命体制そのものを否定する急進的な見解の持ち主も少なくないと考えられます。 さらに日本ではなかなか見えにくいことですが、ヨーロッパ各国や米国にいる多数のイラン系住民の存在があります。こうした人々の見解はさらに多様ではあるでしょうが、全体としてイランの革命体制そのものに対する否定的な感情は国内よりも遥かに強いものがあると思います。彼らはイラン国籍がある限り投票権もありますし、実際の政治的影響力についても事態の展開の中で重要な役割を果たしていく可能性は充分あります。因みに現在ジャーナリストや学生を始め、アフマディネジャード体制に批判的な人々のかなりの数がトルコに出国しているとも報じられています。

Questionそれではアフマディネジャード政権の側は、今後どのようにしてこの難局を乗り越えていこうと考えているのでしょうか。

表:昨年6月以来の動き Answer 今年に入って国内情勢が表面上落ち着いてくる中で、アフマディネジャード政権は新たな国内政策を矢継ぎ早に発表していますが、これらはすべて「貧困層への支援政策」という美名のもとに、革命防衛隊やバシージュなどの母体となる地方農村部の社会的不満層を体制側イデオロギーに引き付け続けようという政策的意図を明確に読み取ることができます。そしてこうした政策の先に彼らが目指しているのは革命防衛隊を中心とした強大な軍事国家であり、中東域内における軍事的ヘゲモニーの確立こそが彼らの終局的な目標なのでしょう。

Question 「イランNPT再生会議出席の狙い」ですが、「Point of VIEW」は何でしょうか?

Answerイラン国内の民主化勢力に注目 」です。 現政権を背後で支えている最高指導者のハーメネイーは以前から前立腺癌といわれており、健康面の不安が指摘されています。こうした中イランをめぐる情勢は今年に入って混迷の度をますます深めており、何が起きてもおかしくないといって過言ではないと思います。差し当たり次の焦点は大統領選からちょうど1年目の6月12日で、この日の前後にどのような動きがあるか、「イラン国内の民主化勢力に注目」したいと思います。

2010年5月18日