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タイ今後の行方は

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049581

2010年6月

この記事は2010年6月15日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『 タイ今後の行方は』(今泉慎也研究員出演)の内容です。


Question 2カ月以上にわたり騒乱状態が続いていたタイ。タクシン派の大規模な抗議活動は、2010年5月19日の強制排除に至るまでの間にデモ参加者や軍・警察双方で89人が死亡し、1,800人余りが負傷しました。また、バンコク中心部のショッピングセンターなどが放火され、近隣への被害が続きましたが、現在は沈静化しています。デモ隊強制排除後のタイは今どうなっているのでしょうか?

Answer 現在は、先月の騒乱状態が嘘のようにバンコクの様子は静かです。集会周辺の地域や観光業には大きな被害が出ましたが、短期でみると製造業など経済活動への影響は軽微なものに留まっています。

Question これからも抗議活動が続きますか。

Answer 北部、東北部を中心に、タクシン元首相の人気は根強く、現政権に対する不満が残っており、抗議活動が続く可能性は高いと考えられます。しかし、多くの指導者の身柄が拘束されており、小規模なものにとどまるでしょう。

また、政府が、タクシン派に大きく譲歩するならば、反タクシン派が再びデモを起こして、政府に圧力をかける可能性もあります。

Question タイはこれからどうなるのでしょうか?

Answer 2つの課題があります。第1は、タクシン派と反タクシン派との政治対立によって、国民の間に生じた深い亀裂を修復すること、第2は、選挙によって政治指導者を選択する、という民主主義の原点に立ち返ることです。

アビシット政権2つの課題

前者については、アピシット首相が2010年5月3日に発表した、国民の和解を進めるため、5項目からなるロードマップが焦点になっています。

国民和解案

第1は、王制の擁護です。政治的対立に王室を引きずり込んではならないと主張しています。

第2は、都市部と農村、富裕層と貧困層との間で拡大する格差の是正です。政治対立の根底には、経済格差・経済的不平等の拡大があることがようやく認識されるようになってきました。タクシン政権が進めた農村部・貧困層を重視した政策の恩恵を受けたことで、地方住民の政治意識は急速に変化しており、政治を通じた格差是正に強い関心を持っています。政府は、当初は、赤シャツの動きをタクシン元首相によって金で買われた輩にすぎないと甘く見ていたようですが、最近では地方住民の政治意識の変化を深刻に受け止めています。

第3のメディア改革は、メディアの政治偏重を是正しようとするものです。双方が、衛星放送、インターネットなどの新たなメディアをその政治主張の場として利用しました。それをやめようというものです。

第4は、デモとその強制排除によって生じた犠牲者についての真相究明です。

第5は、憲法改正です。

Question この和解はうまくいくのでしょうか?

Answer アピシット首相は、このロードマップの実現が国民和解を達成するために不可欠であるとし、各派に参加を呼びかけています。しかし、アピシット首相はデモ参加者一般への恩赦は認める方向ですが、テロリストとの交渉は断じて行わないという立場を表明しており、各派の参加が進むのか、先行きは不透明です。また、ロードマップの中身の議論はまだ始まったばかりで、現時点で具体的な争点が示されているのは憲法改正だけです。

Question 憲法改正における争点は何ですか。

Answer 2006年クーデタ後に制定された現在の憲法は、政党政治家に対する不信感を強く反映したものとなっています。政治主導をめざした前の憲法がタクシン政権を生んだ苦い経験から、選挙制度が大きく変更されたほか、議員活動に対する制約を多く含んでいます。昨年に国会議員が中心になってまとめた見直し案では、6項目の改正が提案されています。

憲法改正による争点

そのなかでもっとも問題となるのは、1の政党解散規定です。選挙違反があった際に、たとえそれが個人による違反行為であっても、違反行為を行った者が、政党の党首であったり、幹部であったときは、政党自体が解散となり、政党幹部全員が参政権を5年間停止される、というきわめて厳しい連座制を定めています。

しかも、この規定は、タクシン派の政治家に対してより厳しく適用されてきたように見えます。2007年の総選挙でタクシン派は勝利しましたが、2008年には反タクシン派が空港占拠を行うなど大規模な抗議活動を行い、今回と同じように事態は緊迫しました。このとき、憲法裁判所は、各政党の幹部である議員の選挙違反を理由に、与党三党すべての解散を命じ、タクシン派は再び政権を追われました。タクシン派が総選挙を求めるのは、選挙になればまた勝てるとみているからです。

Question 総選挙によって事態は打開できるのでしょうか。

Answer 選挙によって対立が再び表面化する恐れはありますし、それはアピシット首相が早期の選挙実施に消極的な理由の一つでもあります。アピシット首相は、デモ解散の条件として、11月総選挙を提案しましたが、後に撤回しています。

2006年以降、タクシン派の政治家が政権につくと、反タクシン派(黄色)が抗議行動を起こし、反対に反タクシン派の政治家が政権をとると、タクシン支持の赤シャツが再び抗議行動を起こすといういわば場外乱闘の悪循環が続いてきましたし、これからも続く可能性は否定できません。

しかし、選挙で負けた方が気に入らない政権を大規模な抗議行動で倒す、というのは健全な民主主義の姿ではありません。場外乱闘はもうやめにして、再び選挙で争うという原則に立ち返る必要があります。

反タクシン派を主導してきたPAD(民主市民連合)という団体は、選挙の正当性にこれまで否定的でしたが、昨年になって、自ら新政治党という政党を立ち上げ、選挙で争う姿勢を示しています。

ポイントは、誰が、地方の支持を獲得するかです。タクシン派のデモは、政治参加による格差是正を求める地方住民のパワーが表出したものとみるべきでしょう。そうした声を誰が選挙を通じて政治につなげていくのか、それが問われていると思います。

タクシン派と呼ばれる政治家は決して一枚岩ではありません。かつてタクシン派を支えていた派閥や政党のいくつかは、アピシット現政権に加わっています。現在の中選挙区制のもとでは、連立政権が今後も続くと考えられます。与党第一党の民主党とタックシン派の野党第一党の貢献党を二つの極としながら、政党の合従連衡のなかで答えを模索せざるを得ないのでしょう。