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マレーシア:マレーシア総選挙 与党激減の謎

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049597

2008年4月

この記事は2008年4月22日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『マレーシア総選挙 与党激減の謎』(中村正志 研究員出演)の内容です。


【マレーシア総選挙の結果】

マレーシアでは、3月8日に連邦議会下院選挙と全13州のうち12州で州議会選挙が実施されました。結果は与党連合・国民戦線の獲得議席が2/3を割り込む(63%)という、1969年以来約40年ぶりの現象が起こりました。マレー半島部では国民戦線の得票率が50%を割り、州議会選挙では5州を失うなど、歴史的敗北と言えるでしょう。

【マレーシアの社会と政党】

与党連合は14の政党から構成されています。マレーシアは多民族社会で、かつ半島部とボルネオ島北部では社会的な差異があります。こうした民族的、地域的差異にもとづいて政党が形成されているため、自ずと政党の数が多くなるのです。民族構成についていえば、先住系のブミプトラが約65%、華人が約25%、インド人が8%弱。ブミプトラはさらにいくつかの民族に分かれていますが、最大民族はマレー人で総人口の52%程度を占めています。

マレー人を代表する政党が統一マレー人国民組織(UMNO)で、5人の歴代首相は皆UMNOの党首です。華人政党のマレーシア華人協会(MCA)やインド人政党のマレーシア・インド人会議(MIC)などの幹部も常に閣僚に抜擢され、この民族横断的な与党連合による統治が1957年の独立以来50年にわたり続いてきました。

【今回の選挙結果の特徴】

今回の選挙では、与党連合・国民戦線のなかでも、華人政党、インド人政党がかつてない敗北を喫しました。前回の2004年選挙では、主要華人政党2党(MCA、Gerakan)で合わせて52議席を獲得しましたが、今回は17議席に激減。インド人政党のMICは前回の9議席から3議席に減らし、公共事業大臣を務めていた党首も落選しました。

この結果が示唆するように、今回の選挙ではマレー半島部の華人、インド人の票がかつてない規模で野党に流れました。州議会選挙でも、野党が獲得した5州のうち4州は、華人、インド人が比較的多い半島西部に位置します。

UMNOも議席を減らしましたが、以前からイスラム政党のPAS(全マレーシア・イスラーム党)が強かったマレー半島北東部のほかに、首都圏(クアラルンプールとスランゴール州)で多くの議席を失ったことが今回の特徴と言えるでしょう。

【野党ではどこが伸びたのか】

イスラム政党のPAS(7議席→23議席)、ノン・マレー野党のDAP(民主行動党 12議席→28議席)も議席を伸ばしましたが、勢力拡大が著しかったのはPKR(人民正義党 1議席→31議席)です。

PKRの党首はアンワル・イブラヒム元副首相の妻のワン・アジザ女史ですが、アンワル元副首相が実質的な指導者となっています。アンワル元副首相はもともと与党のUMNOに所属していましたが、マハティール前首相との確執から1998年に副首相を解任され、直後に職権濫用などの容疑で投獄されました。アンワル氏が政権を追われた結果、現職のアブドゥラ首相がマハティール前首相の後継者として浮上しました。

PKRはアンワル元副首相の支持者が中心となって1999年に設立されました。設立当初はマレー人政党の色彩が濃かったのですが、前回の選挙から華人やインド人の候補者が増えました。今回は、マレー半島部に限ってみると、下院選挙では25%、州議会選挙では30%がノン・マレーです。ノン・マレー候補の当選率は高く、その結果、下院、州議会双方ともPKR所属議員の半数がノン・マレーになりました。一方マレー人候補についてみると、特に首都圏で強い支持を得ています。

今回の選挙でPAS、PKR、DAPの主要野党3党は、アンワル元副首相の仲介のもとに候補者調整を行い、マレー半島部のほとんどの選挙区では野党間の相打ちが回避されました。この3党で過半数の議席を得た州での州政権設立でも、アンワル元副首相のイニシアティブのもとで調整が進められました。3党は、将来中央の政権を獲得した場合にはアンワル氏を首相にすることで合意しており、現在、彼が野党側の最重要人物といえます。

【なぜ与党離れが進行したのか――明確な争点なき敗北】

下院選挙、州議会選挙とも小選挙区制のもとで行われているため、得票率のわずかな変動が議席数の大きな変化をもたらすという制度的要因が考えられます。実際、前回の下院選挙で与党連合は、64%の得票率で定数の9割に達する議席を獲得しました。今回議席を大幅に減らしましたが、得票率でみれば12ポイントの低下となります(国民戦線の得票率は51.5%)。しかし、これまでの与党連合の強さに鑑みれば、得票率の12ポイント低下という結果はそれなりに大きな変化といえるでしょう。

過去に与党連合が苦戦した選挙では、民族間対立や深刻な不況といった要因がありました。ところが前回の選挙からこれまでの間には、決定的な失政や重大な政策転換、激しい論争となった争点などはありませんでした。それにもかかわらず与党が支持を失ったことが今回の選挙の特徴であり、新たなトレンドの到来を感じさせます。

まず経済について見ると、2007年のGDP成長率は6.3%、インフレ率は2.0%と比較的良好です。ただし統計の数値と庶民の肌感覚には差があり、とくに物価高への不満が昂じていました。野党側はガソリンなどの石油製品や電気料金の値上げを批判しており、インフレが与党離れの一因となった可能性があります。

これまでの報道では、与党敗北のおもな要因として、汚職とブミプトラ政策(マレー人優遇政策)への不満が指摘されています。しかし、汚職がアブドゥラ政権の下で急速に深刻化したわけではなく、むしろアブドゥラ政権は前政権よりも汚職の摘発に積極的に取り組んできました。その結果、汚職の報道が増え、汚職対策が進んでいないという印象を有権者に与えた可能性があります。ブミプトラ政策にしても、たしかにアブドゥラ政権のもとで新たに追加されたものもありますが、全体としてみれば緩和の方向に進んできたといえます。

【この4年間で変わったもの――政府を批判しやすい環境の発生】

では、この4年間で生じた大きな変化は何かと考えてみると、まず新政権が進めた政治的自由化があげられます。権威主義的なマハティール前首相の時代とは異なり、現政権は「開かれた政治」を標榜し、その結果NGOなどによる政治参加が一定程度進みました。マスメディアも、依然として著しく与党寄りではあるものの、かつてに比べれば野党側の主張を取り上げる機会が増えたことが伺えます。この「上からの開放」により、マハティール時代に比べれば格段に政府を批判しやすい雰囲気ができあがったといえるでしょう。

この「上からの開放」と平行して、社会の側では、インターネットによって情報発信、受容のチャネルが一気に拡張しています。この4年間に独立系のインターネット・メディアや政治的メッセージを発信するブログが勃興し、その多くが政府批判を繰り広げました。野党も積極的にインターネットを活用しています。インターネットによる情報化の進展と、先ほど述べた「上からの開放」の相乗効果によって、政府を批判しやすい環境ができあがったといえるのではないでしょうか。

こうした政治的、社会的変化に真っ先に反応するのは、多くの場合都市中間層です。PKRが首都圏で良好な成績を収めたのは、中間層のマレー人が多いためだと考えられます。

以前に比べて政府を批判しやすい環境ができあがったことは、華人、インド人の急激な与党離れの一因ともなったと思われます。ブミプトラ政策はすでに40年近く続いていて、その間、ノン・マレー市民にとっては潜在的な不満の種であったと考えられます。しかし、民族間の利害対立の問題は「敏感問題」と呼ばれ、公開での議論が禁じられてきました。ところが政府が「上からの開放」に着手すると、UMNO幹部のなかからも、「敏感問題」について改めて議論する時期になっているのではないかと発言する者が出てきました。こうした環境の変化が、長年の不満が一気に噴出するきっかけになった可能性があります。

【今後の展望(1)――首相の進退問題】

アブドゥラ首相は続投の姿勢を変えていません。ただし、4月に入ってお膝元のUMNOの中から、首相後継プロセスに着手すべきとの意見が上がり始めています。現在は、12月に予定される党大会以降に後継に向けた手続きを始めるということで一応の合意となっていますが、しばらくは予断を許さない情勢が続くでしょう。

しかし、首相が突然の辞任を強いられることになったとしても、そのときにはナジブ副首相が首相に昇格することがほぼ確定しているため、大きな混乱はないと予想されます。

【今後の展望(2)――懸念される民族間関係の悪化】

中長期的にみると、もっとも懸念されるのは民族間関係の悪化です。今回の選挙によって、華人、インド人が政府に強い不満を抱いていることが明白になりました。マレー人の与党支持も減ったものの、相対的に見れば依然としてかなり高く、マレー人とノン・マレーの間で政府や政策への評価が著しく異なるのは明らかです。

与党連合内を見ると、今回の選挙結果を受けて、華人・インド人の与党議員が激減しました。与党連合の中で、華人政党、インド人政党の影響力が下がるのは必至です。

こうした環境のなかで、華人与党、インド人与党の幹部は支持の回復に努めなければなりません。そのためには、何かのきっかけで民族問題や宗教問題が政治争点化したときには、UMNOに対して強い態度で交渉に臨む必要があります。一方のUMNOも今回多くの議席を失っており、MCAやMICを助けるために政策面で妥協するのは難しい環境にあります。

このような政治的環境のもとで、仮にブミプトラ政策の完全撤廃を求めるような動きが華人、インド人社会の側で発生するようであれば、政治的な緊張は避けがたいと言えるでしょう。

ただし、これまでブミプトラ政策にもっとも強く反対してきた華人系野党のDAPは、野党側が州議会選挙で勝利した結果、マレー人主体の政党と州レベルで連立政権を組む立場になりました。よって直ちにブミプトラ政策の是非が重大争点として浮上する可能性は高くないと考えられますが、中長期的には、この問題は懸念材料として残ると考えられるでしょう。

※本記事の内容は2008年4月時点の情報です。