IDEスクエア
論考
台湾のオープンデータ推進――日本との比較からみえた台湾の特徴
Taiwan's open data promotion and its characteristics through comparison with Japan
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001255
柏瀬 あすか
Asuka Kashiwase
2025年1月
(10,263字)
台湾ではオープンデータの推進が始まってから10年以上が経過した。台湾のオープンデータ推進は、欧米から少し遅れて2012年ごろ始まったが、2015年に英国の非営利団体が発表したOpen Data Indexで、122の国・地域中1位を獲得するなど急速に発展した(簡・張 2016; 狩野 2018)。オープンデータの活用は多岐にわたり、例えば、コロナ禍では、マスク実名販売制度の導入にあわせて、オープンデータを用いた官民協力によりマスク在庫マップが構築された(Lin and Guo 2022)。
オープンデータはすでに世界的な潮流であり、日本も2012年の「電子行政オープンデータ戦略」発表以降、取り組みを進めてきた。2016年以降は各国で機械学習の開発やAIによる社会課題解決のためにオープンデータを推進すべきとのコンセプトが提示され(Davies 2019)、例えばEUではオープンデータとAIを組み合わせたアプリケーションの開発が行われているほか、UNESCOは2023年にAIを念頭に置いたオープンデータガイドラインを公表している。
こうした状況において、オープンデータを用いた官民協力の経験があり、国際的に評価された台湾の取り組みを理解することは有用であろう。本稿は、台湾におけるオープンデータの推進過程を明らかにしたうえで、同様にオープンデータを推進している日本との比較を行い、どのような違いがあるのかを考察する。
オープンデータの概念
オープンデータとは、インターネット上で無料かつ自由にアクセス・利用できるデータを指す。「自由に」には、法的な自由と技術的な自由の二つの意味が含まれ、法的な自由はオープンライセンス、すなわち利用条件を開かれたものにすることを指す(庄司 2014)。技術的な自由はオープンフォーマットともいわれ、データの機械読み込みが可能で、一般的なフリー・ソフトウェアを利用してアクセス・利用できる形式で提供されることを指す。
そのため、政府が情報を公開するだけでは、必ずしもオープンデータとはいえない。台湾では、人々の「知る権利」を保障するために、2005年施行の「政府資訊公開法」(政府情報公開法)で、行政機関が作成・保有する情報の公開を義務付けている。ただし、同法が定める情報公開の手段は記者会見や出版物などを含み、オンラインで誰でもいつでも情報を閲覧・再利用できるようにしなければならない、というルールまでは設けていない。
台湾では、オープンデータは「開放資料」といわれ、2013年に公布された「行政院及所属各級機関政府資料開放作業原則」(行政院および所属各級機関の政府オープンデータ作業原則)において、オープンフォーマットかつ無償で、利用目的・地域・期間の制限を受けず、取消不能なライセンス1でインターネットに公開し、個人、学校、団体、企業、政府機関などの利用者に提供するデータと定義された。オープンデータ化するデータは、政府資訊公開法で公開が義務付けられている法令や統計、予算などの10項目の情報と定めている。
台湾におけるオープンデータ推進政策の展開
台湾におけるオープンデータの発展は、2009年~2012年の民間団体や個人による啓蒙期間(蕭 2012; 項・楊・羅 2022)と、2012年以降の政府による推進期間に二分される(數位發展部 2023)。2009年は、米国のオバマ大統領(当時)がオープンガバメントを打ち出した時期2と重なっており、海外の潮流をふまえて台湾でもオープンデータが注目され始めたと考えられる。2010年には、オープンストリートマップの台湾コミュニティ「開放街図台湾」の成立や、青平台基金会によるオープンデータの推進や国際的な動向の把握プロジェクトが行われ、こうした社会の動きに応じて、政府による台湾のオープンデータ推進が始まった(翁 2020)。
2012年に「政府資料開放推動策略」(オープンガバメントデータ推進戦略)が行政院第3322次院会(閣議)を通過し、行政院下の各機関、すなわち日本の省庁に相当する機関が、原則無料かつ、自動化・体系化された多くのデータのオープン化を行い、人々・企業による活用を促進することとなった(項・楊・羅 2022)3。この決議は台湾のオープンデータ政策における重要なマイルストーンとなっており(陳 2013; 王 2015)、これを機に様々な制度の導入や取り組みが行われた。
2013年にはオープンデータ推進の基盤となる「行政院および所属各級機関の政府オープンデータ作業原則」やデータプラットフォームの「政府資料開放平台(data.gov.tw)」が成立した。「行政院および所属各級機関の政府オープンデータ作業原則」はオープンデータの提供や利用に関わる基本的な定義を示すもので、2005年施行の政府資訊公開法とあわせて、行政機関がオープンデータを推進する際の基盤となっている(戴・顧 2015)。台湾では、オープンデータを推進する前から、政府が保有する情報の価値や再利用の重要性が指摘されていたものの、政府機関と市民・民間団体間の情報の非対称性や、データ利用者のニーズの把握、取引のコストや運用モデルの確立が課題となっていた。作業原則やフィードバック機能を備えたデータプラットフォームの整備は、こうした課題の軽減につながった(Yang et al. 2013)。
2015年~2016年は、オープンガバメントデータに関する規制、評価メカニズム、データ品質要件など、基本的な環境がほぼ整備され、官民連携のデータ活用が促進された時期である(顧 2016)。冒頭で触れたOpen Data Indexで台湾が首位を獲得するなど、その取り組みは国際的にみても高い水準に達した。この期間の主要な取り組みを挙げると、まず、2015年に行政院が「オープンデータの応用深化元年にする」として、オープンデータの提供を加速させ、ライセンスやメタデータに関するガイドラインの制定などを進めた。さらに、インターネットの急速な発展と普及を踏まえ、情報化時代の政策指針として「ide@ Taiwan 2020政策白皮書」(アイディア台湾2020政策白書)がまとめられ(吳 2015; 行政院 2015)、民間と政府が相互に信頼できるオープンデータ環境の構築と、2020年までに3万のデータセットを提供するとの目標が設けられた(國家發展委員會 2016)。その後、この政策指針をもとに「政府資料開放進階行動方案」(オープンガバメントデータ高度行動計画)が策定され、目標達成のための3つの具体策として、オープンデータに関する協議メカニズムの構築、信頼できるオープンデータ環境の整備、官民協力の促進にむけた取り組みが実施された。
ここで、情報通信に関する政策を俯瞰すると、台湾ではさかのぼること1998年から「電子化政府計画」のもとで、情報通信技術(ICT)を活用した行政手続きの簡素化やサービスの品質向上が進められ、その手段として2012年ごろから行政内部におけるデータの活用が重視されるようになっていた。2015年に「アイディア台湾2020政策白書」が発表されると、政策の主軸が、ICT活用による行政サービスの改善から、データガバナンスによる社会や個人の課題解決を目指す「スマート化」へと拡張し(簡 2015; 潘・楊 2018; 謝・蔡 2020)、行政にとどまらず、社会のためにデータの活用や管理を重視する姿勢が鮮明となった。この変化のなかで、電子化政府計画は2017年に「服務型智慧政府推動計画」(サービス型スマート政府推進計画)、2021年には「服務型智慧政府2.0推動計画」となり、オープンデータは官民協力や政府の透明性向上のツールとして位置づけられ、データの提供や活用が促進されている。
さらに、電子化政府計画とは別に、2016年に国家全体のスマート化を目指す「数位国家・創新経済発展方案」(デジタル国家・イノベーション経済発展計画、DIGI+計画)が発足し、2021年以降は「智慧国家方案」(スマート国家計画)という名称で継続されている。行政サービスのスマート化を主軸に据えていたサービス型スマート政府推進計画と比較すると、DIGI+計画やスマート国家計画は、関連産業振興や人材育成を含んだ、広範な内容になっている。オープンデータについては、データの品質の向上や、産学官におけるデータの活用の促進、法整備等に取り組み、データガバナンスエコシステムを構築することを目指している。これに呼応して、データの規格や品質を評価・表彰する制度や、オープンデータプラットフォームである「高応用価値テーマ専用ページ」の導入、総統府主催の総統杯ハッカソン (洪 2024)などが実施され、現在も続いている。
加えて、オープンガバメントという文脈でもオープンデータが推進されるようになった。オープンガバメントは、透明性、政治参加、官民協力に基づいて、開かれた政府を目指す取り組みで、オープンデータはそのツールに位置づけられる。国際的にオープンガバメントを推進する枠組みとして、2011年に発足したオープンガバメントパートナーシップ(OGP)がある。台湾はオープンデータの推進と同時期にあたる2012年から加入を試みたものの、国際連合に非加盟であるという理由で2016年に加入が不可とされた(蘇・吳 2019)。そこで、2019年に、OPGの基準に則した4オープンガバメント国家アクションプランを自主的に研究・策定すると宣言し、2021年に5分野19項目のコミットメントからなるアクションプラン(実施期間は2024年5月まで)を発表した。その内容は、既存の取り組みにオープンガバメントの要素を取り入れ、あるいは強調したものが多く、データの活用以外にも、クリーンな政治やマネーロンダリング防止に向けた取り組みなどを含んでいた(國家發展委員會社會發展處 2021)。オープンデータに関しては、データ品質の向上や再利用制度の整備、プライバシーと個人情報保護の強化、環境や災害、衛星分野のオープンデータ整備に取り組んだ。
これまで述べてきた取り組みをまとめると、以下の図のようになる。2012年にオープンデータの推進が始まり、2016年ごろには基本的な環境が整備された。このころ、情報化時代をふまえた政策のなかで、データガバナンスや行政・国家のスマート化が重視されるようになった。2024年時点では「サービス型スマート政府2.0推進計画」や「スマート国家計画」「オープンガバメント国家アクションプラン」にオープンデータの推進が盛り込まれていた。これらの政策において、オープンデータは経済価値の創出、官民協力や政府の透明性向上の手段とされ、データの数量・質を向上させると同時に、官民で活用を促進する取り組みが続いてきた。
各種の取り組みにより、台湾におけるオープンデータの提供量は増加している。データセットの数は、2014年12月時点の3377件から、2015年10月には1万2200件に増加し(國家發展委員會 2015)、2024年7月時点では5万5000件以上に達した(數位發展部 2024)。
図 台湾のオープンデータに関わる主要な政策や取り組みの枠組み(2009~2024年)
民間部門や市民コミュニティとの関わり
台湾におけるオープンデータの推進は、中央政府主導で実施されてきた。具体的には、行政院(内閣に相当)下の組織が立案した方針をもとに、国家発展委員会やデジタル発展部などの関係部会(省庁に相当)が実施するという体制をとっている。政策立案は、当初「行政院国家資訊通信発展推動小組」(行政院国家情報通信発展推進チーム)が担っていた。推進チームは、行政院下の情報通信や電子化に関する3つのプロジェクトチームを統合して2001年に発足したものである(劉 2011)。推進チームは2017年に「行政院数位国家創新経済推動小組」(行政院デジタル国家イノベーション経済発展チーム)、2021年に「智慧国家方案小組」(スマート国家計画チーム)に改編されたが、チームの下に一貫して産学官出身メンバーで構成される「民間諮問委員会」を設けてきた。
オープンデータの供給者でもある行政院および各部会には、2015年公布の「政府資料開放諮詢小組設置要点」(オープンガバメントデータ諮問チーム設置要点)に基づき、諮問チームが設置されている。このチームは、三分の一以上を民間部門(社会団体、学術的な専門家、実務経験者)から招集すると定められており、民間代表者からは、新たに公開するオープンデータや具体的な項目についての提案が行われている5。
政府機関内に設けられた仕組みに加え、一般の人々や市民団体がオープンデータの推進を後押しする動きもあった。台湾では2014年に、当時与党であった国民党が、中国との間で締結された「両岸サービス貿易協定」の強行採決を試み、これに反発した学生らが立法院(台湾の最高立法機関)を占拠する事件があった。この事件は、ひまわり学生運動や318学生運動等と呼ばれる。この運動において、オープンソースコミュニティの「零時政府」(g0v)が、占拠した立法院の様子を中継する環境を整え、運動の情報を整理・閲覧できるプラットフォームを構築した(邱・鄭 2015; Rowen 2015)。この運動以降、テクノロジーを活用した政治参加の機運や、政府の透明性に対する国民の意識が高まった(李・曾 2017; Lin and Guo 2022)。そして、国家発展委員会が運営する公共政策インターネット参与プラットフォーム「Join」や、行政院、政府系シンクタンクの資訊工業策進会、g0vが共同管理するオンライン法案討論プラットフォーム「vTaiwan」が整備された。オープンデータに関する提案も行われ、例えばJoinでは、2020年にオープンガバメント国家アクションプランのコミットメントに関する意見募集が行われた。
2014年6月には、g0vを含む複数のオープンソースコミュニティが集うコンソーシアムとして開放文化基金が設立された。開放文化基金は、オープンテクノロジーと、セクターを越えた協力によるデジタル社会の発展を促進することを理念に掲げている。オープンテクノロジーとは、オープンソース、オープンデータ、オープンガバメントを指し、これらの普及・啓蒙活動や、政策提言、国際交流、関連する市民コミュニティの活動支援を行っている。
オープンデータを活用した、市民コミュニティと政府の協働事例もある。2015年に台湾北部のウォーターパークで粉塵爆発(八仙水上楽園爆発事故)が発生した際、台北市政府とg0vが協力し、負傷者の情報を確認できるプラットフォームを構築した。さらに、これを契機に行政内部と市民コミュニティ間にコミュニケーションパイプができ、新たな協業につながった(李・曾 2017)。2020年には、コロナ禍における市民のマスク購入に際し、市民エンジニアによるマスク販売店マップ制作の情報を得た唐鳳無任所大臣がマスクの在庫データをオープンデータとして公開できるよう調整した(Lin and Guo 2022)。当時、台湾当局は保険証によるマスクの実名購入制度を準備しており、この制度にマップを実装することで、マスク買い占めなどの混乱を回避した(大野 2022)。
こうした活動および活動を行う市民はシビックテック(Civic Tech、台湾では「公民科技」)と呼ばれる。シビックテックの定義は一義的ではないが、ITの知見や技術を有し、自主的に公益に資する活動を行う市民またはその活動と捉えることができる。台湾では、シビックテックとの官民協力による公共サービスの改善や、社会のデジタルレジリエンスを強化するために、デジタル発展部の下で「公民科技試験場域」(シビックテック実験場)や、「数位創新関鍵基礎建設計画」(デジタルイノベーション重要インフラストラクチャー計画)が推進されている。
日本のオープンデータ政策との相違点
ここで、台湾と日本におけるオープンデータの推進に関する政策を比較し、台湾の特徴を明らかにしたい。台湾と日本は、いずれも電子行政の基盤を整えつつ、ほぼ同時期に欧米に追随して、中央政府のもとでオープンデータの推進を開始した。日本のオープンデータ政策は、2010年の「新たな情報通信技術戦略」において行政情報の公開、すなわちオープンデータを通じたオープンガバメント推進に言及したところから始まり(本田 2014)、2012年の「電子行政オープンデータ戦略」以降、公共データの利活用による新サービス創出や産業振興を進め、2016年以降は、新サービスの創出に重点を置き、事業者が保有するデータについてもオープン化を推進してきた(楽 2019)。
台湾と日本のオープンデータの提供状況は、米国の非営利団体が公開しているOpen Data Inventory(ODIN)で比較することができる。ODINは政府が提供するデータのカバレッジと、そのデータが容易なアクセス、オープンライセンス、オープンフォーマットを満たす「オープン」であるかを評価するもので、2022年のスコアは台湾が100点中66点、日本が68点と、ほぼ同じ水準であった。ただし、ODINではデータの利活用や、それを支える法令・政策の評価は行っていない。
台湾と日本、それぞれでオープンデータの基準や、利活用を促進する際に根拠とされる法令・政策は以下の表のように整理される。台湾では、人々の「知る権利」を保証する「政府資訊公開法」と、オープンデータの定義を明示した「行政院および所属各級機関の政府オープンデータ作業原則」が基盤となっている。しかし、「政府資訊公開法」は、情報公開の方法や再利用に関する内容が不十分と指摘されており(陳・林・莊 2013; 戴・顧 2015)、同法にオープンデータに関する事項を盛り込む、あるいはオープンデータに関する特別法を制定することが要求・検討されてきたが、コンセンサスが得られず、実現に至っていない (狩野 2018; 戴・賴 2021; 開放⽂化基⾦會 2024)。
一方、日本では、2016年に成立した「官民データ活用推進基本法」が、国および地方公共団体へのオープンデータ実施を義務付けている6ことに加え、事業者(民間機関)が保有するデータについても、国民の利用に資する措置を講じる努力義務が定められている(楽 2019)。こうした取り組みの一因として、日本は交通および関連データの保有における民間機関の存在感が大きいという事情がある(楽 2019)。
台湾に話題を戻すと、日本の「官民データ活用推進基本法」のように民間機関のオープンデータへの努力を推奨するような法的根拠はない。「行政院および所属各級機関の政府オープンデータ作業原則」では、行政院とその所属機関にはオープンデータが義務付けられ、公営事業、公立学校と行政法人には取り組みを推奨するが(戴・賴 2021)、民間機関には言及していない。ただし、民間機関が保有するデータを共同運用する取り組みは存在する。2016年に、交通部(国土交通省に相当)が主導するスマート交通政策の下で、公的機関と民間機関に分散している交通データ流通のためのプラットフォームが構築された(王ほか 2018)。現在は「運輸資料流通服務平台 (Transport Data eXchange: TDX)」という有料のデータポータルとして運営されている。データ保有者が民間機関にまたがる場合は、その利活用が必ずしもオープンデータの枠組みで推進されているとは限らず、交通、気象、医療健康など、分野ごとのデータ政策を読み解く必要がある。
表 台湾と日本のオープンデータに関する法令・取り組み
(現行法のみ記載、カッコ内は施行年)
オープンデータの推進における、民間部門やシビックテック等の市民コミュニティとの関わりに目を向けると、日本は、オープンデータの整備や利活用、ワークショップ開催に関する支援を行う「オープンデータ伝道師」と「オープンデータサポート団体」をデジタル庁が認定し、地域のオープンデータ化を推進している。こうしたサポーターには、学術機関やシビックテック市民コミュニティ、民間企業等やそこに所属する有識者が選ばれており、シビックテックのなかには、オープンデータを活用した地域課題の解決経験や、Code for Japanのような、自治体との協業経験を有する団体も含まれる。また、Code for Japanが実施するコーポレートフェローシップ(民間企業の社員を自治体に一定期間派遣するプロジェクト)を通じて自治体のオープンデータを支援する取り組みも存在する(松崎 2017)。
こうした事例をみると、日本では民間部門やシビックテックがオープンデータ推進支援の担い手として行政と長期的な協力関係を築き、特に地方のオープンデータを支援する役割としての存在感が強い印象を受ける。この理由として、日本におけるオープンデータを用いた市民活動は地域課題の解決に関わるものが多く(井上・谷口 2019)、地域のデータを有する自治体のオープンデータ化を支援することは、シビックテック自身にとっても重要になっていることが考えられる。実際に、日本の自治体を対象としたオープンデータの取り組み動向調査では、シビックテックとの関わりは自治体のデータ公開施策の進展にポジティブな影響を与えることが示唆されている(野村・川島・有田 2021)。
台湾のシビックテックは、オープンデータ政策の策定においては、関連する諮問委員会への参加を通じた継続的な協力関係を築き(開放文化基金會 n.d.)、データの活用においては、透明で開かれた政府や社会を求めて活動するなかで、スポット的にオープンデータを活用して行政と協業してきた(李・曾 2017)。「シビックテック実験場」を通じて地方政府との協業も進んでいるが、全体としては、日本のような地方のオープンデータ推進の担い手というよりも、オープンなカルチャーを促進する取り組みの一つとして政府と協力しているように映る。開放文化基金会下に集うオープンソースコミュニティの活動をみると、オープンライセンスの一種であるクリエイティブ・コモンズの推進や、歴史的資料のオープンデータ化、フェイクニュースのファクトチェックなど、地域課題よりもオープンテクノロジーそのものの普及や実装に焦点を当てた技術志向が強いものが散見される。
日本と台湾でシビックテックと行政の関わり方に違いがみられる理由として、日本と台湾でシビックテックが重点的に取り組む課題やコアバリューが異なることが考えられる。オープンデータを利用した市民活動を日本と海外(台湾以外の国を含む)で比較した研究では、市民の位置づけが、日本では地域課題の掘り起こしと解決の主体とされる一方、海外では透明性向上や政策プロセスの担い手になっているという違いが示唆されている(井上・谷口 2019)。また、シビックテックの傾向として、地域課題の解決をコアに据える団体と、民主主義の追求をコアに据える団体があり、各国のCode for 〇〇(〇〇には地名が入る)というコミュニティや日本のシビックテックは前者が多い一方、台湾のg0v等は後者にあたるとの指摘がある(榎並 2018)。
結論
台湾は、世論や国際的な動向に応じて、日本とほぼ同時期の2012年から中央政府主導でオープンデータの推進を開始し、2015年ごろには基本的な制度的枠組みが整えられた。こうした取り組みの主な拠り所は「行政院および所属各級機関の政府オープンデータ作業原則」と「政府資訊公開法」だが、日本の「官民データ活用推進基本法」に相当する、官民のオープンデータ活用に言及した法律はなく、特別法の制定が議論されている。
オープンデータの推進には、市民によるオープンデータを求める声や、テクノロジーを活用した政治参加の機運および透明で開かれた政府を求める声の高まりも、追い風となった。シビックテックと行政の関わりに目を向けると、日本のシビックテックが地方のオープンデータ化を支援する役割としての存在感が強い一方、台湾のシビックテックは相対的に技術志向が強く、オープンテクノロジーの普及・実装を促進する活動のひとつとして、行政と協力を行っている姿が浮かび上がった。この一因として、日本と台湾でシビックテックのコアバリューが異なり、台湾では透明性向上や民主主義の追求を重視する傾向が強いことが考えられる。
台湾におけるオープンデータの推進に関わる政策のうち、「オープンガバメント国家アクションプラン」は2024年5月に実施期間が終了し、開放文化基金会が次のアクションプラン策定に向けた提案を行っている。「サービス型スマート政府2.0推進計画」や「スマート国家計画」は2025年までを実施期間としており、後続の政策検討が始まるとみられる。オープンデータ推進を主管するデジタル発展部は、「サービス型スマート政府2.0推進計画」の進捗説明のなかで、今後行政サービスにおけるAIの積極的活用を行うと述べており、AI等の新興技術の普及がオープンデータの推進や規範の制定、さらにはシビックテック等の官民協力の内容にどのような変化を及ぼすか注目される。
この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
- 中華民國總統府( Official Photo by Wang Yu Ching)(CC BY 2.0)
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- Yang, Tung-Mou, Jin Lo, Hui-Ju Wang, and Jing Shiang (2013) “Open data development and value-added government information: case studies of Taiwan e-government.” In ICEGOV '13: Proceedings of the 7th International Conference on Theory and Practice of Electronic Governance, eds. Tomasz Janowski, Jeanne Holm, and Elza Esteves. New York: Association for Computing Machinery. 238–241.
著者プロフィール
柏瀬あすか(かしわせあすか) アジア経済研究所在台湾海外派遣員(2023年2月~)。2018年ジェトロ入構後、2022年から台湾および中国の貿易・投資に関する調査に従事。
注
- 取消不能なライセンスとは、著作者による撤回ができないライセンス(許可)を指す。例えば、クリエイティブ・コモンズ(CC)のライセンスは取消不能で、CCライセンス付きの作品を入手した人に対して、当該ライセンスで認められている利用を止めることはできない。
- オバマ大統領は、2009年1月21日に、透明性とオープンガバメント(Transparency and Open Government)に関する覚書に署名をした。同年12月8日には、オープンガバメント指令を発表し、これを受けてData.govというオープンデータのプラットフォームが立ち上げられた。
- 「政府資料開放推動策略」が打ち出される以前の2011年に、電子化政府計画の「第四フェーズ」(実施期間は2012~2016年)で、行政効率と政府サービス品質を向上させるために「オープンデータ」の応用を行うと言及された(宋・李 2012; 陳 2013; 李・曾 2017)。ただ、この段階では、データの共有や運用は政府内部に限定され、今日のオープンデータが指すものとは乖離があった(蕭 2012; Yang and Wu 2014)。
- オープンガバメントパートナーシップ参加国・地域は、市民と協議のうえでアクションプランを策定・実行し、その結果をIndependent Reporting Mechanism(IRM)に基づき報告することが求められる。
- 例えば、経済部(経済産業省に相当)の場合、2023年の会議で、RCEP加盟国とCPTPP加盟国に関するオープンデータに関し、過去10年間の台湾との商品別輸出入金額を含めたほうがよいとの提案や、電気自動車のオープンデータに関し、管理会社の充電設備データに各充電パイルの使用状況をリアルタイムで示す列を追加できるか等の提案があった。
- デジタル庁「オープンデータ」を参照。