21世紀の経済発展における政府の役割とは?

2011年2月16日(水曜)
グランドプリンスホテル赤坂  五色2階 五色の間
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主催:ジェトロ・アジア経済研究所、朝日新聞社、世界銀行

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パネルディスカッション(1)
モデレーター

白石 隆 (ジェトロ・アジア経済研究所所長)

パネリスト

チェ・ウック 氏(韓国対外経済政策研究院院長)
平野 克己 (ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター長)
柳瀬 唯夫 氏(経済産業省大臣官房総務課長)
ベン・ファイン 氏(ロンドン大学東洋アフリカ学院教授)
谷口 和繁 氏(世界銀行駐日特別代表)

白石

どうもありがとうございます。恐らく皆さんもこれまでの議論を聞いていて疑問に思っていることが幾つかあるのではないかと思います。あと25分ぐらいディスカッションの時間があると思いますが、同じ問題について随分違う考え方が提出されているものが幾つかあります。一つは産業政策をどのように考えるのかということです。最初にファイン先生は、産業政策をどう定義するかは非常に広範囲(Wide range)になってきていると指摘されました。

それに対して、チェ先生は二つ言葉を使っています。一つはストレングスニング・マーケットメカニズム(マーケットメカニズムを強化する)、もう一つはクリア・マーケット・シグナリングということで、マーケットがうまく働く政策をするということをもって産業政策と言っておられるのかなと私は理解しました。
 さらに平野さんは非常にはっきりと、要するに国際競争で勝てる企業を育てるのが産業政策だと定義をされていました。この辺りをどう考えるのかということを、特にこのお三方と、実際にそういう産業政策そのものを今計画し実行しようとしている柳瀬課長に、もう少し突っ込んで伺ってみたいと思います。

ファイン

また発言する用意をしておりませんでした。産業政策という観点から非常に重要だと思うのは、先ほど言ったように、水平・垂直の要因を見ていくということです。セクター内で戦略的なこともそうですし、その国特有のものも見ていかなければなりません。日本の場合には、よりネットワークタイプの政策を追求したがっていらっしゃいます。特に強調したいのは、ほかの国は開発の違う段階にあるので、そういう状況というのはほかの国の抱える問題とは違うのです。多くの場合、課題は大きいかもしれませんが、こういう問題を抱えている日本はむしろ幸運かもしれません。

そして市場をうまく機能させるという問題については、そういう見方が正しいかどうかは私はまだ説得されていません。日本の製造業、そして日本の活動をうまく生かすためには、マーケットを通じて、あるいは国を通じていろいろなことをすることを意味するかもしれません。ただ、これは憶測で決定することはできません。いろいろな障壁を検討した上で決めていかなければなりません。障壁、障害というのは国内ばかりの問題ではなくて、グローバルな経済要因も、競争相手(コンペティター)もかかわってきます。

念頭に置いておかなければならないのは、その定義上、全部が第1位に、最前線にいくことはできないわけです。

チェ

スピーカーの皆さんにはいい発表、いい報告をいただきまして、ありがとうございます。われわれが避けなければいけないのは誤解です。政府の介入、あるいは介入的な政策といったときに、誤解してはいけないと思います。私も言いましたように、過去には政府が市場機能に介入することが可能でした。しかし今、多くの政策や措置が国際的、あるいはグローバルなルールにのっとっています。ですので、そのような状況を回避することはできません。では今政府が市場をより機能させるために何ができるかといえば、先ほど発表の中でも申し上げたように、市場メカニズムを作るということ、そしてはっきりとした市場に対するシグナルを送るということです。

先ほど発表の中で、柳瀬さんは、日本は産業的な組織が必要だとおっしゃっていました。どうでしょうか。率直に申し上げると、韓国も同じですが、韓国だけではなく日本でもさまざまな保護主義があります。だからこそ競争力のない多くの企業が市場にとどまることを許されているわけです。しかしこれは是正しなければなりません。自由化を通じて、あるいは政府による規制緩和によってのみ是正されます。韓国にはたくさんの問題があります。政府は多くの規制を敷いています。しかし、そういったものは自由化を通じて、徐々にレベルが解除されてきています。

まずWTOによって韓国は随分影響を受けました。産業構造の再編も行いました。また、韓国がOECDに加盟したことも、やはり大きな影響がありました。OECD加盟によって韓国経済の改革が進められたのです。OECDへの加盟が理由にはなっていませんが、韓国は1997年には金融危機に直面し、IMFから厳しいルールが提示されました。こういった政策がすべて正しかったとは思いません。しかし韓国はその方針に従いました。そして韓国はその産業構造を再構築したのです。

2000年代に入り、先ほど申し上げましたように、韓国はさまざまなFTAを締結しました。FTAが韓国と日本との間で締結され自由化が進めば、皆さんがどのように考えられるかは分かりませんが、韓国の自由化はずっと進むことになるでしょう。それは恐らく農業部門の影響が大きいと思います。日本は農業部門において大きな困難を抱えていますが、韓国も同じです。非常に大規模なデモが韓国でも街頭で行われました。大勢の人がそんなに強く反発するとは思わなかったのです。ですが韓国の政治家はこのような大規模なデモあるいは農業部門からの強い反発を乗り越えたのです。

韓国は確かにたくさんの問題があります。しかし今お話ししたようなさまざまな出来事を経験し、歴史的な勢いもあって、韓国は再編後に実現させました。自由化はとても重要だと思います。そして韓国がすべきことは民間部門にただ介入するというのではなくて、さまざまな障壁を規制し、FTAも一種のインフラだと思うのですが、こういったものを提供していかなければいけないと思います。そして多角的貿易交渉などを成功裏に行っていくのは、政府の役割、政府が主導していくものだと思います。そのような方向に政府が、それこそ企業に対しシグナルを送らなければいけないのです。そうすれば企業も自分たちがやっていることに対し納得するでしょう。

白石

それでは次に柳瀬課長、いかがでしょうか。

柳瀬

全くおっしゃるように産業政策というのは、定義やその人の使うイメージには相当広いずれがあると思います。私はファイン先生のご説明がものすごく実感として分かります。最近の産業政策はものすごく広がっていると思います。それで、私は日本の産業政策について、韓国・アメリカ・ヨーロッパに比べて2周遅れとよく言っています。

マーケットメカニズムが機能する規制緩和あるいはビジネス・インフラストラクチャーの強化が遅れているという意味が1周目です。今でも随分規制はかなり残っていると思いますし、法人税やFTA、トランスポーテーションといった物理的(フィジカル)なインフラストラクチャーがみんな弱いのです。これは日本が悪化しているのではなく、税制を変えFTAも結び、仁川国際空港を整備した韓国をはじめ、アジアの国が急速に進んでいるときに、日本が立ち止まっていたため、ものすごく立ち遅れています。これについて一つ言えば、大きな原因は日本の政治にありました。既得権益がかなり強く影響していた中で身動きがつかなかったときに、政権交代という既得権益と政権にある程度距離ができるのは日本が変わる一つのチャンスですが、これが実行できるかどうかは、ちょっとよく分かりません。

それから、2周遅れの2周目というのは規制緩和、ビジネスインフラの整備に加えて、世界的に言うとセクトリアルな動きが出ています。これは昔のようなガバメント・インターベンションというより、もう少しソフィストケートされていますが、かなりリアルな動きとして出てきていると思います。

私たちにとってものすごくショックだったのは、「産業政策をやめろ」とものすごい圧力を日本にかけたアメリカ政府のことです。それで日本の歴史として、ずっとインダストリアルポリシーから撤退してきたのですが、そのアメリカがオバマ政権になって、ストラテジックセクターといって、電気自動車に必要なバッテリーや素材の工場を作れば国が半分補助金を出す、2000億の補助金を用意すると。こんなことを日本がやったらただちに外圧でつぶされたようなことを、アメリカ自身がやるのです。もう一つのストラテジックセクターがスマートグリッドです。アメリカは送電線が弱いのに加えて新エネルギーの導入のため、ITによるコントロールと送電を最適な組み合わせにしようとしました。このIT技術を使ったエネルギー供給を、スマートグリッドと言います。これが第1の電気自動車に並ぶ第2のストラテジックセクターです。これは、電気のコントロールのためにITのスマートメーターを各需要家につける必要があります。これに3000億円中央政府が補助金を使って配るということで、かなりストラテジックセクターに焦点を当てています。

市場原理主義の本元のイギリスでも、一時期は「これからはITと金融でイギリスは生きていくのです」と言っていたので、それになびいて「日本はものづくりなんか早く捨てろ。そんなのは頭が悪い人がやるのであって、頭がいい人はITとファイナンスに行く」と言っていた日本の学者の人もいっぱいいたのですが、去年出てきたイギリス政府のレポートを見ると「あれは間違っていました。製造業と組み合わせないことには国富は拡大しないのです」と。それで航空機やロボットなどいろいろな幾つかの産業分野を特定しています。

韓国では李明博政権になり、ものすごく今自信を持って、2009年に立て続けにいろいろな産業分野をフォーカスしたインダストリアルポリシーを発表しています。18分野で5年間で数兆円の基金をスペシフィックなセクターに研究開発などの補助をします。それから半導体はもう完全に日本をオーバーライドしましたが、半導体製造装置は全く弱いということで、500億円の半導体製造装置の補助金のファンドを作ると。それから、半導体製造とさらには半導体を作るための部品材料は圧倒的に日本が強いのですが、ここについても今サムスンケミカルといったところが強化しています。かなりそこは世界的に成長の源泉がある程度見えてきているので、環境回り、ハイテク回りといったところを、セクターを目指して、どの国も今やっています。

これが2周目ですが、日本はどちらも今全くスクラッチ状態にあるものですから、そこは少し規制緩和と、ある程度重要分野について官民の連携を深めようというポジションにいるわけです。

白石

どうもありがとうございます。平野さん、いかがでしょうか。

平野

産業政策は何かというと、実は百科事典的な説明が一番簡単です。それは産業政策の反対側は何かということなのです。反対語は市場維持政策です。具体的に何かというと、つまり独占禁止法なのです。独占禁止法と全く違う発想の政策で産業のターゲッティングをする政策が、「産業政策」と定義されているわけです。産業政策、つまり産業に政府が何か介入すれば開発国家かというと、それは社会主義国家を見れば分かりますが、そうではありません。

ではなぜ独禁法を棚上げしたりするかというと、それは強い企業をつくるためです。NIEsと言われた韓国、それから台湾、香港、シンガポールもそうですが、小さな国で市場に任せておくと、企業の数が大きくなりすぎて過剰投資が起こります。それを防ぐ小国性というのが、実はこの産業政策にとってみると一つの大きな特徴なのです

これは本当は小国が採る政策でした。国内市場が小さいので、外で稼いでこなければ完全雇用もできないし利益も上がらないからだったのですが、ところが今柳瀬課長からご紹介がありましたように、最近大国がするのです。アメリカもやるしフランスもやる、それから中国は十何億という人口を持っているのに貿易依存度が70%です。日本などは貿易依存度が三十数%しかない世界で最も少ない内向き国家ですが、巨大な国家が外に向かっていって、しかも小国的な政策と言われていた産業政策をやるのが今の時代なのです。

だから、経済の理論的な姿として市場優先がいいのかどうなのかという前に、そういう状況の中で日本はどうやって生き残るのだと考えていくと、柳瀬課長からご紹介があったとおり、かつてアメリカに散々言われ、経済学としては汚い政策と言われた産業政策ですが、きれいか汚いかよりも、生き残るためには一体どういう雇用者が必要で、どういう技術の集積体が必要かという経済の原点から考えるならば、産業政策が目指そうとしていたものは恐らくはエッセンスとして今の日本も必要であろうということを申し上げたかったということです。

白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所所長)

白石 隆  
ジェトロ・アジア経済研究所所長

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