2008年7月 経済と政治の不安材料

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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2008年7月
経済
貿易収支:

7月の貿易収支は営業日が23日と多かったこともあり、輸出額がUS$204.53億(前月比10.0%、前年同月比44.9%増)、輸入額がUS$171.49億(同8.0%、59.1%増)となり、輸出入ともに過去最高額を記録した。この結果、輸出入額の合算である取引額も過去最高のU$376.02億を記録し、貿易黒字額もUS$ 33.04億(同21.5%増、▲1.2%)と前年とほぼ同水準となった。また、年初からの累計額は輸出額がUS$1,110.98億(前年同期比27.2%増)、輸入額がUS$964.45億(同52.1%増)、貿易黒字額がUS$146.53億(同▲38.7%)となった(グラフ1)。

輸出に関しては、一次産品がUS$83.19億(1日平均額の前年同月比63.2%増)、半製品がUS$29.67億(同49.1%増)、完成品がUS$86.53億(同16.9%増)となった。7月は鉄鉱、大豆、セルロース、石油などの関連品目の増加率が100%前後を記録し、為替市場においてドル安レアル高が進行していることや、国際商品価格が弱含んだものの、資源や食料関連品が輸出を下支えするかたちとなった。なお、輸出額は一次産品の各品目の方が大きいが、増加率では半製品の方がより高い伸びとなった。また、主要輸出先は1位が米国(US$30.00億、同42.3%)、2位が中国(US$25.40億、同111.5%増)、3位がアルゼンチン(US$17.57億、同27.9%増)、4位がオランダ(US$11.10億)、5位がドイツ(US$10.08億)で、オリンピックを間近に控えた中国の増加率が顕著であった。

輸入に関しては、資本財がUS$35.68億(同58.5%増)、原料・中間財がUS$81.34億(同47.4%増)、非耐久消費財がUS$ 8.18億(同19.3%増)、耐久消費財がUS$12.96億(同82.0%増)、原油・燃料がUS$33.33億(同58.8%増)となった。輸入額の増加が顕著だった主な品目は、その他の農業用原料(US$13.66億、同146.1%増)、自動車(US$6.35億、同142.4%増)などであった。また、主要輸入元は1位が米国(US$24.99億、同45.1%増)、2位が中国(US$19.54億、同77.5%増)、3位がドイツ(US$12.21億)、4位がアルゼンチン(US$10.95億、同17.4%増)で、5位には日本(US$6.43億)が再び入った。

グラフ1 貿易収支の推移:2005年以降

グラフ1 貿易収支の推移:2005年以降

(出所)ブラジル商工開発省
物価:

発表された6月の IPCA(広範囲消費者物価指数)は0.74%となり(グラフ2)、前月比で▲0.05%ポイントと3ヶ月ぶりのマイナスを記録したものの、前年同月比では0.46%ポイント高で8ヶ月連続のプラスとなった。特に、非食料品全体の価格上昇が前月比▲0.12%ポイントの0.34%に落ち着いた一方、食料品全体は同0.16%ポイント高の2.11%と2003年1月に次ぐ上昇率を記録し、食料品価格の上昇に歯止めがかかっていない状況を示すものとなった。

食料品の中でも、ブラジルの主食の1つであるフェイジョン豆(カリオカ:15.55%、黒:7.54%)、コメ(9.90%)、一部野菜(ジャガイモ:10.50%、ニンジン:8.41%)、肉(干し肉:8.09%、牛肉:6.91%)などに加え、小麦を原料とした食品の価格上昇が顕著であった。一部の途上国で見られるような物不足や混乱は生じていないものの、国民の台所への影響は大きく、6月末に行われた世論調査(IBOPE)でも、政府によるインフレ対策を望む声が多く見られた。一方の非食料品は、ガス(都市:8.76%、乗り物:8.31%)や航空運賃(3.70%)の価格上昇が目立ったものの、アルコール(▲1.94%)やガソリン(▲0.08%)などの主要燃料価格が下落したことで相殺されるかたちとなった。

金利:

Copom(通貨政策委員会)は7月23日、政策金利のSelic金利(短期金利誘導目標)を13.00%に引き上げることを全会一致で決定した(グラフ2)。今回で3回連続の引き上げとなったが、引き上げ幅が市場関係者の大方の予測(0.5%ポイント)を上回る0.75%ポイントであったことから、企業経営への圧迫懸念から株式相場にとってはマイナス材料となり、為替相場では拡大した金利差を利用した裁定取引の活発化から更なるレアル高の一要因となった。今回の予測を上回る金利引き上げは、インフレの再燃を防ごうとする中央銀行の強い意志の表明であり、7月末に公開されたCopom議事録でもこの姿勢が明確に示されていたことから、次回9月のCopomにおいてもSelic金利は0.75%ポイント引き上げられるであろうとの見方が強まっている。

グラフ2 IPCAとSelic金利の推移:2005年以降

グラフ2 IPCAとSelic金利の推移:2005年以降

(出所)IPCAはIBGE、Selic金利はブラジル中央銀行。
(注)数値は左軸がIPCA、右軸がSelic金利。
為替市場:

7月の為替相場は、月の半ばまでUS$1=R$ 1.6近辺で推移した後、ドル安レアル高傾向が強まり、月末にUS$1=R$ 1.5585(買値)までレアルが買われ7月の取引を終えた。レアル高が進んだ要因としては、米国が景気低迷から金利の引き上げに踏み切れずにいる一方で、Selic金利引き上げに対する期待の高まりや実際の引き上げにより、金利体裁取引が活発化したことが挙げられる。また、国際原油価格や国内外の株価が軟調に推移したことも、ブラジルのGDPや失業率、財政収支などにネガティブな傾向があまり見られない中で、高金利通貨となったレアルへと資金を移動させる要因になったと考えられる。

株式市場:

6月と同様に7月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)も、米国をはじめとする世界の主要株式市場の軟調な動きに左右され、月間で前月の▲10.43%に続く▲8.48%と大きく下落することとなった(グラフ3)。世界の株価下落は、米国の景気に対する不安が依然として払拭されないことが主な要因であるが、原油などの国際商品価格の下落や、高成長を続けて来た中国経済にも不安材料が見られるようになってきたことも、懸念材料として挙げられる。また、ブラジルの国内要因としては、CVRD(ヴァーレ)やPetrobrás(ブラジル石油公社)などの資源関連株が大きく値を下げたことや、Selic金利の予想を上回る引き上げなどが影響した。月の半ばには、前月に引き続き新たな油ガス田がエスピリト・サント州沖で発見されたことや、ベルギーとブラジルのビール多国籍企業InBevが、バドワイザーで知られる米国のAnheuser-BuschをUS$500億で買収すると発表したことを好感して、一時値を戻す場面も見られた。しかし、28日には今年4番目に低い56,869ポイントまで値を下げ、月末に向け若干値を戻したものの、59,505ポイントで7月の取引を終えた。

グラフ3 サンパウロ株式相場(Bovespa指数)の推移:2007年以降

グラフ3 サンパウロ株式相場(Bovespa指数)の推移:2007年以降

(出所)サンパウロ株式市場
WTO交渉:

世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)を話し合う閣僚会議が、21~25日にジュネーブで開催されたが、開始から7年に及んだ交渉は最終日に決裂することとなった。今回の交渉で合意に至らなかった場合、米国の政権交代の影響で交渉再開は数年後にずれ込むとの観測から、WTOのラミー事務局長が提示した、農産品全体の4%(特例6%)に対して関税引き下げ幅を例外的に抑えられるとする調停案が、可決されるとの見通しが一旦は高まった。しかし、米国からの農産品輸入の増加で自国農業生産者が大打撃を受けるとするインドなどの途上国側の危惧、工業製品に関する途上国側の同様の懸念、輸入が急増した際の一時的な関税率引き上げを可能とする特別セーフガード(緊急輸入制限)の扱い、米国の自国農業生産者に対する高額な補助金の是正、主にEUが主張した原産地表示、などの点において各国の利害や意見が対立し、交渉を決裂させる主な要因となった。

今までのブラジルの外交戦略は、途上国のリーダーとしてインドや中国などの新興諸国と歩調を合わせながら、多国間での合意形成を試みるというものであった。しかし今回、農産品輸出を促進したい点などでブラジルは他の途上国と利害が異なったため、多くの途上国が難色を示した事務局長の調停案に対し賛成に回ったものの、結局、交渉は決裂という結果に終わった。今回のWTO決裂により、多国間よりも二国間の交渉が重視されていくことや、経済成長や産業構造の違いから主に新興諸国間の利害の不一致が顕著化していくこと、などが予測されるため、今後、ブラジルは外交戦略の変更を迫られることになると考えられよう。

政治
Satiagraha汚職事件:

今月はじめ、民間のOpportunity銀行を中心とした複数のグループ企業を舞台に、1997年から2007年にかけ、通信分野などにおいてR$18.54億もの不正資金取引やマネーロンダリングが行われていたとされる汚職事件が発覚した。同事件はSatiagraha汚職事件と呼ばれ、7月末までに主な容疑者とされるOpportunity銀行グループの経営者Daniel Dantas、著名な投資家Naji Nahas、さらにはCelso Pitta元サンパウロ市長のほか、24人が同汚職事件に関与していた容疑で逮捕された。

また、同汚職事件に関する情報および事実の隠蔽や漏洩が行われていたとされ、連邦警察のProtógenes Queiroz署長をはじめとする複数の要職者、現政権のGilberto Carvalho大統領府官房長官、PT(労働者党)のLuiz Eduardo Greenhalgh元下院議員などの関与疑惑が持ち上がっている。さらに今回の汚職事件は、2005年半ばに発覚したMensalão(毎月授受された高額な賄賂)と呼ばれる、PTによる議員買収事件との関連性も取り沙汰されている。したがって、今年が“選挙の年”であることからも、今後、Satiagraha汚職事件の暴露される規模と政治的なインパクトが更に拡大する可能性も否定できない。

サンパウロ市長選挙:

ブラジルでは今年10月に市長・市議会議員の全国統一選挙が実施されるが、その中でも特に注目を集めているのがサンパウロ市長選挙である。過去2回の大統領選挙でLula大統領の対抗馬であったPSDB(ブラジル社会民主党)候補は、2002年がSerra現サンパウロ州知事(元サンパウロ市長、Cardoso前政権の保健大臣等)、2005年がAlckmim元サンパウロ州知事であったことや、Lula政権の前閣僚(1期目が都市大臣、2期目が観光大臣)のMarta Suplicyが元サンパウロ市長であったことなどから、近年、サンパウロの市長や州知事のポジションは、国政との関連において政治的な重要性を増している。

このサンパウロ市長選挙に名乗りを上げた主な立候補は、Lula大統領の所属するPTのMarta Suplicy、PSDBのAlckmin、DEM(民主党)のKassab現サンパウロ市長、PP(進歩党)のMaluf下院議員(元サンパウロ市長)などである。7月20日発表された世論調査(IBOPE)によると、支持率のトップは34%のMarta Suplicyであるが、31%のAlckmimとの差が誤差範囲内であることから互角の争いとなっている。また、両者の次にKassabの10%、Malufの9%が続いている。

なお、PSDB内でAlckmimをサンパウロ市長候補として擁立する際に、2010年の大統領選挙の同党候補者をSerraサンパウロ州知事にすることが確認された。しかし、政局の動向次第で変更されることは珍しくなく、依然として不透明な要素があるともいえよう。一方のPTであるが、大統領選挙への独自候補擁立の見通しは未だ立っていないことから、今後、市長・市議会議員選挙とともに、2年後に迫った大統領選挙を見据えた動きが活発化していくものと思われる。

社会
Lei Seca:

飲酒運転をより厳重に取り締まる法律「Lei Seca(通称“乾いた法”)」が6月20日に全国で施行されたが、同法により7月の交通事故の死亡者数(530人)が前年同月(620人)比で14.5%減少したとの結果が、連邦交通警察から発表された。7月はブラジルの学校が冬休みになることから、通常、交通量および事故数が増加する傾向にあるが、今年の数値は過去4年間で最も少ないものとなった。特に都市化が進んでいる州における交通事故死亡者数の減少率が顕著であり、リオ州が▲30%、ペルナンブコ州が▲27%、ミナスジェライス州が▲22%、サンパウロ州が▲21%を記録した。また、交通事故の負傷者数(6,005人)も前年同月(6,433人)比で6.7%減少し、特にサンパウロ州は▲33%と大幅な減少となった。

以前のブラジルでは、都市部および農村部に限らず飲酒運転は日常茶飯事であったといえる。しかし、飲酒運転の違反者に対してR$955の罰金や1年間の運転免許停止などを課すLei Secaの施行により、特に取締りの厳しい都市部において交通事故が減少する結果となり、今後の交通状況の改善に期待が持たれている。