2008年5月 環境保全と成長の狭間

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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2008年5月
経済
貿易収支:

5月の貿易収支は、輸出額がUS$193.06億(前月比37.3%、前年同月比41.5%増)、輸入額がUS$152.29億(同23.7%、55.5%増)となり、営業日が前年同月比で2日間少なかったにも関わらず、輸出入ともに過去最高額を記録した。この結果、貿易黒字額もUS$ 40.77億(同133.9%、5.8%増)の大幅な増加となり、1年ぶりに前年同月比でプラスに転じた。また、年初からの累計額は輸出額がUS$720.54億(前年同期比19.9%増)、輸入額がUS$633.99億(同46.3%増)、貿易黒字額がUS$86.55億(同▲48.4%)となった。今回の貿易収支の改善は、原油をはじめとする一次産品の国際価格上昇の影響もあったが、主な要因はほぼ2ヶ月続いた税関職員による全国規模のストライキが中断され、通関システムが正常化したという特殊事情によるものである。

輸出に関しては、一次産品がUS$83.59億(1日平均額の前年同月比110.2%増)、半製品がUS$26.03億(同53.1%増)、完成品がUS$78.61億(同21.0%増)となった。輸出額の増加が顕著だった主な品目は、原油(US$19.40億、同274.08%増)、セルローズ(US$6.15億、同192.05%増)、銅鉱石(US$1.45億、同173.74%増)、大豆(US$18.60億、同147.82%増)、酸化・水酸化アルミニウム(US$2.03億、同140.3%増)などであった。また、主要輸出先は1位が米国(US$26.27億、同34.8%)、2位が中国(US$23.08億、同176.0%増)、3位がアルゼンチン(US$16.37億、同50.4%増)、4位がオランダ(US$11.29億)、5位がドイツ(US$7.29億)であった。5月も米国の1位は変わらなかったものの、中国を含む対アジア輸出額が前年同月比で100.9%と大幅に増加した。

輸入に関しては、資本財がUS$29.96億(同59.3%増)、原料・中間財がUS$72.54億(同61.1%増)、非耐久消費財がUS$ 7.07億(同19.6%増)、耐久消費財がUS$10.24億(同73.0%増)、原油・燃料がUS$32.48億(同142.9%増)となった。輸入額の増加が顕著だった主な品目は、その他の原料・中間財(US$14.77億、同152.3%増)、輸送機器(US$2.52億、同140.6%増)、自動車(US$4.43億、同123.1%増)などであった。また、主要輸入元は1位が米国(US$21.29億、同46.4%増)、2位が中国(US$16.08億、同82.5%増)、3位がアルゼンチン(US$10.63億、同37.9%増)、4位がドイツ(US$10.50億)で、5位には4月までコンスタントにランクインしていた日本に代わりナイジェリア(US$8.65億)が入った。Lula政権の途上国外交の成果もあり、5月のアフリカ、中東、東欧地域からの1日平均輸入額は、前年同月比でそれぞれ136.9%、185.7%、131.4%増と大きく伸びている。

物価:

発表された4月の IPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比で0.07%ポイント、前年同月比では0.30%ポイント高い0.55%となった。最近の物価は、食料品をはじめとする生活必需品の世界的な価格上昇の影響を受け、過去6ヶ月連続して前年同月比よりも高くなっている(グラフ1)。

4月はフェイジョン豆(▲10.99%:カリオッカ種)、鶏卵(▲4.03%)、鶏肉(▲3.02%)などの自給率が高い食品の価格は大きく下落したが、食料品全体では1.29%値上がりし、3月の上昇率0.89%を上回った。その中でもフランスパン(7.33%)、小麦粉(6.80%)、菓子パン(3.02%)などの小麦を原料とする食品に加え、タマネギ(15.87%)、牛乳(3.56%)、大豆油(3.18%)などの価格上昇が顕著であった。このような食料品価格上昇への対策として、政府は14日にまず小麦関連の食品に対する税金の一部免除などを発表し、同様の措置を他の食料品や肥料・農薬にも適用する方向で検討中であることを明らかにした。

また、非食料品全体の価格上昇は0.36%(同)→0.34%(同)へと僅かながら低下したが、これは主にアルコール燃料(▲0.65%)、電気(▲0.49)、ガソリン(▲0.14%)などの価格が下落したことによるものである。なお、国際原油価格の高騰の影響を受け、ブラジルでもガソリン販売価格の引き上げが議論されているが、国内のエネルギー源に占めるバイオ関連の割合は2007年に16%に達し、水力(14.7%)を抜いて2位になるなど(1位は石油関連の36.7%)、資源大国としてのポテンシャルは高いといえよう。

金利:

5月は政策金利のSelic金利(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されず。次回のCopomは6月3、4日に開催予定である。

為替市場:

5月の為替相場は、4月末にS&Pがブラジルのソブリン格付けを引き上げた一方、米国が政策金利の更なる引き下げに踏み切ったことから、月初の取引日となった2日に買値でUS$1=R$ 1.65を切るレベルまでレアル高が進行した。その後、月の前半はドルがやや値を戻したが、月央に政府が発表した生産性開発政策案(後述)や、投資安定財政基金(FFIE:Fundo Fiscal de Investimentos e Estabilização)と呼ばれるソブリン・ファンドの設立計画などを好感し、再びレアルが買われる展開となった。そして、先月のS&Pamp;に引き続き、29日にFitch Ratingsもブラジルのソブリン格付けを引き上げたことからレアル買いが加速し、為替市場が変動相場制へ移行した1999年1月に次ぐレアル高水準となるUS$1=R$ 1.6286(買値)までレアルが上昇し、5月の取引を終えた(グラフ2)。

グラフ1 物価(IPCA、食料品、非食料品)の推移:2006年以降

グラフ1 物価(IPCA、食料品、非食料品)の推移:2006年以降
(出所)IBGE

グラフ2 対ドル為替相場の推移:1999年以降

グラフ2 対ドル為替相場の推移:1999年以降
(出所)ブラジル中央銀行
株式市場:

サンパウロの株式相場(Bovespa指数)は、4月末のソブリン格付け引き上げを好感した流れやカントリー・リスクの低下を受け、5月に入ってからも大幅に続伸し、5日に初めて70,000ポイントを突破した。そして、国際原油価格の高騰を受け資源関連企業の株が買われたことや、発表された政府の産業振興政策に対する期待感、為替市場とは異なりFitch Ratings のソブリン格付け引き上げが月央には織り込まれたことなどからBovespa指数は上昇し、20日には史上最高値となる73,517ポイントを記録した。その後、国際原油価格の下落を受けて一時弱含みの展開となったものの、米国経済が予想よりも底堅いことが確認されたことや、ブラジル国内で新たな油ガス田が発見されたこと(後述)などから、月末には72,597ポイントまで再び値を上げて今月の取引を終えた。なお、今年3月に一時304まで上昇したカントリー・リスクは、5月末に179まで低下した。

生産性開発政策:

政府は12日、PDP(Política de Desenvolvimento Produtivo:生産性開発政策)という産業振興政策案を発表した。主に輸出振興と海外からの投資促進を目的とした同案は、Lula政権の任期が終了する2010年までに、R$214億の税制優遇措置やR$2,100億もの社会経済開発銀行による融資拡大を実施するものである。具体的には、固定投資額の対GDP比割合を2007年の17.6%から2010年に21%へ(年間平均増加率11.3%)、世界全体の輸出額に占めるブラジルの割合を2007年の1.18%から2010年に1.25%へ(同9.1%)、民間企業の研究開発費の対GDP比割合を2005年の0.59%から2010年に0.65%へ(同9.8%)、中小輸出企業数を2006年の11,792社から2010年に10%増の13,584社へ拡大するという、4つの主要目標値が設定されている。

今回発表されたPDPにより、2010年にその目標を達成することは可能かもしれないが、PDPはあくまで暫定的な措置であり、その効果は一時的なものにとどまる可能性が高いといえる。また、PDPの恩恵が自動車産業をはじめとする一部の産業に偏っているなどの問題点も指摘されている。したがって、Lula政権に残された時間との兼ね合いもあるが、ブラジルがより持続可能な成長を実現するためには、税制をはじめとする抜本的な構造改革が必要だといえよう。

油ガス田:

Petrobrás(ブラジル石油公社)は29日、サンパウロ州のサントス沖で新たな油ガス田を発見したと発表した。今回発見された油ガス田の埋蔵量は現時点では未確認であるが、最近発見された他の油ガス田が海底のかなり深いところに位置しているのに対し、今回の油ガス田は海底の浅いところに存在するとされる。また、現存するブラジルの油ガス田の多くが重油であるのに対し、今回の油ガス田に埋蔵されている原油は軽油が主であるとされ、同油ガス田のポテンシャルの高さとその開発に対し大きな期待が寄せられている。

政治
環境大臣辞任:

2003年のLula政権発足時から環境大臣を務め、環境保全の姿勢を明確にしていたMarina Silva(PT)が13日、Lula政権の環境問題の方針に対する不満を理由に同職を辞任した。また、Silvaの側近であったIbama(ブラジル環境・再生可能天然資源院)のAparecido所長とCapobianco環境局長も、それぞれ辞職することとなった。なお、Silvaは自身の地元であるAcre州(アマゾン地方のペルー国境に位置)代表の上院議員となり、環境大臣の後任にはリオ州のCarlos Minc州下院議員(PT)が任命された。

アマゾン地方の奥地で生まれ育ち、非識字者であったSilvaは16才の時に文字を学び、その後、家政婦(empregada doméstica)として働き始めるとともに大学で歴史学を修めた。Silvaは主に環境問題への高い関心をもとにPT(労働者党)の活動に傾注し、市議会議員、州下院議員、上院議員当選を果たした後、Lula政権下で環境大臣に任命され、ブラジル国内だけでなく海外においてもPTが重視する環境問題の象徴的な存在となっていた。しかし、特に経済成長重視の姿勢を明確にした第2期Lula政権では、環境保全を掲げていたSilvaの立場は微妙なものとなっていった。具体的にSilvaは、Lula政権が積極的に推進した遺伝子組み換え大豆とトウモロコシの認可、エタノールの原料となるサトウキビの生産拡大、アマゾン地域における水力発電所建設などに反対であったとともに、森林破壊に関する政府発表のデータが意図的に操作されたものであると主張するなど、政権内で孤立を深めていたとされる。

新たに環境大臣に就任したMincはSilvaほどイデオロギー色が強くないと見られており、大臣就任の際に、今までのSilvaの路線の一部を継続するものの、環境問題と関連のある土木事業に関する認可手続きの簡素化を行うと表明している。したがって、Lula政権の環境政策が今後より開発を重視するものへと変化する可能性が考えられる。今回のSilvaの環境大臣辞任は、Lula政権内部で開発推進派がより勢力を伸長したことの現われと考えられるが、国内外における同政権とPTのイメージ・ダウンは避けられないといえよう。

環境と開発:

19日、アマゾン地域奥地のロンドリア州Madeira河に建設が既に決定しているJirau発電所の公開入札が実施され、フランス・ベルギー系のSuez Energyを中心とした企業連合によって落札された。同発電所の建設は、第2期Lula政権が推進する経済政策PAC(成長加速プログラム)のプロジェクトの1つである。その一方で20日、アマゾン地域パラ州のXingu河に建設が計画されているBelo Monte水力発電所に関する講演会が開催されたが、Eletrobrás(ブラジル電力会社)の技術者が同発電所建設を積極的に推進する旨の発言を行った後、聴講していた先住民たちが激しい抗議行動を行い、同技術者を大型のナイフで切りつけ負傷させるという事態になった。なお、Belo Monte発電所が建設された場合、発電能力はJirau発電所のほぼ4倍に相当する11,000MWhに達する見通しで、その規模の大きさからも周辺の環境に与える影響を懸念する声が上がっている。

また、29日には国立先住民保護財団(Funai)が、ペルー国境近くのアマゾン地域のAcre州で、現在に至るまで外部との接触を持たずに生活している先住民と考えられる村落を撮影した航空写真を公開した。同地域は先住民保護区に指定されており、今回写真が公開された村落を含め4つの異なる部族、約500人もの先住民が外界との接触を持たない状態で居住しているとされ、その存在自体は20年ほど前から確認されていた。しかし、近年、違法な手段によるものも含め同地域における開発が進んでおり、先住民の存続が危険に晒されているため、Funaiは今回の写真公開に踏み切ったとされる。

更なる経済成長を目標に掲げた第2期Lula政権下のブラジルは、環境保全や先住民保護などの問題と公約達成を可能にする開発との狭間で、現在、難しい判断を迫られている。そして、これらの問題が世界の現状だけでなく将来に対しても大きな影響を及ぼすことから、国内だけでなく世界的に高い関心を集めている。このような状況下での前述のSilva環境大臣の辞任は、ブラジルの環境問題への取り組みにとって1つの転換点になる可能性も考えられ、今後の動向に注目が集まっている。

南米地域統合:

ブラジリアにおいて23日、南米地域の12カ国(ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、チリ、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、パラグアイ、ペルー、スリナム、ウルグアイ、ベネズエラ)首脳が集結し、「Unasul」(União Sul-Americana de Nações:南米諸国連合)が正式に発足した。Unasulは南米大陸の経済をはじめ、政治、社会、文化などの交流と統合を目指す組織であり、Mercosul(南米南部共同市場)とCAN(Comunidade Andina de Nações:アンデス共同体)の2つの地域経済ブロック、およびチリ、ガイアナ、スリナムから構成され、既に設立が決定した南米銀行(Banco do Sul)を監理運営することになっている。今後、中央アメリカやカリブ地域との統合交渉も行われる予定であり、将来的にはEUのような地域統合を視野に入れているとされる。ただし、今回のUnasul創設時において、組織の中心的な機関の1つとであるConselho Sul-Americano de Defesa(南米防衛委員会)に関しては、コロンビアのFarc(コロンビア革命軍)をテロ組織と認識するか否かで意見が対立したため、その設置は見送られることとなった。

また、ブラジルの使節団がキューバを訪問した際、キューバにとってブラジルがラテンアメリカ諸国の中で最大の貿易相手国になり得るとの考えをAmorin外務大臣が表明し、ラウル政権のもとで経済自由化を進める同国との関係強化の姿勢を鮮明にした。南米の地域統合に関しては、ベネズエラのチャベス大統領の強権的な言動などにより、最近、先行き不透明感が増していた。しかしこれらの最近の動向から、経済および政治的なプレゼンスを高め、地域大国として以前よりも南米各国の利害調整を期待されるようになったブラジルが、南米地域統合におけるイニシアティブを取り戻そうとする意図がうかがえよう。今後、ブラジルが南米の地域統合において中心的な役割を担おうとするのであれば、現実主義的なマネージメントとともに、地域のリーダーとしての寛容さが求められるといえよう。

社会
ブラジル的(?)社会運動:

キリスト聖体節(Corpus Christi)で祭日であった22日、プロテスタント系福音主義教会(Igreja Evangélica)が16回目となる信者集会をサンパウロ市内で開催した。警察当局の発表によると、同集会の参加者は約120万人にのぼったとされる。また、25日にはサンパウロ市の目抜き通りであるパウリスタ大通りを中心に、12回目となる同性愛者のパレードが行われ、正式な参加人数は発表されなかったものの、主催者側の推定によると過去最高となる約350万人もの人々が参加したとされる。またこれらのイベントには、今年10月に行われるサンパウロ市長選挙への出馬が有力視されている、現サンパウロ市長のGilberto Kassab(DEM:民主党)やMarta Suplicy観光大臣(PT)なども参加し、宗教やセクシュアリティ問題に関する自らのリベラルな立場などをアピールし、参加者の支持獲得に奔走していた。

これらのイベントの主な目的は、前者が布教や信者間の交流、後者がセクシュアリティ問題への差別や偏見の撲滅、平等な権利の実現などである。したがって、両者ともに自らの主張をアピールする社会運動の示威や抗議行動として位置づけられる。しかし、(特に後者の)イベントでは移動式ステージ(trio elétrico)に搭載された大音量スピーカーから音楽が流され、仮装した人々を含む参加者が踊ったりお酒を飲んだりするなど、社会運動というよりはまさに“お祭り(festa)”といった雰囲気が年々強くなっている(2005年5月レポート社会欄参照)。またその一方で、イベントの喧騒や混乱による犯罪や事故も発生している。

近年のブラジルでは、社会運動の規模的な拡大や社会問題に対する国民意識の高まりが見られることも事実であるが、社会運動の本来の目的とは異なる “ブラジル的”な要素をイベントなどに多く取り入れる傾向があるように思われる。犯罪や事故は別として、このようなブラジル的なエンターテイメント性の高い活動の広まりは、お国柄に拠る部分も大きいといえるが、資源動員という観点からすると社会運動が採用する有力な戦略の1つだとも考えられよう。