2007年6月 根深い「ブラジル・コスト」

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ 近田 亮平

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2007年6月
経済
第1四半期GDP:

2007年第1四半期のGDP(速報値)が発表され、前期比0.8%、前年同期比4.3%となり、政府の予測よりも若干低い成長率となった(グラフ1および2)。この要因として、輸出企業にとってマイナスであるドル安レアル高が、海外市場におけるブラジル経済の拡大にとってブレーキになっていることが挙げられる。このことは、工業(前期比0.3%、前年同期比3.0%)および農業(同▲2.4%、同2.1%)が低い伸びにとどまったことに顕著に現れている。その一方で、今回のGDP成長率の特徴として、国内市場の拡大が全体的な成長を牽引したことを指摘できる。長引くレアル高により輸入が大幅に増加し、輸入品価格の下落は物価の安定とともに金利の低下と個人向けの消費者金融の拡大をもたらし、これらの結果として、家計消費支出が2000年以来の伸びとなる6.0%(前年同期比)を記録した(グラフ3)。

2007年のGDPに関し、市場関係者の間ではIMF予測の4.4%に近い4.5%前後になるとの見方が多い。4.5%のGDP成長率が達成された場合、ブラジルは昨年と同様、世界で10番目の経済規模になると予想されているが、最近、経済成長の高いロシアに抜かれる可能性も否定できないとの見方もある。

グラフ1 内訳および部門別第1四半期GDP

グラフ1 内訳および部門別第1四半期GDP
(IBGE)

グラフ2 四半期GDPの推移

グラフ2 四半期GDPの推移
(IBGE)

グラフ3 四半期GDPの内訳別推移:前年同期比

グラフ3 四半期GDPの内訳別推移:前年同期比
(IBGE)
貿易収支:

6月の貿易収支は、輸入額がUS$131.19億(前月比▲3.9%、前年同月比14.4%増)、輸入額がUS$93.03億(同▲4.9%、26.3%増)で、営業日が前月に比べ2日間少なかったこともあり、輸出入額ともに前月比では減少したものの、前年同月比では増加して6月としての過去最高額を記録した。また、レアル高の更なる進行の影響を受け、輸入額の増加率が輸出額のそれを上回ったことから、貿易黒字額はUS$ 42.03億(同▲1.3%、▲6.9%)と前月比および前年同月比ともにマイナスとなった。しかしながら、年初からの累計額は、輸入額がUS$525.53億(同26.6%増)と増加したにも関わらず、輸出額もUS$732.15億(前年同期比19.9%増)と堅調に伸びたため、貿易黒字額は前年同期比5.7%増のUS$ 206.62億となった。

輸出に関しては、完成品がUS$ 70.15億(一日平均額の前年同月比19.0%増)、半製品がUS$ 18.42億(同10.0%増)、一次産品がUS$ 39.96億(同26.8%増)と全体的に増加した。その中でも、バイオ・エネルギー需要の増加とそれに対する期待の高まりによる国際価格の上昇を受け、トウモロコシや大豆などの一次産品の輸出額の増加が顕著であった。しかしその一方で、レアル高により輸出価格が上昇した完成品と半製品の輸出額の伸びは、前月に比べ小幅なものにとどまった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$ 19.55億(同32.1%増)、原料・中間財がUS$ 46.98億(同38.7%増)、耐久消費財がUS$ 6.59億(同39.5%増)、消耗品がUS$ 5.50億(同23.7%増)、原油・燃料がUS$14.41億(同17.0%増)となった。輸入においてもレアル高による輸入品価格の下落が大きく影響したが、その中でも機械などの耐久消費財の増加が顕著となった。

物価:発表された5月の IPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比0.03%ポイント、前年同月比0.18%ポイントそれぞれ高い0.28%となった。また、年初来の累計値は、昨年同期の1.75%に比べ0.04%ポイント高となる1.79%となった。

物価上昇抑制要因としては、サトウキビが収穫期であったためアルコール燃料価格が7.34%(4月)→2.82%(5月)へと落ち着いたこと、この影響でガソリン価格も0.66%(同)→0.33%(同)の低い上昇にとどまったことなどが挙げられている。一方で、乳製品価格の上昇などにより食料品全体の価格は0.03%(同)→0.16%(同)へと上昇した。また、冬の到来により衣料品価格が0.33%(同)→0.68%(同)へと上昇するなど、非食料品価格も0.31%上昇したことが、若干ではあるが全体的な物価上昇に影響を及ぼした。

金利:

6月5、6日に開催されたCopom(通貨政策委員会)において、政策金利であるSelic金利(短期金利誘導目標)が12.50%→12.00%へと16回連続で引き下げられた。直近3回の引き下げ幅が▲0.25%ポイントであったのに対し、決定は全会一致によるものではなかったが、今回は▲0.50%ポイントの引き下げとなった。この要因としては、物価をはじめとするマクロ経済の安定や国内外の株式市場の好調などに加え、為替相場での長期かつ更なるレアル高の進行に歯止めをかける意図があったものと考えられる。

為替市場:

6月のレアル の対ドル為替レートは、月初と月の半ばにUS$1=R$1.91を上回るレベルまでレアル高が進行した。しかし、このレベルになるとUS$1=R$1.9割れを死守しようとする中央銀行によるドル買いや、カントリー・リスクの上昇などもあり、一時的ながらもドルが買い戻され、為替相場はUS$1=R$1.9前半でもみ合う展開のまま今月の取引を終えた。

この歯止めのかからないレアル高により損失をこうむっている企業などに対し、今月半ばに政府はR$10.57億もの財政支出となる一連の救済策を発表した。その主な内容は、一部税金(PIS/ Cofins)の免税対象企業の拡大(生産における輸出割合を80%以上→60%以上)、国立社会経済開発銀行(BNDES)による合計R$30億にのぼる低利の特別融資枠の創設、衣料品などの輸入品に対する関税の引き上げなどである。しかしながら、ドル安レアル高の長期化とここ数ヶ月における更なる進行により、輸出や労働集約的生産に依存する企業および農業生産者などの不満は、非常に強いとともに蓄積されてきている。したがって、今後、ドル安レアル高トレンドの根本的な改善が見られない場合には、為替の問題が経済的だけでなく政治的な問題として顕在化する可能性もあると考えられよう。

外貨準備高:

為替相場でのドル安レアル高傾向の長期化とともに、先月、1ドルが2レアルを切るレベルまで下落したことから、最近、中央銀行によるドル買い介入がより活発化している。そして、この中央銀行の積極的なドル買いにより、昨年以降、外貨準備高は右肩上がりの増加を続けている(グラフ4)。ブラジルの外貨準備高は、今年2月に史上初めて1,000億ドルを突破した後も大幅に増加しており、6月は1,471億ドルに達した。

グラフ4 外貨準備高の推移:2003年以降

グラフ4 外貨準備高の推移:2003年以降
(出所)ブラジル中央銀行 (注)水色は年末の外貨準備高。
株式市場:

6月のサンパウロ株式市場(Bovespa指数)は、今月も史上最高値を次々に更新しながら続伸し、18日には54,730ポイントまで上昇した。月の後半は米国株式市場の下落などの影響で伸び悩む場面も見られたが、月末には54,392ポイントまで値を戻して今月の取引を終えた。この好調な株式市場の要因としては、石油やバイオ・エネルギー関連の一次産品の国際価格が上昇していることに加え、Selic金利が今月も連続して引き下げられるとともに引き下げ幅が前回までよりも大きかったことや、発表された第1四半期GDPが堅実な数値だったことなどが挙げられよう。また、ブラジルの牛肉加工企業Friboiが米国のSwiftを14億ドルで買収し、世界最大の牛肉加工企業になったことも好感された。

6月はサンパウロ株式市場の一日の平均取引高がU$20.16億に達し、過去最高額を記録した。この取引高はラテンアメリカ最大であり、メキシコ、コロンビア、ベネズエラ、チリ、ペルー、アルゼンチンの株式市場の取引高の総額を上回るとされている。そして、この取引のうち約35%が外国人投資家によるものであり、為替市場とともにまさに外国人による“ブラジル買い”の傾向が顕著化しているといえる。

政治
Xeque-Mate汚職事件:

先月はカミソリ汚職事件やRenan上院議長に対する汚職疑惑が続発し、現在でもその事実究明や糾弾審議が行われている。しかし今月に入り、またもや新たな汚職事件が主要なものだけで2件発覚した。

1件目の汚職事件は、ブラジルの南東部や中西部などの諸州にまたがり、犯罪組織が違法なスロット・マシーン(caça-níqueis)をはじめ、麻薬や密輸などの取引を行っており、その際に、政府へのロビー活動や警察との癒着を試みていたというものである。今回の汚職事件は80名以上もの逮捕者を出すに至った。また、主な犯罪の対象物が違法なスロット・マシーンであったことから、Xeque-Mate(「チェック・メイト」というチェスで詰められた状態を意味する言葉。将棋の「王手」に当たる。)汚職事件と呼ばれている。

しかしながら、その規模や違法性もさることながら、今回の汚職事件がマスコミや国民の注目を集めたのは、Lula大統領の兄(通称Vavá)、弟(通称Frei Chico)、Lula大統領の名付け親(compadre)である人物(Dario Morelli Filho)の関与が取り沙汰されたからである。彼らは主犯格の容疑者(Nilton Cézar Servo)と親密な関係にあり、Lula大統領の兄弟等であることから、今回の汚職事件において政府に対するロビー活動に従事していた疑いが持たれている。

Xeque-Mate汚職事件へのLula大統領自身の関与を指摘する声は特に聞かれないが、兄弟の汚職事件への関与疑惑が持ち上がったことは、Lula大統領に対する国民のイメージにはマイナス要因であるといえよう。ただし、Lula大統領は兄弟の汚職疑惑に対し、警察および司法当局の捜査と判断に任せるとして何ら介入を行っておらず、マスコミの中にはこのことをポジティブに評価する見方も見られた(『Veja』13 de junho)。

Aqualera汚職事件:

2件目はAqualera(パノラマ)汚職事件と呼ばれ、サンパウロ、ブラジリア、ゴイアス、パラナ州を舞台とした公費横領や談合、マネー・ロンダリングに関するもので、今月の半ばに約20名もの容疑者が逮捕された。この事件には政府関係者だけでなく、ブラジリア銀行などの金融機関や企業、NGOなどが関わっていたとされる。
しかし、この汚職事件はこれだけでは終わらなかった。同事件に、元ブラジリア連邦区知事で現上院議員であるJoaquim Roriz(PMDB:ブラジル民主運動党)の関与が浮上したからである。Roriz上院議員に対しては、ブラジリア銀行の元頭取(Tarcísio Franklin de Moura)から、R$220万もの出所不明な大金を受け取ろうとしていた疑惑が持たれている。また、近年、急成長を遂げているブラジルの航空会社Golの経営者の一人(Constantino de Oliveira)が、同取引に関与していたとされる。

近年のブラジルは経済の面ではポジティブな要素が多く、バイオ・エネルギーなどにおいても世界的な注目を集めているといえよう。しかしながら、汚職や犯罪、インフラの遅れなど(社会欄参照)、いわゆる「ブラジル・コスト」は依然として高いとともに、ブラジルが更なる発展を遂げるためには、社会と国民の間にあまりにも深く根ざした問題だといえよう。

社会
大規模掃討作戦:

サンパウロ州を含むブラジルの南東部や中西部を中心とし、市民警察の関与が告発されたXeque Mate汚職事件(政治欄参照)を受け、6月14日、軍警察はサンパウロ州において大規模掃討作戦(Mega Operação)を実施した。この大規模掃討作戦には18,200人もの警官が動員され、一日だけで約3,000台の違法なスロット・マシーンを押収し、2,532人もの強盗や殺人、誘拐などの犯罪および容疑者、そして、事件に関与していた疑いのある警察関係者を逮捕した。

今回の掃討作戦は、約2,500人もの犯罪および容疑者を逮捕できた点では評価できるが、これだけの数の逮捕者を収容する刑務所などの施設は大幅に不足している。そして、刑務所内の環境悪化と監視不届による刑務所の犯罪拠点化が、昨年5月と7月にサンパウロ州各地で発生した、PCC(首都第一コマンド)による組織的テロ犯罪の主要因とされている。したがって、大規模な掃討作戦も重要であるが、犯罪問題の解決や改善のためには、より構造的かつ核心的な部分に対する対策を講じる必要性があるといえよう。

航空パニック:

昨年以来、フライトの大幅な遅れやキャンセルから、たびたび大混乱を引き起こしてきたブラジルの航空業界であるが、今月、またもや危機が再燃することとなった。今回の原因は、今までと同様の管制塔システムの問題に加え、濃霧などの気象状況も拍車をかけたとされる。月末には予定されていたフライトの約半分が遅れるとともに、一割以上のフライトがキャンセルとなった。このような状況の中、満員の空港で長時間待たされ、苛立ちがピークに達した乗客が航空会社のカウンターなどに大挙して押しかけるなど、ブラジル各地の主要な空港はパニック状態に陥った。近年のブラジルにおける交通手段として、航空便の需要が年々伸びてきている。しかし、この増加する需要に対し、供給サイドでは空港インフラや人員、システム自体などが追いついていないのが現状といえる。したがって、応急的な方策は講じられるものの、構造的な問題の根本的な解決には至っておらず、今回のような航空パニックが再発する可能性は今後も十分にあるといえよう。なお、2006年にブラジルを訪れた外国人観光局の数は前年比▲5%の約500万人にとどまり、航空事情の危機的状況が大きく影響したとされる。

改善しない治安問題:

今月、リオ北部のファヴェーラ(Complexo do Alemão)での軍警察による掃討作戦の際、警察と麻薬犯罪組織との間の銃撃戦で27日だけで19人の死者が出るとともに、掃討作戦期間中の死者数は44人にも上った。そして、これらの死亡者の中には、犯罪の疑いだけで射殺された無実の者もかなり含まれているとされる。

また、リオのファヴェーラを舞台とした組織的犯罪とは異なり、中流階級の若者による暴力事件が起き、今月、話題となった。この事件は、Barra da Tijucaというリオ郊外の上中流階層が住む住宅地区で発生した。23日の夕方、同地区で家政婦(embregada doméstica)の仕事を終えた女性が、医者に向かうためバス停でバスを待っていると、突然、車で通りかかった5人組の若者から集団暴行を受けるとともに、所持していた金品を奪われたのである。この若者たちはBarra da Tijucaに住む中流階層の出身で、中には大学で法学を勉強している学生も含まれている。彼らは女性を売春婦と思い込み、暴行に及んだとされる。

一方、サンパウロの北部郊外では、道端にいた6名の若者がバイクで通りかかったグループに拳銃で殺害されるという事件が起きた。この事件の死者数は、サンパウロにおいて一度に殺害された数としては、今年に入り2番目のものとなった。また今月は、MorumbiやJardinsといったサンパウロの高級住宅地区での集団強盗事件も続発した。このような富裕層を狙った犯罪は、サンパウロへの経済機能の集中の影響などから、近年増加傾向にあるとされる。