2007年5月 またも発覚した大汚職事件

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ 近田 亮平

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2007年5月
経済
貿易収支:

5月の貿易収支は、輸出額がUS$136.48億(前月比9.7%増、前年同月比32.4%増)、輸入額がUS$97.80億(同18.6%増、34.2%増)で、輸出入ともに過去最高額を記録した。また、貿易黒字額もUS$ 42.03億(同▲7.9%、28.2%増)に達し、5月の過去最高額となった。この結果、年初からの累計額は、輸出額がUS$600.97億(前年同期比21.2%増)、輸入額がUS$432.43億(同26.7%増)、貿易黒字額がUS$ 168.54億(同9.1%増)となり、長引くドル安レアル高にも関わらず、過去最高を記録した去年を上回るペースで貿易黒字額が拡大している。

輸出に関しては、完成品がUS$ 71.46億(前年同月比21.9%増)、半製品がUS$ 18.70億(同46.9%増)、一次産品がUS$ 43.74億(同49.6増)と全体的に増加した。その中でも一次産品やその加工品の輸出額の増加が顕著であり、前年同月比でガソリンが1,005.5%増、トウモロコシが214.4%増、大豆油が198.6%増など大幅に増加している。また、輸入に関しては、資本財がUS$ 20.65億(前年同月比28.8%増)、原料・中間財がUS$ 49.46億(同38.6%増)、耐久消費財がUS$ 6.50億(同31.3%増)、消耗品がUS$ 6.50億(同35.7%増)、原油・燃料がUS$14.69億(同28.5%増)となり、為替相場のレアル高の影響などから各項目ともに輸入額が増加した。

物価:

発表された4月の IPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比▲0.12%ポイント、前年同月比0.04%ポイント高の0.25%となった。また、年初来の累計値は、昨年同期比で▲0.14%ポイントとなる0.51%となった。

3月に比べ低い物価上昇にとどまった要因としては、食料品価格の上昇が0.98%(3月)→0.03%(4月)と落ち着いたものであったことが挙げられている。一方、世界的なバイオ・エネルギーへの期待と需要増の影響から、アルコール燃料価格が▲0.65%(同)→7.34%(同)と大幅に上昇したことなどを受け、非食料品価格は全体で0.31%上昇した。

金利:

今月は、政策金利であるSelic金利(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されず。次回のCopomは6月の5、6日に開催予定である。

為替市場:

レアル の対ドル為替レートは、2001年2月19日にUS$1=R$2を超えた後は常にR$2以上で推移してきており、Lula大統領初当選直前には一時US$1=R$4近くにまで達する局面もあった。しかし、2005年からSelic金利が継続的に引き下げられていること、物価が安定して推移していること、貿易黒字が増加していることなど、ブラジル経済のファンダメンタルズに対する評価と期待感が高まり、2004年半ば頃から為替相場ではドル安レアル高傾向が続いている。そして、5月になると株式市場の上昇やカントリー・リスクが史上最低となる138まで低下したこともあり、15日、ついにレアルの対ドル為替レートは約6年3ヶ月ぶりにUS$1=R$2を切ることとなった。その後もレアルはさらに買い進められ、月末の31日には2000年11月以来のレアル高となるUS$1=R$1.9281(買値)を記録して5月の取引を終えた(グラフ1)。

グラフ1 レアルの対ドル為替レートの推移:1998年以降

グラフ1 レアルの対ドル為替レートの推移:1998年以降
(出所)ブラジル中央銀行
株式市場:

5月のサンパウロ株式市場(Bovespa指数)は、前月までの流れを引き継いで上昇し、18日に初めて50,000ポイントを超えると、30日には史上最高値を更新する52,527ポイントを記録した(グラフ2)。この結果、Bovespa指数は5月に6.77%、年初からは17.53%上昇することとなった。この好調な株価の要因としては、Selic金利の15回連続の引き下げ、カントリー・リスクの史上最低値更新、ムーディーズなどによるソブリン格付けの引き上げなどの国内経済に関する要因に加え、史上最高値更新となる米国株式市場の上昇や、それとの関連による世界的な株価上昇と新興諸国への資金流入などが挙げられる。

5月の半ばに大規模な汚職疑惑事件が新たに発覚したブラジルであるが(政治欄参照)、政治問題の発生が経済に対してネガティブな影響を及ぼさないという最近の傾向と同様に、今回も政治と経済の情勢がリンクするような動きは今のところ見られていない。

グラフ2 サンパウロ株式市場の推移:1998年以降

グラフ2 サンパウロ株式市場の推移:1998年以降
(出所)サンパウロ株式市場
ボリビア天然ガス問題:

ボリビアのMorales大統領による天然資源の国有化決定以降、Petrobras(ブラジル石油公社)は天然ガスの価格や同国内に所有する石油精製所の今後について、Morales政権との厳しい交渉を強いられてきたが、ボリビア側の強硬な姿勢などから交渉は難航化し、この問題は両国の外交問題にまで発展しつつあった。しかし、5月10日、Petrobrasがボリビア国内に所有する石油精製所をボリビア政府に売却することで、両者はようやく合意に至った。その合意の主な内容は、Petrobras所有の2つの石油精製所をボリビア政府がU$1.12億、2回の分割払い(1回目から2回目までは60日以内)で購入し、支払い代金はボリビアからブラジルへの天然ガス輸出代金で充当する、というものである。

今回の基本合意によって、国家間の対立の火種となりかねない懸念があったPetrobrasとボリビア政府の交渉は、Lula大統領やItamaraty(ブラジル外務省)の政治的判断もあり、一応の決着を見ることとなった。しかし、今回の売却対象となった精製所に対し、PetrobrasはU$1.24億もの巨額を投資しており、精製所売却の損失額だけでもU$1200万に上ることとなった。一方のMorales政権は、ボリビアの国営石油会社YPFBがベネズエラの国営石油会社PDVSAと石油および天然ガスの共同開発を行う協定を締結したと発表し、Chavez大統領への更なる傾斜を明白なものとした。

政治
カミソリ汚職事件:

5月半ば、公共土木事業に関する談合および資金の組織的な横領疑惑が発覚し、約60人もの政治家や関係者が逮捕される事態となった。今回の汚職疑惑事件は、Gautamaという建築会社がマラニャン州やセルジッピ州などの北東部をはじめ10州の前および現州知事、市長などの政治家やその親族だけでなく、中央政府の政治家や要人、さらには連邦警察などに対して、公共土木事業の不正入札や資金の横領工作を行うとともに賄賂を贈っていたとされるものである。特に、現職のRondeau鉱山エネルギー大臣(PMDB:ブラジル民主運動党)の同事件への関与疑惑が大きく取り沙汰され、結局、同大臣は内外からの圧力により辞任に追い込まれる事態となった。

この組織的な公金横領の額は、過去3年間で約R$1.7億に上ると見られ、第2期Lula政権の主要経済政策PAC(成長加速プログラム)の公共事業をも対象にされていたことが明らかになった。現在、議会内で疑惑解明のためのCPI(議会調査委員会)設置を求める声が一部で高まっているが、CPIが設置された場合、大物政治家を含め同事件への関与者が続出する可能性や危惧があることから、CPI設置の議論は紛糾したままである。過去の汚職事件に毎月高額賄賂(Mensalao)事件やヒル(Sanguessuga)事件などの様々な呼称がつけられたように、今回の汚職疑惑も"カミソリ"事件(Operacao Navalha)と呼ばれている。

しかしながら、中央政界を舞台とした汚職疑惑噴出はGautamaによるものだけにとどまらなかった。Mendes Juniorというブラジル国内でも有数の建設会社も、有力政治家などに公共事業の資金横領工作を行っていたとの疑惑が、総合雑誌『Veja』によって暴露されたのである。その中でも、上院議長であるRenan(PMDB)の個人的な費用(少なくとも月々R$16,500)をMendes Juniorが肩代わりする代わりに、同議長から便宜を受けていたという疑惑が持ち上がり、同議長は窮地に追い込まれることになった。

ブラジルの汚職問題は非常に有名であり、過去にはCollor大統領(当時)が弾劾されただけでなく、Lula政権も第1期目に与党PT(労働者党)による一連の汚職事件がきっかけで深刻な政治危機に追い込まれた。また、今年に入り、主にサンパウロを舞台とした一大賭博(ビンゴ)スキャンダルも発覚しており、これら大規模なものから小規模で地方レベルのものまで合わせると、汚職事件に関してブラジルでは事欠くことが無いと言っても過言ではない。特に、汚職撲滅が叫ばれているにも関わらず、今回のような国政レベルでの汚職事件がまたもや発覚したこことは、ブラジルにおける汚職問題の根の深さと広さを物語っているといえる。汚職問題は途上国全般でより蔓延している問題だといえるが、ブラジルが"途上国"からの脱却を真剣に目指すのであれば、制度や規制の整備だけでなく国民の意識改革も必要だといえよう。

国会議員の給与ベア:

昨年末に"スーパー・サラリー"として国内の強い反発から、一時ペンディングとなっていた上下院国会議員の給与ベアであるが(2006年12月の現地報告参照)、今月、28.5%増のR$16,512.09に引き上げられることが決定された。また、国会議員と同時に大統領と大臣および副大統領の給与ベアも行われ、前者の給与はR$8,885.48からR$11,420.21へ、後者の給与8,362.00から10,748.43へと引き上げられることになった。さらに、各地で州下院議員(国会議員の75%を上限)や市議会議員(ムニシピオの人口規模に従って州下院議員の20~75%を上限)の給与ベアも行われた。

今回の国会議員の給与ベアは、2002年12月から2007年3月までのインフレ率を勘案して決定されたこともあり、国民などからの強い反発はあまり見られなかった。しかし、国会議員には基本給のほかに多くの補助金や経済的な特典が与えられており、今回の給与ベアにより、これらの補助金などの多くが金額を引き上げられることになった。また、国会議員の基本給が大統領や大臣などのそれよりも高額となっており、いかに国会議員が優遇されているかがわかる。

PAC(成長加速プログラム)に基づき更なる経済成長を目指しているブラジルであるが、経済政策だけでなく、人件費をはじめとした公費削減などの財政改革の必要性が指摘されている。このような中で決定された国会議員の給与ベアは、ブラジル全国の公務員などに関する財政支出に大きな影響を与えることになった。今回の引き上げ率はインフレ率を勘案したものではあるが、更なる経済成長や国民間の所得格差の是正という観点から、多くの特権を持つ国会議員の給与体系全般の見直しが必要であることは明らかであろう。

社会
ローマ法王来訪:

5月9日、ローマ法王ベネディクト16世がブラジルを訪問した。今回のベネディクト16世のブラジル訪問は、法王としては1996年のヨハネ・パウロ2世以来、11年ぶりとなった。ベネディクト16世はブラジル到着後、カトリック的伝統の遵守とともに、中絶や安楽死への反対、伝統的家族の価値の重視を訴えるなど、保守的な姿勢を印象付ける発言を相次いで行った。また、最近のラテンアメリカで権威主義的な政府が出現していると述べ、特定国への言及は避けたものの、暗にベネズエラやボリビア政権に対する批判も行った。ただし、近年のブラジルではカトリック信者は減少傾向にあり、民間調査機関のData Folhaによると、11年前に国民の約74%を占めていたカトリック教徒の割合は、現在では64%にまで低下している。

遺伝子組み換えトウモロコシ:

今月16日、CTNBio(Comissao Tecnica Nacional de Biosseguranca:バイオ食糧国家技術審議会)は、除草剤に対して抵抗力の強い遺伝子組み換えトウモロコシの商業化を、賛成17票、反対4票で承認した。今回のCTNBioによる承認により、2005年のバイオ食糧法(Lei de Biosseguranca)施行後、同法の適用を受けた初の遺伝子組み換え作物の商業化が実現する見通しとなった。また、この申請は、健康・農業化学関連のドイツ系企業Bayer社が1998年に申請を行っていたものであり、9年もの時間と労力を要することになった。

ただし、ブラジル国内における遺伝子組み換え作物の商業化に関しては、バイオ食糧法施行前に既に大豆と綿が許可されており、国内で広く生産、消費されている。ブラジルでは現在までに、今回のトウモロコシのほかに10ものその他の遺伝子組み換え作物の商業化が申請されており、バイオ・エネルギーへの世界的な需要拡大とも重なり、今回の結果は今後の許認可審議に少なからぬ影響を及ぼすと考えられよう。