Oi! do ブラジル—リオデジャネイロから徒然なるままに 2006年12月 現実との乖離
ブラジル現地報告
ブラジル
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今月のひとり言—これもブラジルの一つの現実
ブラジル社会の多様性や不平等さなどについては、今までにも本現地報告において徒然なるままに書き綴ってきた。しかし今月は、この社会が多様で不平等であるだけでなく、如何に各々がかけ離れているかを思い知らされる月となった。
ことの発端は、国会議員が自らの給与の倍増を企てたスーパー・サラリー事件である(詳細は政治欄参照)。この企ては国民の強い反発と最高裁の判断により(ひとまず)水泡に帰すことになったが、依然として10歳以上の国民の約58.8%が最低賃金(現在R$350)以下で生活している現実(出所:IBGE/PNAD 2005年)からすると、国会議員が企てたR$24,500というスーパー・サラリーの額が、如何に現実離れしたものであるかがわかる。ブラジルでは1960年の首都移転により、広大な国土の中で陸の孤島ともいえるブラジリアに政治機能が集約されたのであるが、このことにより、ブラジリアでは一般国民の現実や日常から隔離された特権階級社会が構築されてきたといえよう。そして、そこで仕事をし、日々生活する政治家たちは、当然の如く自国民の現実から乖離した感覚を持つに至り、今回のようなスーパー・サラリーを平気で考え付いてしまったと考えてもおかしくはなかろう。
また、今月、ブラジル国民間の乖離を強く意識した一要因として、先月に引き続き、私がサンパウロの低所得者層を対象にアンケート調査を行ったことも挙げられよう。ブラジルで低所得者層が実際にどれほどの収入で生活し、どのような生活状況にあるのかを、他者としてではあるが目の当たりにした私にとって、国会議員のスーパー・サラリーはどうしても理解し難いものとして映ったのである。
更に今回、このアンケート調査を通しては、ブラジルにおける研究と現実との乖離についても考えさせられた。ブラジルにおける研究の多くはIBGE(ブラジル地理統計院)などのデータを用いるものがほとんどで、自らのフィールド調査で収集したオリジナル・データに基づいた研究は非常に少なく、特に、研究対象が低所得者層等である場合、その傾向が顕著である。このことは、治安の問題など調査のフィージ・ビリティがネックとなり、現実的に不可能に近いというのが大きな理由といえる。しかし、今年の4月にIBGEのフィールド調査に実際に参加した経験から(本現地報告の4月参照)、IBGEの調査に全く問題がなく、IBGEのデータがブラジルの現実を正確に反映しているのかどうか、また更に、ネット上で入手可能なIBGE等のデータをもとに、フィールド調査を行わない研究者がクーラーの効いた快適な環境の研究室で創り上げる研究が、ブラジルの現実から乖離してはいないのかどうか、正直なところ、私の中で懐疑的な見方を否定することはできない。ただし、今回私が実施したアンケート調査の難しさや必要とされる時間や労力等を考えると、既存のデータに頼らざるを得ないブラジル研究者の立場も、同業者として痛いほど良く理解できるのではあるが・・・。
今月、徒然なるままに感じたこと。要は、多様で不平等、かつ広大でカオス的なブラジルでは、現実と乖離した現実が存在し、それもまた、ブラジルの現実の一つだということだったのであり。なお、本報告書がネット上に掲載される時は、もう既に新しい暦になっているはずなので。
「皆様、新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。」
今月のブラジル 経済
貿易収支:
12月の貿易収支は、輸出額がUS$122.35億(前月比3.1%、前年同月比12.3%増)、輸入額がUS$72.23億(同▲16.7%、29.5%増)で、輸出入ともに12月としての過去最高額を記録した。前月比でマイナスとなった輸入に比べ輸出が好調だったため、貿易黒字額はUS$ 50.12億(同56.9%、15.8%増)となり、12月の過去最高額とともに今年7月に次ぐ史上2番目の黒字額を記録した。
また、2006年の貿易収支は、輸出額がUS$1,374.71億(前年比16.2%増)、輸入額がUS$913.94億(同24.2%増)となった。この結果、昨年に比べ営業日が2日少なく、長期のドル安レアル高傾向により輸入額が増加したにも関わらず、貿易黒字額はUS$460.77億(同3.1%増)となり、4年連続で史上最高額を記録した(グラフ1)。
2006年の輸出に関しては、一次産品が全体の29.3%(前年29.3%)、半製品が14.2%(同13.5%)、完成品が54.3%(同55.1%)であった。また、輸出先としては、ラテンアメリカが全体の21.5%(同22.8%)、EUが22.1%(同22.4%)、合衆国が18.0%(同19.2%)、アジアが15.1%(同15.7%)、アフリカが5.4%(同5.1%)、中東が4.2%(同3.6%)、東欧が3.3%(同3.3%)、その他が9.3%(同9.1%)であった。
一方の輸入に関しては、資本財が全体の20.7%(前年20.9%)、原料・中間財49.6%(同51.3%)、耐久消費財6.7%(同5.3%)、消耗品6.5%(同6.2%)、原油・石油製品16.6%(同16.2%)であった。また、輸入先としては、アジアが全体の25.0%(同22.9%)、EUが22.0%(同24.7%)、ラテンアメリカが17.9%(同15.8%)、合衆国が16.2%(同17.5%)、アフリカが8.8%(同9.0%)、中東が3.5%(同3.4%)、東欧が1.7%(同1.6%)、その他が4.9%(同5.1%)であった。
グラフ1 2006年の貿易収支の推移
(出所)MDIC/Secex |
外貨準備高・公的対外債務:
今年の外貨準備高は、予想を上回る貿易黒字や為替市場での中銀によるドル買いなどから次々と史上最高を更新し、年末にはU$856.7億に達した(グラフ2)。また、昨年末にIMFからの借入金を完済し、今年の6月から公的対外債務がマイナスになったことも(グラフ3)、外貨準備高の大幅な増加に繋がったといえよう。
グラフ2 外貨準備高の推移:2003年以降
(出所)ブラジル中央銀行 (注)水色は年末の外貨準備高 |
グラフ3 公的対外債務および対GDP比の推移:2003年以降
(出所)ブラジル中央銀行 |
物価:
発表された11月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比で▲0.02%ポイント、前年同月比で▲0.24%ポイント低い0.31%となった。この結果、年初からの累計値は前年同期の5.31%よりも大幅に低い2.65%となり、政府の今年のインフレ目標値4.5%の達成がほぼ確実となるだけでなく、3%以下の数値も現実味を帯びてきた。
11月は主要食料品価格が10月に引き続き上昇し(10月0.88%→11月1.05%)、衣料品価格(同0.64%→0.65%)や医療保険料(同0.76%→0.75%)なども前月同様の高い上昇率を記録した。しかし、その一方で、家庭内労働者(empregados domésticos)の賃金上昇は低く(同1.39%→0.43%)、燃料であるアルコール(同▲3.28%→▲0.86%)とガソリン(同▲0.11%→▲0.17%)の価格が前月に引き続きマイナスとなったことに加え、電気料金(同0.31%→▲0.57%)と医薬品(同0.01%→▲0.17%)の価格が下落したことなどから、非食料品価格の上昇が0.12%に止まり、物価全体の安定につながった。
金利:
今月は、政策金利であるSelic金利(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されず。次回のCopomは1月の23、24日に開催予定である。
為替市場:
今月の為替相場は、カントリー・リスクの低下と好調な株式市場を好感して、緩やかながらレアルが買われる展開となった。月の前半にドル安傾向が強まった後は、US$1=R$2.15を挟んだ狭いレンジでの取引となったものの、最終的にUS$1=R$2.1372(買値)までレアルが買われ、今年の取引を終えた。
今年の為替相場はGDPが予想よりも低い成長率に止まったものの、金利の低下をはじめとするマクロ経済の安定やカントリー・リスクの低下を好感してレアルが買われ、一年を通じてレアル高水準のまま比較的安定した取引となった(グラフ4および5)。
グラフ4 レアルの対ドル為替レートの推移:2006年
(出所)ブラジル中央銀行 |
グラフ5 カントリー・リスクの推移:2006年
(出所)J. P. Morgan |
株式市場:
今月のサンパウロ株式市場Bovespa指数は先月に引き続き好調に推移し、月の前半に初めて43,000ポイントを突破した。その後も高値を更新し続け、27日には44,526ポイントの史上最高値を記録し、44,473ポイントで今年の取引を終えた。
今年の株式市場は、ブラジル経済のファンダメンタルズに対するポジティブな評価がベースにあるといえるが、主に中国の急激な経済発展に牽引された世界的な景気好調と、これに関連したPetrobras(ブラジル国営石油公社)やCVRD(リオ・ドセ社)といった資源メジャーなどの株が買われたことから堅調に推移した。そして、年の後半になると史上最高値を次々と更新し、年間で32.93%もの上昇を記録した(グラフ6)。
グラフ6 サンパウロ株式市場(Bovespa指数)の推移:2006年
(出所)サンパウロ株式市場 |
最低賃金:
現在R$350である法定最低賃金が、来年4月1日からR$30レアル引き上げられR$380(名目8.6%、実質5.3%増)になることが決定された。新たな最低賃金として、Mantega大蔵大臣をはじめとする経済チームはR$367を主張していたが、Lula大統領が労組代表などとの交渉後に決定した額はこれを上回るものとなった。この新たな最低賃金はR$85億の経済効果があり、このうちのR$21億が国庫の歳入になると予測されている。
また、2008~11年までの間、最低賃金の金額を決定する際に、インフレ率に加えてGDP成長率も考慮すること、この決定方法を2011~23年まで4年毎に再討議すること、2008年から最低賃金の調整月を毎年1ヵ月前倒しにし(2007年は4月)、2010年に年初である1月にすること、などが決定された。
政治
第2期Lula政権:
次期の下院議長選挙が2月1日に行われるが、今月はじめにPT(労働者党)が独自候補としてChinagliaを擁立することを決定した。その一方で、Lula政権2期目への連立を決定した最大政党のPMDB(ブラジル民主運動党)も、一時、独自候補擁立の動きを見せるなど、早くも両党間の協力関係がぎくしゃくしたものであることを露呈するかたちとなった。また、Lula政権と連立関係にあるPC do B(ブラジルの共産党)のAldo現議長も、自らの議長職続投を希望しており、Lula大統領は政治運営に関して政権2期目開始前から早くも難しい舵取りを強いられることとなった。
また、政権2期目の経済政策が今月中に発表される予定であったが、細部に関する調整が難航したため、正式な発表は年明けに持ち越されることになった。ただし、Lula大統領は更なる成長を目指す政権2期目として、インフラ整備への民間および公共投資、生産部門への特恵措置、教育を重視することを表明した。
なお、Lula大統領および政権に関する世論調査(IBOPE)が行われ、一時、汚職問題等で支持率を下げたLula大統領および政権であるが、最終的には支持率を大きく回復して政権1期目を終了することとなった(グラフ7および8)。
グラフ7 Lula政権に対する評価の推移
(出所)IBOPE |
グラフ8 Lula大統領に対する評価の推移
(出所)IBOPE |
小政党の存続:
今年9月、小規模な政党を対象とした法律の新たな条項が設けられる見通しとなっていたが(詳細は本現地報告の9月参照)、今月、この条項に対して最高裁の違憲判断が下された。このことにより、既存の規定が今後も適用されるため、小政党も以前と同様の交付金や選挙放送などの権利を有することになった。
スーパー・サラリー:
今月半ば、国会議員の給与を現行R$12,847.20からその約倍となる90.7%増のR$24,500とする案が、上下院議員執行部により決定された。しかしながら、今回の給与ベアがインフレ調整分等をはるかに超える額であったため、“スーパー・サラリー”と呼ばれ、国民やマスコミだけでなくカトリック教会などからの強い批判や反発を招くこととなった。そして、本来は上下両院の本会議による採決で決定されなければならない国会議員の給与額が、執行部のみの決定で増額されようとしたことに対し、最高裁判所が最終的に違憲判断を下したため、スーパー・サラリー案は実現せずにお蔵入りすることとなった。その後、国会議員の給与ベアはインフレ調整分を加えたR$16,500に増額されると予測されているものの、最終的な決定は年明けに持ち越されることになった。
現在、国会議員には上記金額の毎月の給与のほかに、事務所運営経費としてR$50,815.63、補償経費としてR$15,000、住宅補助としてR$3,000が毎月支給されるだけでなく、年間にボーナスとして1か月分の給与、費用補助として2か月分の給与、ブラジリアと出身地間の航空券代、自家用車とガソリン代(上院議員の場合は運転手付き)が支給されている。そして、国会議員の給与が引き上げられた場合、これらの手当ての額も連動して引き上げられるだけでなく、地方議員の給与および手当てのベアにも大きな影響を与えることになる。
今回のスーパー・サラリーは、Lula大統領再選の向かい風に便乗するとともに政権2期目への協力を引き換えに、連立与党議員が法外な自らの給与増額を試みたものと考えられる。しかし、このような一般国民の常識から乖離した感覚と常識は、結果として、政治家に対する国民の不信感を増幅させただけであったといえよう。また、スーパー・サラリーを中心となって計画したAldo議長に関しては、次回の下院議長選挙での再選がより難しい状況になったといえよう。
社会
航空危機再び:
先月はじめに発生した“航空危機”であるが、今月も多くの航空便の大幅な遅れやキャンセルが相次ぎ、国内の空港は何度となく大混乱に陥った。特に今回はクリスマスや年末の旅行シーズンと重ったこともあり、事態はより深刻であったといえよう。今回も先月同様に、多くの乗客が情報不足のまま空港での長時間待機を強いられ、苛立った乗客が警官や航空会社および空港の職員と衝突するなど、主要空港ではパニック状態に陥る事態となった。
今回の航空危機の主な原因の一つとして、民間航空会社TAMのオーバー・ブッキングが挙げられている。TAMが搭乗可能乗客数を大幅に上回る航空券を販売していたため、予定していた便に搭乗できない乗客が出て、航空便のスケジュールの大幅な変更だけでなく、TAMと乗客間のトラブルの更なる悪化をもたらしたとされている。政府は事態沈静化のため、ブラジル航空史上初めて政府専用機を民間の乗客輸送のために代替便として使用するなどの緊急策に出た。
近年、競争が激化しているブラジル航空業界において、以前、国内最大の航空会社であったVARIGが新破産法の適用を受けた後、TAMは国内線だけでなく国際線の増便などでシェアを拡大してきた。しかし、このような同社によるシェア拡大のための利益優先主義が、今回のような航空危機の一要因でなったことは明らかであろう。
リオ組織的犯罪:
今月27日の深夜から翌日の朝方にかけ、リオにおいてバスや車に放火したり、警察の拠点を襲撃したりするなどの組織的犯罪事件が多発した。この組織的犯罪事件は、過去に行われた警察による麻薬組織掃討作戦に対する報復と見られているが、その後も年末にかけてリオ市内外で断続的に続き、一般人を含めた死者数は20名以上にのぼり、多数の負傷者を出す事態となった。
今回、リオで発生した組織的犯罪事件は、今年半ば幾度かにわたりサンパウロ州を中心に発生したPCC(首都第一コマンド)によるものとは背景が異なると考えられている。しかし、年末の休暇シーズン中に同事件が発生したことにより、ブラジルの治安問題が依然として如何に深刻であるかを国内外に改めて印象付けることとなった。
※最近の動向に関する情報は研究者個人の見解であり、あり得る過ちは全て執筆者個人に帰するもので、アジア経済研究所の見解を示したものではありません。また、これらの情報および写真画像の無断転載を一切禁止します。
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