Oi! do ブラジル—リオデジャネイロから徒然なるままに 2006年1月 2006年のスタートは"今の自分の原点"から

ブラジル現地報告

ブラジル

海外派遣員 近田 亮平

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2006年1月
今月のひとり言—Douradosへの"里帰り"

2006年という新しい年を迎えた今月、私はアジ研が発行している『ラテンアメリカ・レポート』原稿執筆の調査ため、私にとってブラジルの"ふるさと"ともいえるところへ"里帰り"をしてきた。そこは南Mato Grosso州にあるDouradosという町である。

Douradosのある南Mato Grosso州は面積が358,158.7km2。日本の国土の総面積が377,835km2なので、ほぼ同じくらいの広さである。だが、日本の人口密度が約336人/km2(2002年)であるのに対し、南Mato Grosso州は約5.8人/km2(2000年)(ちなみにブラジル全体では約21人/km2(2002年))。同州の名称にある"Mato Grosso"とは、日本語に直訳すると"鬱蒼とした原始林"という意味。以前はその大地が一面、原始林に覆われていたのであろうが、現在は開拓が進み、ブラジルでも有数の農業生産地となっている。地平線まで続く畑や牧場、そして、ひたすら真っ直ぐな道。そんな景色が360度見渡す限り続くのが、現在の南Mato Grosso州だといえよう。

このような広大な景色の南Mato Grosso州にあるDouradosは、同州で2番目に大きな町であるが、人口は現在でも20万人弱。南米大陸の真ん中近くに位置し、サンパウロ市からは約1000km、パラグアイの国境の町まで約120kmのところにある。なぜ、このDouradosが私にとって"ふるさと"なのか。それは14年前、私が初めてブラジルに来たときに滞在した町で、お世話になった方々がいるからである。

この大地を初めて踏んだ時、私はまだ20歳であった。私にとって、生まれて初めての海外生活。あれから早14年という月日が流れた。今までも何回かは"里帰り"をしていたので14年ぶりというわけではなかったが、2006年のスタートを切るに当たり、"今の自分の原点"となった地を再び踏みしめることができた。

当時、私はDouradosの日系人の子供たちに日本語を教えていた。泥まみれになりながら、笑ったり泣いたりもがいたり、 いろんなことを学んだ。あの時以来、ブラジルが私にとって第二の故郷となり、かなりの紆余曲折はあったものの、今、私はブラジルと切り離せない人生を歩んでいる。こうした今の私があるのは、初めて訪れ、滞在したブラジルの地が、このDouradosだったからである。

今回、14年ぶりに再会できた人たちの中に、当時6歳か7歳だった教え子の女の子がいる。昔は私がよくしてあげていた肩車が大好きで、 いつも後ろから私に飛び乗ってきた。そんな彼女も、もう20歳。ちょうど私がこの地で"センセイ"をしていたときと同じ年になっていた。私が一生懸命教えた日本語は覚えてくれていなかったが、私のことはよく覚えてくれていて、久しぶりの再会をとても喜んでくれた。

今回の"里帰り"で実施した調査の内容は、5月発行予定の『ラテンアメリカ・レポート』に現地報告として掲載される予定である。したがって、ここでは調査内容はあまり書かずにおくが、今回、今年1年のはじめに"今の自分の原点"に立つことができ、昔お世話になったDouradosの方々から聞いた話をもとに、私が思ったことを最後に少し書くことにする。

農業を主産業とするDouradosは、今年3年続きの日照りに見舞われており、主要農産物の大豆の収穫に既に被害が出始めている。また、昨年、輸出が史上最高額を記録し、ブラジル経済の好調さが伝えられたが、Douradosでは為替におけるレアル高の大打撃を被っている。更に、このような状況下にありながらも、ブラジルの非常に高い税金を払わなければならない一方で、依然として地元の権力者などによる汚職や通常の取引における恒常的な脱税行為が行われていることを知った。その他にも、ルーラ政権の看板政策であるFome Zeroが実は労働者の労働意欲を削いでいる実態について、などなど。これらのことは、リオの研究所にいて、好調なマクロな数値などをもとに、ブラジルの良い面に視座が偏狭していた私には知り得なかった、ミクロな視点からのブラジルの厳しい現実であったといえる。

私のブラジル滞在も、実質的に残すところあと1年となった。今までのブラジル滞在を通じ、ブラジルの地域研究者を目指したいという思いが私の中で強くなっている。したがって、こうしてブラジルに長期滞在できる間に、研究論文や政府の発表などから知り得るマクロなブラジルだけでなく、ミクロなブラジルの現実もできる限り吸収していきたいと、今回"今の自分の原点"の地に"里帰り"をして思った。

今月のブラジル 経済
貿易収支:

1月の貿易収支は、輸出入及び貿易収支の黒字額が、それぞれ前月比ではマイナスとなったものの、前年同月比では大幅に増加し、1月としては過去最高の額を記録した。輸出額はUS$92.71億(前月比▲14.9%、前年同月比24.5%増)、輸入額がUS$64.27億(前月比▲1.9%、前年同月比22.3%増)、貿易収支の黒字額はUS$28.44億(前月比▲34.5%、前年同月比30.0%増)となった。この結果、輸出と輸入を合わせた貿易額も、1月としては過去最高のUS$ 156.98億(2005年はUS$ 127.01億)を記録した。

物価:

発表された12月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、11月の数値0.55%から0.19%ポイント下がり0.36%となった。この主な低下要因としては、燃料及び交通運賃が0.66%→0.24%、そして、11月に0.27%→0.88%の上昇を記録した主要食料品価格が0.27%の上昇に留まったことが挙げられる。11月との比較では、ガソリンが0.83%→▲0.18%へと低下し、航空運賃が5.04%→0.90%、市内バス運賃が0.64%→0.24%の上昇に留まったが、燃料アルコールは2.52%→4.53%と大きく上昇した。

この結果、2005年の累計値は昨年の7.60%を下回る5.36%となり、過去6年間でも最低の数値を記録した(グラフ1)。しかし、今年のインフレ目標である5.1%は既に11月時点で目標値を超えていたため未達成に終わった。

グラフ1 IPCAの推移:1996年以降

グラフ1 IPCAの推移:1996年以降
(出所)IBGE
金利:

Selic金利(短期金利誘導目標)は今月も5ヶ月連続で引き下げられ、18.00%→17.25%となった。今回の引き下げ幅0.75%ポイントは、昨年9月からの引き下げの中では最も大きいものとなったが、事前に予想された引き下げ幅であったため、市場でのインパクトは一時的なものに留まったといえる。

為替市場:

先月、一旦ドル高レアル安に戻した為替相場であるが、今月は再び緩やかなレアル高基調の取引となり、30日にはUS$1=R$2.2108(買値)までドルが売られる展開となった。月末は米国の金利引き上げ観測もあり、多少ドルが値を戻す形で今月の取引を終えた。このように、Selic金利の引き下げにも関わらずレアル高が続いているのは、現在、市場がブラジルを"買い"として見ているからだといえよう。この"ブラジル買い"の主な誘因としては、金利引き下げによる経済への好影響に対する期待感、好調を維持する貿易、最近の継続的なカントリーリスクの低下(27日に過去最低となる260を記録)、史上最高値を更新し続ける株式市場などが挙げられよう。

株式市場:

今月も昨年からの好調さを維持したサンパウロ株式市場のBovespa指数は、連日、史上最高値を更新する展開となり、月末の31日に史上最高値となる38,382 ポイントを記録して今月の取引を終えた(グラフ2)。今月だけで14.73%もの増加となった。この要因としては、前述の為替市場と同様に、市場及び投資家がブラジルを"買い"と見ているからであり、主に海外からの大量な投資が株価を引き上げているとされる。

グラフ2 サンパウロ株式市場(Bovespa指数)の推移:2005年7月~

グラフ2 サンパウロ株式市場(Bovespa指数)の推移:2005年7月~
(出所)サンパウロ株式市場
最低賃金と所得税:

現在R$300である法定最低賃金が、今年の4月1日からR$50引き上げられR$350となることが決定された。今回の引き上げ幅は、R$50という名目ベース及びインフレ率を差し引いた13%という実質ベースともにおいて、1994年のレアル導入以降最高のものとなった。また、4月1日という実施時期は予定よりも1ヶ月早いものである。

また、個人を対象とした所得税率を全体で8%の減税とする新たな所得税が2月から適用されることになった。具体的には、所得税免除となる月額所得がR$1,164→R$1,257、15%の所得税が適用される所得帯がR$1,164.01~R$2.326→R$1,257.01~R$2,512、27.5%の場合がR$2.326.01以上→R$2,512.01以上へとそれぞれ引き上げられることになる。

このことは、10月の大統領選挙を控えたルーラ政権が、本来の政治的支持基盤である労働組合や低所得者層の要求に譲歩することで、低下傾向にある政権及びルーラ大統領への評価を向上させ、選挙での票獲得へとつなげる狙いがあったものといえよう。

失業率:

6大都市圏(サンパウロ、リオ、ポルトアレグレ、ベロオリゾンテ、サルバドール、レシーフェ)の12月の失業が発表され、現在の基準による統計調査を開始した2002年3月以降、過去最低の8.3%を記録した(グラフ3)。また、失業者数も184万人となり、同様に過去の調査において200万人を初めて下回った。この結果、2005年の平均失業率は9.8%となり、2003年の12.3%、2004年の11.5%を下回ることとなった。

グラフ3 6大都市圏失業率の推移:2003年以降

グラフ3 6大都市圏失業率の推移:2003年以降
(出所)IBGE
政治
汚職疑惑:

PT(労働者党)の広告を引き受けていた広告代理業者のMendonça とその家族が、1993年から合計でUS$1500万もの不正な資金をアメリカの口座で受け取っていたという疑惑が浮上した。MendonçaはPTだけでなく、Maluf元サンパウロ市長やCollor元大統領の広告業務も引き受けていたが、PTが政権に就いた時点から、Mendonçaの広告代理店は収益を大幅に伸ばしており、PTとの癒着関係が取りざたされている。

PTを取り巻く主要な汚職疑惑の一つである議員買収が、主にValérioの広告代理店を通して行われていたのに対し、もう一方の選挙不正資金疑惑が、主にMendonçaの広告代理店を拠点として行われていた可能性が高まっている。これらの疑惑の不正資金の出所に関しては、現段階では明らかにはなっていない。しかし、BMG銀行やRural銀行などの民間の機関に加え、キューバなどの海外、そして、ブラジル銀行やCEF(連邦貯蓄銀行)などの公的機関からであった疑いが高く、今後、その出所が明らかになるかどうかは不透明であるといえる。

また、残すところ11名となった収賄疑惑議員については、倫理委員会などでの政治的な攻防により審議が遅れたため、今月中に予定されていた議員権剥奪の可否を決める投票は来月以降へと延期されることになった。

政党間連合方式:

今月、選挙における政党間の新たな連合方式が下院で可決され、今年の大統領及び州知事選挙から適用されることになった。従来の方式は「縦割り方式(Verticalização)」と呼ばれており、大統領選挙における政党間連合と州選挙(知事、州の上下院議員)のそれがリンクしていなければならなかった。つまり、大統領選挙においてA党がB党と連合を組んで統一候補を出した場合、州選挙においても同様に統一候補を出すか、単独で候補を出さなければならず、他のC党などの政党と連合を組むことはできなかった。しかし、今回の変更により、各政党は大統領選挙と州選挙における政党間連合に縛られることなく、他の政党とも自由に連合を組み、候補者を擁立することが可能となった。

今回の変更は、政党及び政治家の政治的自由という観点からはポジティヴに評価できよう。しかし、伝統的にブラジルの政党や政治家は確固たる政治的理念やイデオロギーに欠けるところがあり、自らの利害によって離合集散を繰り返すという傾向が強い。したがって、今回の政党間連合の自由化は、現在でもかなり複雑なブラジル政治の勢力図を更に把握困難にするものであるといえよう。

大統領選動向:

大統領選挙の投票動向に関して、今月1月の時点で第1回目の投票が行われた場合、誰に投票するかという調査が行われた(グラフ4及び5)。ケース1はPSDB(ブラジル民主社会党)の候補がサンパウロ州知事のAlckmin、ケース2はサンパウロ市長のSerraであった場合である。グラフからもわかるように、ルーラ大統領の一番の対抗馬になると予測されているPMDBの候補者争いでは、Serra市長がAlckmin知事を大きくリードしているといえる。しかも、Serra市長とルーラ大統領の支持率の差は、調査を行ったIBOPEによれば調査における誤差範囲内であることから、現状ではルーラ大統領とSerra市長の支持率が並んでいる状態だといえる。
ルーラ大統領を含め、現時点ではほとんどの候補者がまだ正式な立候補の表明を行っていない。唯一、大統領選挙への出馬を表明しているのはAlckmin知事であるが、Serra市長への支持率が高い現状からすると、PSDBから大統領候補者として選ばれるかどうかは微妙だといえる。なお、大統領選挙及び州知事選挙に立候補する者は、選挙日である10月1日の6ヶ月前となる3月末までに、現職を辞任する必要がある。したがって、デットラインである3月末に向け、政権党であるPTをはじめ各政党の候補者選びをめぐる政治的駆け引きが活発化するため、今後の動向を注視する必要があるといえる。

グラフ4 大統領選挙の支持投票動向調査:ケース1

グラフ4 大統領選挙の支持投票動向調査:ケース1
(出所)IBOPE

グラフ5 大統領選挙の指示投票動向調査:ケース2

グラフ5 大統領選挙の指示投票動向調査:ケース2
(出所)IBOPE
社会
世界社会フォーラム:

世界の大企業及び政治家などによる「世界経済フォーラム」に対抗する形で、「世界社会フォーラム」が2001年にブラジルのポルトアレグレ市においてNGO、社会運動、労働組合などの市民団体によって初めて開催された。その後、同市やインドのムンバイなどで毎年開催されてきたが、今回が6回目となる今年は、今月の24日から6日間にわたりベネズエラのカラカス、パキスタンのカラチ、及びマリのバマコの3カ所で同時に開催されることとなった。今回の社会開発フォーラムにもブラジルから市民団体関係者だけでなく、政府の要人が主にベネズエラの大会へ多数参加した。

しかし、カラカスでの世界社会フォーラムでは、開催国であるベネズエラ及びブラジルに対する批判が噴出することとなった。ベネズエラに対しては、チャベス大統領がフォーラムを自らの政治的プロパガンダに利用したという批判であり、ブラジルに対しては、WTOにおいてG-20を率先して組織したり、国連によるハイチ占領において中心的役割を果たしているなど、国際社会での権力や影響力の増強を図っているという批判であった。

また、今回のカラカスの世界社会フォーラムでは、組織運営の不備とそれに対する不満が多く寄せられるともに、多様な思想を持つ参加者間の意見の分離と対立が表面化したとされる。世界社会フォーラムも今回で6回目を迎え、一つの転換期に差しかかっているといえるのではなかろうか。

Por Kilo:

ブラジルでは"Por Kilo"と呼ばれるスタイルのレストランが10年以上前から流行り出し、今ではランチ・タイムを中心に非常に一般的なものとなっている。この"Por Kilo"というスタイルは、バイキング形式に用意された様々な種類の料理を自分で選んで皿に盛り、その盛った料理の重さ、つまり"キログラム"で値段が決まるというものである。キログラム当たりの単価はレストランによって様々で、料理の種類が多く、高級であるほど単価は高く設定されている。また、時間帯によっても単価は異なる。最近では一般的なブラジル料理だけでなく、寿司や刺身などの日本料理、春巻きや八宝菜などの中華料理といった各国料理を置くレストランも増えている。1回のランチの値段は安いところで300円くらい、高いところでは1500円くらいといったところである。一度に様々な料理や食材を楽しめるとともに、栄養バランスの良い食事ができるため、大変便利だといえる。

ところが最近、この"Por Kilo"スタイルがレストランだけではなく、衣料品店にも広まってきている。つまり、シャツやズボンなどの衣料品の値段を種類に関係なく、キログラム単位を一律にして、購入衣料品の総重量で決めるというものである。この衣料品店の"Por Kilo"導入により、ジーンズをはじめとする一部の商品の値段が大幅に下がり、消費者としてはより多くの衣料品の購入が可能となった。また、一方の衣料品店としては、顧客数と一顧客当たりの購入品数が大幅に増えたため、売り上げの増加につながったとされる。

この"Por Kilo"を導入している衣料品店は、概して廉価な衣料品を扱っている店が多く、ブランド品店などまでが"Por Kilo"を導入しているわけではない。この"Por Kilo"の新たな現象の背景としては、ボリビアをはじめとする南米周辺諸国からの不法外国人労働力に依拠したサンパウロの繊維産業の存在も挙げられようが、最大の要因としては、中国からの廉価な衣料品がブラジル市場において大量に流通するようになったことが挙げられるであろう。



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