Oi! do ブラジル—リオデジャネイロから徒然なるままに 2006年8月 マクロとミクロから見るブラジル

ブラジル現地報告

ブラジル

海外派遣員 近田 亮平

PDF (205KB)

2006年8月
今月のひとり言—両親のブラジル初訪問を通じて

今月、私の両親が初めてブラジルを訪問してくれた。私の赴任地であるリオ、調査地であるサンパウロ、ブラジルの“ふるさと”ともいえる Dourados 、そして、イグアスの滝を両親と共に巡った。観光はあまりできなかったかもしれないが、14年前に私が初めてブラジルと出会って以来、こちらでお世話になっている方々や友人たちを両親に紹介し、親睦を深めることにより、忘れられない想い出づくりができたように思う。今回、両親と共に再訪したブラジルと人々を通して、私が感じたことを徒然なるままに書くことにする。タイトルをつけるとすれば、「マクロとミクロから見るブラジル」となるであろうか。

近年のブラジルは、マクロな指標は全般的に好調または安定して推移しているといえよう。マクロ経済においては、ハイパーインフレは過去の話となり、今月、カントリー・リスクも過去最低レベルを更新した。また、この経済的な安定に加え、政治の民主化が定着し、これらの結果としてより効果的な社会政策の実施が可能となり、近年、不平等や貧困を示す指標も改善に向かいつつあるとの研究報告がなされている。

しかし、このようなマクロから見たポジティヴなブラジルとは異なり、ミクロなレベルにおいては、依然として多くの問題を抱えていることを実感させられる出来事に多く直面した。その中でも特に印象に残ったのが、ブラジル社会が階層によって分断されている現実を再認識させられたことである。詳細については紙幅の関係から省略するが、異なる階層に属する人々は自らの生活の安定と向上をより重視し、社会構造の変革を誘発し得るような、異なる(特に自分より下の)階層との積極的な接触や関わりを模索したり試みたりする傾向は、日常生活というミクロなレベルでは決して強くはないといえる。つまり、(特に社会のより上層の)人々は自らの日々の“いのちと暮らし(livelihood)”を守り、より良くするため、保守的になる傾向が強いのである。そして、ブラジルのように階層間で経済的、社会的、政治的、文化的livelihoodが異なるとともに、それらの違いが不平等と強く結びついている社会の場合、このような傾向は、我々日本人の想像や理解をはるかに超えるものであるとともに、彼らの日常生活に直結した問題なのだということを強く認識させられた。

以前の私は、ブラジル社会の外にいる一外国人(ブラジル研究者)として、このような階層間の分断を否定的に捉えていた。しかし、アジ研の“現地主義”に基づき、ブラジルの“一住民”としてこの国の社会の中で1年半という時間を実際に生活してみると、階層間の分断とここに暮す人々自らのlilelihoodとの関わりが、以前よりも理解できるようになったように思う。もちろん、私の第2の祖国ともいえるブラジルという国が、今後より発展し豊かになって欲しいという願いは強く持っている。しかし、今回徒然なるままに書き綴った傾向は、ミクロなレベルで見たブラジル社会の現実から考えれば、ここに住む人々自らの人生のストラテジーとして当然のことなのだと、今、この社会に住む一個人として理解できるように思う。

今月のブラジル 経済
GDP:

2006年第2四半期のGDP(暫定値)が発表されたが、事前の予測を下回り、前期比0.5%、前年同期比1.2%という低い成長率となった(グラフ1)。前期比では家計消費支出が1.2%と好調であったものの、輸出が▲5.1%、投資を示す固定資本形成が▲2.2%、輸入も▲0.1%と落ち込んだことが影響した。また、部門別でも工業は▲0.3%のマイナスとなった。前年同期比では、家計消費支出が4.0%と前期比同様に高い伸びを示すとともに、為替のレアル高の影響から輸入が12.1%の成長となったのが目立つ一方、輸入は▲0.6%のマイナスとなった。

今回の数値は2006年第1四半期の前期比(季節調整済み)の1.3%、及び前年同期比の3.3%の半分にも満たず、Lula政権発足直後の1年目を除いた中でも低い成長率となった(グラフ2)。この主な要因として、長引く為替のドル安レアル高、2ヶ月以上にも及んだ連邦税務局のストライキ、サッカーのW杯などにより経済活動の営業日が少なかったことなどが挙げられている。

グラフ1 内訳及び部門別第2四半期GDP

グラフ1 内訳及び部門別第2四半期GDP
(出所)IBGE

グラフ2 四半期GDPの推移:2003年以降

グラフ2 四半期GDPの推移:2003年以降
(出所)IBGE

更に、2005年上半期のGDP(暫定値)も発表され、前年同期比で2.2%の伸びとなった(グラフ3)。今年度GDPに対する政府や市場関係者の大方の予測は3.5%であったが、今回の第2四半期の数値発表後は、2%~3%の間を予測する声が多くなっている。また、大統領選挙との関連からでは、野党候補が今回のGDPの結果をLula現政権の失策だと批判しており、再び上昇傾向にあるLula大統領の支持率にも、今後、影響が出る可能性があるといえよう。

グラフ3 GDP半期ごとのの推移:1992年以降

グラフ3 GDP半期ごとのの推移:1992年以降
(出所)IBGE
貿易収支:

8月の貿易収支は、輸出額がUS$136.42億(前月比0.1%、前年同月比20.2%増)、輸入額はUS$91.27億(前月比14.3%、前年同月比18.6%増)となり、先月に引き続き輸出入共に史上最高額を記録した。また、貿易黒字額も前月比では▲19.9%となったものの、8月の数値としては過去最高のUS$45.15億(前年同月比23.7%増)となった。この結果、年初からの累計額は、輸出がUS$881.64億(前年比15.9%増)、輸入がUS$585.36億(前年比22.5%増)、貿易黒字はUS$296.28億(前年比4.7%増)となった。

8月の輸出入で取引額が大きく伸びたものとして、輸出の完成品では前年同月比340.0%増(US$2.42億)のアルコール製品、半製品では同260.0%増(US$2.88億)の鉄鋼品や同170.1%(US$1.81億)のアルミニウム品などが挙げられる。また、ブラジルの主要輸出品の国際価格が昨年に比べ上昇していることも、輸出額増加の要因の一つとなっている。一方、輸入においては、為替相場の長期にわたるレアル高の影響により、ほぼ全てのカテゴリーにおいて輸入額が増加した。

物価:

発表された7月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、6月の▲0.21%から0.40%ポイント上昇し0.19%となった。しかしながら、前年同月の0.25%に比べ低い数値にとどまり、年初からの累計値も1.73%となり、前年同期の3.42%を大幅に下回ることになった。今回の物価上昇の主な要因として、交通・輸送費(6月▲0.93%→7月0.37%)、食料品価格(同▲0.61%→0.09%)、4月の最低賃金改定に伴う家庭内被雇用者(empregados domésticos)賃金(同0.40%→1.18%)の上昇が挙げられている。

金利:

今月29日と30日に開催されたCopom(通貨政策委員会)において、Selic金利(短期金利誘導目標)が昨年9月から10回連続で引き下げられ、14.75%→14.25%となった。今回の0.50%ポイントという引き下げ幅は、大方の市場関係者が事前に予想していた0.25%ポイントを上回るものであったため、更なる金利引き下げを望む声があるものの、産業界からは驚きと共に好意的に受け止められた。

為替市場:

今月の為替相場は、ブラジルのカントリー・リスクが8月10日に史上最低となる205を記録したことも影響し、月の前半はややレアル高の展開となった。しかし、月の半ば以降は基本的にはUS$1=R$2.15を下回る狭いレンジでの取引となった。

株式市場:

今月のサンパウロ株式市場Bovespa指数も、カントリー・リスクの低下などを受け、月の半ば過ぎまでは堅調に推移した。23日には、イランの核問題や米国の株式市場の下落などの影響から、一時35,512ポイントまで値を下げたものの、今月は全般的に36,000ポイントを挟んだ狭いレンジでの取引となった。

税金・社会保障費:

ブラジルの税負担率の高さは世界的にも有名であるが、今月、2005年の対GDP税負担率が発表され、過去最高となる37.37%を記録した(グラフ4)。対GDP税負担率に関しては、北欧諸国が約50%で、欧州をはじめとする先進国の中にも40%を超える国があるが、新興工業諸国の多くが20%前後であることを考えると、ブラジルの税負担率は非常に高いレベルにあるといえる。

その一方で、社会保障費の赤字額は年々増加している(グラフ5)。ルーラ政権1年目の2003年に行われた公務員年金制度改革により、改革以降に公務員が受け取る年金額には上限が設けられ、社会保障費の支出に対して一応の歯止めがかけられたものの、その効果が現れるにはまだ長い年月が必要である。また、民間の年金制度も含め、社会保障費削減のためには更なる年金制度改革が必要であるが、昨年発覚した一大汚職事件や今年の大統領選挙の影響から、現在に至るまで年金制度の改革にほとんど進展は見られていない。

グラフ4 GDPに対する税負担率の推移:1990年以降

グラフ4 GDPに対する税負担率の推移:1990年以降
(出所)2000年まではIBGE/SCN Anual、2001年以降はReceita Federal。

グラフ5 社会保障費赤字額の推移:1998年以降(単位:百万レアル)

グラフ5 社会保障費赤字額の推移:1998年以降(単位:百万レアル)
(出所)ブラジル大蔵省
政治

大統領選挙:

今月27日に行われた大統領選挙に関する世論調査(IBOPE)において、Lula大統領が再び支持率を伸ばし、現時点で選挙が行われた場合、第1回目の投票でLula大統領が再選されるという結果となった(グラフ6。以下のグラフにおける調査実施時期の間隔は不定期)。今月半ばに行われた同調査では、PSOL(自由と社会主義政党)のHelena候補が一時12%まで支持率を伸ばし、PSDB(ブラジル社会民主党)のAlckmin候補を含めた3つ巴の展開を呈するかと思われた。しかし、8月15日からスタートした選挙戦のテレビ放映が進むにつれ、急進的なHelena候補に対する拒絶票が7月の19%から26%へと上昇すると共に、同候補への支持率が低下。また、Alckmin候補への拒絶票も17%から21%へと上昇する一方、32%だったLula大統領への拒絶票は24%へと低下し、Lula大統領が支持率を伸ばすかたちとなった。今回のAlckmin候補の支持率低下には、同氏がPCCによる治安問題悪化が取り沙汰されたサンパウロ州の前州知事であったことなどが影響したと考えられよう。

また、決選投票となった場合のLula大統領の支持率も再び伸びている(グラフ7)。

グラフ6 大統領選挙の投票動向:第1回目投票

グラフ6 大統領選挙の投票動向:第1回目投票
(出所)IBOPE

グラフ7 大統領選挙の投票動向:決選投票の場合

グラフ7 大統領選挙の投票動向:決選投票の場合
(出所)IBOPE

更に、Lula政権及び大統領に対する評価に関する世論調査も同時に行われた。結果は、大統領選の投票動向と同じく、先月に一旦低下したLula政権及び大統領の評価が再び上昇することとなった(グラフ8及び9)。

グラフ8 ルーラ政権に対する評価の推移

グラフ8 ルーラ政権に対する評価の推移
(出所)IBOPE

グラフ9 ルーラ大統領に対する評価の推移

グラフ9 ルーラ大統領に対する評価の推移
(出所)IBOPE
社会
PCC:

今月はじめ、5月と7月に引き続き、犯罪組織「首都第一コマンド」(PCC:Primeiro Comando da Capital)による組織的犯罪事件が、再びサンパウロ州において発生した。今回も前回までと同様に、市内バスへの放火、公共施設や銀行などへの襲撃が行われたが、発生件数などの規模は前回までよりも小規模なものにとどまった。

しかし、PCCによる第3波の組織的犯罪事件が沈静化した直後の12日、ブラジルで最も影響力を持つメディアであるGloboテレビ局の職員2名がPCCに誘拐されるという事件が発生した。PCCは犯行直後に誘拐した職員1名にDVDを持たせて解放し、残るもう1名を人質にDVDのテレビ放映を要求した。DVDの主な内容は、忍者風の覆面をしたPCCメンバーが刑務所内での待遇改善や差別廃止などの要求声明文を読み上げるもので、Globoは13日の深夜に全国ネットで約3分半にわたり同DVDを放映した。なお、DVDのテレビ放映の24時間後に、人質となっていた職員は無事解放された。

今回のPCCによる誘拐及びDVD放映要求という事件は、イスラム原理主義やコロンビアの麻薬組織などのテロ・グループが常套手段として用いるものであり、PCCが焼き討ちや襲撃などに加え、今後、今回のような新たな戦略による犯罪行為を展開していく可能性を示唆するものといえよう。PCCはDVDの中で「一般市民には危害を加えない」としているものの、今回の事件はブラジルのメディア界に大きな衝撃を与えただけでなく、国民全体に対して新たな脅威として受け止められたといえよう。

また、今回の事件の背景には、刑務所の収容能力を超えてまで犯罪者を刑務所に送り、拘留し続けるという、サンパウロ州政府の治安対策のあり方が問題の一つとしてあったといえよう。つまり、刑務所内の環境が人権を全く無視した状態にまで悪化し、拘留者の不満が限界を超える状況となる一方、携帯電話の普及などにより、犯罪者を過剰に抱える刑務所自体が犯罪組織の拠点となってしまったのである。これに対しリオ州では、刑務所を拠点とした組織的犯罪や暴動などは起こっていない。リオ州では、犯罪者は一度刑務所に拘留されても、長期にわたり刑務所に拘留されない場合が多いため、刑務所内の環境の劣悪化や犯罪の拠点化といった状況には至っていないのである。しかし、その代わりリオではファヴェーラなどを拠点とした凶悪な犯罪組織が存在しており、両州の治安対策は一長一短であると共に、ブラジルにおける治安問題改善の難しさを物語っているといえよう。



※最近の動向に関する情報は研究者個人の見解であり、あり得る過ちは全て執筆者個人に帰するもので、アジア経済研究所の見解を示したものではありません。また、これらの情報および写真画像の無断転載を一切禁止します。