Oi! do ブラジル—リオデジャネイロから徒然なるままに 2006年2月 折り返し地点を過ぎたブラジル滞在

ブラジル現地報告

ブラジル

海外派遣員 近田 亮平

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2006年2月
今月のひとり言—この1年間を振り返って

今年のカーニバルが今月末の2月28日を最後に幕を閉じたとともに、私のブラジル滞在もちょうど折り返し地点を過ぎた。ということで、今月のひとり言では、私が渡伯(「伯」とは「ブラジル」という意味。ちなみに「ブラジル」を漢字で書くと「伯剌西爾」となる)前に立てたブラジル滞在における研究計画に沿って、この1年間を徒然なるままに少し振り返ってみようと思う。

「統計学習得による定量的分析枠組みの設定」:ブラジル赴任後、IBGE(ブラジル地理統計院)の大学院で統計学コースを履修したが、授業内容が期待していたものとは異なり、悩んだ末に中途退学することに(詳細は過去の「Oi! do Brasil」をご参照)。その後、カウンターパートの人に師事しながら個人的に統計学を勉強してきたが、そのカウンターパートの人が健康を害されたり、ご家族にご不幸があったりして、なかなか思うように進まず。ということで、2年間の予定のブラジル滞在1年目では、統計学習得に関しては少し足踏み状態といったところ。しかし、その分、後述の「ブラジル地域研究」に関しては、自分なりに収穫のあった1年であったと思う。

「サンパウロでのフィールド・ワークによる住民組織データの収集と分析」:この1年間で自分の調査及び職場の同僚の調査随行等を含め、合計で8回ものサンパウロへの出張を行った(サンパウロ以外の出張を含めると合計で10回)。全てのサンパウロ出張においてデータ収集を行えたわけではなく、また、必要なデータがどこに存在し、誰にコンタクトを取ればそれにアクセスできるのかがわかるまでに、かなりの時間を要してしまった。しかし、これらのサンパウロでのフィールド・ワークをもとに、自分の研究と関連した原稿をいくつか執筆することができたこと、また、基礎的なデータはある程度収集でき、ブラジル滞在2年目で自分の研究課題を追究するベースが整えられたことにおいて、長期滞在の1年目としては、まあまあ合格点かなといったところ。

「都市貧困削減を可能とする資源および要因の分析」:現在は「Social Capital」というアプローチや「Citizenship(ポルトガル語では“cidadania”)」という視座による分析の方が有効ではないかと思っているが、以前関心があった「エンパワーメント」という分析アプローチに基づいた原稿をポルトガル語で1本執筆した。今回のブラジル滞在の公式な最終成果は、帰国後に論文としてまとめる予定だが、帰国前に最終成果を暫定的にポルトガル語でまとめ、受入機関であるIPEA(応用経済研究所)に提出することを考えている。したがって、この「エンパワーメント」に基づいたポルトガル語での原稿執筆は、そのための予行の一つになったといえる。

「開発途上国における社会開発の方向性と可能性についての考察」:「ブラジル地域研究」に対する関心が強まっている現在、ブラジルを“開発途上国”と呼んでよいものかどうか疑問に思うところであるが、ブラジルの連邦政府が実施している社会政策「Bolsa Familia」は世界的にも注目を集めており、これら同国の社会政策を事例として、開発途上国の社会開発について考察を深めることは意義のあることと考えている。この1年間の成果としては、ルーラ政権の3年目に関する原稿執筆において、同国の社会政策について分析と考察を試みたことを挙げることができる。

「近年のブラジルにおける都市社会の構造変化についての考察」:必ずしも「都市社会」に焦点を当てたものではないが、近年のブラジル社会の変化の把握という点において、ブラジル滞在1年目で最も収穫を多くあげることができた課題だと思う。毎月の現地報告において、ブラジルの経済、政治、社会の情勢を追うとともに、「今月のひとり言」で同国社会の特徴などについて私なりに感じたことをまとめ、執筆することにより、「ブラジル地域研究」をより深めることができたと思う。今後、この現地報告を継続するとともに、より都市社会の構造変化に焦点を絞った考察を行っていきたいと思う。

「調査研究課題の進捗状況」:私のブラジル赴任に際しての調査研究課題は、「ブラジルの貧困削減の取り組みと都市社会の変容—サンパウロの参加型住宅政策の住民組織」というものである。これについては、帰国後に論文という形で発表しなければならないので、その時を乞うご期待、ということにしておこう。

研究及び生活面において試行錯誤が続いた私のブラジル滞在のはじめの1年間は、ブラジル研究者として、同国の社会をより理解するという「ブラジル地域研究」の深化において有意義であったと思う。これからの残された1年は、統計学の習得による私自身の研究課題の追究に努めていきたいと思う。

今月のブラジル 経済
GDP:

2005年のGDP(暫定値)が発表され、前年比2.3%という大方の予測を下回る低い数値となった。また、一人当たりGDPも0.8%の伸びに留まった(グラフ1)。前年の2004年の数値が4.9%と1994年以来の高い成長率であったことも影響しているが、2005年の数値は、予測されているラテンアメリカ諸国全体の2005年GDPの4.3%を下回るとともに、同地域内では政治的混乱が続くハイチに続いて2番目に低いものとなった。“BRICs”として注目を集めるロシア、インド、中国のGDPが、それぞれ6.2%(予測値)、8.1%(同)、9.9%であるのに比べると大きく水を開けられたかたちとなった。

グラフ1 GDP及び一人当たりGDP の推移:1994年以降

グラフ1 GDP及び一人当たりGDP の推移:1994年以降
(出所)IBGE

2005年GDPの内訳としては、家計消費支出は比較的好調であり、政府消費支出も0.1%→1.6%へと伸びた。しかし、投資である総固定資本形成が10.9%→1.6%へと大きく落ち込むとともに、好調だった輸出入も前年と比べると伸び率は低下した(グラフ2)。部門別では、自然災害や口蹄疫などの影響で打撃を受けた農業が5.3%→0.3%へと落ち込んだ。また、石油や天然ガス、鉄鉱石といった鉱工業は▲0.7%→10.9%へと大幅に成長したが、ドル安レアル高による輸入品の大量流入によって打撃を受けた産業の成長が低かったことから、工業は6.2%→2.5%の伸びに留まった(グラフ3)。去年のブラジル経済の低成長は、後述の第4四半期GDPから、2005年の後半になり顕著になったことがわかる。

2005年のGDPは好調な家計消費支出に支えられたものの、インフレ抑制を目的とした高金利政策が最大の要因となり、低い成長率に留まったといえる。この高金利政策に対しては日に日に批判が強まってきており、今回のGDPの結果により、政府は今後の経済運営において変更を余儀なくされる可能性が高まってきたといえよう。

グラフ2 2004年及び05年GDPの内訳別比較

グラフ2 2004年及び05年GDPの内訳別比較
(出所)IBGE

グラフ3 2004年及び05年GDPの部門別比較

グラフ3 2004年及び05年GDPの部門別比較
(出所)IBGE

また、2005年第4四半期のGDP(暫定値)も発表され、前期比(季節調整済み)では第3四半期の▲0.9%よりは改善したものの0.8%、前年同期比では4.7%を記録した2004年と比べると今回は1.4%と低い成長率に留まった。前年同期比の内訳としては、家計消費支出が継続して好調であり、前期マイナスだった総固定資本形成が▲2.1%→2.7%へとプラスに転ずる一方、輸出入の落ち込みが影響したといえる(グラフ4)。部門別では、工業とサービスが回復したものの、旱魃や大雨の異常気象や口蹄疫の影響を受けた農業が第3四半期に引き続きマイナスを記録したことが足を引っ張るかたちとなった(グラフ5)。

グラフ4 2004年及び05年GDPの部門別比較

グラフ4 2004年及び05年GDPの部門別比較
(出所)IBGE

グラフ5 2004年及び05年GDPの部門別比較

グラフ5 2004年及び05年GDPの部門別比較
(出所)IBGE
貿易収支:

2月の貿易収支は、営業日が18日と少なかったことから、輸出入及び貿易黒字額も前月比を下回ることになったが、前年同月比はそれぞれ上回る結果となり、2月の数値としては過去最高を記録した。輸出額はUS$87.5億(前月比▲5.6%、前年同月比12.8%増)、輸入額はUS$59.28億(前月比▲7.8%、前年同月比19.0%増)、貿易黒字額はUS$28.22億(前月比▲0.8%、前年同月比1.7%増)となった。今までは輸出額の増加率(前年同月比)が輸入額のそれを上回ることが多かったが、昨年から続く為替市場におけるレアル高の影響により、2月は輸入額の増加率が輸出額のそれを上回る結果となった。

物価:

発表された1月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、12月の数値0.36%から0.23%ポイント上がり0.59%となった。今回の主な上昇要因としては、昨年末より9.87%も上昇したアルコール燃料価格が挙げられている。その他にも健康保険の季節調整費(1.89%)、新車販売価格(1.39%)、自動車保険料(2.43%)、住宅管理費(1.81%)、娯楽費(1.19%)、家政婦賃金(1.16%)、自動車修理費(1.05%)などにおける上昇が挙げられている。

一方で、電気が▲0.94%のマイナスとなったことや、食料品が0.11%、衣料品が0.03%の上昇にとどまったことから、IPCAの大幅な上昇にはつながらなかった。なお、今年の政府のインフレ目標は4.5%に設定されている。

また、Selic金利(短期金利誘導目標)を決めるCopom(通貨政策委員会)は今年から年8回の開催となり、今月は開かれなかったため、今月のSelicは前月同様17.25%のままであった。

為替市場:

先月、再びドル安レアル高となった為替相場は今月に入ると更にその傾向を強め、16日には2001年3月28日に次ぐレアル高水準となるUS$1=R$2.1169(買値)までレアルが買われる展開となった。その後、中央銀行のドル買いなどにより若干ドルが値を戻したものの、カントリーリスクが24日に過去最低となる221まで低下したこともあり、レアル高の傾向を維持したままUS$1=R$2.1347(買値)で今月の取引を終えた。なお、今年はカーニバルの最終日が月末と重なったことから、ブラジルの先物を含めた為替及び株式市場は24日の金曜日が今月の取引最終日となった。

株式市場:

サンパウロ株式市場のBovespa指数は、今月前半は軟調に推移したものの、後半になると海外投資家の資金が再び流入したことなどから値を戻す展開となり、今月の最終取引日の24日に史上最高値を更新する38,610 ポイントを記録して取引を終えた。発表されたGDPは市場の予想を下回るものであったが、この結果が更なる金利引き下げへの圧力になり、逆に今後のブラジル経済にとってはプラスであるとの見方がされ、その影響はほとんどなかった。

政治
PT汚職疑惑:

PT(労働者党)による一連の汚職事件の資金の出所に関して、新たな疑惑が浮上した。PP(進歩党)のNilton Baiano下院議員が、原子力関連公社従業員の年金基金の資金を流用していたというものである。2004年6月から翌年の2月にかけて、この年金基金からR$800万(U$370万強)もの資金が不正に引き出され、そのうちのR$10万をBaiano下院議員が受け取っていたとされる。この他にも、民間企業のTelecom ItaliaからR$325万(U$150万強)に及ぶ不正資金が使われていた疑惑も浮上しており、PTの裏金の出所に関して、また新たな公的及び私的な資金流用の可能性が加わったことになる。

また、PTに関する2件の汚職疑惑に関して、連邦最高裁判所のNelson Jobim裁判長がその究明の中断を命じた。それらの2件の疑惑とは、ルーラ大統領の個人的な借金を不正な資金で支払ったとされるPTのPaulo Okamotto氏の疑惑、そして、キューバからの不正選挙資金の輸送等を取り仕切っていたとされる企業家のRoberto Kurzweil氏の疑惑である。Jobim 最高裁裁判長は10月の選挙に副大統領として立候補することを希望しており、今回の疑惑究明中断の措置は、Jobim 裁判長が副大統領候補になるための政治的取引だとの批判が強まっている。

なお、PTによる議員買収事件に関与していたとされる下院議員の議員権剥奪の可否に関しては、カーニバル休暇で本会議に出席する議員が少ないことから、3月以降に延期された。

縁故主義の禁止:

今月、司法において採用試験なしで3親等以内の親族を雇用することが禁止されることになった。このことは、ブラジル社会に蔓延し、諸制度が機能する上での様々な弊害の一要因ともなっている縁故主義(nepotismo)撲滅の試みであり、ブラジルの司法改革が大きく一歩前進したといえる。

この縁故主義に基づく雇用の禁止は、去年の10月に国家司法委員会(CNJ)によって既に決定されていた。しかし、対象となる1,854人の司法関係者うち、辞職期限とされた90日が過ぎた時点で460人が辞職しただけであった。そのため、ブラジル司法官協会(AMB)が連邦最高裁判所(STF)に対してCNJの決定の合憲性を問う運動を起こし、今回、STFにおいて合憲との判断が下されたことから、法律によって縁故採用が禁止されることとなった。

今回の法律による縁故主義による雇用の禁止は、司法界のみに限定されたものである。しかし、Rebelo下院議長は、これを司法界だけに留めず公務員全体に適用できるよう憲法改正を行うべきだと述べている。したがって、もし公務員全体における縁故採用の禁止が法的に実現できれば、今回の司法界の縁故主義に基づく雇用の禁止は、ブラジルの縁故主義撲滅の試みにおいて歴史的な意味を持つものになるといえよう。

大統領選挙:

今年の大統領選挙においてルーラPT政権の最大の対抗馬と目されている、カルドーゾ前大統領が所属するPSDB(ブラジル社会民主党)であるが、立候補の期限である3月末に近づくにつれ、同党の大統領選挙候補者選びがサンパウロのSerra市長とAlckmin知事の間でますますもつれる展開となっている。そして、このPSDBの内紛ともいえる候補者選びの難航は、国民の同党に対するイメージを下げることとなり、一時、支持率を下げていたルーラ大統領が漁夫の利的な形で、現在、支持率を伸ばしている(なお、支持率に関してはデータを依拠している調査機関IBOPEが今月は調査を行っていないため掲載せず)。

社会
カーニバル:

ブラジルを象徴する行事の一つにカーニバルがあるが、今年のカーニバルは2月末の28日がちょうど最終日となった。ブラジルではカーニバル期間中(通常、前週の週末の金曜日から始まる)、各地方でそれぞれ独自の音楽や踊り、衣装で人々がカーニバルに酔いしれた。ブラジルのカーニバルとは、海外で一般的にイメージされるものよりも、かなり地域性の強いお祭りである。しかし、ブラジルのカーニバルといえばやはりサンバが有名であり、そのサンバのメッカがリオである。今年もリオではSambodromoと呼ばれるサンバ・パレード会場において、有名なサンバ・スクール(escola de samba)による華やかなパレードのコンテストが行われ、国内及び海外からの多くの観光客で賑わった。
この“リオのサンバ”が世界的な一大観光イベントになり得たのは、政府の強力な支援があったからである。そして、この政府の強力な支援を象徴する事業が今年のはじめに披露されることになった。その事業とは、今年の1月に完成した“Cidade do Samba”(サンバの街)という巨大な施設の建設である。Grupo Especialと呼ばれる最も有名な14のサンバ・スクールは、このCidade do Sambaの敷地内に自らのスペースを確保でき、そこでサンバ・パレードの準備を行うことができるようになっている。

今まで各サンバ・スクールは必ずしもあまり設備の整ってはいない自前の施設で、このような作業をしなくてはならず、大雨などに見舞われた場合、山車や衣装などがかなりの被害を被っていた。しかし、政府が建設したCidade do Sambaにスペースを確保することにより、サンバ・パレードの本番に向け、安心して準備を進めることができるようになった。また、Cidade do Sambaではカーニバル前にサンバ・ショーなどが行われ、観光客にも開放されており、“サンバ”のテーマ・パークがリオ市の政府によって新たに建設されたといえよう。Cidade do Sambaについては、リオの市役所のホームページに サイト がある。



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