レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.273 トランプ関税違法判決と122条関税の世界経済への影響:IDE-GSMによる分析
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- IEEPAに基づく相互関税から122条関税に移行することで、平均的な税率は低下するため、米国、中国および世界経済への負の影響は縮小する。
- ただし、日本・韓国・ベトナムなどは米国との交渉で獲得した相対的な低税率のメリットを失う事になり、相互関税時よりやや悪化する。
- 加重平均による関税率の導入により、品目別の輸出構成を反映したより実態に近い影響評価が可能になった。
第2次トランプ政権が発足した2025年は、次々と発表される関税政策に振り回された年であった。2月から1962年通商拡大法232条に基づき、特定品目に対して追加関税が課されたのに加え、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき、4月からベースライン関税、8月からは相互関税が幅広い品目に対して課せられた。
2026年2月20日、米国の連邦最高裁判所はIEEPAに基づいて大統領が関税を課すことはできないとの判決を下した。これにより、相互関税に加え、中国などの特定国に対して課していた追加関税は停止された。2月24日、トランプ政権はIEEPAの代わりに1974年米通商法122条(以下、122条)に基づき、10%の追加関税を発動した。122条は大統領に対し、150日を超えない期間について15%以下の関税賦課を認めており、トランプ大統領は早速15%への引き上げを表明している。
本稿では、アジア経済研究所が開発した経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いて、122条に基づくトランプ関税の影響を検証する。IDE-GSMは国際貿易と各国の産業構造を組み込んだ一般均衡モデルであり、関税率の変更による経済的影響を包括的に分析することが可能である。122条に基づく追加関税は今年の夏頃には一旦、停止されるはずであるが、本稿では、夏以降も同様の措置が継続されると仮定し、2027年の各国への影響を推計する。
シナリオ
分析では、2024年時点の米国関税に基づくベースラインシナリオと、3つのトランプ関税シナリオについてシミュレーションを行う。各シナリオにおける2027年時点の実質GDPとベースラインシナリオの差分をとり、各シナリオで各国の実質GDPが下がれば、トランプ関税による負の影響が発生したとみなす。
3つの関税シナリオは以下の通りである。
- IEEPAシナリオ:2025年末時点の米国関税が、2027年まで続くとするシナリオ
- 122条(10%)シナリオ:2026年以降は、122条に基づく10%の追加関税が課されるシナリオ
- 122条(15%)シナリオ:2026年以降は、122条に基づく15%の追加関税が課されるシナリオ
本稿執筆時(3月2日)、既に122条に基づく10%の関税が発動しているが、今後15%に引き上げる意向が示されているため122条(15%)シナリオも分析する。122条の両シナリオにおいて、日本・韓国・EUでは二国間合意に基づく関税率低減措置が継続されると仮定する。
分析に用いる関税率は現実のトランプ関税に基づいて構築されている。貿易品目番号であるHSコード6桁レベルで追加関税の状況を捕捉し、それをIDE-GSMで用いられる7つの産業に集計する(具体的な産業名はポリシーブリーフNo.174表1を参照)。
IDE-GSMでは、分析に際しては産業ごとに関税率を集計する必要がある。これまでHS6桁の関税率を単純平均したものが用いられてきたが、今回の分析では、初めて加重平均を用いた。ここでは米国の関税に限り、各国のHS6桁レベルの対米輸出額で加重平均した。2024年までは当該年の輸出額を用いて、2025年以降は2024年の輸出額を用いている。今回の分析のように、比較的短期の影響を見る際には、加重平均の関税率を用いることで、国ごとの輸出製品構成の違いを一定程度反映させ、より実態に近い分析が可能となる。
分析結果
各国の実質GDPへの影響を表1に示す。日本は相互関税で比較的有利な税率を得ていたため、IEEPAシナリオではGDPに0.1%のプラス効果があったが、122条シナリオでは国家間の税率差が解消され、影響がほぼゼロとなる。なお、122条シナリオにおいて、日本等に対する自動車、同部品、木材の関税が25%の追加関税率に戻った場合、日本への影響は、ともに-0.1%とわずかながらマイナスに転じる。
一方、中国はIEEPAに基づくフェンタニル関税(10%の追加関税)が停止されるため、122条シナリオの方がマイナス幅は縮小する。ただし、1974年通商法301条による追加関税は継続されるため、他国より影響は大きい。カナダ、メキシコ、インド、ブラジルもIEEPAで国別の追加関税を課されていた国々であり、122条シナリオでは影響が改善する。
本稿では、例外措置の判断が困難なため、2026年1月に導入された半導体に対する関税は考慮していない。そのため、台湾は対米の主力輸出品が追加関税の対象にならず、正の影響を示している。同様の理由により、ASEAN諸国も多くが正の影響を示している。ただし、輸出品目が多岐にわたるベトナムにはマイナスの影響が出ている。
当事者である米国は、122条シナリオで負の影響が縮小しているものの、依然として大きな負の影響を示している。2025年の米国経済の状況はそれほど悪くないことから、この結果に違和感を持つかもしれない。ひとつの要因は、輸出国側が追加関税分のコストを吸収しないというIDE-GSMの構造にある。さらに、トランプ関税以外の要因もある。2024年以降、米国では生成AIやデータセンター等を中心とするデジタル関連投資が急拡大しており、これが設備投資・雇用を通じて米国の景気を下支えしているが、今回のシナリオではAIブームは仮定されていない。
表1.2027年における実質GDPへの影響
結論と政策提言
2026年2月の米連邦最高裁判決により米国の通商政策は再び転換した。122条に基づく一律関税はIEEPA型の相互関税より混乱は小さいものの、依然米国にとって高コストで、世界経済にも調整負担を強いることが示された。
日本はIEEPA型相互関税と比較し微減という結果であった。日本政府は引き続き米国との対話を維持しつつ、サプライチェーン多元化のために、高付加価値財への転換、北米以外の市場開拓、アジアとの域内連携強化を進める必要がある。
一方、不安定性が継続する中で日本経済の関税の影響に対する相対的安定性は対内直接投資の誘致に有効である。税制・規制の予見可能性を示し、研究開発や高度人材投資へのインセンティブを強化することが重要である。
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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