IDEスクエア

世界を見る眼

2024年ウルグアイ大統領選挙──勝者なき選挙結果と決選投票の見通し

Uruguayan Presidential Election in 2024: The Result without Winner and Prospects for Run-off Vote

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001142

2024年11月

(4,001字)

「熱狂も、サプライズもない選挙」──2024年10月27日、奇しくも日本の衆議院議員選挙と同日に南米南部のウルグアイ(人口約344万人、登録有権者数約272万人)で行われた大統領・上下両院議員選挙についての第一印象は、このように要約できる。実際、選挙結果はほぼ事前の下馬評どおりで、いずれの候補も当選に必要な50%超の票を得られず、11月24日(日)に得票上位2名による決選投票が行われることが決まった。後述するように、決選に残ったアルバロ・デルガド(与党)とシャマンドゥ・オルシ(野党)の両名とも、所属する政治勢力の既成路線を踏襲する、やや新鮮味に欠ける候補である。当初から接戦が確実視されていたため、失点しないよう慎重に互いをけん制してきたことも、選挙キャンペーンが盛り上がらなかった原因であろう。

地味であまり目立たないウルグアイではあるが、とかく不安定さが指摘されがちなラテンアメリカ諸国において、同国の安定した政党政治と選挙デモクラシーは定評がある。英『エコノミスト』誌が発表するDemocracy Indexでウルグアイはラテンアメリカ諸国のなかで最上位、コスタリカとともに「完全なデモクラシー」カテゴリの常連である。軍政期(1973~85年)などの中断はありつつも、さながら伝統芸能のように1世紀にわたり綿々と実践されてきた選挙過程に焦点を当てて、ウルグアイにおける民主政治の様相を紹介する。

選挙戦の構図

選挙戦の構図は早くから定まっていた。2020年3月1日に成立したL・A・ラカジェ・ポウ大統領(国民党)率いる現右派政権は、国民党とコロラド党という2つの伝統政党と、新興の極右カビルド・アビエルト、独立党、「人々の党」の計5政党の連合政権である。規定上、大統領は連続再選を禁じられているため、現職のラカジェ・ポウは今回の選挙に立候補できなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、大統領府で官房長の要職にあったデルガド(国民党)であった。デルガドは政府のスポークスパーソンとして頭角を現し、2024年6月の党内予備選では7割超の支持を集めた。ラカジェ・ポウの後継として順当に大統領候補となったデルガドであったが、副大統領候補に元共産党所属で労組指導者の経歴を有するバレリア・リポルを指名したことが波紋を呼んだ。女性テレビ司会者でもあるリポルの知名度を借りて、とくに都市部の浮動票を引き寄せようとの戦略であったと推測されている。

野党のオルシもまた、早くから立候補を確実視されていた候補であった。オルシが所属する「拡大戦線」(FA)は、大小さまざまな左派勢力の連合体であり、2005年から三期15年間政権を担った。2019年に下野して以降、与党時代の指導者が死去・引退するなか、世代交代を図りつつ政権奪回を窺ってきた。次世代指導者として拡大戦線が選出したオルシは、元中学校教員(歴史科)、カネロネス県知事を務めた人物で、国政経験はない。他方、オルシは拡大戦線内の最大派閥「人民参加運動」(MPP)に1989年の創設当初から参加するなど、政党での活動歴が長い。こうした下積みに加え、首都モンテビデオに隣接する大票田であるカネロネスでの行政経験が評価され、引退してなおMPPに強い影響力を及ぼすムヒカ元大統領(任期2010~2015年)、トポランスキ元上院議員ら有力者の信任を得たと推測される。オルシは党内予備選で59%を得票して大統領候補に選出され、次点のカロリナ・コッセ前モンテビデオ県知事を副大統領候補とした。コッセは拡大戦線の与党時代に通信公社(ANTEL)総裁や工業エネルギー鉱業大臣を歴任したエンジニアで、予備選では37.6%の支持を集めた。

決選投票に臨むオルシ候補(左)とデルガド候補(右)

決選投票に臨むオルシ候補(左)とデルガド候補(右)

ウルグアイの世論調査会社各社の調査によれば、有権者の選好は拡大戦線が40%前後、国民党が30%前後で推移し、前回2019年選挙のときと大きく変化しなかった。他方で今回は、第三勢力のコロラド党が注目された。コロラド党は20世紀を通じほぼ常に与党の座を占めてきたものの、21世紀初頭の金融経済危機の煽りで下野して以降、党勢を回復できず今日に至っている。党内予備選までのコロラド党支持率は10%を下回り、歴史ある政党の存亡の危機まで囁かれた。こうした劣勢を挽回したのがアンドレス・オヘダの登場だった。青年弁護士としてテレビで活躍するオヘダは、長老政治のイメージを刷新する候補として売り出し、SNS上でのいわゆる「バズり」を繰り返して実際に選挙戦終盤までに支持をほぼ倍加させることに成功した。

投票結果

拡大戦線、国民党両陣営とも大統領候補が男性、副大統領候補が女性、という組み合わせで臨んだ10月27日の投票は、目立った混乱や不測の事態もなく整然と行われた。投票率は89.6%で、前回より微減した1

開票結果は次のとおりである。得票率1位は拡大戦線で43.9%、2位は国民党で26.8%、3位はコロラド党で16.1%であった。また、同時に実施された憲法改正に関わる国民投票(プレビシト)2では、①治安当局による夜間家宅捜索を可能とすることの是非、および②年金受給開始年齢の引き上げ(60歳→65歳)を伴う政府の社会保障制度改革の是非が問われた。いずれも憲法改正を伴うもので、賛成票が有権者の過半数に達することが成立の要件である。①への賛成票は有権者全体の39.3%で、夜間家宅捜索を可能とする案は否決された。②は右派連合政権による2023年の制度改革に反対して統一労組(PIT-CNT)が提起していたもので、受給開始年齢を元の60歳に戻す案への賛成票は38.8%で否決された。

上下両院の議席構成にはどのような変化が見られたか。図は、1999年から2024年における上院と下院それぞれの議席構成の推移を表したものである。

図1 ウルグアイ上院における議席構成の変化(1999~2024年)

図1 ウルグアイ上院における議席構成の変化(1999~2024年)

(注)2024年は上院議長未決定のため1議席を含めず

図2 ウルグアイ下院における議席構成の変化(1999~2024年)

図2 ウルグアイ下院における議席構成の変化(1999~2024年)

(出所)図1、2ともCorte Electoral および各種報道をもとに筆者作成

まず、上院(定数30+上院議長1の計31議席。全国区の比例代表拘束名簿式で選出)は拡大戦線が16議席獲得して過半数を制した。これに対し右派連合は国民党とコロラド党で計14議席を獲得し、カビルド・アビエルトは前回獲得した3議席がゼロとなる結果に終わった。上院議長は副大統領が兼ねるため、決選投票の結果待ちである。次に、下院(定数99。県[departamento]ごとの比例代表拘束名簿式で選出)は拡大戦線が48議席獲得し、前回から6議席増となった。国民党はほぼ横ばいで、コロラド党は前回より4議席増え党勢を回復した。そして、カビルド・アビエルトは前回から9議席減の惨敗に終わった。右派連合(国民党、コロラド党、カビルド・アビエルト、独立党)の合計は49議席となり、左右両翼とも過半数に達しなかった。

決選投票の見通し

第1回投票は、左右が拮抗し、勝者なき結果に終わった。決選投票まで3週間ほど前の現時点で把握できる限りで想定されるシナリオを整理しておこう。

まず、右派連合は、自陣に環境派の一部を引き込んだ。エドゥアルド・ルスト率いる「立憲環境党」である。同党は第1回投票で議席こそ得られなかったものの、1万票超を得票しており、これにより右派連合は拡大戦線に対し約9万票優位に立つ。ただし、前回2019年選挙において拡大戦線は、第1回投票で右派連合に36万6000票近い差をつけられながら、決選投票で3万7000票差まで詰め寄った経緯がある。現時点で右派連合の勝利が確約されたとまでは断定できない。

現地のアナリストたちは、仮にデルガドが勝利しリポルが副大統領兼上院議長となった場合、拡大戦線が過半数を握る上院とのあいだでねじれが生じ、統治が困難になるシナリオを指摘する。逆に、オルシが勝利した場合、副大統領兼上院議長に就くコッセの1議席が加わり拡大戦線は安定過半数になる。拡大戦線の獲得議席16のうち9議席がオルシと同じMPPの候補で占められることも、想定される「オルシ政権」の議会運営をスムーズにするであろう。オルシ側は、国民党から治安問題の顧問を引き抜き、次期政権を左派が担うことになった場合でも引き続き治安改善を最重要政策課題として取り組む姿勢をアピールしている。

前回同様、2024年の決選投票も、サッカースタジアム1個分、数万票を争う接戦が予測されている。不確定要素は、得票率4位に食い込んだ「主権的アイデンティティ」(Identidad Soberana)の動きである。2022年創設の新興勢力である同党を率いるグスタボ・サシェは、左右を問わずあらゆる既成権力を否定する過激な反体制(スペイン語圏ではantisistemaと形容される)言動で支持を広げて下院議員に当選した。「主権的アイデンティティ」の得票数はカビルド・アビエルトや独立党よりも多く、約6万5800票に達した。  

筆者は2024年8月25日、毎年内陸のフロリダ県で行われる独立記念日行事において「主権的アイデンティティ」の支持者と目される人々と短時間会話する機会があった。県知事や内務大臣など要人が挨拶する場で、警備をものともせずブーイングを浴びせ、ワクチン陰謀説や人種主義的な発言をする姿から異様な印象を受けた。また、近年極度に悪化する麻薬・治安問題に対し政府が手をこまねいていることに非常に強い怒りを覚えている様子が窺えた。さらに、掲げられていた旗から、彼らが年金受給開始年齢の引き上げに反対の立場であることが看取された。前述のとおり、年金改革は右派連合政権が行ったもので、労組とオルシ陣営の一部が強く反対している。「主権的アイデンティティ」党首のサシェは今のところどちらにも与せずとの立場を表明しているが、10月27日に「主権的アイデンティティ」に投票した有権者の票が決選投票でオルシ側に入る可能性が指摘されている。「主権的アイデンティティ」支持者の投票行動が注目される。

(2024年11月4日脱稿)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • オルシ候補 Intendencia de MontevideoCC BY-SA 4.0
  • デルガド候補 Desayunos InformalesCC BY 3.0
参考文献
著者プロフィール

中沢知史(なかざわともふみ) 立命館大学言語教育センター嘱託講師。修士(政治学)。政治社会史、先住民運動、ラテンアメリカ主義思想。おもな著作に「ウルグアイ先住民に何が起きたのか──消された歴史と国民アイデンティティ──」(石黒・福間・額田編『多文化の共生社会を創る』晃洋書房、近刊)、「『地方の叛乱』の余波──1930年代初頭における制度改革を通じた中央・地方関係再編の試みとその限界」(村上勇介編『現代ペルーの政治危機』国際書院、2024年)、『ウルグアイを知るための60章』分担執筆(山口恵美子編、明石書店、2022年)、“Nuevo gobierno, viejos apellidos: crónica de la irrupción de la derecha en las elecciones presidenciales y parlamentarias de Uruguay 2019.” En Yusuke Murakami y Enrique Peruzzotti, coords. América Latina en la encrucijada: coyunturas cíclicas y cambios políticos, Universidad Veracruzana, 2021など。

書籍:ウルグアイを知るための60章


  1. ウルグアイは義務投票制度であり、18歳以上の成人に対し選挙権が付与される。なお、在外投票制度は存在しない。
  2. ウルグアイにおける国民投票制度については、中沢(2022)参照。