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初の女性大統領誕生に向けて──メキシコ大統領選挙の課題と展望

Towards the first female president: challenges and prospects for 2024 Mexican presidential election

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001024

北條 真莉紗
Marisa Hojo

2024年5月

(4,941字)

2024年メキシコ大統領選挙は、高い確率で同国初の女性大統領が誕生すると予想されるため、国内外からの注目を集めている。しかし、メキシコ国内では「ロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador:AMLO)がいなくなった後」にメキシコ政治がどのようになるのかにも注目が集まっている。メキシコ政治の分断の象徴ともいえるAMLO現大統領の後継者は誰になるのか。未だ予断を許さない状況ではあるが、2018年の前回選挙ほどの旋風は起きず、順当に与党候補が勝利するというのが大方の予想である。本稿では3人の大統領候補を紹介し、選挙を目前に控えた時点での展望を記す。

ロペス・オブラドール現大統領(前列右から3人目)とその承継者クラウディア・シェインバウム候補(同左から2人目)

ロペス・オブラドール現大統領(前列右から3人目)と
その承継者クラウディア・シェインバウム候補(同左から2人目)
今回の選挙の意義

6月2日に実施される今回の選挙では、大統領選挙に加え連邦議会上下両院、9州知事、市長、地方議会議員など合計2万を上回るポストが改選される。これほど多くの選挙が同時開催されたことは過去になく、メキシコ史上最大の選挙となる。

上述のとおり、大統領選挙ではポストAMLOが選ばれるという点において非常に注目が集まっている。この約6年間、メキシコでは親AMLOか反AMLOかで絶縁する親戚・友人関係が数多く見られたほど、AMLOによる強権的な改革や言動がメキシコ社会を分断した。70年以上メキシコ政治において一党独裁を続けてきたPRI(制度的革命党)出身である同大統領は、自らの出身政党であるPRIやPRD(民主革命党)、主要野党のPAN(国民行動党)といった政党の汚職を糾弾し、支持を集めた。そして、汚職と決別した新党のMORENA(国家再生運動)の下でメキシコは新たな政治人生を歩みだすというレトリックを用い、驚異の53%という得票率で当選。2018年12月に政権を発足し、「反汚職・貧者優先・誠実」を錦の御旗としてさまざまな改革に着手すると宣言した。

現政権は、内政面ではパンデミックによる世界有数の保健危機、歴代政権で最多の殺人件数に至る治安の悪化、深刻な水不足に、外交面では国際政治上のさまざまな危機(ロシアによるウクライナ侵略、ハマスによるイスラエルへの越境攻撃、イスラエル軍によるガザへの侵攻や、中南米諸国間での外交上の対立、非難の応酬等)に直面した。とくに脆弱な医療体制と治安の悪化は、国民の約60%を占めるとされる政権の支持層(主に貧困層、労働者層、高齢者層)に直接的な影響を与えたため、今回の選挙で信が問われる可能性は高い。他方で、PRIやPANの政権に戻ることへの拒否感は根強く、MORENA候補に不信任票を投じたくともPRIやPANの候補に投票するのははばかられるという心理から、消去法での投票が多くなるであろう。大統領選挙については各候補のキャンペーン中の言動等によって投票行動が変わる局面ではもはやなく、MORENAへの不信任票が投じられるのは、上述のように医療や治安の悪化が顕著な地方での選挙(とくに首都メキシコシティ市長選挙、モレロス州、ベラクルス州などの州知事選挙や、31州での州議会議員選挙)となるのではないかと予想される。

候補者のプロフィール

クラウディア・シェインバウム候補(与党連合──MORENA、PT[労働党]、PVEM[緑の党]。61歳、女性。前メキシコシティ市長[MORENA])

シェインバウム候補は、AMLO大統領がメキシコ連邦区(現在のメキシコシティ)長であった2000年~2006年に同区環境長官を務めた。学生時代から政治活動を行っていたシェインバウム候補は、PRIやPANに所属したことのない、新世代かつ「純血」のMORENA党員と目されている。AMLO現大統領への忠誠心は非常に強く、同大統領が求めた自身への絶対的忠誠を誓う者として、MORENAの大統領候補決定過程を勝ち抜いた。同大統領が推進した社会給付政策、大規模インフラ事業、国営企業の保護等は継続するとしている一方で、独自路線を追求する姿勢も垣間見えはじめている。同候補は環境工学の博士号を所持しており、環境政策への関心が高いとの期待の声が寄せられている。実際に、公約にも再生可能エネルギーの活用推進等が明記された。

ソチトル・ガルベス候補(野党連合──PAN、PRI、PRD。61歳、女性。前連邦上院議員[PAN])

ガルベス候補は、先住民オトミ族の一家に生まれ、大学でコンピュータ工学を学び、メキシコシティの高所得地域ミゲル・イダルゴ区長(2015年~2018年)を務めるまでは先駆的女性起業家として活躍していた。その経験を買われフォックス政権(2000年~2006年)で国家先住民発展委員会長官の職に就いたため、同政権政党のPAN(国民行動党──保守・右派政党)との繋がりが強く、同党への拒否感から低所得労働者層の印象が芳しくない。まさにガルベス候補にとっての痛手は、汚職政党の印象と強く結びついているPRI、PAN、PRDの候補である点だ1。ガルベス候補が強調するのは、前述のとおりAMLO政権下で成果が上がらなかった保健、治安、水分野での取組みである。同候補の公約においては治安対策が最重要項目に掲げられており、「恐怖のないメキシコ(México sin miedo)」がスローガンである。また、現政権下で導入された社会給付は維持すると明言している。

ホルヘ・アルバレス・マイネス候補(MC[市民運動]。38歳、男性。前連邦下院議員[MC])

マイネス氏を候補に掲げたMCは、自党をMORENAやPRI、PANと異なる第三の選択肢としてアピールしている。もともと、インフルエンサーの妻を持つ若年政治家で、ヌエボレオン州で人気を得ていたサムエル・ガルシア知事を大統領候補に担いでいたMCだが、後任知事の人事をめぐる同州内での野党勢力との対立に見舞われ、ガルシア氏は州知事職に戻らざるを得なくなった。このような経緯で、いわばピンチヒッターとして大統領候補に躍り出たマイネス氏はさまざまな自由主義的改革を公約に掲げ、若年層を中心に支持を得ようと試みている。しかし、国民からの知名度が低く、大統領に当選する可能性は限りなく低い。

主な争点

今回の選挙の主な争点は、与党MORENA支持者にとっては「汚職にまみれた古い政治に戻るか、第四次変革を続けるか」である。大統領候補者討論会において、シェインバウム候補が一貫してガルベス候補を「PRIAN(長年敵対していたPRIとPANが2021年中間選挙以来、共闘していることを揶揄する表現)の候補」と呼んでいたのは印象的である。他方で、野党/非MORENA支持者にとっての争点は、討論会でガルベス候補がシェインバウム候補を「嘘で塗り固められた候補」と呼んでいたように、「失態を隠蔽し続けるMORENAを信任するのか、政治を変えるのか」である。

具体的に争点となっている分野は、AMLO政権下でもっとも状況が悪化したと指摘される保健および治安である。保健分野について、現政権において社会保険に加入していない低所得者やインフォーマル部門従事者向けの民衆保険(Seguro Popular)が撤廃され、約3000万人が保健サービスへのアクセスを失った。また、政府による対応の拙さが検証されはじめたところであるが、メキシコでは新型コロナウイルスによって約50万人の国民が死亡したとされる2。治安分野について、AMLO政権では「銃弾ではなく、抱擁を(Abrazos, no balazos)」というスローガンの下、犯罪組織との直接的対峙を避ける一方、犯罪へと道を踏み外さないよう、若者や貧困層への社会政策を充実させるとの方針がとられた。しかし、結果として治安は悪化の一途をたどり、麻薬組織間の抗争は激化、犯罪組織数は200以上にのぼるとされ、とくに庶民に被害を及ぼす恐喝やゆすりが拡大している。また、複数の麻薬カルテル幹部が拘束されてはすぐに解放されたり、報復を恐れる判事が逮捕令状を出し渋ったりするなどの事態が頻発している。米国家情報長官(DNI)の発言などに見られるように、米国の公的機関は、メキシコには犯罪組織の領土として公的権力が及ばない地域が複数存在するとの見方をたびたび示している。このように犯罪組織の勢力拡大が進んだ6年間を経て、地方選挙を中心に改選ポスト数がメキシコ史上最大となる今回の選挙では、暴力の過激化が懸念される3。実際に、2023年9月からの選挙期間において、メキシコ全土で殺害された候補者は24人にのぼっている4。また、政府批判をはばからない国家選挙機構(INE)評議員の言動に報復する形で、現政権が同機構の予算を大幅に削減したことも、公正で安全な選挙の実施可能性に影を落としている。

現時点までの世論調査および選挙キャンペーンの様子

2024年4月10日~13日に行われたミトフスキー社の対面世論調査では、シェインバウム候補に投票するとの回答が51.4%、ガルベス候補が26.7%、マイネス候補が9.3%であった5。各調査で差はあるが、これまで概ね一貫してシェインバウム候補が50~60%ほどの支持を得ており、残るキャンペーン期間で状況が一変する可能性は低いだろう。

選挙キャンペーンにおいてシェインバウム候補は、ガルベス候補が当選した場合にはカルデロン政権期(2006年~2012年)の麻薬戦争(当局と犯罪組織との直接的な対峙)への回帰が起こり、暴力が過激化すると牽制している。また、自身のメキシコシティ市長としての治安改善の実績をアピールし、大統領としてはおおむねAMLO政権の治安対策方針を継続するとしている。これに対しガルベス候補は、現政権肝煎りの各種大規模インフラ事業建設に伴う無駄遣いを是正して予算を捻出し、治安、保健、教育分野に充てると主張している。主に与野党の二大候補者が応酬を繰り広げているのに対し、マイネス候補は蚊帳の外に置かれている印象が否めない。いずれにせよ、キャンペーン集会などでは上記の争点が各候補から繰り返され、政策にかかわる具体的な議論は、計3回の候補者間討論会においてしか行われていない。ただ、これらの討論会でも、互いの汚職、脱税、特権濫用の疑惑にかかわる非難合戦に終始し、政策の議論は噛み合わないものとなった。

選挙後の展望

前出の世論調査結果等から、シェインバウム候補が大統領に当選する可能性がもっとも高いとされる今回の大統領選挙であるが、同候補は当選した暁には現政権の政策の多くを引き継ぐとすでに明言している。保健や治安、ガバナンス等の重要分野を圧して多額の予算が費やされた大規模インフラ事業や、(現政権において推進された)従来省庁から軍への多くの担当事項の移譲が継続する可能性が高い。また、退任したAMLOが「院政」を敷き、さまざまな場面で新政権に介入し続けるのではないかとの懸念が指摘される。シェインバウム候補もこの懸念を意識していて、「国立宮殿(大統領の執務室)とパレンケ(AMLOの隠居予定先)のあいだに直通電話は存在しない」、AMLOから指示を受けることはないと反論している。

これらの懸念はすでに指摘されてきたところであるが、連邦議会においては、現在議席の過半数を占めるMORENAとその連合政党の間での駆け引きが生じ始める可能性がある。MORENAは、連合を組むPTおよびPVEMの議席がなければ過半数を維持することは難しく、これら両党からMORENAへの連邦・地方両政治における要求が増加しかねない局面にある(とくにPVEMは、これまでPRIやPANとも連合を組んだことのある政党で、MORENAの盟友とはいえない)。与党内での折衝が増えることで、憲法改正はおろか一般法改正も一筋縄ではいかなくなり、政権の暴走には一定の歯止めがかかるであろう。

地方選挙でのMORENA不信任票がどの程度発動するのか、AMLOが不在となる新政権は宥和的にならざるを得ないのか。そして今年は米国大統領選挙も実施され、米国新政権との外交についても課題が山積している。さまざまな角度から今回のメキシコ総選挙に注目する必要がある。

(2024年5月15日脱稿)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
著者プロフィール

北條真莉紗(ほうじょうまりさ) JICAメキシコ事務所企画調査員(民間連携)。修士(国際公共政策)。主な業績に、「ロペス・オブラドール政権の治安政策、国家警備隊と軍の関係」『ラテンアメリカレポート』2023 年 39 巻 2 号。


  1. 非常に支持率が低く嫌われ者揃いのこれらの政党幹部は、もはや大統領選挙での勝利ではなく、いかに地方選挙で要職を獲得するかに腐心している。
  2. 政府発表では30万人だが、死亡証明書の集計では50万人超であると指摘される(Zedryk Raziel, “Un informe independiente sobre la pandemia de covid-19 en México eleva la cifra de muertes que pudieron evitarse,” El País, 1 de mayo, 2024)。l
  3. 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、今回のメキシコ選挙が暴力から保護されなければならないと言明した(“Alto comisionado de la ONU pide proteger de la violencia el periodo electoral en México,” El Universal, 4 de marzo, 2024)。
  4. Natalia Cano, “El proceso electoral 2023-2024 es el más violento en la historia moderna de México, según organizaciones,” CNN, 3 de abril, 2024.
  5. Mitofsky, “encuesta nacional,”(Entrevistas del 10 al 13 de abril de 2024)Mitofsky.