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一党独裁体制下の性的少数者による運動――ラオスの当事者運動の戦略と困難

Activism by Sexual and Gender Minorities under a One-party Dictatorship: Strategies and Difficulties of Their Movement in Laos

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053022

大村 優介
Yusuke Omura

2022年4月

(7,237字)

一党独裁体制下の性的少数者

一党独裁体制下にある社会で、性的少数者はどのようにして当事者運動を立ち上げ、展開しているのだろうか。近年、東南アジアでも性的少数者1による運動が積極的に展開されており、その動向が日本でも取り上げられることが増えてきた。しかし、ラオス人民革命党による一党独裁体制が続き、NGO等の活動が厳しく制限されているラオスの状況はなかなかみえてこない。とはいえ近年、とりわけ2010年代以降、ラオスでも当事者による活動が運動として組織化される動きがみられる。現地の性的少数者の声を聞き2、自らさまざまなイベントに出席し、SNSに投稿されるかれらの言葉に目を向けると、当事者運動の成り立ちや展開には、ラオス固有の政治的状況を反映した独特な事情が浮かび上がってくる。

本稿では、ラオスの性的少数者自身によって立ち上げられた2つの団体の活動を主に取り上げ、そこにみえる政治的制約、そのなかでのかれらの戦略、そして困難について考えてみたい。

ラオスの首都ビエンチャンで行われるタートルアン祭りの様子(2015年11月)

ラオスの首都ビエンチャンで行われるタートルアン祭りの様子(2015年11月)。
当事者運動の登場とSNS

ラオスの性的少数者自身による活動が「当事者運動」や「組織」としての形を取るようになったのは2010年代のことである。それ以前、2000年代に性的少数者に関する社会的課題が論じられる場面はHIV/AIDS対策に関する文脈がほとんどであり、国際機関や保健省が行う「Men Who Have Sex with Men」(MSM, 男性との性交渉を持つ男性)を対象としたアウトリーチ活動に、コーディネーターとして従事するMSM当事者はいた(Lyttleton 2008)。それが2010年代、その他の属性のマイノリティも含めた当事者運動が小さいながらも形を取り、より幅広いイシューを含む形で活動を展開する。

その大きな契機となったのは2012年6月25日、ラオスで初のプライド・イベント3が首都ビエンチャンのアメリカ大使館の敷地にて開催され(Gay Star News 2012)、さらにその際にProud To Be Us Laos(以下、PTBUL)というラオス初の当事者団体が設立されたことである4。パリ政治学院で修士号を取得した代表と、NGOなどでプロジェクトに従事してきたスタッフらがメンバーであり、外国(特に欧米諸国)の大使館、国際機関、国際NGOと連携しつつ、他方でラオス女性同盟、ラオス青年同盟などの大衆組織5やラオス国立大学など、国内の各種機関とも関係を深めさまざまな活動を展開している。

さらに2019年から2021年頃には、20代の若者が中心となったLGBTQ Equality6という団体も活動を行っていた7。同団体はFacebookで主に10~20代の若者の参加者を募り、かれらが自身の経験を語るためのワークショップを小規模で開催したり、当事者たちが出演するYouTube動画の投稿も行ったりしていた。PTBULとは同じイベントにブースを出し、両団体の代表がともにオンラインイベントでパネラーになるなど、協力関係が見られた。しかし現在この団体は活動休止中のようである。

これらの当事者団体が2010年代、ちょうどスマートフォンやSNSが全世界的に普及した時期に現れてきたことは注目に値する。両団体はSNS、特にFacebookを積極的に活用している。その背景には、現在ラオスで多くの人々が社会情勢に触れるプラットフォームとしてFacebookを使用していることがある。We Are Social とKepiousによる “Digital 2022: Laos”によれば、2022年初頭時点でのラオス国内のFacebookユーザーは約350万人と推定され、これは13歳以上の人口の約64.7%に相当する(We Are Social & Kepious 2022)。文字や映像によるニュースもFacebookで配信されたものを見る人が多く、いわゆるインフルエンサーの投稿や炎上騒ぎも、たいていがFacebook上で拡散される。

SNS時代以前に当事者による運動が明確な「組織」として形を取らなかった要因のひとつには、ラオスでは周辺国と比べて出版メディアの普及が限定的であったことがある。アジアのいくつかの国で見られた当事者向けの雑誌やミニコミ誌等、対面関係以外で当事者同士が経験や意見を共有できる媒体はなく、当局の厳しい検閲下にあるマスメディアでは、性的少数者について触れられることは非常に少ない。

そのなかでSNSは当事者同士を結びつけるコミュニケーションツールとなるとともに、当事者運動を可視化し組織化することに貢献した。特にラオスでは、コミュニティセンターのような施設を恒常的に運営する予算の確保が困難なこともあり、当事者団体は少数のコアメンバーを核とするネットワークによって活動を行っている。Facebookは広報手段としてだけでなく、重要な活動拠点としても機能しているのである。

「外」と「内」のバランス――PTBULのFacebook投稿から

既に述べたように、PTBULは国際機関や外国の大使館という「外」の組織の後ろ盾と、大衆組織や国立大学など「内」の組織の後ろ盾の両方を基盤として活動している。この「外」と「内」とのバランスはPTBULのFacebookアカウントの投稿からも見てとれる。PTBULのアカウントはほぼ毎日何かしらの投稿を行い、多くは同じ内容をラオス語と英語の両方で併記している。さらに投稿内容を見ると、イベントの告知や活動報告にとどまらず、国内外のさまざまなトピックに言及しているのがわかる。例えばかれらは、世界共通のプライド月間(6月)8、国連やEUの創設日、2020年7月にタイでシビルパートナーシップ法案が閣議承認された9ニュースなど、諸外国のトピックにつぶさに反応しつつも、ラオスの建国記念日(12月2日)や、国家英雄であり第3代国家主席を務めたヌーハック・プームサワンの誕生日(4月9日)にも祝意を述べるコメントを投稿している10。言語、内容の両面で「外」と「内」両方の読み手を意識したアピール、目配せがなされているのである。

このバランスは細かい言葉遣いのレベルでも慎重に模索されている。2020年2月5日、PTBULのアカウントは次のような英語の投稿を行った11。「市民社会運動関係者との相談の結果、これからは『LGBTIQ』ではなく『SGD』(Sexual and Gender Diversity)を用いることにした。なぜなら特に公的な活動において我が国ではより望ましいと考えられるためである」。この投稿の背景を理解するためには、ラオス語で用いられる語彙について知っておく必要がある。ラオス語で「性的少数者」に当たる表現として公的機関やNGOが通常用いるのは「ຄົນຫລາກຫລາຍທາງເພດ」(khon lak lai thang phet)という語である。これは直訳すれば「性的に多様な人々」という意味である。「性の多様性」を意味する「ຄວາມຫລາກຫລາຍທາງເພດ」(khwam lak lai thang phet)という言葉も用いられる。「Sexual and Gender Diversity」という語はこの英訳に当たる12。では、「『LGBTQ』ではなく『性の多様性』という言葉を用いる」という投稿にはどのような含意があるのだろうか。

「LGBTQ」という語の使用が「我が国」の「公的な活動」という文脈を考慮して控えられるという背景には、それが外来の概念として意識されていることが窺える。ただし、PTBULは各種イベントでは現在も「lesbian」「transgender」などの英語のカテゴリーを使った説明を行っているし、そもそも「LGBTQ」という言葉を用いずとも、「性的少数者」という集団をまとめ上げ社会的包摂や施策の対象と捉える枠組み自体が、海外のアクティビズムのあり方を参照したものである。その点では内実には大きな違いはないとも言える。しかし、「性的に多様な人々」という言葉は「LGBTQ」のように特定のカテゴリーを列挙するわけでもないし、「少数者」(minority)の含意もない曖昧さのある表現である。それゆえラオス語の「性の多様性」や「性的に多様な人々」という概念は「LGBTQ」という外来概念と絶妙な距離感を持った表現であり、より望ましく無難だと考えられる。これはあくまでひとつの表現の使用に関する問題だが、かれらの活動、特に行政とのかかわりにおいては細かい表現ひとつが大きな問題となることがあり、「外」と「内」との慎重なバランス感覚が求められるということをよく物語っている。

「責任が先、権利は後から」――「良き市民」としての包摂を目指す

さらにラオスの当事者団体が主催・共催するイベントや、かれらのSNSでの発信で頻繁に耳にし目にするのは、「国家・社会への貢献」というテーマである。例えば、PTBULのFacebookアカウントは2019年1月27日の投稿13で、同団体は「国家の重要な構成要素としてコミュニティが直面する困難の解決に取り組み、政府の負担を軽減するとともに、コミュニティの人々が教育にアクセスし国の重要な人材となることを目指す」と述べている。団体の活動の目的が政府の方針から逸脱するものではないということを強調しているのである。

国家/社会への貢献というテーマは単に言葉の上でアピールされているわけではなく、実際の活動にも見て取れる。2019年10月~11月、LGBTQ Equalityはゴミ拾いのボランティア活動を企画し、Facebook上で参加を呼びかけた。ラオス都市部では祝祭行事などの際に大量にポイ捨てされるゴミの多さがしばしば問題となっており、この活動は屋台やイベントを目当てに数多くの人が集まる公園の浄化に貢献することを目的としていた。ゴミ拾い活動は3回行われ、筆者も2019年11月10日、そのうちの1回に参加した。その日はちょうどタートルアン祭りという国内最大規模の祭りの期間であり、タートルアン寺院近くには多数の屋台が出店し、通りを埋め尽くすほどの人でにぎわっていた。集まったのは10~20代の若者20人ほどで、LGBTQ Equalityの代表によるとゲイやレズビアンの参加者もいれば、ヘテロセクシュアルでエスニックマイノリティ出身の参加者もいたようだ。

公園や屋台の立ち並ぶ通りのゴミを拾った後、参加者一同は性的少数者運動の世界的なシンボルであるレインボーフラッグと団体のバナーを掲げて記念写真を撮り、活動は終わった。帰り際、団体の代表は筆者に対して「われわれが社会に貢献できるということを示したい」とこの活動の意義を説明した。後日、同団体のFacebookアカウントは活動の際の記念写真とともに、「#責任が先、#権利は後から」「何かを要求する以前に、社会に対して良いことをして貢献しよう!」、という言葉を投稿していた。ここでも「社会への貢献」が強調されている。

このようなラオスの当事者団体の活動のあり方について考えるうえで示唆的だと思われるのが、PTBULの「リベラルな価値観をもちつつも、ラオスの文脈に根付いた保守的なアプローチ」(Facebookでの2021年10月12日の投稿)という言葉である。LGBTQ Equalityのゴミ拾い活動は、祭りに来た数多くの通行人が集まる公共空間でレインボーフラッグや「LGBTQ」の言葉が入ったバナーを掲げた点で、集会の自由が厳しく制限されているラオスではきわめて例外的・画期的な行動とも捉えられる。しかし活動の内容自体は公共の場の美化に資するものであり、(少なくともかれらの表現では)模範的な良き市民としての振る舞いを示すことが目的とされている。一党独裁体制下で活動の場を切り拓き維持するためには、この両義性が求められるのであり、それはかれらの活動の可能性と困難とを同時に示している。

「政治的ではない」運動を取り巻く政治

2010年代のSNS時代に形を取ったラオスでの性的少数者による団体の活動は、MSM(男性との性交渉を持つ男性)を対象としたHIV/AIDS対策に限定されがちだった状況を変え、多様なアイデンティティのマイノリティを包摂し、ジェンダー平等や若者のエンパワーメントの課題と関連づけながら、活動の内容を広げている。

この近年の進展を可能にしている重要な基盤は2つある。ひとつはSNSであり、当局の厳しい検閲下にあるマスメディアを通さず、物理的拠点を持たずともネットワークを構築し、独自の発信を行うことを可能にしている。もうひとつは国際機関や諸外国の大使館などを通じたラオス国外とのコネクションである。かれらの活動において諸外国の当事者運動の枠組みや動向は確実に参照されており、国際機関や各国大使館の支援は資金、空間、概念、影響力などさまざまな面で活動の生命線となっている。

しかしかれらは同時に、ラオス国内の文脈に沿うことを常に求められる。ラオス人民革命党傘下にある女性同盟や青年同盟などの大衆組織との連携を欠かさず、SNSでは「国家への貢献」や「良き市民たること」を繰り返し強調する。それによりかれらは自らの活動が党・政府の方針を逸脱するものではなく、政治の領分には踏み込まない「非政治的」な活動であることを示すという、それ自体きわめて「政治的」なアピールを効果的に行っている。その姿は女性同盟などの大衆組織と重なるものであり、性的少数者たちを一党独裁体制下の統治システムに結びつけ、組み込む役割を果たしているとも捉えられる。

ただし、「非政治的」なものとして慎重に展開される運動の今後は難しさも抱えている。なぜなら当局の捉え方の変化によっては、かれらの運動がいつ政府の方針を逸脱した「政治的」なものと見なされ規制の対象となるかはわからないからである。また、「非政治的」な運動への不満を抱く当事者が現れ別の形で活動を模索する可能性もある。いずれにせよ、今後ラオスの当事者運動が一党独裁体制下の政治状況といかに折り合いをつけて活動を続けていくのかは、メディア環境や言論空間、人々のジェンダー・セクシュアリティ観の変容、そしてそれに対する当局の対応によって左右されるであろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 山田紀彦撮影。
参考文献
著者プロフィール

大村優介(おおむらゆうすけ) 東京大学総合文化研究科博士課程。専門は文化人類学(ラオスの都市、セクシュアリティ、現代アート)。おもな著作に、「『セクシュアリティ』概念を/とともに考える」『ジェンダー&セクシュアリティ』第14号(2019年)、「ラオスの首都ビエンチャンにおける、男性同性愛的欲望を持つ人々に関する研究へ向けて」日下渉・伊賀司・青山薫・田村慶子編『東南アジアと「LGBT」の政治――性的少数者をめぐって何が争われているのか』明石書店(2021年)。


  1. 本稿で「性的少数者」と書く場合、ジェンダー・アイデンティティや性的指向におけるマイノリティを指す。これは日本語の「性」が英語の「sexuality」や「gender」等の意味を含んでいるためである。
  2. 筆者は2019~2021年の約2年間、ラオスの首都ビエンチャンで長期調査を行った。
  3. 性的少数者のエンパワーメント、権利向上などを訴えて毎年世界各地で行われるパレードや、その他のイベントの総称。
  4. 以下、同団体に関する情報は基本的に同団体のFacebookページの投稿に基づく。
  5. ラオス人民革命党管理下のラオス国家建設戦線の傘下にある組織であり、中央から村にいたる各行政区分に支部を持つ。多くの国民が何らかの大衆組織に参加しており、党の指導・管理を草の根レベルまでに行き渡らせる役割を果たしている(山田2018, 187-188)。
  6. 「LGBTQ」とは「レズビアン」(L)、「ゲイ」(G)、「バイセクシュアル」(B)、「トランスジェンダー」(T)の4つの頭文字に加え、「クィア」(queer, 性的少数者を包括的に指す用語、または特定のカテゴリーによるラベリングを避ける人々が用いる語)もしくは「クエスチョニング」(questioning, 自身のカテゴリーを決めていない人々)の頭文字「Q」を加えた、性的少数者のカテゴリーを列挙する語である。
  7. 現在この団体のFacebookアカウントは削除されており(YouTubeアカウントは残存)、以下の本団体についての記述は筆者の調査中の記録に基づく。
  8. 1969年6月28日にアメリカのニューヨークにある性的少数者の集まるバー、ストーンウォール・インに警察が踏み込み捜査を行ったことへの抗議・抵抗として起きた「ストーンウォールの反乱」にちなみ、性的少数者に関する啓発のための期間として毎年6月に設けられ、世界各地でイベント等が開催される期間のこと。
  9. 2020年7月にタイで、17歳以上の同性カップルを対象に婚姻に準ずるパートナーシップを認めるシビルパートナーシップ制度を導入するための法案が閣議で承認され、議会に提出された(PRIDE JAPAN 2020)。
  10. ここ数年のこの日の投稿では毎年、PTBULの代表が幼少期にヌーハックらの家を訪れるなど、家族ぐるみの付き合いがあったことに触れている。国家英雄、著名政治家につながるコネクションがPTBULの活動を可能にしていることは容易に推測される。
  11. PTBULのFacebookページを参照。
  12. なお、これらの語は一般的に定着しているとは言えず、俗語としては「ເພດທີສາມ」(phet thi sam)(「第三の性」の意味)が当事者によっても非当事者によってもしばしば使われる。ただし、この表現には「男女」を「シスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と、自己認識における性別とが一致している人)の異性愛者男性・女性」として想定し、そこから外れる人々を「第三」と表現する点で不正確さのある表現であり、この語を好まない当事者もいることには注意が必要である。その意味で「ຄົນຫລາກຫລາຍທາງເພດ」(性的に多様な人々)という表現は、従来からある「第三の性」という概念とは類似しつつも大きく異なり、パブリックな場面での使用にふさわしいとされている。
  13. PTBULのFacebookページ参照。