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ASEANを通じた内政干渉?――災害管理の事例から

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051905

2020年12月

(5,898字)

「災害」へのASEANの取り組み

ミャンマーのロヒンギャ問題が国際的な注目を集めている。ロヒンギャはミャンマーのラカイン州に住んでいるムスリムで、ミャンマー国籍を付与されず、たびたび迫害を受けてきた。2017年8月、ミャンマー国軍とロヒンギャとの軍事衝突の結果、70万人を超えるロヒンギャの人々が国外に逃亡し、難民化したとされる。国際社会がミャンマー政府への批判を強める一方、ミャンマーが加盟するASEANはこの問題を「災害」と位置づけ、ASEAN事務総長を現地に派遣し、状況の把握と支援の可能性を探っている。

2011年に設置されたASEAN防災人道支援調整センター(AHAセンター)はASEANの災害管理を主導する組織である。その活動は、主に自然災害への支援だったが、2017年以降、人災にも関与するようになった。災害に対する支援は、国内の治安などとも密接に関連するため、内政干渉の可能性をはらんでいる(di Floristella 2016)。ASEANでは設立以来、加盟国の国内問題に干渉しないという内政不干渉原則が重視されてきた。内政干渉の可能性を秘める災害管理分野での協力をASEANがなぜ進めることになったのか。その背景を探る。

災害管理協力と軍の役割

2004年のインドネシア・アチェの地震・津波を受け、2005年、ASEAN諸国はASEAN災害管理緊急対応協定を締結して、災害管理に関する協力を開始した。AHAセンターは災害管理を担う中心的な組織として、専任スタッフと予算がつけられ、ジャカルタに設置された。その役割は、災害時に加盟各国の所管機関と連携し、被災地への支援をおこない、時に、域外国や国際組織との連絡窓口となることである。

AHAセンターの設置にはインドネシア政府の強力な支援があった。インドネシア政府はAHAセンター設立にかかわるインフラ整備などの物質的な支援に加え、その運営方法についても助言をおこなっていた。また、AHAセンターの設置に先立つ2008年、インドネシアでは災害管理を一元的に担う国家防災庁(National Agency for Disaster Management)が設置されており、現在、AHAセンターは同庁のビルにオフィスを置いている。

AHAセンターは、2009年のASEAN国防大臣会議で災害管理や人道支援に軍のリソースを積極的に活用する方針が示されたこともあり(ADMM 2009)、軍関係者が多くを占める加盟各国の防災当局(インドネシアの国家防災庁もそのひとつ)によって運営されている(Trias and Gong 2020)。東南アジア地域の防災協力で役割を与えられることにより、一部の国では軍が政治的関与から距離を置くようになると期待された(Rum 2016)。特に、インドネシアでは、民主化後に行き場をなくしつつあった軍人たちに活躍の場所を与えるための災害管理という側面があったと考えられる。

AHAセンターの職員は2018年末時点で27名であり、多くは防災モニタリングに従事している。筆者は2020年初めにセンターを訪問した。センターにはモニター室があり、災害発生の可能性のある地域の状況を常時把握できる態勢にあった。災害発生時にはこの職員を中心に緊急支援計画が立てられるが、実際に救援物資の調達と輸送を実施するのは、加盟各国の軍や関連諸機関である。つまり、AHAセンターを中心とする災害緊急支援は加盟国の資源に頼っている。

AHAセンターによる支援対象は、当初、台風や津波などの天災による被害が中心であった。2013年のフィリピンの台風被害をはじめ、2018年にはスラウェシ島の地震・津波、ラオスの水害に対し、救援物資を届け、被害状況をモニタリングしてきた。2018年11月のASEAN首脳会議ではAHAセンター基金への各国の年間拠出額を5万ドルから9万ドルに増額することが合意されている(鈴木 2019)。

人災への関与

2017年以降、AHAセンターは人災への支援にも乗り出すようになる。ASEANが人災と位置づけ支援に乗り出したのは、ロヒンギャ問題が初めてではない。最初の事例は、フィリピン南部のマラウィ市に対する支援である。2017年5月、マラウィ市でイスラーム国(IS)と繋がりがあるとされるイスラーム反政府グループとフィリピン政府軍の武力衝突が発生し、フィリピン政府がマラウィ市に戒厳令を敷く事態となった。この事態で40万人の人々が国内避難民となり、文字どおり人災となった1。しかも、イスラーム教徒が多く住むインドネシアとマレーシアからも反政府勢力に加わった者がいるとされ、フィリピンの国内問題を超えて地域問題化した。マレーシアはフィリピンとインドネシアに共同海軍・空軍パトロールを呼びかけ、イスラーム過激派勢力の排除と監視を実施した2。フィリピン政府の要請を受け、AHAセンターはマレーシアのスバンに保管されていた救援物資を送ることとなった。7月19日、救援物資はマレーシア軍用機によって送り届けられている3

一方ロヒンギャ問題に対してASEANは、より踏み込んだ災害支援をおこなっている。これまでASEANは、2015年にロヒンギャの多くが被害者とみられる人身売買への取り組みを開始したものの(Suzuki 2019)、この問題に具体的かつ直接的に関与することはしていなかった。しかし、2016年10月、2017年8月と続けて、ロヒンギャの多くが住むラカイン州で、アラカン・ロヒンギャ救世軍とミャンマー政府軍が衝突し、多数のロヒンギャが迫害され隣国のバングラデシュで難民化すると、対応に変化がみられるようになった。

ASEAN諸国はこの問題を災害と位置づけ、2016年末、AHAセンターを関与させることにミャンマー側と合意した4。2018年4月の首脳会議と8月の外相会議は、この問題に関するAHAセンターとミャンマー政府の協力を歓迎し、11月の首脳会議では、AHAセンターが協力の方向性を探るチームを派遣することが合意された。2018年末からは、AHAセンターがロヒンギャの帰還に向けた支援を実施する方向で調整が続いている。まず、AHAセンターの代表とともに、ASEAN事務総長がラカイン州を訪問し、2019年3月には、AHAセンターのASEAN緊急対応評価チーム(ERAT)によって予備的ニーズ評価(PNA)が実施された。

PNAは、ミャンマー政府と調整しながら策定されたため、人道危機の側面が過小評価されたことは否めない。たとえば、国連が74万人と推定した難民の数は50万人とされ、人権侵害については言及を避けている。一方で、帰還支援のためのASEAN-ERAT訓練プログラムを立ち上げることなどが進言された。また、2019年6月の首脳会議では、人権侵害に対処するという姿勢は示されない一方で、「ミャンマー政府がラカイン州のすべての共同体の安全を確保し、追われた人々の安全な帰還を進めることを支持する」「ミャンマー政府が設置した独立調査委員会が人権侵害や関連する問題に対して公正で独立した調査を実施することを期待する」との声明が発表された。

その後、PNAの進言に基づき、2019年7月と12月にAHAセンターとASEAN事務局の担当者から成るASEANチームがロヒンギャ難民の住むバングラデシュのコックスバザールを訪問し、難民の帰還プロセスの進捗状況や関連する問題の把握をおこなっている 。11月の首脳会議では、ASEAN事務局内に特別支援チームを立ち上げるというASEAN事務総長の提案が支持され、12月、その支援チームにインドネシア政府が約50万ドルを支援すると表明した(鈴木 2020)。

ASEANが加盟国の内政問題に対してこのように直接的に関与し、調査などをおこなうことは極めて珍しい。

ASEAN内の対立と内政不干渉原則の変容?

インドネシア、マレーシア、タイは、AHAセンターの災害被害の緩和という現在の役割を拡大すべきだと主張している。ロヒンギャ問題でいえば、人道支援だけでなく、難民帰還への支援も実施すべきという主張である(鈴木 2019)。こうした国々の主張は、人道的な理由というよりも、国内事情に左右されている。特に、イスラーム教徒を多く抱えるマレーシアやインドネシアは、国内の「同胞」からの突き上げ、あるいは国内政治上の都合で、同じイスラーム教徒のロヒンギャに対する人権侵害にASEANが行動を起こすべきだと主張する。両国が、この問題をASEANの人権機関であるASEAN政府間人権委員会(AICHR)で議題として取り上げるべきだと主張してきたのもこのような背景がある。そのため、両国の主張は他のASEAN諸国の支持を十分に得ているとはいえない。人権問題ではなく、災害管理の枠組みのなかで、ロヒンギャ問題に対処しようというのは、ある意味で加盟国間の妥協の産物だったのかもしれない。

ASEANの災害支援は、被干渉国がその意思に反した行動を強いられるとの意味合いを含む「内政干渉」には当たらないし、支援に強制力があるわけでもなく、その効果については否定的な評価もあろう。また、災害支援に軍が関与しているとはいっても、軍事介入のような様相を示しているわけではない。ASEANのミャンマーへの干渉は、問題を早期に解決するよう、同国に政治的圧力をかける程度のものである。ミャンマーやフィリピンがASEANの支援を受け入れるのも、緩やかな干渉あるいは、緩やかな関与だからであろう。その意味で、ASEANは他の地域機構に比べれば、内政不干渉を重視している点に変わりはない(Suzuki 2019)。

しかし、ASEANの内政不干渉原則の位置づけを踏まえると、AHAセンターが自然災害だけでなく、人災に対する支援にも乗り出したことで、もともと国内治安の問題などと密接にかかわる災害管理がさらに政治的に敏感な問題として捉えられるようになったことは否定できない。また、ASEANの支援としてマレーシア軍用機がフィリピン入りし、ロヒンギャ問題についてASEANチームが現地に派遣され、調査がなされること自体も重要な変化である。いいかえれば、ASEAN諸国が長く墨守してきた内政不干渉原則を表立って取り下げることはないものの、二国間では許されない内政干渉が災害管理という「裏口」を使って可能になるというような状況が生まれ、なし崩し的にこの原則の重要性が低下してきているのである。

先述のように、干渉する側には安全保障上の利害や国内政治上の理由など、さまざまな動機がある。興味深いのは、内政不干渉原則の相対化が干渉する側だけでなく、干渉される側にとっても時に都合の良いものになるという点である。ミャンマーはASEANの支援を受け入れることで、国際社会への批判をかわそうとしている。このことは、ASEANが今後、加盟国によって国際社会の批判をかわすために利用される可能性があることを示唆している。ASEANの内政不干渉原則の歴史のなかで、災害管理協力の実践がどのような位置づけを得るのか、今後の動きに注目したい。

写真:ロヒンギャ問題を協議するジョコウィ・インドネシア大統領とアウンサンスーチー(2019年6月22日)

ロヒンギャ問題を協議するジョコウィ・インドネシア大統領とアウンサンスーチー(2019年6月22日)
写真の出典
  • Press Bureau of Presidential Secretariat of Indonesia (Public domain).
参考文献
著者プロフィール

鈴木早苗(すずきさなえ) 東京大学大学院総合文化研究科准教授。博士(学術)。専門は、国際関係論、東南アジアの国際関係、地域機構と地域安全保障。おもな著作に、『合意形成モデルとしてのASEAN――国際政治における議長国制度』東京大学出版会(2014年)、『ASEAN共同体――政治安全保障・経済・社会文化』(編著)アジア経済研究所(2016年)など。


  1. Straits Times, October 23, 2017.
  2. Bangkok Post, June 7, 2017; Strait Times, October 12, 2017.
  3. AHAセンターホームページ
  4. BBC Monitoring Asia Pacific, December 20, 2016.
  5. AHAセンターホームページ