IDEスクエア
アメリカ大統領選挙候補者の公約とアジアへの影響
――バイデン陣営をトランプ政権と比較して
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051863
2020年10月
(6,689字)
状況は好転しない?
アジア外交と安全保障政策
バイデンは民主党候補者指名受諾演説において、「同盟国や友好国と連携する」と述べ、国際協調に努める外交姿勢を示した。また、民主党の政策綱領でも「アメリカのリーダーシップ」という項目が設けられ、外交政策についてオバマ政権にならった多国間協調的な指針が示されている1。大枠では自身が副大統領を務めたオバマ政権の政策を踏襲するとみられており、アメリカ第一主義を掲げるトランプ政権からの転換が期待されている。
安全保障政策においてもバイデンは同盟国との連携を謳っている。しかしバイデンは、新型コロナウイルス感染症拡大への対応や国内の福祉・雇用政策を重視しているため、軍事費を抑制していくとみられている。したがってどちらが選挙に勝利しても、日本や韓国などの同盟諸国は相応の協力や負担を求められることになる。
一方、インド太平洋戦略については両陣営に違いがみられる。トランプ政権は当初、政権幹部にマティス元国防長官やマクマスター元大統領補佐官(国家安全保障担当)など軍出身者が多かったこともあり、軍事力の拡大に努めた。その中で、日本、インド、オーストラリアとの安全保障協力を目指すインド太平洋戦略が採用され(Department of Defense 2017)、日米豪印協議(QUAD)に東南アジアを含めたQUADプラスなどへ深化していった経緯がある(Department of Defense 2019)。最終的に軍人系の古参幹部はトランプと方針を異にして辞任していったが、2020年10月にも東京でQUAD外相会議を実施するなど、トランプ政権がインド太平洋地域を重視する姿勢は変わっていない。
オバマ政権は民主主義や通商を旗印にインドと「戦略的パートナーシップ」を結んだ一方で、安全保障への取り組みは中国を刺激するとして控える傾向にあった。しかし今回、民主党が勝利した場合でも、「インド太平洋戦略」と類似の枠組みは継続されると目される。ただし、アメリカの対中姿勢が緩和され、軍事費も抑制されれば、アメリカ軍のコミットメントが低下すると考えられ、日印豪のより主体的な関与が必要となるだろう。
とはいえバイデンは対インド関係を基本的に重視している。民主党左派はインドのカシミール問題や人権問題を批判する傾向にあるが、バイデンは過去に対印経済制裁廃止を唱えた人物であり、インドとの外交・通商関係を重視し、「インド系アメリカ人へのアジェンダ」という声明も出している2。またハリス副大統領候補は、カリブ海系黒人およびインド移民のミックスであり、インド系アメリカ人らに人気を博している。米印の友好関係にとって象徴的な役割を果たすことが期待されている。
対中政策においても両陣営に違いがみられる。民主党の政策綱領では、中国による香港の自治侵害などをめぐって、中国政府高官などへの制裁に積極的に取り組む方針を打ち出している。中国は発言の自由への抑圧国としても名前が挙げられた。またバイデンは香港の民主化運動に対しても支持の姿勢を示している。この点はトランプ政権と大きな違いはみられない。しかしバイデンは、トランプ政権のように中国を「敵対国」として直接名指しすることは避けている。また民主党綱領では、南シナ海問題について中国の侵略に抵抗すると記されているものの、「中国問題における最重要課題は安全保障ではない」としている。
バイデン陣営の政策ブレーンをみると、民主党政権が誕生した場合はバランスを保った対中外交を模索すると考えられる。アジア政策については、オバマ政権で国務次官補(東アジア・太平洋担当)を務めたカート・キャンベルがバイデン陣営でも重要な役回りを担っている。キャンベルは、21世紀はアジアの時代としてリバランス政策を遂行した。現在は中国の外交的自制が失われているとみるが、「エスカレーションを避けた安定した競争」(Campbell and Rapp-Hooper 2020)や、「協調と競争間の適切なバランス」が必要だとしている(Campbell and Sullivan 2019)。オバマ政権で国務副長官および大統領補佐官を務め、現在バイデン陣営の外交アドバイザーを務めるトニー・ブリンケンは、9月に米商工会が開催したイベントで中国問題の拡大を認めつつも、「強硬でも弱腰でもなく」と明言を避け、完全な米中分離は困難であると述べた(Shalal 2000)。以前のような対中関与政策は民主党内で影を潜めたものの、バイデン政権下ではトランプ政権が推し進める対中強行路線からの転換が予想される。
一方、トランプが再選した場合は厳しい対中姿勢が続くとみられる。特にペンス副大統領は対中批判の急先鋒であり、ペンスが2018年10月に保守的な安全保障政策研究所であるハドソン研究所で行った演説は、中国との取引を志向するトランプ大統領以上に厳しく、ある種の米中冷戦の宣戦布告とも評される3。ペンスは演説で、貿易赤字をはじめ技術流出や人権問題、香港・台湾問題、そして「シャープ・パワー」といわれる米国内世論への介入問題等について中国を批判した。2019年にも同様の演説をウィルソンセンターで行っている4。
対北朝鮮政策については両陣営とも不透明な部分が多い。トランプは2016年の就任当初から、自らの関心の変化に伴い対北朝鮮政策を二転三転させてきた。米朝首脳間による非難の応酬から首脳会談実現を経て、現在は膠着状態にある。一方バイデン陣営は、オバマ政権が同盟国と協調しながら核ミサイル開発に圧力をかけてきた政策、いわゆる「戦略的忍耐」に回帰する可能性が高い。バイデン陣営の外交顧問であるブリケンは、もともと対北朝鮮に関する日米間協力や日韓関係の仲介に尽力してきた。バイデン政権の対北朝鮮政策は同盟国との緊密な連携が基本となり、トランプ政権の政策とは大きく変化することは間違いない。
経済・通商政策
トランプの「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」とする経済政策は、中国をはじめとしたアジア各国と貿易摩擦を繰り広げ、既存のサプライチェーンや各国経済に影響を及ぼしてきた。日本に対しても、より包括的な貿易協定の締結を目指し、安全保障を盾にさらなる交渉を要求している。米中貿易摩擦により中国からの生産地の移転・移管先となった台湾やベトナム、またその他東南アジア諸国に対しても、トランプ政権は貿易赤字や為替管理等を問題視しはじめた。トランプが再選した場合、アメリカの経済的地位向上を目指した強硬路線が基本的には続くだろう。
一方バイデンは7月、「アメリカ製品の購入」「アメリカへの投資」「アメリカへの供給」などを柱とする、「全米での製造(Made in All of America)」という経済政策を発表した5。これは伝統的な国内支持基盤である労働組合や、前回選挙で失った白人労働者票再獲得を意識した米製造業の再生計画であり、トランプ政権の政策と表層的には類似する点もある。例えば、バイデンは政府調達にアメリカ製品を優遇する「バイ・アメリカン(Buy American)」を掲げ、政府が4年間で3000億ドルの調達費用を拠出する方針を明らかにした。これは、トランプ大統領のMake America Great Againを意識したものと考えられる。
しかし通商政策では両陣営間に大きな違いがみられる。8月に採択された民主党政策綱領では、まず国内投資を優先させる方針が打ち出され、それが実現するまで「いかなる新たな貿易協定の交渉にも入らない」と明記された6。また、国内経済復興という方針はトランプと同じだが、バイデンはある程度の関税を維持しながらも、トランプが繰り広げてきたような貿易摩擦は避ける方針である。したがってトランプが課してきた他国への制裁や関税を見直すと考えられるが、米中貿易摩擦の象徴であった対中課税の緩和がどこまで進むかは不透明である。
エネルギー政策についても両候補者は考えを異にしている。トランプは2017年6月1日に地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」からの離脱を発表し、シェールガス開発などエネルギー自立政策をとってきた。一方バイデンは、オバマ政権下で締結された「パリ協定」への復帰を掲げている。また左派のサンダースらが唱えてきた「グリーン・ニューディール」を経済復興の要として取り入れた7。トランプが再生可能エネルギーに関して国内製造業を重視し、その手段のひとつとして対中関税を重視したのに対し、バイデンは環境インフラ整備における国内製造業を補助することで、再生可能エネルギーの価格安定と国内製造業復興の両立を狙っている。なかでもインフラ整備の一環である太陽光パネルの増設では、中国産パネルへの関税引き下げが焦点となろう。
一方で、新たな対米輸出規制の可能性を指摘できる。例えば自動車産業に関して、北米自由貿易協定(NAFTA)を改正した米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を米連邦議会が批准するにあたり、民主党下院議会は環境・労働条件に関する条項を挿入させた(Pramuk 2019)。これは実質的にメキシコへの対米輸出規制であり、バイデンが当選してもこの措置が覆ることはほぼないとみられる。また、民主党は今後も通商協定にこのような労働・環境条件を組み込む考えであり、当然、メキシコに工場を置く日韓の自動車産業や、アジア各国との貿易協定にも影響が及ぶ。ハリス副大統領候補も、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)に関して、労働者の権利と環境に関する条項が不十分であり、かつ、決定過程も不透明だとし、改善されないかぎり加入しないと述べている。
おわりに
写真の出典
- Gage Skidmore, Former Vice President of the United States Joe Biden speaking with supporters at a community event at Sun City MacDonald Ranch in Henderson, Nevada. (CC BY-SA 2.0).
- Donald J. Trump, Donald Trump announced the 2020 re-election campaign in Orlando, Florida, 18 June 2019, Public domain, via Wikimedia Commons.
参考文献
- Campbell Kurt, M. and Jake Sullivan. 2019. "Competition Without Catastrophe: How America Can Both Challenge and Coexist With China," Foreign Affairs, September/October.
- Campbell, Kurt, M. and Mira Rapp-Hooper. 2020. "China Is Done Biding Its Time: The End of Beijing’s Foreign Policy Restraint?," Foreign Affairs, 15 July.
- The Department of Defense. 2017. National Security Strategy of the United States of America.
- The Department of Defense. 2019. Indo-Pacific Strategy Report: Preparedness, Partnerships, and Promoting a Networked Region.
- Pramuk, Jacob. 2019. "House Democrats and the White House have a deal to move forward with USMCA trade agreement," CNBC, 11 December.
- Shalal, Andrea. 2020. "Biden adviser says unrealistic to 'fully decouple' from China," Reuters, 22 September.
- 松本明日香.2020.「アメリカとアジア―貿易摩擦の深刻化とインド太平洋戦略の模索」アジア経済研究所『アジア動向年報2020』,9–23ページ。
- 松本明日香.2020.「米国の通商政策転換――オバマ政権からトランプ政権へ――」 経済産業研究所・京都大学『貿易、環境、エネルギーの国際制度形成に係る調査研究報告書』,24-54ページ。
- 松本明日香・服部崇.2019.「米国のエネルギー政策転換――オバマ政権とトランプ政権の対照比較――」 経済産業研究所・京都大学『貿易、環境、エネルギーの国際制度形成に係る調査研究報告書』,32-56ページ。
著者プロフィール
松本明日香(まつもとあすか) 同志社大学政策学部助教。専門はアメリカ政治・外交。博士(政治学)。分担執筆としては、『貿易、環境、エネルギーの国際制度形成に係る調査研究報告書』(京都大学・経済産業研究所、2020年)、『米中関係と米中を巡る国際関係』(日本国際問題研究所、2017年)、『アメリカにとって同盟とはなにか』(久保文明編、中央公論新社、2013年)など。
注
- 民主党政策綱領(2020 Democratic Party Platform)。
- JOE BIDEN’S AGENDA FOR THE INDIAN AMERICAN COMMUNITY.
- 2018年10月4日、ペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説。
- 2019年10月24日、ペンス副大統領がウィルソンセンターで行った演説。
- THE BIDEN PLAN TO ENSURE THE FUTURE IS “MADE IN ALL OF AMERICA” BY ALL OF AMERICA’S WORKERS.
- 民主党政策綱領(2020 Democratic Party Platform)。
- THE BIDEN PLAN FOR A CLEAN ENERGY REVOLUTION AND ENVIRONMENTAL JUSTICE.
(2020年10月23日 誤字修正)