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北京市における単位社会崩壊後の居住形態の変化と社会管理

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051840

2020年9月

(9,683字)

2019年10月、筆者は北京市を訪れる機会を得て、複数の知人・友人に身近な居住区を歩きながら案内してもらった。そこで今日の居住区が、「単位社会の崩壊」から「社区」に移行するなかで実施された住宅制度改革によって人の移動が起こり、出身地、社会階層、経済状況を異にする人々が住む複雑な構成となったこと、そして国家による社会管理が一層困難になっている状況を知った。居住区が同一のディベロッパーによるマンション群などの物理的、地域的な概念に限定されるのに対して、「社区」とはcommunityを翻訳したもので、基層自治などを管轄する省庁である民政部が「一定地域の範囲内に住む人々によって構成される社会生活の共同体」と定義している(民政部2000)。社区は単一のあるいは複数の居住区によって構成され、その規模は1000~3000戸とさまざまであり、居民委員会がこれを管轄するとともに、住民は社区を通じて公共サービスを受ける。本稿では、単位社会から社区社会へと転換していくなかで起こった住民の移動と居住区の構成の変化を、北京市の特定区域の事例に沿って紹介し、現在の社会管理の難しさについて述べる。
「単位社会の崩壊」と「社区」建設

1980年代末に中国が社会主義計画経済から社会主義市場経済へと移行していくなか、都市部の基層社会は単位社会から社区を中心とするものへと大きく性質を変えた(陳立行2000)。「単位」はあらゆる企業、機関、学校、軍、各種団体などで個人が所属する中国独特の社会組織であった(江口2020)。例えば大学教員は大学という単位に所属し、大学構内やすぐ近くにある集合住宅に住み、大学の経営する食堂、理髪店、売店などを利用していた1。このため、同じ単位に所属していれば生活圏も共有することになり、家族を含めた人間関係も密接で「公私」の境界線が曖昧であった。陳静によれば、「単位」は国家の政策を国民に伝えて履行させ、他方で税金・養老・医療・教育などを含め国民の生活に関する問題を政府に代わって解決した。いわば単位は国民と国家の間を仲介し、国民が国家との間にもつべき公共関係を支えてきた存在である(陳静2013, 14-18)。

しかし、市場経済への移行に伴いそれぞれの単位が事業の根幹にかかわる以外の部門をアウトソーシングし、さらに後述するように住宅制度改革が進んだ結果、人々の暮らしに単位がかかわる場面は減少した。そして個々人は国家と容易につながることができる関係性を失って社会の中で孤立するようになった。そこで単位に代わって地域社会の安定維持のために構築されたのが社区である(陳立行2000, 138-140)。

では、単一的な構成であった単位社会に比べて複雑化し、管理しにくくなったとされる社区社会はどのように誕生したのだろうか。これには社会主義市場経済化の過程で進行した住宅制度改革が大きくかかわっている。

改革開放以降の住宅制度改革

改革開放以降も都市部の人々は各単位から一種の福祉として公有住宅をほぼ無償に近い家賃で供給されていた。いわゆる住宅の実物分配である。しかし、住宅の建設・維持・管理費用の負担は大きく国家財政が逼迫したため、政府は住宅制度改革に着手する。住宅制度改革は、住宅整備機能を機関・企業から切り離して財政負担を軽減し、住宅の「市場経済化」を進め、住宅供給不足も解消する狙いがあった。具体的な施策は、①公有住宅の家賃値上げ、②中古公有住宅の払い下げ、③新築公有住宅の分譲である(白・西山1999, 254)。

①については1985年以降、家賃の引き上げによる住宅問題解決のための資金調達が企図されたが人々の抵抗が大きく、また、各単位で家賃引き上げ分の住宅手当の支給が行われたため頓挫した。②、③については国民への分譲を目的に、政府は1991年に「全面的に都市部住宅制度改革を推進することに関する意見」2を公布した。これは、新旧の住宅ともに単位が職員に購入権限を付与し、高所得者には市場価格で、それ以外の一般の職員や労働者には彼らの購買能力を考慮し、土地取得や立ち退き補償費用も単位が負担することで、標準価格にて住宅を販売するという方針である。ただし、市場価格の場合は「全所有権」を与えられるが、標準価格の場合は「部分所有権」しか付与されない。この「意見」に先立ち公布された「都市部の住宅制度改革を継続して積極的かつ安全に進めることに関する通知」3では、購入者は部分的所有権をもつ住宅を取得して5年後に売却することが認められたが、共同で所有権をもつ単位に購入優先権があるとされた。「意見」公布以降、単位補助による標準価格での中古公有住宅の分譲が行われ、1993年に国務院から「公有住宅の安売りを禁止する通知」4が出た後も、各単位は財政負担軽減のために安価での販売を続けた。先述のように単位が行う新旧公有住宅の分譲は購入権限を職員に付与する形である。このため、住宅自体が市場化された後も、単位は職員の新築住宅取得に対して一定の影響力をもつことになる。

低価格による販売は職員の住宅取得を促進した一方で、国家にとっては資産の喪失を意味した。また、公有住宅の売却と並行して賃料の引き上げが提起され続けたことは、一貫して低い賃料が人々の住宅購入への意欲を削いでいたことを示している。そこで1994年7月に「都市住宅制度改革の進化に関する国務院の決定」5が公布され、全国的に実物住宅分配制度を停止し、労働に応じて支払われる賃金により住宅を得られる制度への移行が進められた。住宅建設投資を国家と単位が丸抱えする体制から、国家・単位・個人の三者で負担する体制に転換するため「住宅公共積立金」を制度化し、従業員による住宅取得が容易になった。これを契機に公有住宅の売却は進み、従来の住宅分配制度は1998年に全面的に廃止された。

住宅制度改革の展開と居住区の変容
では、住宅制度改革による公有住宅の分譲が、居住区にどのような変化をもたらしたのかをみていこう。白と西山の研究によれば、1992年当時の北京市においては、国有単位(中央および地方の政府機関などが管理経営する企業や事業単位)の方が集団所有単位(農村や都市の行政機関などが出資経営するもの)よりも、また単位の規模が大きいほど従業員の公有住宅の取得率と居住水準が高いことがわかっている(白・西山1999)。筆者が話を聞いた人々も大型の国有単位に勤務しているため、以下では北京市においても非常に恵まれた住宅・居住事情を扱うことを承知されたい。
1990年代――単位ごとに分かれる居住区

公有住宅の売却・購入が始まった1990年代初頭から分配制度が廃止されるまでの時期、大型の国有単位に勤務していた人々は単位が低家賃で提供していた住宅に住み、そのままその住宅を低価格で買い取っていた6。この分譲方法は大学でも党政機関7も同様で、北京市中心部の西城区にある党政機関は一等地に住宅を所有し、その幹部たちは市場価格とはかけ離れた低価格で住宅を購入することができた8。その時点で売却はできないが、単位が大規模であればあるほど条件の良い場所に面積の大きな公有住宅を備えていたため、のちにこの住宅は何十倍もの価値をもつ「資産」となった。あるいは筆者が1990年から91年の留学中にお世話になった北京師範大学の教授のように、1990年代後半に大学に近接する居住小区(都市計画に基づいて建設され、施設が整っている一定規模の居住区9)に単位が新たに建てた教職員住宅を分譲され、そこに移り住んだケースもあった。いずれにせよ、人々は単位ごとに住宅を分譲されたため、隣人は同僚や上司、部下であり、旧来の生活圏の人間関係は維持された。1990年代に標準価格で分譲された公有住宅は、先に述べたように部分的所有権によるもので、売却の際には単位が購入の優先権をもっていたため、仮に購入5年後に売却されたとしても同一単位内での売買となり、やはり人間関係はある程度維持されていただろう。したがって単位にとっても居住区の状況を把握し、住民の動員や管理を行うことは容易であった。

北京市中心部地図

地図:北京市中心部地図
2000年代――複雑化する住民構成

①複数の単位によるモザイク状の住宅分譲

2000年代に入り、単位ごとに公有住宅を建築し、職員に分譲することはなくなっていたが、国有単位や大学では単位が職員の住宅取得に関与を続けていた。通常、国有大型企業集団により一棟の新築マンションが建築されると、複数の国有単位がそのなかの数戸~数十戸ずつを分譲する権利をもつ。そして、各国有単位内でポイントの高い職員から順に購入する権利を得る。例えば、メディア関係の国有単位に勤務する筆者の友人Xには政府系機関の国有単位に勤務する夫Yがいる。XもYもそれぞれの単位で勤務年数や職位に応じたポイントが蓄積されていた。ある年、夫であるYは妻のポイントを加算し、少し郊外にある豊台区の住宅を購入できる権利を得た。こうした際には、夫妻双方の単位の連携により、別の機関で働いていても情報が共有され、ポイントは加算できる。この住宅群は北京市国有資産監督管理委員会主導下の国有大型企業集団によって開発されたものであった。この購入機会を逃すと次の機会の有無はわからないので、夫妻はYの勤務先から住宅を購入した。これにより、Xが自分の所属先で蓄積していたポイントは消滅した。X夫妻の住む小区(高層住宅群と生活に必要な施設がある居住区)は、複数の国有単位がそれぞれの職員に分譲したものであるため、住民のなかにはYの勤務先の職員もいる。しかし彼らはXにとっては無関係の人々で、同じ小区に住んでいても面識もかかわりもない。後述するようにXの人間関係と生活の場は基本的に所属単位を中心としており、小区の街道弁事処や居民委員会には行ったことがない10。街道弁事処とは区・郷鎮(末端の行政レベル)政府の派出機関にあたり、社区での公共事務と公益事業の提供、揉め事の仲裁、治安維持に携わり、その指導および指示を受けるのが基層自治組織である居民委員会である11

党政機関に勤務するZも同様の経緯で住宅を購入していた。市の中心部にある好条件の公有住宅はすでに売却済みなので、所属先からポイントに応じて購入順位を割り当てられた郊外のマンションを購入して住んでいる12。しかし、Zと妻と娘からなる一家と居住区の人々との関係は希薄で、彼らの戸籍は居住地ではなく、「集団戸籍」という様式を使ってZの勤務する党政機関に置かれている13。それは娘をより良い進学先が望める小学校に通わせるためである。Zが取得した住宅は北京の郊外である五環路にある。一方で、勤務先のある西城区の方が優秀な人材を育成するために経費、設備、教員などの資源面において優遇されている名門重点中学が多いため、戸籍を勤務先に置き、小学生の娘を連れて通勤し、片道1時間かけて同区の小学校に通わせている。実は先述のXも娘の戸籍をXの実家のある西城区に置いて、西城区の高校に通わせている。このためXと娘は西城区の実家で過ごす時間も多い。

複数の国有単位がひとつの小区に数戸ずつの割り当てをもって分譲を行った結果、複数の国有単位の職員や家族によりモザイク状に構成される居住区が出来上がっていった。その結果、小区の住民は同じ階層にあって似たような経済状況ではあるものの、相互の関係は希薄なものとなり、管理が困難なコミュニティが形成されたのである。


②分配住宅の転売によるさらなる住民構成のモザイク化

1990年代末までに単一の国有単位により分譲され、同じ機関の職員とその家族からなる居住区の住宅は、その後、世代交代により子女に引き継がれるようになった。その際、多くの子女がこの「資産」を売却し巨額の利益を得た。Zによれば、西城区にある重要な党政機関の主要幹部が購入した住宅は、建物こそ老朽化していたが日本円にして2億円で売れたという。新たにこれらの住宅を購入したのは、西北部の石炭で儲けた人など北京市戸籍をもたないいわゆる「外地」人の富裕層である。彼らの目的は子女の教育で、北京で教育を受けさせエリートに育てるか、北京である程度教育を受けさせてから留学させることである。ここから2つの問題が生じている。ひとつは居住地が単位に無関係に分散することで、重要な党政機関においても幹部の個人的生活や家族関係について把握することが不十分となること、もうひとつは、市内の中枢部に戸籍を当地に置かないさまざまな背景をもつ人々が居住することで社会管理が困難になることである。

学区房――より良い学区を求めて移動する人々

北京市のなかで居住区の構造を複雑化させている要因のひとつが「学区房」の存在である。より良い学区の範囲内にある家(中国語では「房」)、「学区房」を求めて移動する人々がいる。

中国では私立の小中学校は極めて少なく、主たる選択肢である公立小中学校の就学制度は居住地域ごとに指定された学校に入学させる「就近入学」が原則である。しかし子どもを「重点小学校」に入学させるため、その学区内にある「学区房」を買い求める保護者が現れ、北京の西城区、東城区、海淀区の「学区房」の価格は高騰していった(張・李2019, 1-2)。

この「学区房」をめぐる事情と公有住宅の売却事情を重ね合わせると、「学区房」として購入されるなかに、北京市の大型国有単位の所有していた公有住宅があることがみえてくる。大型国有単位が所有していた公有住宅は単位の所在地に近接していたため西城区や東城区に多く、大学が集中する海淀区にもかつての教職員住宅があり14、それら3区には「学区房」として市場に提供される住宅が数多く存在する。そのため、重点小学校の学区内には、もともと学区内に住んでいた家庭と学区外から「学区房」を購入して転入してきた家庭が混在している。これらの2種類の家庭を比較した張と李の研究によると、収入、学歴、社会階層において格差が存在し、「学区房」購入保護者は所得や学歴が高く、社会階層の上位に属する傾向があった(張・李2019)。つまり、「学区房」購入者の流入により、居住区では異なる社会階層や経歴をもつ人々が混在して住むことになったのである。

「学区房」購入者は郊外から引っ越してきた人が多く、子どもを通じた社会との付き合いが以前の居住区よりもなくなり保護者は所属するコミュニティとの関係が疎遠になったと感じていた(張・李2019, 11)。学区外から流入してきた人々がこうした疎外感を感じている一方で、従来の居住者も違和感をもっていた。海淀区にある大学の教職員住宅を1990年代に購入し長年住んでいるAによれば15、もともとは居住区の中の住人はすべてその大学の関係者で親しくしていた。しかし、代替わりするにつれて近くにある名門小学校の「学区房」として転売され、その結果、現在では見知らぬ人々が多く住むようになり、小区の中での人間関係は希薄なものになっていったという。

写真1 西城区中心部にある古い四合院
写真1 西城区中心部にある古い四合院(伝統的な平屋建て)。
名門校の学区内にあるため、非常に老朽化した建物であるにもかかわらず、住民は手放さずに所有するか賃貸に出すかしている。
写真2 西城区中心部にある「学区房」
写真2 西城区中心部にある「学区房」。1990年代に低価格で分譲されたものが転売されている。自家用車の所有が一般的ではない時代につくられたため、駐車スペースが狭く、しばしば住民間で問題になる(住所がわかる壁面の表示は修正した)。
写真3 海淀区にある大学の教員用住宅であった小区
写真3 海淀区にある大学の教員用住宅であった小区。4階建てでエレベーターはなく、設備は古いが、重点小学校の学区にあるため、現在は「学区房」として転売されることが多い。建物の間が広々として緑も多く、敷地に余裕がある。
おわりに――難易度を増す社会管理

かつての大型国有単位などの公有住宅が、優良物件として高価格で、あるいは優良な「学区房」として転売された結果、北京市中心部にある重要な党政機関の公有住宅でさえ住民構成は複雑化し、分散して住むようになった幹部たちの生活状況や経済状況を把握することは困難になった16。また、郊外ではZやXのように子どもの通学のために住宅の所在地と戸籍の所在地が分かれる住戸分離も起きている。都市郊外の小区でも人間関係が希薄で帰属意識の薄い住人を抱え、国家による管理が難しくなっている。

単位社会が機能していた時期には、国家と個人の間に単位が介在して国家から求められる動員や政策を実施すると同時に、福利厚生サービスを提供し、個人のなかにある要求や不満を吸収してきた。しかし現在、この役割を担う居民委員会が対象とする居住区の構成は単位社会のそれよりもはるかに複雑化している。

今回のコロナ禍のような非常事態においては、国家が強制力をもって一方的に社会を管理するというやり方は功を奏したといえるだろう。しかしこれは、国家から社会に対する一方的な管理が社会の側によっても許容される一時的かつ危機的な事態においてのことであり、平時においても有効に機能するとは限らない。またZhaoとWuの研究によれば、新型コロナウイルスとの戦いにおいて有効に機能したのは、湖北省赤十字会や武漢市慈善総会などの政府系NGOではなく、居民委員会や市民の間で生まれた自発的な組織であった(Zhao and Wu 2020)。

政府系NGOは各国からの大量の物資や寄付金の窓口に指定されたが、硬直した組織はこれを有効に活用することができず、市民からは失望の声が上がった。その一方で居民委員会はビッグデータを利用したデジタル技術で情報を得ながら、コミュニティにある既存のネットワークを通じて在宅を促し、連絡先を追跡し、感染の疑いのあるものを隔離することに成功した。

もうひとつ、迅速かつ効果的に機能したのが市民による自主的な組織であった。家庭で孤立している患者への医療サポート、医療従事者への生活・送迎ボランティア、ボランティア通訳などの組織が立ち上がり、オンラインとオフラインの双方で有効に機能した。自発的な組織が危機において地域行政と協力的に機能したことは、人々が潜在的に公共への関心と行動力をもっていることを示している。

この例が示すように、居住区の構成が複雑化するなかで、国家と個人の間をつなぐには、住民の信頼を得て柔軟性をもって機動的に行動できる自律的な中間組織が非常に有効であり、市民のなかにはその任にふさわしい人々も存在する。問題は共産党が社会に存在するリソースを有効活用し、こうした組織をどの程度まで許容するかである。

写真の出典
  • すべて筆者撮影。
参考文献
  • 今井健一 2000.「中国住宅制度改革の現状と課題」『海外社会保障研究』No.132, 85-95. 
  • 江口伸吾 2020.「「単位」の解体と「社区」建設」川島真・小嶋華津子編著『よくわかる現代中国政治』ミネルヴァ書房.
  • 向徳平・華汛子 2019.「中国社区建設的歴程、演進与展望」『中共中央党校(国家行政学院)学報』2019年03期.
  • 諏訪一幸 2004.「中国共産党の幹部管理政策――「党政幹部」と非共産党組織」『アジア研究』50巻2号, 107-125.
  • 張奇・李仁子 2019.「「学区房」から見る中国義務教育の格差――北京市の小学校入学事情を事例に」」『東北大学大学院教育学研究科研究年報』68(1),1-16.
  • 陳静 2013.「公衆怎様依靠公共制度?」『吉林大学社会科学学報』2013年第1期,14-18. 
  • 陳立行 2000.「中国都市部における地域社会の実像」菱田雅晴編『社会――国家との共棲関係』(現代中国の構造変動5)東京大学出版会.
  • 白英華・西山徳明 1999.「中国都市部における住宅制度改革に関する研究」『日本建築学会計画系論文集』第521号, 253-260.
  • 民政部 2000.「民政部関于在全国推進城市社区建設的意見」.
  • Ting Zhao and Zhongsheng Wu 2020. "Citizen–State Collaboration in Combating COVID-19 in China: Experiences and Lessons From the Perspective of Co-Production," American Review of Public Administration, 1-7.
著者プロフィール

中岡まり(なかおかまり) 常磐大学総合政策学部経営学科准教授。専門は中国政治(人民代表大会選挙制度)。共著に『中国の公共性と国家権力――その歴史と現在』(小嶋華津子らと共著、慶應義塾大学出版会、2017年)、『中国議会100年史――誰が誰を代表してきたのか』(深町英夫らと共著、東京大学出版会、2015年)など。

  1. 筆者が1990年から91年に北京師範大学に留学していた時に出入りしていた教員の家庭や周囲の家族との関係を観察した所感である。この教員はすでに故人であるため大学名まで記した。
  2. 国務院住房制度改革領導小組「関于全面推進城鎮住房制度改革的意見(摘要)」、「国務院弁公庁転発国務院住房制度改革領導小組関与全面推進城鎮住房制度改革的意見的通知」(国弁発[1991]73号)。
  3. 国務院「国務院関于継続積極穏妥地進行城鎮住房制度改革的通知」(国発 [1991] 30号)。
  4. 国務院弁公庁「国務院弁公庁関于制止低価出售公有住房問題的通知」(国弁発明電[1993]30号)。
  5. 国務院「国務院関于深化城鎮住房制度改革的決定」(国発[1994年]43号)。
  6. 筆者によるある大学の元教授へのインタビュー(2019年10月20日)。なお、取材対象者については、敏感な問題にもかかわるため所属機関などについては記述を控える。
  7. 党政機関とは、狭義では共産党機関と国家行政機関を示し、広義では人民代表大会機関、行政機関、政治協商会議機関、司法機関、検察機関、工会(労組)、共産主義青年団、婦女連合などの人民団体も含む(中共中央弁公庁、国務院弁公庁連合「党政機関公文処理工作条例」(中弁発 [2012] 14号)。党政機関の特徴は、共産党や民主諸党派および人民団体も機構編制制度において公的機関として扱われ、活動経費が公的財政によって支えられる点にある(諏訪2004, 108)。
  8. 筆者による党政機関職員へのインタビュー(2019年10月19日)。
  9. 「北京市居住小区物業管理弁法」(北京市人民政府令第21号, 1995年公布施行開始)。現在、北京市内のほとんどの住宅群は一定の区画が塀に囲まれて数カ所のゲートから出入りするようにつくられている。この区画を北京市では居住小区としている。
  10. 筆者によるメディア系国有単位に勤務する友人Xへのインタビュー(2019年10月20日)。
  11. 「中華人民共和国城市居民委員会組織法」(1990年1月施行開始)。
  12. 注8と同一人物への同日のインタビュー。
  13. 通常は家庭を単位とした「家庭戸籍」をもつが、独立した戸籍を置くことが難しい場合に暫定的に企業や団体に戸籍を置くことができる。Zの職場の多くの同僚がこの措置をとっているという。
  14. 北京師範大学、人民大学、北京大学、清華大学はそれぞれ付属中学があり、名門中学とされる (「北京TOP20重点中学排名、歴年北京重点中学録取分数線」2020年8月29日最終確認)。これらの中学の下には小学校があり、中学に上がるには小学校から入学しておくのが有利である。
  15. 注6と同一人物への同日のインタビュー。
  16. 注8と同一人物への同日のインタビュー。