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第3期プーチン政権におけるロシア極東地域発展の国家戦略の概要

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049542

 平泉 秀樹

2015年3月
はじめに

2012年3月の大統領選挙で当選したプーチン首相(当時)は、同年5月に第3期目(2012年5月~2018年5月)のプーチン政権を発足させた。このプーチン政権における最重要課題のひとつは、「極東地域」 を社会経済的に発展した地域にするということである。

プーチン大統領は2000年にエリツィン大統領の後継者として第1期目のプーチン政権(2000年5月~2004年5月)をスタートさせたが、そのときに掲げた最重要課題のひとつがやはり「極東地域を発展させる」ことであった。極東地域の発展という困難な課題に不退転の意志で取り組むことを表明した第1期プーチン政権以後、第2期プーチン政権(2004年5月~2008年5月)、メドベージェフ政権(2008年5月~2012年5月)の下でも極東地域の発展に関する政策は実施されたが、第3期目に入ったプーチン大統領によれば、極東地域の経済成長は2010年にはロシア全体の平均を上回るようになったものの、発展のテンポと質、住民の生活水準は満足いくものではなく、極東地域は依然としてアジア太平洋諸国からもロシアの他地域からも立ち遅れている 。こうして、「極東地域の発展」は、依然として現在も政権の最重要課題のひとつであり続けている。

「極東地域の発展」は、ロシア政府が実施している様々な地域政策のひとつであるが、第1期プーチン政権以降の全ての政権がこの課題を特に政権の最重要課題のひとつとするのには、極東地域が国内の他地域とは異なる地政学的状況とロシア経済の発展にとって特別な意味を持っているからに他ならない。

ロシアの政権はこれまで極東地域を発展させるために、インフラ整備を主目的とした大規模な国家投資、特別経済ゾーン(особый экономический зон=ОЭЗ)の設置、極東地域全領域における新規投資企業への優遇税制の適用、中国東北地方との国境地域における共同投資計画等々、様々な政策を実施してきた。ロシアでは、これら政策は「戦略」や「プログラム」などの名称をつけた一群の政策方針文書によって体系化されている。2013年にはこれら文書の中でも具体的な実施内容を定める「国家プログラム」の政府決定を巡って、プーチン大統領がメドベージェフ政府に対して厳しく批判するという出来事が起きた。大統領は、プログラム作成責任者である極東発展相を罷免するとともに、新たなプログラムを作成させた。この出来事は、「極東地域の発展」を巡る大統領の高い要求(理想)とそれを実行できるだけのロシアの現実的な財政力との乖離、中央と地方の思惑の違いを露呈させることとなった。

極東地域の発展に関する政権の政策は、政策方針文書体系の策定のほかに、政策実施の管理システム、法体制や融資組織など複合的な構造をなしているが、本稿では第3期プーチン政権で策定された文書体系にしたがって極東発展の方向を見ていくこととする。

ところで、先述の政策文書体系は、2009年に政府決定された「2025年までの極東とバイカル地域の社会-経済発展戦略(以下、発展戦略)」 、2013年に一旦政府決定されたもののプーチン大統領の厳しい批判を受け2014年に再度政府決定された国家プログラム「極東とバイカル地域の社会-経済発展」(以下、国家プログラム )、および国家プログラムが具体化された特別連邦プログラム「2018年までの極東とバイカル地域の経済と社会の発展」 として体系化されている。また、2015年1月現在、政府決定はされていないが、特別連邦プログラム「2025年までの極東とバイカル地域の経済と社会の発展」が極東発展省のウエブサイトで公開されている 。

本稿では、先ずはじめに「発展戦略」をはじめとする上記文書に依拠して、また政権の発言も用いながら、ロシアにおける極東地域開発の意義を確認する。その後、先述の文書体系における主要なコンセプトを概観する。その際、「発展戦略」の具体化である「国家プログラム」の政府決定を巡る経緯を振り返り、高い要求と現実、中央と地方の思惑の違いがどこにあるのかを見ておく。最後に、2014年に新たに極東地域の発展の新たな方策として導入されることとなった「社会経済超過発展地区(территория опережающего социально-экономического развития=ТОСЭР)」を設置することを定めた「特区法」 が決定されているのでその内容を概観する。

なお、本稿の一部には著者がこれまでに「ロシア極東(アジア動向年報所収)」に執筆したものを使用している。