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インドネシア・ジョコウィ政権の基本政策(2)
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049543
佐藤 百合
2014年10月20日、インドネシアで10年ぶりに政権が交替し、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権が発足した。本稿は前稿に続き、新政権の基本政策を示す唯一の公式文書である「政権公約」を紹介する。本稿では、経済分野のアクション・プログラムを取り上げる。
経済分野のアクション・プログラム
経済分野のアクション・プログラムは、「政権公約」のなかの「経済分野における自立(ブルディカリ——自分自身の足で立つ)」の項に16項目にわたって列挙されている。各項目には、文章または箇条書きで細目が設けられている。16項目および細目を、インドネシア語の原文を全訳、あるいは要点を抄訳しながら表にまとめたのが付表である。この表に沿って、特徴的な点を順にみていこう。
教育・食料・エネルギー・天然資源管理
まず、第1項目に掲げられたのは、人的資源の質の向上である。社会分野のアクション・プログラムでも筆頭に挙げられている教育が、経済分野においてもまず強調されている。
第2と第3は、食料とエネルギーの安全保障である。前スシロ・バンバン・ユドヨノ政権下でも対のようにして常に重点課題とされてきた食料とエネルギーが、ジョコウィ政権においても引き続き重点になっている。食料とエネルギーは、本来であれば土地と水と天然資源に恵まれたインドネシアが自給のみならず輸出余力を有してもおかしくない分野であるが、実際には近年の内需拡大とともに輸入依存が目立っている。
食料安全保障の細目のなかで目を引くのは、輸入マフィアの撲滅、農地改革、専門銀行の設立である。ユドヨノ政権下では、与党連合に加わっていたイスラム主義系の福祉正義党(PKS)が10年にわたって農業大臣ポストを与えられ、牛肉輸入をめぐる党ぐるみの汚職スキャンダルが発生した。こうした事情を背景に、食料増産の前にまず汚職の温床を一掃することが政策課題に掲げられている。農地改革は、自作農を増やし、世帯当たりの農地面積を拡大するという内容である。土地の再分配が企図されている。専門銀行の設立は、農民・漁民や中小零細企業の生産活動を支援するものである。ジョコウィ政権は、これから進める社会低層への分配政策が消費志向ではなく生産的投資につながることが重要だとしており、これを金融面から支える目的がある。
第4の天然資源の管理は、主に金・銅・ニッケルなどの鉱物資源を対象にしている。細目には、国内企業数の増強やインセンティブ付与、地元社会への還元、国家の取り分の増加などが挙げられている。鉱物資源こそ、これまで外国勢力に押さえられてきた最たる分野であり、これからは自国の国益にもとづいて管理されなければならない、との考え方が表れている。
労働・金融・投資・財政・インフラ
第5項目は労働者のエンパワーメントである。社会保険の全国民への拡充を目的として2014年1月1日から始動した社会保障庁(BPJS)と歩調を合わせて、労働弱者に対する法制度を整備していくことに主眼が置かれている。
第6、第7、第8項目は、それぞれ金融、投資、財政を扱っている。金融部門の細目には、国内銀行の外国への売却を制限する、インドネシアに進出済みの外国銀行の本国にインドネシアからの銀行進出を認めさせる、などが挙げられている。金融部門における自国所有資産の拡大が目指されている。背景には、アジア通貨危機以降にインドネシアの優良銀行の所有権を取得した外国勢、とりわけシンガポールとマレーシアに対する危機意識があるとみられる。一方で、本来であれば政策の主眼に置かれるべき金融仲介機能の強化策は弱い。投資と財政については、前政権の路線が継承されており、順当な内容と読める。
第9項目であるインフラストラクチャーの強化には、最も多くの細目が連ねられている。ジョコウィ政権は社会への分配政策を旗印に掲げているが、分配すべき果実を生み出すのは経済成長であり、その基礎はインフラ開発にあるとの認識がこの項目立てに表れている。40にわたる細目のなかで目につくのは、大量公共輸送システムの整備、インフラ開発銀行の設立、鉄道と海運の重視である。すなわち、これまであまりにも自動車に偏りすぎていた公共交通システムを、よりバランスのとれたシステムに是正していこうとする方向性が示されている。その帰結が、第40番目に挙げられた、個人用自動車利用の3割削減である。
海洋・林業・空間計画・環境
第10項目には、前稿でも紹介したジョコウィ政権のシンボルとでもいうべき「海洋」にかかわる資源開発がまとめて取り上げられている。
第11と第12項目は、それぞれ林業部門、空間計画・環境を掲げている。これは2014年5月時点での政策項目の区分だが、10月に行われた新政権の組閣では省が再編され、環境・林業省と農地・空間計画省が新設された。したがって、第12項目のなかの環境にかかわる事項は、第11項目の林業政策と併せて環境・林業省が所轄することになる。国民の8割が日常生活において環境に配慮した行動をとれるようになるという野心的な目標にも言及がある。
第12項目のなかの空間計画にかかわる事項は、農地・空間計画省の管轄になるものと思われる。有機農業、バイオ・エコ地域ベースの持続可能な農業などが挙げられている。新設の農地・空間計画省と既存の農業省とがどのように政策を分担・調整するのかは、今後を注視しなければならない。
地域開発・観光・商業貿易・製造業
第13の地域開発の均衡化には、空間的な分配政策が示されている。貧困率を5~6%に低下させる、公共住宅5万軒と入院施設つき保健所6000カ所を設立する、などの数値目標が含まれている。
第14、第15、第16項目は、観光業、商業・貿易、製造業を取り上げている。第15項目のなかの貿易にかかわる細目には、低規格品からの国内市場保護、密輸品の撲滅、輸入攻勢から国内製品・市場を守るための利用可能なセーフガードの活用、といった文言が並ぶ。いわば、守りの姿勢である。インドネシアの政府と産業界は、2000年代を通じて、主に中国からの廉価品、規格外品、密輸品の流入に悩まされてきた。そこに2010年1月1日からASEAN中国FTAによるゼロ関税貿易が開始され、産業界の危機感が強まった。2015年末に発足するASEAN共同体に対しても、域内で最大のインドネシア市場が外国勢の草刈り場になるのではないか、といった捉え方がなされがちである。貿易政策には、政府と産業界が共有するこうした脅威感が反映されているようにみえる。
最後に挙げられた製造業については、資源加工型の工業、輸入代替型の工業、R&D・知識・技術集約型の工業の振興に焦点が当てられている。知的財産権の保護に言及されている点も注目される。
経済アクション・プログラムには、農地改革、農業銀行とインフラ銀行の設立、労働者関連法の立法、海洋開発、エコ農業・有機農業、環境配慮行動の振興といった新しいポイントが盛り込まれている。鉱業や銀行部門、貿易などに内向き姿勢がみられる一方、インフラ開発に政策遂行上の力点があることも示されている。
付表 「政権公約」に掲げられた経済分野のアクション・プログラム一覧
1. 人的資源の質の向上 |
12年義務教育に関する法律制定と無料化 D3、S1~S3の高等教育に対する奨学金の創設 |
2. 人民アグリビジネスに基礎をおく食料安全保障 |
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3. 国益に沿ったエネルギー安全保障 |
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4. 天然資源の管理 |
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5. 労働者のエンパワーメント |
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6. 国内金融セクターの強化 |
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7. 国内投資の促進 |
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8. 国家財政の強化 |
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9. インフラストラクチャーの強化 |
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10. 海洋経済の開発 |
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11. 林業セクターの強化 |
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12. 持続可能な空間計画と環境 |
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13. 地域開発の均衡化 |
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14. 観光ポテンシャルの開発 |
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15. 商業・貿易キャパシティの振興 |
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16. 製造業の振興 |
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(出所)"Jalan Perubahan Untuk Indonesia yang Berdaolat, Mandiri dan Berkepribadian: Visi Misi dan Program Aksi, Jokowi Jusuf Kalla 2014", Jakarta, May 2014, pp.28-38.