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ペルー情勢レポート 貿易自由化の進展と農産物関税

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050900

 清水 達也

2013年5月

2000年代に入って、ペルーは世界各国、各地域との自由貿易協定を積極的に進めている。2009年に米国との協定が発効して以降、欧州連合(EU)といった主要貿易相手国のみならず、中国、韓国、日本などのアジア諸国とも交渉を進め既に協定が発効している(表1)。自由貿易協定の進展により大きな影響を受けると考えられるのが農業部門である。本稿では国内貿易保護のための重要品目のためにペルー政府がどのような政策を講じているかについて、ペルー農業省経済・統計局セサル・ロメロ(Cesar Romero)氏が2013年5月28日にペルー社会学研究所(CEPES)で行った講演「ペルー農業の保護メカニズム(MECANISMOS DE DEFENSA COMERCIAL DEL AGRO PERUANO)」の概要を紹介する。

表1 ペルーの自由貿易協定交渉の進展

表1 ペルーの自由貿易協定交渉の進展

(出所)ペルー貿易観光省ウェブサイト(http://www.acuerdoscomerciales.gob.pe/
貿易障壁の関税化

1990年代以降の経済改革のなかでペルーは、非関税障壁の関税化や輸入関税の引き下げ、税率の簡素化を進めてきた。この結果、最恵国税率の全品目の平均は1995年の16.3%から、2012年には3.4%にまで下がっている。

農産物の基本税率は30%であるが、メイズ、コメ、砂糖、粉乳など酪農製品を含む重要品目は2004年以降68%に設定されている。ただし2013年現在の最恵国税率はこれよりも大幅に低く、0%、6%、11%の3つに分けて設定されている(表2)。輸入額で4分の3を占める376品目、例えば乳製品、小麦や大豆とその派生品、砂糖について関税率がゼロとなっている。また、綿花やリンゴや桃などの果物、ラム酒やビールなど輸入額の4分の1弱を占める534品目については関税率が6%、牛肉やベーコンのほか、マンゴ、イチゴなど輸入額の1%をしめる48品目については関税率が11%に設定されている。

表2 農産物の輸入関税

表2 農産物の輸入関税

(出所)Romero氏報告資料より。
輸入価格帯制度の導入

粉乳、コメ、メイズ、砂糖は、国内農業保護のための重要品目(センシティブ品目)であるにもかかわらず、関税率が0%に設定されている。その代わりペルー政府は、これら4品目に対して輸入価格帯制度を導入している。この制度の概要は以下のとおりである。それぞれの品目ごとに設定された国際市場(粉乳はニュージーランド、コメはバンコク、メイズはシカゴ、砂糖はロンドン)の過去5年間の平均価格を算出し、平均価格の上の1標準偏差分を上限価格、下の1標準偏差分を下限価格に設定する。輸入価格(CIF)に関税をかけた価格が下限価格を下回る場合には、下限価格との差額を追加で徴収する。逆に上限価格を上回る場合には、輸入価格が上限価格に近づくように関税率を引き下げる。ただし4品目のいずれも現在は関税率がゼロに設定されているので、上限価格は実質的には機能していない。

輸入価格帯制度は実際にはどのように適用されているのだろうか。国際市場において食料価格が高騰した2007年以降について見てみよう。

まず粉乳については、2007年時点では25%の関税が設定されていたが、輸入価格が高騰して上限価格を上回ったため、関税が0%まで引き下げられた。その後輸入価格が下落し2009年に下限価格を下回ると、最高16%まで関税が引き上げられた。輸入価格が再び上昇し、税率が0%になったが、2012年以降に輸入価格が再び下落し、2012年末以降は7~12%の税率が適用されている(図1)。輸入量は2009年以降に大きく増加しており、2012年までの3年間で倍以上に増え、国内需要に占める輸入品の割合は28%に達した(図2)。

図1 粉乳の輸入価格と輸入価格帯、実効税率(2007~2013年)

図1 粉乳の輸入価格と輸入価格帯、実効税率(2007~2013年)

(注)青が輸入価格、緑が輸入価格帯、赤が実効税率。上部のArancelは各時期の輸入関税の割合。
(出所)ロメロ氏報告資料より。

図2 粉乳の輸出入、国内生産、国内需要(2001~2012年)

図2 粉乳の輸出入、国内生産、国内需要(2001~2012年)

(注)緑が輸出量、黄が輸入量、水色が国内生産量、赤が国内需要量
(出所)ロメロ氏報告資料より。

次にコメについては2007年時点では25%の関税が設定されていた。その後輸入価格の上昇により関税が0%となった。2012年に入って輸入価格が下限価格を下回ったため最高6%程度の関税が適用されている。輸入量はここ2年増加しているが、それでも国内需要に占める輸入品の割合は10%程度である。

砂糖についてもコメと同様であるが、2012年以降の価格下落の幅が大きく、最高で31%の関税が適用されている。2000年代半ば以降輸入量がそれほど変わっていない。2012年の国内需要に占める輸入品の割合は23%程度である。

メイズに関しては2007年時点で10%の関税が設定されていたが、輸入価格が上限価格を大きく上回っていたために0%の関税が適用されていた。2008~2010年に9%の関税が設定されていた時期には、輸入価格がほぼ価格帯の中に収まっていたため、9%前後の関税が適用されていた。しかし2010年末以降は輸入価格が大きく上昇したため、現在まで関税は0%となっている。国内需要の拡大が顕著であるが、国内生産は停滞気味である。一方輸入は増加しており、国内需要に占める輸入量の割合は2012年で約57%である。

これら主要4品目の輸入量の動向を見ると、輸入価格帯制度による実効関税率の変化よりも、国内需要の増大や国際市場における価格変動に左右される。そのため、輸入価格帯制度がどれくらい国内生産者の保護につながっているかは判断するのが難しい。ただしペルーは既に主要4品目の最恵国税率をゼロにしており、国内生産の保護のためには輸入価格帯制度しか手段がない。したがって、現在進められている自由貿易協定の交渉のなかで、農業省はこの制度を必ず維持する方針を示している。