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ペルー情勢レポート 山間地域におけるジャガイモ生産の変化

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050893

清水 達也

2012年6月

ペルーでは1990年代後半以降、リマを中心にスーパーマーケットや外食チェーンが急速に普及している。このような近代的流通網の発達が、農産物の生産者から消費者に至る生産チェーンにどのような影響を与えているのだろうか。筆者はこれに関して、ペルーの伝統的な食料作物であるジャガイモを例として研究を行っている。この研究の調査として2012年6月11~15日に、ペルー中部の山間地域(シエラ9に位置するワヌコ州ワヌコ市で調査を行った。以下にこの調査の成果の一部を紹介する。

ワヌコ市内の消費者向け市場にて

ワヌコ市内の消費者向け市場にて

ペルーのジャガイモは、全体の約8割がシエラと呼ばれる山間地域で生産されている。その中でワヌコ州は、南部山間地域のプーノ州に次ぐ国内第2位のジャガイモの山地である。リマに比較的近いこと、そして地理的条件により他産地の端境期にも収穫できることから、国内最大の消費市場であるリマ卸売市場への最大の供給産地となっている。

図1に主要産地のジャガイモ生産量を示した。全国の生産量を見ると、1980年代末から1990年代初めの経済危機の際に大きく生産量が落ち込んだが、1990年代半ば以降の経済回復、そして2000年代の経済成長とともに、ジャガイモの生産が大きく増加していることがわかる。ワヌコは1960年代まではそれほど重要なジャガイモ産地ではなかったが、1970年代の生産増で主要産地の仲間入りをし、1990年代後半の生産の急増により、伝統的なジャガイモ産地であるプーノ州、フニン州と並ぶ、三大産地の1つとなった。

図1 主要産地のジャガイモ生産量

図1 主要産地のジャガイモ生産量

(出所)ペルー農業省 http://frenteweb.minag.gob.pe/sisca/

ワヌコ州には11郡があるが(ワヌコ州の地図はこちら)、このうち、熱帯低地地域(セルバ)に位置する2郡(Puerto Inca、Leonicio Prado)を除く、シエラの9郡でジャガイモを生産している。州内のジャガイモ生産は、雨期の始まる10~11月に植えて4~5月に収穫する主な収穫期(camaña grande)と、灌漑水を利用して7~8月に植えて12~2月に収穫する副の収穫期(campaña chica)の2つの時期に行われる。

この9州におけるジャガイモ生産は、その特徴によって大きく2つに分けられる。1つは、州内の約半分を生産する南東部の3郡(Huánuco, Pachitea, Ambo)を中心とした商業生産である。ここで生産されるのは白ジャガイモ(papa blanca)と黄ジャガイモ(papa amarilla)が中心で、商業生産が主である。白ジャガイモの場合には、Yungay、Capiro、Canchanなどの改良品種を用い、化学肥料や農薬を多く投入して生産が行われている。そのため単位面積あたりの収量(単収)も多く、1ヘクタールあたり平均で25~30トン、最大60トンに達する場合もある。この3郡の中でも、比較的産地の高度が低いPachitea、Huánucoの2郡では、副の収穫期にあわせた生産が多いのも特徴である。

大きさによって分類

袋に詰めてトラックに詰め込んでリマ市場に出荷

大きさによって分類し(上)、袋に詰めてトラックに詰め込んでリマ市場に出荷する。
ワヌコ市のジャガイモ卸売市場にて。

もう1つは、州の西側の諸郡における自給を中心とした生産である。ここで生産されるのは黄ジャガイモと在来種のジャガイモ(papa nativa)が中心で、余剰を地元の市場や近隣の郡や州の市場に出荷する。化学肥料や農薬を用いず、単収も東南部3郡と比べると低い。産地の高度が高いので、降雨にあわせて植え付ける主な収穫期の生産が中心である。

1990年代後半以降、ワヌコではジャガイモ生産が急拡大した。これは、主に前者の南東部の3郡における商業生産の拡大によるものと考えられる。どのような要因により生産が増加し、それがジャガイモの生産や流通にどのような影響を与えたのだろうか。

生産拡大を誘引したのが、需要の拡大である。1990年代の経済成長、人口増により、リマではジャガイモをはじめとする食料作物に対する需要が拡大した。メルカドと呼ばれる公設の消費者市場のほか、消費者の所得向上とともにスーパーマーケットが拡大した。さらにファストフードやポジェリアと呼ばれる鶏肉料理レストランの店が増え、フライドポテトの需要が拡大した。また、ポテトチップス工場による原料となるジャガイモの需要も増えた。スーパーマーケットやレストラン、ポテトチップス工場は、年間を通じて安定した供給を必要とする。そのため、主な収穫期以外に供給する産地が必要となる。ワヌコは、その産地の1つとなることで、生産量を拡大していったと考えられる。

需要の拡大に応えた生産の拡大を可能にしたのが、ジャガイモ生産における技術パッケージの導入である。技術パッケージとは、改良品種の種イモ、化学肥料、農薬などの投入財とそれらを利用した栽培技術を指す。改良品種の中でも1990年にワヌコ州で開発されたCanchan種は、州内はもちろんのこと、全国に急速に普及した。皮がピンク色で中が白く、栽培期間が110~120日と他のイモに比べて短期間で収穫できる。肥料によく反応し単収も高い。また、ゆでる、揚げるなどさまざまな用途に適している。このほかにポテトチップスの原料に適しているCapiro種も導入が進み、生産が増加した。

ワヌコ郡ピヤオ地区のジャガイモ畑。標高2500~3000メートルの山頂まで畑が広がっている。

ワヌコ郡ピヤオ地区のジャガイモ畑。
標高2500~3000メートルの山頂まで畑が広がっている。

栽培技術のほか、生産に関わる資金調達などについても変化が見られる。ジャガイモの商業生産は数ヘクタール以上を所有する中規模以上の生産者が中心であるが、これらの生産者は自らの所有地のみならず、他の生産者から土地を借りて生産を行うことも多い。その際に問題となるのが資金調達である。地代、投入財、農作業の費用、収穫物の輸送費用などが必要になるが、生産者がこれらすべてを調達するのは難しい。最近は様々な形で生産者以外が資金を提供する生産方式がみられる。例えばスーパーマーケット向けのジャガイモの場合、その調達を担当する産地の商人が、収穫物を安定的に確保するために投入財費用の一部を提供している。またポテトチップ工場は、原料となるジャガイモを確保するために、種イモを生産者に提供している。このほか、肥料や農薬を提供する農業資材の販売業者は生産者に投入財を提供し、生産者が工場にジャガイモを売り渡す際に代金を徴収する方式を取り入れている。

ジャガイモといえばシエラ農民の主食で、多くの小規模生産者が自給を中心とした生産をしているというイメージが強い。確かにワヌコ州でも西部では、在来種を中心に自給と余剰を販売する伝統的なジャガイモ生産が行われている。一方でワヌコ州の南東部のように、リマをはじめとする都市部の需要拡大とともに、ここに供給する商業的生産が拡大している地域もみられる。