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ペルー情勢レポート 鉱山開発を巡る紛争の続発への対応に迫られるウマラ政権

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050890

 清水 達也

2012年4月

2011年末のペルー北部カハマルカ州におけるコンガ・プロジェクトを巡る紛争(ペルー情勢レポート『水か、金か』ウマラ政権にとって最初の試金石」を参照)に続いて、2012年3月にはペルー南東部のマドレ・デ・ディオス州を皮切りに、各地で鉱山開発を巡る紛争が相次いでいる。

昨年末と今回の紛争では争点が大きく異なっている。昨年末は、大規模投資による鉱山開発を促進したい企業や政府に対して、環境保全を求める地元政府や住民がこれに反対した。今回は、インフォーマルな鉱業活動を規制したい政府と、それに反発する事業者らが対立している。本報告ではこの対立について考えたい。

インフォーマル部門の拡大

インフォーマル鉱業(minería informal)とは、主に零細小規模の個人や業者が金などを採掘する事業を指し、手工業的な鉱業(minería artesanal)とも呼ばれている。これらに従事する事業者の多くは、法律で定められている手続きを経ず、また鉱山・エネルギー省や地元政府へ届け出ずに事業を行っている。なかには資源開発のためのコンセッションを取得している場合もあるが、その場合でも操業に必要なそのほかの許可を得ていないことが多い。また、ロイヤリティや税金を支払っていない場合も多い。これらの業者は操業する場所を頻繁に変えるため、中央政府や地方政府がその実態を把握することは困難である。

最近、このようなインフォーマル鉱業による森林の違法伐採や、金属の精錬のために使われる化学薬品の垂れ流しによる環境汚染が進んでいることが新聞などで報道され、その存在が注目を集めるようになった。

なかでもインフォーマル鉱業が活発なのが、マドレ・デ・ディオス州にあるタンボパタ自然保護区周辺の地域である。ペルー南東部の同州は、アマゾンの熱帯低地に位置し、ブラジルやボリビアと国境を接している。州都プエルト・マドルナド市から60キロメートルところにあるタンボパタ自然保護区は、国内でも生物多様性が最もよく観察できる場所として知られており、世界中から観光客が訪れる場所でもある。

州内の幹線道路の周辺地域では以前から、川などから砂金を採取する小規模な鉱業活動が行われていたが、最近その活動規模が拡大してきた。従来から鉱業活動が認められている地区だけでなく、自然保護区周辺に広がる緩衝地帯(zona de amortiguamiento)や保護区内での金採掘を行う業者が増え始めた。中には零細小規模事業者だけでなく、浚渫機や重機などを利用してかなりの規模で開発を手がける業者も含まれていた。自然保護区周辺だけでも、約3万人がインフォーマル鉱業に従事しており、2000台の重機を用いて年に20トンの金を採掘していると推定されている(El Comercio紙、2012年3月16日)。

規制の強化

インフォーマル鉱業を取り締まるため、2011年11月には州政府がこれらの業者が所有する施設を焼却した。さらに2011年12月に内閣が交代しバルデス首相が就任すると、政府はさらに厳しい対応を取り始めた。

今回紛争が拡大するきっかけとなったのが、2012年2月に政府が公布した3つの法令である。法令(Decreto Legislativo)1101号は、許可を得ていない鉱山開発は非合法であることを定めた。同1101号は、環境保全対策をしない零細小規模鉱山事業者に対する取り組みの強化を定めた。同1102号では、非合法鉱山開発を犯罪として定義した。つまり、これまでは、明らかに違法とはいえずインフォーマルであると事実上黙認してきた鉱業活動について、今回の法令ではっきりと違法であると定義したのである。

零細小規模事業者の反発

これに対して、零細小規模鉱業事業者の団体であるマドレ・デ・ディオス鉱業連盟(Federación Minera de Madre de Dios:Fedemin)が3月5日から無期限ストを実施した。約5000人の事業者らが州都の中心部をデモ行進し、3つの法令の廃止と、インフォーマルな事業者がフォーマル化できるような方策を求めた。これに対して政府は、環境大臣などを現地に送って説得にあたったが交渉は決裂、その後ストが激化し、3月15日には警察との衝突の中で3人が死亡する事態に至った。

マドレ・デ・ディオスだけでなく、イカ州、アヤクチョ州、アレキパ州、アンカシュ州など全国各地のインフォーマル鉱業事業者が法令の廃止を求める抗議活動を行った。これらの事業者はデモ行動の一環として主要高速道路であるパンアメリカン・ハイウェイを各地で封鎖し、経済活動に大きな被害を与えた。

政府の譲歩

3月19日、Fedeminの代表者と環境大臣が再び交渉のテーブルに着き、政府がインフォーマル鉱業の事業者に1年間の猶予を与えることで合意が成立した。政府はこの1年の間に、零細小規模事業者がフォーマル化できるよう支援をする。ただし、自然保護区内で操業する業者に対しては、これを違法とはっきりと位置づけ、今後強制的に排除していく方針を示した。

このような政府の譲歩に対して、『エル・コメルシオ』紙はその社説で次のように評価している。「本来なら事前に自由に議論してから法律を制定し、これを厳格に施行するべきである。しかし政府が行ったのはその逆で、先に規則を決めて、施行する段階で議論している。これは、すべての法律は交渉の余地があると教えているのと同じである。」(2012年3月21日)。

『エル・コメルシオ』紙が指摘するように、今回の法令の施行は拙速に進められた印象がある。そのことが、紛争の拡大を招いた。政府はこれまで多くの零細小規模事業者による鉱業活動について、合法ではないにもかかわらず規模が小さいなどの理由でインフォーマル部門として事実上その活動を黙認してきた。そのことから考えると今回の規制強化は、持続的な経済開発に向けた一歩と評価できる。