IDEスクエア

世界を見る眼

ペルー情勢レポート 堅実に滑り出したウマラ政権

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050884

清水 達也

2011年9月

2011年8月末、大手格付け機関のスダンダート&プアーズ社が、ドル建てペルー国債の格付けをそれまでのBBBマイナスから、BBBへ一段階引き上げた。これはラテンアメリカの主要国では最も高い格付けを得ているチリ(A)に次ぐもので、メキシコと並び、ブラジルやコロンビア(BBBマイナス)を一段階上回る格付けとなった。

ウマラ大統領は選挙キャンペーン中から新自由主義を批判し経済活動における政府の役割の強化を主張していたため、当選直後はリマ証券取引所の株価指数が大きく下落し、財界を中心にその経済運営について懸念する声があがっていた。また、大統領就任式では左派への回帰を匂わせ、主要野党との対決姿勢を明らかにした。しかし政権運営に関してはこれまでどおり財政規律を重視するとともに、民間企業の投資を促進する経済政策を継続するとしている。この中で、主要経済ポストの任命や鉱山企業等の課税強化に関する業界団体との合意は、ペルー経済の安定を印象づけ、格付けの引き上げにつながった。

新政権の発足にあたってウマラ大統領は、ユダヤ系企業家のサロモン・ラーナー・ギィティス(Salomón Lerner Ghitis)を首相に選んだ。学生時代から政治活動に関わっていたラーナー氏は、軍事政権時代に国営企業の社長を務めた後、1990年代には放送局や銀行など民間企業の取締役を務めた。2000年代には選挙監視や民主主義に関するキャンペーンを行う市民団体「トランスパレンシア」のコーディネーターを務めたほか、トレド政権下で開発金融公社(COFIDE)の社長に就任した。2006年の大統領選挙からウマラ候補を支援し、2011年には選挙キャンペーンの責任者を務め、資金集めでも中心的な役割を果たした。政権発足直後、新自由主義的な1993年憲法の改正が話題になった際にも、「現時点では議題にあがっていない」と発言するなど、経済政策の維持を印象づけることに務めた。

経済政策の要となる経済・財政大臣には、前政権で財政副大臣をつとめたルイス・ミゲル・カスティージャ(Luis Miguel Castilla)を任命した。ハーバード大学やジョンホプキンス大学で学んだ同氏は、アンデス開発公社に勤務後、ガルシア政権の際にカランサ経済財政大臣の顧問となり、その後アラオス大臣が財政副大臣に起用した。また、去就が取りざたされていた中央銀行総裁のポストについても、フリオ・ベラルデ(Julio Velarde)総裁が留任した。ウマラ政権は前政権からのテクノクラートを継続して起用することで、基本的な経済政策に変更がないことを内外に示した。

トレド政権下で財政副大臣や中央銀行取締役を務めたクルト・ブルネオ(Kurt Bruneo)は、生産省の大臣に任命された。同氏は2011年大統領選挙ではトレド候補の経済チームを率いたが、トレド氏が第1回投票で敗れると、決選投票に残ったウマラ候補の経済チームに加わった。当初は経済財政大臣への就任も噂に上っていたが、結局、今後新たに創設される開発・社会包摂省(Ministerio de Desarrollo e Inclusión Social)の大臣になることを前提に現在のポストに任命された。開発・社会包摂省は、現在各省に分散している社会プログラムを一括して管理する予定で、今後拡大を予定している貧困対策の一つである、条件付き現金移転プログラムJUNTOSのほか、ウマラ政権が目玉としている社会政策である貧困層向け年金プログラムPensión 65や乳幼児向け教育・栄養改善プログラムCuna Másを管理する。

主要ポストの任命以外にも経済分野で注目されていたのが、鉱山企業等への課税強化である。2000年代後半からの一次産品価格の上昇で、ペルー国内で鉱物や石油・天然ガスを開発する企業の利益が大きく増加していた。これらの企業のいくつかは投資優遇措置の恩恵を受けてロイヤリティや法人税の一部を免除されていたこともあり、もっと大きな税負担を求めるべきだという世論が高まっていた。これに対して前政権は、引き続き外資を呼び込むためには資本主義のルールを変更しないことが重要だとして、投資優遇措置など契約の尊重を重視した。その代わりに、業界団体を通じて鉱山企業等に地域社会の開発に対して自主的に資金を拠出することを求めた。

ラーナー首相は8月25日に新政権の方針を説明した際に、鉱山企業等への課税強化として、毎年30億ソル(約11億ドル)を余分に課税することで業界団体と合意したと発表した。鉱山企業等は昨年120億ソルを納税しており、今回の合意で負担が25%増えることになる。この額はガルシア政権時の自主的な拠出で合意した年間5億ソルの6倍にあたり、ラーナー首相は主に貧困地域のインフラ整備のためにこれらの資金を用いるとしている。課税方法など詳細については今後詰められるが、政府は鉱山企業等による投資を阻害しない範囲で課税を強化するとしている。このような政府と業界団体との合意も、ペルー経済の評価を高める要因となった。