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フィリピン:権力者の犯罪をめぐる繰り返し――グロリア・マカパガル・アロヨ前大統領の逮捕

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049560

 ホームズ ロナルド エヴェレット デヴィッド

2011年12月

フィリピンのマスメディアは、主流、傍流を問わず、またしても取材に走り回っている。主要日刊紙の第一面、テレビ局やラジオ局のウェブサイト、ツィッターの書き込み、フィリピン政界の動向に注目している友人たちのフェイスブックの最新の書き込みなど、どれを見ても、グロリア・マカパガル・アロヨ前大統領逮捕事件のことで埋め尽くされている。

本コラムの目的は、1986年の民主化以降、歴代大統領の中で最も在任期間の長かったアロヨ前大統領のいわゆる“失墜”の過程を詳細に論じることではない2。今回の事件は、アロヨ前大統領が、すでに責任を問われている多くの犯罪行為のなかで3、特に2007年の選挙の際、フィリピン国内の一つの州の得票数の不正操作を指示したとして、選挙管理委員会(COMELEC)から選挙妨害の容疑で起訴されたことによって発生した。選挙管理委員会は、先週金曜日、同委員会と司法省(DOJ)の合同調査チームによる証拠にもとづいて、前大統領を起訴した4。2007年の選挙の際、アロヨ前大統領は、この州のアンダル・アムパトゥアン・Sr.知事にたいし、3人の野党候補──ベニグノ・S・アキノ3世、パンフィロ・ラクソン、アラン・ピーター・カエターノ──の得票数がゼロになるよう指示したと言われている。選挙の後、相当遅れてから州によって提出された得票結果において、ミンダナオのこの州では上院選で与党の候補者が改選議席数すべてに当たる上位12位までを独占していた。

逮捕に際し警察が撮影したアロヨ前大統領の顔写真がインターネット上に広く出回っている。これとはやや異なる顔写真が2011年11月21日付の『フィリピン・デイリー・インクワイアラー』に掲載された。そこには、「打ち負かされたのか?」というキャプションがつけられている。先週明るみに出たすべての事実と、今後数週間、数カ月間に展開する事態とを考え合わせ、アロヨ前大統領が果たして「打ち負かされた」のかどうかについて考える必要があろう。

前大統領は本当に敗れたのだろうか。つまるところ、フィリピン国民にとってアロヨ前大統領の勾留は何を意味するのだろうか。彼女の勾留によって、統治体制の脆弱さに苦しんできたこの国で繰り広げられてきた政治は、劇的に変化するのだろうか。

逮捕前わずか一週間前の11月15日、アロヨ前大統領は、夫や支持者たちとともに、前大統領の海外渡航を禁じるウォッチリスト・オーダー(WLO)の効力を一時的に差し止める最高裁の判断を歓迎した。この判断が下されるとすぐ、アロヨ家の人々は大あわてでフィリピンを出発する航空機のチケットを予約し、最高裁の多数派が設けた3つの条件にしたがった5。だが残念ながら、アロヨ家の人々は、政府がウォッチリスト・オーダーを根拠に立ちはだかり、行政府当局に出国を阻まれて──正確に言うと、飛行機から降ろされて──しまった。

一時的な差し止め命令が発行された4日後、上に述べた容疑に対してアロヨ前大統領に逮捕状が出された。その翌日、アロヨ前大統領の顔写真が、おそらくは撮影用に背を起こした病院のベッドの上で撮影された。こうした一連のできごとをボクシングの試合に例えると、現政府と前大統領の攻防は1ラウンド目では引き分けとなり、試合は今も続いていることになる。この先、試合がどこまで長引くか、また、なによりもその決着がどうなるかはまだ分からない。

前大統領の事件にともなってフィリピン政治において試されていることがある。しかも試されたのはこれが初めてではない。

まず問われるのは、法の支配だ。前大統領は選挙妨害で起訴され、その結果、逮捕状が出されていたにもかかわらず、最高裁の判断は、法による支配を無効にしたのではないか? あるいは、むしろ司法省は強固な態度に出ただけでなく、越えてはならない一線を越えたとはいえないか? 行政と同等の権威ある機関が合法的に発行した命令を、行政当局が公然と無視したことは、憲法の危機を招くおそれがあるからだ(囲み記事1「誰の法による支配か?」を参照)。今回の事件に関わる手続きや決定は、すべてに個人的な私情がからみ、恣意的に行われたとはいえないだろうか?

(囲み記事1)

誰の法による支配か? 最高裁判事の過半数がアロヨ前大統領によって指名されたことから、彼らが法の定めた一線を踏み越えて一時的な差し止め命令を出し、前大統領に便宜を図ったのではないかとの議論が出されている。これについては最も重要な見解を示しているのは、少数派の3人の判事だ。彼らは一様に、海外渡航の権利を制限する政府の権限は限られていると主張し、この点を考慮して、政府が最高裁に起訴するまで、最高裁は一時的な差し止め命令を出すべきではないと述べている。この問題については何人ものコメンテーターが最高裁批判を繰り返し、最高裁は政治的に偏向しており、自分たちを判事に指名した人物に便宜を図っていると指摘している。その一方で、レイラ・デ・リマ司法長官は、政府がまだ最高裁に訴えを起こしていない以上、一時的差し止め命令の決定は最終的なものではないとし、命令に従うことを拒否した。デ・リマ長官は、直接的にではないが、最高裁の少数派の見解に言及することによってこの主張を支持し、法の支配のもとでは多数派の決定を執行にうつすべしという考えを退けた。政府が11月16日に一時的な差し止め命令の再考申請をすると、一時的差し止め命令についての見解の相違に関係なく最高裁は全会一致で決議を下し、政府に対して法廷侮辱罪には問われないとする理由の説明を求め、政府は最高裁へ最低限の敬意を払うべきことをきちんと理解すべきだとした。

いわゆる「正義の車輪」が回り続けている以上、フィリピンにおいて法による支配が踏みにじられたかどうかを判断するのは勇気のいることだが、世界銀行が毎年発表している指標を見るかぎり、過去12年間、こうしたガバナンスの点においてフィリピンが円滑に統治されてきたという見方は信用できそうもない。指標で用いられている評価基準項目には、「ガバナンスの担い手たちが社会の法にどれだけ信頼を置いて順守しているか。特に契約の履行、所有権、警察、裁判所の質や、犯罪・暴力の可能性など」が挙げられている(強調は筆者による)。

          法による支配(2010年)


表:法による支配(2010年)

出典: http://info.worldbank.org/governance/wgi.  2011年11月22日に作表

法による支配に関連して懸念されるのが、その後にやってくるかもしれない正義の終わりだ。すでに、反アロヨ派の人々は、今回の逮捕状の発行を正義の勝利ととらえ、快哉を叫んでいる。アロヨ前大統領が2004年の選挙において最初の“選挙妨害”を画策したとされてから6年が経っており、アキノ現大統領就任後、アロヨ前大統領を正式に起訴するまでに17カ月目も経過している点を考えれば、アロヨの政敵たちのこうした見方には多少の真実が含まれている。だが、アロヨの政敵たちが称賛しているのは、正義の手続きの次元にすぎず、一部の人々がぬか喜びしている(フィリピンの言葉で言う「mababaw ng kaligayahan」)だけのことだ。今回の逮捕劇は、有罪判決なき訴追でしかなく、それはフィリピン政治の何も変えることはないだろうと実は皆が考えていることを表す浅はかさでもある。

また、今回のアロヨ事件では、フィリピン国民の財産を略奪し、統治機能の弱体化を招いた人々の責任を追及するという公約を掲げてきたアキノ大統領の力量が厳しく問われることになる。先ごろの施政方針演説において、アキノ大統領は自らの決意を明言し、こう述べた。「私を批判する人々のなかには、私が個人的動機から、今回の汚職防止キャンペーンを展開していると非難している人々がいる。その通りである。正しい行いをすることは、個人的なことである。誰であれ、やましい行為を働いた人間が責任を問われるのは、個人的なことである。汚職の追及は、私たち全員が個人的動機から行うべきだ。私たち全員が汚職の犠牲者となってきたからである」。この決意を公言してやまないアキノ大統領には脱帽するが、有罪判決を勝ち取ろうと思うなら、彼は過去の我が国の歴史を学ぶべきであり、今以上に政治の今後の動向や内幕を注視すべきだ。

私がこのコラムを書いているあいだにも、最高裁では、ウォッチリスト・オーダーを不当としてアロヨ陣営が司法省を提訴した裁判の口頭弁論が始まるだろう。前大統領に逮捕状が出されたことから考えて、この事件はうやむやな結末に終わるおそれもある。それよりも驚くべき点は、司法省がウォッチリスト・オーダーから前大統領の夫、ホセ・ミゲル・アロヨの名前を外すことを決めたことだ。だがこの決定にともない、最高裁は依然、アロヨ陣営の提訴によって表面化した本質的な問題を裁定する必要がある。それは、論争の的であるとはいえ正式な最高裁の命令に背いて、行政府がその限定された権限のなかで海外渡航の権利を制限する命令を維持することができるのかどうかということである。この問題については、司法長官は法廷侮辱罪に問われるべきではないとする理由の説明を最高裁が司法長官から受けたのちに裁定されるべきだ。最高裁は自らの権限を断固として行使するだろうか? それともこれまでのように、慎重に明言を避けて、現職の大統領との軋轢が拡大するのを食い止めようとするだろうか?

いずれにせよ、私たちはこれまでにもこうしたドラマを目の当りにしてきた。アロヨ氏よりはるかに屈辱的な境遇に引きずりおろされた大統領を何人も目にしてきた。アロヨ前大統領は、現在の境遇に気落ちすることなく、むしろ感謝すべきである。多くのフィリピン人とは異なり、彼女には自分の身を守り、心身の安全を確保できるだけの財力や人脈、知識があるからだ。法律面で言えば、彼女には何人もの有能な弁護士がついており、そのなかには、かつて彼女が起訴した前大統領の弁護士を務めていたものもいる。たしかにアロヨ前大統領は、高飛びしようとした夜に飛行機から降ろされたかもしれないが、今は富裕層向けの病院に入院中である。彼女の犯した選挙妨害を裁く法廷は、彼女を高額な病院のスイートルームに拘留することを認めている。

さらに、アロヨ氏は、現大統領が前大統領である彼女にしかるべき敬意を払っていることに感謝すべきだ。興味深いことに、現大統領は、やはり権力の座から引きずり降ろされた独裁者、故フェルディナンド・マルコス氏にたいしては、こうした“敬意のこもった”扱いをしていない。アキノ大統領はマルコス氏の遺体を英雄墓地に埋葬したいという請願を退けている。アロヨ氏に対しては、以前、出国を認められなかったときですら、アキノ大統領は政府が公費で専門の医師を手配し、彼女の健康状態をチェックさせると申し出ている。

得票数の不正操作によって当選を果たしたある上院議員は早々に辞任に追い込まれたが、彼女がこうした選挙妨害を指示したと証言した人々にたいしても、アロヨ前大統領は心底感謝すべきである。彼女は汚職撲滅キャンペーンにおいて、アキノ大統領から手心を加えられているからだ。アロヨ氏は迫害を受けているように感じているかもしれないし、起訴されるであろうが、フィリピンでは高位の権力者を確実に有罪とすることがきわめて難しいという現実にほっとひと安心できるはずだ。

また始まった……権力者の犯罪をめぐる繰り返し。

参考
  1. アジア経済研究所海外客員研究員(2011年9月~2012年3月予定)。筆者の見解は、当研究所およびその他のいかなる団体の見解をも反映したり、代表したりするものではない。
  2. アロヨ前大統領の起訴に至るまでの比較的最近の記述については、ライサ・ロブレス氏の「グロリア・アロヨの失墜は実は7月から始まっていた」(http://raissarobles.com/2011/11/21/gloria-arroyos-downfall-actually-started-in-july/)を参照。
  3. アロヨ大統領と選挙管理委員会の委員との会話──この会話のなかでアロヨ前大統領は、この委員に2004年の大統領選挙の際、対立する最有力候補だった映画スターの故フェルナンド・ポーJr.に対して、自分が楽に勝てる得票差を確保するよう指示したと言われている──を録音したテープの内容が漏れた2005年以降、アロヨ前大統領と彼女の側近たちはいくつもの“罪”を犯したと言われている。具体的には、農家への支援に割り当てられた資金の2004年大統領選でのアロヨ氏の選挙資金への流用(肥料ファンド事件)、フィリピン政府と中国企業ZTEと10億ドルのブロードバンド契約に関わる汚職疑惑、アロヨ家の説明のつかない資産、とりわけホセ・ピダル名義の銀行口座に──ホセ・ピダルは、アロヨ氏の夫、ホセ・ミゲル・アロヨ弁護士の偽名だと言われた──2億ドルもの預金があること、さらに、任期中に失踪や人権侵害が急増したこと、などが挙げられる。
  4. 前大統領の夫、ホセ・ミゲル・アロヨ弁護士は、2007年の選挙においてアロヨ大統領ら政府高官らが犯したとされる不正疑惑にたいする、選挙管理委員会と司法省の合同捜査チームによる予備捜査を違憲とする訴えを最高裁に起こしている。2011年11月22日に開かれた公聴会において、最高裁はアロヨ前大統領の逮捕命令を無効とする訴えを含め、原告の主張を聞くことを決定した。
  5. これら3つの条件とは以下の通り。請願者(グロリアとホセ・ミゲル・アロヨ)は、最高裁に対し現金200万ペソを支払う。双方の代理人である弁護士を指名する。この弁護士は夫妻の不在中、召喚状や命令、その他の法律手続きに従う。また請願者の渡航先にフィリピン大使館もしくは領事館がある場合、請願者は当該の大使館もしくは領事館に、直接出頭するか、電話で、常に自分たちの居場所を報告する。最高裁の判断については以下を参照のこと。 http://sc.judiciary.gov.ph/jurisprudence/resolutions/2011/november2011/199034_199046_TRO.pdf