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世界を見る眼
インドネシアの農業政策――「食糧農園」という新機軸
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049562
佐藤 百合
「グローバルな食糧安全保障の基地」
2011年5月、インドネシア政府は、今後14年という長期にわたる経済開発計画「インドネシア経済開発加速・拡大マスタープラン 2011~2025年」を発表した。
「マスタープラン」は、その冒頭で、インドネシアが目指すべき将来像を次のような表現で提示している。
「グローバルな食糧安全保障の基地であり、農業・農園・水産業の各産品と鉱業エネルギー資源の加工センターであり、そしてグローバル・ロジスティック・センターであるインドネシア」
世界の人口が70億人を超え、食糧需給の逼迫が今後予測されるなかで、広い国土と高温多雨に恵まれたインドネシアが「グローバルな食糧安全保障の基地」になること、少なくとも自国の内需を満たせるだけの食糧生産力を備えることは、これからの重要な課題である。
増産政策の重点5品目
現在のスシロ・バンバン・ユドヨノ政権が増産政策の重点に指定しているのは、コメ、トウモロコシ、大豆、砂糖、牛肉の5品目である。
このうちコメは、2008年に再自給を達成した。スハルト政権時代の1984年にインドネシアはコメ自給宣言をしたが、1990年代にまた輸入が増えていた。ユドヨノ政権になって高収量品種の普及政策などで生産性が上がったことが、功を奏した。ただし、食糧の安定供給を所轄するBULOG公社(旧・食糧調達庁)は、価格安定化のための備蓄用にベトナム、タイなどから一定量のコメの輸入を続けている。
他方、コメ以外の4品目はまだ輸入に依存している。輸入依存度は、トウモロコシ6%、大豆71%、砂糖55%、牛肉20%である(2007年、農業省食糧安全保障庁)。大豆は耕作面積も単位収量も増えておらず、牛肉は国内生産量が停滞したままで、増産の見通しはたっていない。それに対して、トウモロコシは単位収量が増え、砂糖はジャワ外でのサトウキビの耕作面積が増えて増産に転じている。
食糧増産は大農園方式で
農業省の農地資源研究開発センターによれば、インドネシアの総面積191万平方キロメートルのうち、53%にあたる101万平方キロメートルが農業耕作適正地であり、そのうち69万平方キロメートルがすでに耕作され、残る32万平方キロメートルが新たに開拓できる潜在農地だという(2004年)。日本の総面積が38万平方キロメートルだから、その83%に当たる壮大なスケールだ。
だが、その潜在農地はカリマンタンとパプアに集中している。スマトラ、ジャワ、バリ、スラウェシの各島は潜在農地がマイナス、すなわち非適正地まで耕作されてしまっている。
ユドヨノ政権は、これからの食糧増産の拠点として、パプアに期待をかけている。そこで提示されたのが、「食糧農園(フード・エステート)」という新しいコンセプトである。
インドネシアでは、これまで食糧生産といえば小農中心であり、大規模農園で栽培されるのはオイルパームなどの商品作物と相場が決まっていた。だが、食糧生産に大規模農園という方式を適用するのが、この「食糧農園」である。
第一号はメラウケ「食糧農園」
「食糧農園」の第一号は、パプア州南部のメラウケに開発されることになった。東西5100kmにおよぶインドネシアの広大な国土を指す際に、インドネシア人は「(西北端の)サバンから(東南端の)メラウケまで」と表現するが、そのメラウケである。
メラウケ県は、2.5万平方キロメートルの潜在農地を有している。ユドヨノ政権が、第2期(2009~2014年)の任期中に新たに開拓する目標を立てている全国の潜在農地の合計面積が2万平方キロメートルなので、それを上回る大きさである。
このうち、メラウケ県と中央政府が共同で、当面4800平方キロメートルの土地を用意し、法人税免税のインセンティブを与えて国営・民間企業を誘致し、コメ、トウモロコシ、サトウキビ、大豆などの大規模耕作を行う。合わせて、高収量品種の普及、地元の人材への農業職業訓練が計画されている。
メラウケの「食糧農園」への投資を決めたのは、オイルパーム農園最大手のシナル・マス、石油ガス鉱業で地場民間最大のメドコ、電機・靴・不動産などのベルチャといった国内の有力企業グループであり、今やインドネシアで最大の外資系企業グループになったウィルマー・グループである。ウィルマー・グループというのは、シンガポールに本社を置き、マレーシアの華人企業家ロバート・クォック(郭鶴年)の甥クォック・クーンホンとインドネシア企業家マルトゥア・シトルスが所有経営し、インドネシアのほか、中国やインドで農園・バイオ燃料・油脂加工業を展開する多国籍企業グループである。
政府が導入した「食糧農園」は、従来のインドネシアの小農食糧生産とは一線を画した大規模かつ資本集約型農業の試みである。この試みが軌道に乗り、農業分野に高生産性部門を生み出すことになるかどうかが注目される。