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世界を見る眼
世界的景気後退とIMF改革
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049585
国宗 浩三
2009年10月
この記事は2009年10月1日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『世界的景気後退とIMF改革』(國宗浩三研究員出演)の内容です。
昨年9月のリーマンショック以降の世界的景気後退は、開発途上国経済にも悪影響を与えています。こうした中、日本が先導する形で始まったIMF改革は、開発途上国への支援体制の改革として、一定の効果を上げています。
1)IMFの役割について
IMFの主な業務は、3つあります。中でも(2) のIMF融資が重要です。IMF融資プログラムにおいては、実際に巨額の資金支援が行われ、その際に厳しい融資条件の達成が迫られることになります。しかし、IMF融資の実態には問題点も多く、なにより主な利用者である開発途上国には人気がありません。
2)不人気なIMF融資プログラム
第1に、IMF融資プログラムの条件が厳しすぎるという問題があります。国際収支の好転を最優先するあまり、対象国の経済成長にとってはマイナスとなるような条件を多く課す傾向があります。また、国際収支改善には直接関係しないような条件が多く課される点も問題です。通常のIMF融資では、数回に渡って融資が実施され、その度に融資条件が満たされているかどうかのチェックが行われます。よって、条件が多いほど、融資が途中で中断する可能性が高まります。融資が中断されそうだという予想が、投機的な通貨売りを誘う危険性があります。
第2に、これだけ厳しい条件を付ける割には近年の大規模化した危機に際しては、IMFから提供される資金額が小さすぎるという問題があります。90年代半ば以降の大きな危機の例では、そのほとんどにおいてIMF以外の国際機関や関連する政府からの融資も活用することで、なんとか必要な資金を捻出してきました。
最後に、IMF融資プログラムの問題点が、なかなか改善されなかったということもあり、多くの途上国はIMF融資プログラムを敬遠するようになっています。こうしたIMFへの不信感を放置すると、経済状況が相当悪化するまでIMFに支援要請を行わないということになりかねません。病状が悪化するまで医者にかからないのと同じで、結局はコスト高につながるでしょう。
今回の世界的景気後退の悪影響を受けて、開発途上国の一部でも、国際的な支援が必要な国が出てきています。これに対しての支援は、やはりIMFが中心となって対応するしかありませんが、同時にIMF改革を通じてIMFへの不信を和らげることも重要です。
3)日本がリードしたIMF改革
麻生前首相はリーマンショックを受けて国内での景気対策が必要だということを、最も早くから認識していた政治家だったわけですが、IMFに関しても、いち早く、改革の必要性を国際社会に訴えていました。その結果、IMF改革を一時期は日本が主導することになりました。
日本政府は、昨年10月のG7で使い勝手の良い金融融資制度が必要と提案し、また、IMFの資金倍増を提案しました。さらに、これが実現するまでの措置として1000億ドル(10兆円)をIMFに融資することを表明しています。いずれも、前述したIMF融資プログラムの問題に応えるもので、方向性も良かったと思います。
こうした日本政府の提案に応えて、早くも昨年の10月末に、IMFは短期流動性融資制度(SLF)という新制度を作りました。さらにそれを改組して今年3月には弾力的融資枠(FCL)とします。これは、これまでの類似の制度に比べて途上国にも評判がよく、既にメキシコ、ポーランド、コロンビアなどが利用を表明しています。また、IMFは今年3月には一般融資の上限を一律2倍へ増大させるという新方針を表明しました。
そして、今年4月のG20では、IMFの利用可能な資金を3倍増とすることが決まりました。その主な資金源として、日本がいち早く表明した1000億ドルのIMFへの融資に加え、米国、EUなどが追随して同額の拠出を決めています。また、同時にSDRの大幅な追加配分も決まっておりますが、これについては後述します。
このように、日本は今回のIMF改革において、非常に良いリーダーシップを発揮しましたが、これには担当の財務省官僚や当時の財務大臣の中川昭一さんの功績もあったと思います。政権交代しても、このようなリーダーシップの発揮は継続してもらいたいものです。
4)IMF改革のまとめ
IMF融資プログラムにはいろいろな種類がありますが、大別して一般のプログラムと低所得国向けのプログラムに分けられます。両者に共通する改革点としては、融資上限の倍増があります。また、当面の国際収支改善に無関係な融資条件については、必須の条件とはしないという変更を行いました。さらに、低所得国向けの融資条件では、これまでの緊縮財政一辺倒を改め、危機時における財政拡大もありうるとしています。
さらに、一般プログラムでは新型融資FCLを創設しましたが、これは、厳密には融資枠と言うべきもので (1) あらかじめ枠を設定(その時点で健全な経済運営をしていることが条件)し、その後に融資が必要になった時点では無条件で融資を受けられるものです。また、あらかじめ設定する枠の上限はとくに定めないという、非常に使い勝手が良いものとなっています。
一方、低所得国向け融資制度についても整理すると共に、2011年末までのゼロ金利を約束しています。
5)SDRは国際通貨ではない
最後に、特別引き出し権(SDR)の拡大についてですが、これは、一挙に10倍に増額されました。8月には2500億ドル相当のSDRが加盟国の出資額に比例して新規に配分され、9月には330億ドル相当のSDRの特別配分が行われました。これは、IMFに81年以降加盟した諸国がこれまでSDRの配分を受けていなかったのですが、そうした不公平を是正するための配分です。IMFは、これらのうち1100億ドルが低所得国と新興市場諸国に配分されると説明しています。
SDRを新たな基軸通貨にという意見を見かけることがありますが、基本的な誤解があります。SDRは一般の取引に使えるような国際通貨ではありません。それどころか、IMFへの請求権でさえないのです。SDRの説明としては「他の加盟国から外貨を借り入れることができる権利」と言うのが適切です。SDRは他のIMF加盟国にのみ売却することができ、売却した加盟国は、購入した加盟国に対して金利を支払います。その代わり、SDRの売り手は、ドルや円、ユーロなどの国際通貨を入手することができるというわけです。従って、実質的にはIMF加盟国の間での貸し借りを保証する仕組みに他なりません。
このようにSDRは国際通貨ではないのですが、加盟国政府の外貨準備を補完する役割があり、その増額は世界的景気後退の影響を受ける開発途上国にとっても歓迎すべきことであります。
余談になりますが、330億ドルの特別配分については、10年以上にわたって放置されていたものが、今回、実現しました。その理由は次の通りです。第1に、SDR配分に関してはIMFにおける投票権の85%以上の賛成が必要という規定があります。第2に、米国の投票権は約16%であり、米国の賛成がないと決定できません。第3に、この案件は米国議会で10年以上、放置されていました。
米国での議論など、詳しい事情は分かりませんが、不公平を正すという単純な理由の案件でさえも棚晒しにすると言うのは横暴と言うほかないでしょう。こうした問題も含めIMFにおける意志決定のあり方については、今後も改革に向けた議論が必要です。