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パキスタン:ダム建設と国民統合

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049661

小田 尚也

2006年5月

好調な経済が続くパキスタンであるが、アキレス腱となりうるのが「水」「電力」の不足である。安定的な水、電力の長期確保のために、パキスタン政府は複数の貯水・発電を目的とした大型ダム建設を計画している。この中の1つ、カーラーバーグ・ダムの建設を巡って国内で激しい意見の対立が見られる。パンジャーブ州のインダス河上に建設予定の同ダムは1960年代に工事が開始される予定であったが、現在に至るまで建設開始に至っていない。主たる原因は各州間の調整が難航している点にある。特にダム下流域に位置するスィンド州が強く反対している。ダムはパンジャーブ州の大地を潤すのみで、スィンドには十分な水が配分されないのではという疑念がある。連邦政府は、ダム建設によりスィンド州が不当に扱われることはなく、またスィンド州にもメリットがあることを指摘しているがスィンド州側の反対は強い。背景には、ダム建設が単なる水の配分という問題だけでなく、「連邦政府およびパンジャーブ州」対「スィンド、北西辺境、バローチスターンの3州」というパキスタン建国以来の基本的な対立構造がある。政治的優位を誇るパンジャーブに対する他3州の不満がパンジャーブ州への利益誘導とも見えるカーラーバーグ・ダム建設に反対という形で現れているのである。

ムシャラフ大統領は、今年1月に行った国民向けTV演説の中で、あらためてダム建設の必要性を訴え、2016年までに、カーラーバーグ、ディアミール-バシャ、ムンダ等、5つの大型多目的ダム建設する強い意思を示した。同時に未だコンセンサスの得られないカーラーバーグ・ダム建設を一時延期し、政治的障壁の少ない北部地域でのディアミール-バシャ・ダムの先行建設決定を発表した。4月26日、ムシャラフ大統領列席のもと、ディアミール-バシャ・ダムの竣工式が行われ、ダム建設がスタートした。果たして今後、カーラーバーグ・ダムの建設が実行されるか否か? 同ダム建設はパキスタンの長期的な経済発展を占うのみならず、建国以来の最大の課題、国民統合という問題を含むものであり、今後の展開を注視する必要がある。