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米中ハイテク摩擦と台湾のジレンマ――JHICC-UMC事件からみえるもの

 

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2019年4月

(14,241字)

はじめに

2018年半ば頃から鮮明になった米国と中国の経済的対立には、米国が高率関税の賦課を交渉手段として中国に貿易黒字の削減を迫る「貿易摩擦」としての側面と、ハイテク産業での覇権をめぐる大国間対立から生じる「ハイテク摩擦」としての側面がある。いずれの面での対立も、米中双方と密接な経済関係を持つ東アジアの国々に大きな影響を及ぼすものであるが、なかでも台湾は、ハイテク・エレクトロニクス産業に傾斜した経済構造を持ち、かつ同産業において米中両国と強いリンケージを有するがゆえに、米中間のハイテク摩擦の影響を強く受ける可能性が高い。

本稿では、米中ハイテク摩擦の主戦場のひとつである半導体産業を事例として、二つの経済大国の磁場のはざまでジレンマに直面する台湾ハイテク産業の姿を描き出す。考察の手がかりとして取り上げるのは、「福建晉華(JHICC)・聯華電子(UMC)事件」である。2018年10月、台湾の大手半導体メーカー・聯華電子(以下「UMC」)と同社の幹部らが、中国の国策半導体メモリメーカー・福建省晉華集成電路(以下「JHICC」)への技術移転のためにDRAM技術を開発する過程で、米国のマイクロン・テクノロジー(以下「マイクロン」)の技術を違法に入手し、JHICCに提供しようとしたとして、JHICCとともに米国司法省から提訴された。これにより、中国の中央・地方政府が巨額を投じて進めてきたJHICCの生産立ち上げは、量産開始を目前にして暗礁に乗り上げた。

本稿では、日本を含む海外でもっぱら「JHICCショック」として報じられているこの事件に、台湾の半導体産業の側から光をあてる。本稿執筆の時点(2019年3月)で、JHICC-UMC事件は係争中であり、事実関係については不明な点が少なくない。しかし、報道されているこの事件の基本的な構図からは、技術面で米国に依存しつつ、中国が国策として推進する半導体産業育成策への関わりを強めてきた台湾ハイテク企業が直面するリスクとジレンマが見えてくる。

以下、Iでは、中国による半導体の国産化政策と自国企業育成策をみる。IIでは、中国の半導体メモリ産業立ち上げの過程に台湾の企業や人材が深く関与している状況を確認し、JHICC-UMC事件の経緯をみる。IIIでは、台湾メモリ産業の文脈を踏まえて、台湾の半導体メーカー、人材が中国の半導体産業立ち上げ策に参与する背景を論じ、またこれがもたらすリスクを指摘する。むすびで、米中ハイテク摩擦のなかで台湾が直面するジレンマを論じる。

写真1 マイクロン(本社・アイダホ州)のシリコンバレー拠点

写真1 マイクロン(本社・アイダホ州)のシリコンバレー拠点。筆者撮影。
I. 国策としての中国半導体メモリ・プロジェクト

中国は、2014年に「国家半導体産業投資基金」を設立して以来、半導体産業の育成に巨額の資金を投入している1。半導体は、IoT、AI、ビッグデータといった次世代型の成長産業の発展や、軍事・安全保障のような戦略性の高いセクターでの優位性に直結する中核的な技術分野である。しかし、現時点では、中国の半導体の輸入依存度は極めて高い。湯之上(2019)によれば、2017年の中国の半導体需要は1380億ドルと、世界の半導体市場の34%に達したが、その輸入依存度は高く、自給率はわずか13%に過ぎない。

図1には、2007-18年の中国(香港および再輸入分を含む)の集積回路(HSコード8542)の輸入額を掲げた。中国が世界最大の電子製品の生産拠点、巨大な消費市場として興隆するに従い、半導体輸入が急速に増加してきたことがみてとれる。輸入元としては、台湾のシェアが最大(2018年の輸入額の30%)であり、韓国がこれに続く(同23%)。 

図1 中国(香港を含む)の集積回路(HSコード8542)輸入額の推移

図1 中国(香港を含む)の集積回路(HSコード8542)輸入額の推移

(出所)Global Trade Atlasより作成。「その他」には中国の再輸入、中国・香港間取引が含まれる。

表1には、2018年の中国(香港を含む)の集積回路(HSコード8542)の輸入額の内訳を、品目別・輸入元別に掲げた。デジタル半導体デバイスは、プロセッサ・コントローラといったロジック系(演算や変換等の処理機能を担うもの)とメモリ(データの保存機能を担うもの)に分けられる。台湾からの輸入は、ロジック系(HSコード854231)が662億ドル、メモリ(HSコード854232)が362億ドルと、前者の割合が高い。他方、韓国からの輸入については、ロジック系メモリが173億ドル、メモリが810億ドルと、後者の割合が非常に高い。これはそれぞれ、台湾が、ロジック系ICの受託製造で傑出した優位性を持つ世界1位、同3位のファウンドリ(ウェファー加工受託生産専業企業)である台湾積体電路製造(TSMC)、UMCを擁すること、韓国が世界1位、同2位のメモリメーカーであるサムスン電子とSKハイニックスを擁することと関係している。

表1 中国(香港を含む)の半導体輸入の内訳(2018年)

表1 中国(香港を含む)の半導体輸入の内訳(2018年)

(出所)Global Trade Atlas より作成。
(注1)中国と香港の輸入額の合計。輸入額計には中国・香港間輸入および中国の再輸入が含まれる。
(注2)プロセッサ・コントローラはHS854231、メモリはHS854232にそれぞれ相当する。

巨大な半導体市場へと発展した中国には、多数の外資系メーカーが進出して現地生産を行っている。本稿が注目する半導体メモリについてみると、韓国サムスン電子の3D-NANDフラッシュメモリ工場(西安)、米国インテルの3D-NANDフラッシュメモリ工場(大連)、韓国SKハイニックスのDRAM工場(無錫)等が稼働している。

しかし、中国政府の目標は、半導体の自給率の向上のみならず、自国の半導体メーカーを育成し、自前の半導体産業を育て上げることにある。特に半導体メモリについては、民生用、産業用機器の生産拡大による順調な需要増が見込まれるにもかかわらず、量産技術を有する中国企業が存在しないことから、中国メーカーによる生産立ち上げの支援が急務となっている。UMCの技術協力先となったJHICCは、このような国家レベルのメモリ産業創設策のなかから誕生した企業である。

II. 中国半導体産業の立ち上げと中台協力:JHICC-UMC事件の背景と経緯
国策としてのメモリ・プロジェクト

中国ではここ数年、半導体メモリ工場の建設が急ピッチで進んでいる。具体的なプロジェクトとして、(1)国有企業・清華紫光集団(以下「紫光集団」)が「国家半導体産業投資基金」および湖北省の資金を得て進めている長江ストレージ及びその関連会社によるNAND型フラッシュメモリ等の生産、(2)安徽省合肥市等が出資した長鑫存儲技術(以下「CXMT」)2によるDRAM生産、(3)福建省電子情報集団、福建省晉江市、同泉州市等が出資したJHICCによるDRAM生産、の各プロジェクトが進行中である。3社とも2016年頃に設立され、2018年頃から本格的な工場立ち上げの段階に入った。

DRAM生産の立ち上げには、巨額の設備投資資金と、最先端の微細加工技術の確立が必要である。各社は資金面でのハードルを、総額15兆円規模3とも言われる「国家半導体産業投資基金」による国家支援と、地方政府による強力なバックアップによって乗り越えつつある。他方、技術面のハードルは高い。

吉岡(2010)が論じたように、半導体メモリ産業では、製造装置への技術やノウハウの埋め込みが進んでおり、最先端の製造装置を購入し、装置ベンダーからのサポートを受ければ、技術的なキャッチアップを実現することがかなりの程度まで可能な環境が出現している。とはいえ、最先端の超微細加工技術のかたまりである半導体メモリ工場を立ち上げ、コスト競争力と直結する良品率を改善していくうえでは、高い技術力と豊富な経験が必要である。さらに、現在のDRAM産業では、韓国サムスン電子、同SKハイニックス、米国マイクロンの3社による寡占体制が確立している。DRAM産業への参入障壁は、設計・製造の難易度以上に、この3社が保有する特許を侵害することなく技術開発を行うことの難しさにあるとされる。

中国の新興メモリメーカーは当初、韓国勢からの技術ライセンス取得を模索したが、サムスンやSKハイニックス等は、これに応じなかった4。また、海外企業の買収によってこのハードルを越える試みも、不首尾に終わった。具体的には、紫光集団は2015年にマイクロンの買収提案を行ったが、これは、ハイテク分野における中国の動きを強く警戒する米国政府の介入により頓挫した。紫光集団は、2017年に行われた東芝メモリの入札にも強い関心を抱いていたが、日本政府が安全保障に関わる技術流出の見地からこれを強く警戒し、入札にはいたらなかった(杉本 2017)。

台湾の半導体人材が果たす重要な役割

このような状況のもと、中国の新興メモリメーカーにとって現実的な選択肢となったのが、台湾を経由したメモリ製造技術の獲得であった。

紫光集団は、2015年に、台湾の最有力DRAMメーカー・華亜科技(2016年にマイクロンの完全子会社となり、17年にマイクロン台湾に改称)の董事長(代表取締役)を務め、「台湾DRAM界のゴッドファーザー」と呼ばれた高啓全を引き抜いた。高は、紫光集団の副総裁を経て、現在、同グループ傘下の武漢新芯集成電路(NOR型フラッシュメモリ製造)のCEOとなっている。同様に、華亜科技で生産部門を統括していた施能煌も紫光集団の副総裁となり、長江ストレージでNANDフラッシュメモリ、DRAMの技術開発チームを率いている(林苑卿・林宏達2018)。

CXMTでも、華亜科技出身の技術者らを多数引き抜き、同社の副総経理を務めた劉大維をリーダーとするチームが19ナノDRAMの開発にあたった5

JHICCは、台湾の大手ファウンドリ・UMCと協業する道を選び、UMCが開発したプロセス技術を導入する方式を選んだ6。次にみるJHICC-UMC事件は、この過程で発生した。

JHICC-UMC事件の経緯

JHICCとUMCは、2016年に、DRAM製造技術の開発に関する契約を締結した7。UMCが、同社の台南科学工業園区内の拠点でJHICC向けに32ナノ・ニッチ型DRAMプロセス技術の開発を受託し、JHICC側はUMCに対して、研究開発用の設備資金として3億ドルを負担するほか、技術開発の進展に応じてさらに4億ドルを支払うという内容であった。またUMCは、開発した技術の権利をJHICCと共同保有し、中国以外でこの技術を使用する権利も得ることができるという条件であった。UMCにとっては、本業であるファウンドリ・ビジネスにも活用可能な組み込み型メモリ技術を中国の豊富な資金で開発できるわけであり、好条件のプロジェクトであった。

とはいえ、UMCのメモリ分野での経験や技術蓄積は限られたものであり、JHICC向けDRAMプロジェクトの実施には、DRAM事業での経験を持つ人材が必要であった。そしてこの技術開発のリーダーとなったのが、台湾のDRAMメーカー・瑞晶電子の総経理、マイクロン台湾の総経理を経て、2015年にUMCのシニア副総経理に転職した陳正坤であった。陳の誘いに応じて、エンジニアの何建廷、王永銘もマイクロン台湾からUMCに転職し、JHICC向けプロジェクトに合流した。

2017年にマイクロンは、何建廷、王永銘がUMCの社員に唆され、同社の営業機密を窃取したうえでUMCに転職した、として、UMCおよび同社の技術チームメンバーを相手取り、台湾で刑事告発を行った。これを受けて台湾の検察当局は、UMCと何ら3名を営業秘密法違反の疑いで起訴した。マイクロンは米国でも、UMCとJHICCに対する損害賠償請求を提起した8

マイクロン側の主張によれば、2016-17年にUMCとJHICCが米国で取得した特許は、リバースエンジニアリングを通じては獲得できない技術知識であり、またその一部の内容は、発明者の一人である何建廷が、退職前にマイクロンの管理対象サーバーにアクセス・閲覧した内容そのものであるという。また王永銘についても、マイクロンを退職する前にDRAMの製造プロセスに関する機密ファイルを大量にダウンロードしたことが分かっており、マイクロンは、王が持ちだしたこれらの技術が、UMCによる急ピッチでのDRAM開発を可能にしたと主張している。

2018年に入ると、事件は、政府レベルの案件へとエスカレートした。11月1日、米国のセッションズ司法長官は会見を開き、司法省がJHICC、UMCおよび陳正坤(UMCのシニア副総経理兼JHICCの総経理)、何建廷、王永銘ら3名を、経済スパイの疑いで起訴したと発表した。会見でセッションズ長官は、中国が違法な手段で米国企業の技術を窃取し、米国の国家安全を脅かしているとして強く非難した9。またこれに先立つ10月29日、米国商務省は、国家安全上の理由からJHICCを輸出規制対象リストに加え、米系企業による同社との取引を原則的に禁止した。

JHICCはこの時すでに、製造設備の工場搬入の段階に入っていたが、ラムリサーチ、アプライドマテリアル、KLAといった米系装置メーカーは、米国商務省の措置を受けて、技術者を引き上げた。また、UMCもJHICCとの協力関係を解消し、技術者らは台湾に引き上げた。こうして第1期工事だけでも約6,000億円(370億人民元)が投じられたとされるJHICCのDRAM生産プロジェクトは、量産開始を目前にして頓挫した10

事件の衝撃

JHICC-UMC事件は、台湾の企業、個人が米国の経済スパイ罪に問われて起訴された初めての事案である。またUMCは、政府の半導体産業育成政策のなかから生まれ、台湾の半導体産業の発展を黎明期から牽引してきた台湾の代表的な老舗ハイテク企業である(佐藤 2007)。同社とその幹部らが、米国から中国へのハイテク機密漏洩のチャネルとなった疑いで経済スパイ罪に問われたことは、台湾の政府とハイテク業界にとって衝撃的な出来事であった。

またマイクロンは、後述するように台湾最大の外資企業であり、台湾DRAM産業の救い手となったメーカーでもある。そのため、中国と厳しい対立関係にあり、米国との関係を重視する民進党・蔡英文政権にとってこの事件は、大変「バツの悪い」(吳建輝2018)出来事でもあった。台湾の司法当局は、米台司法協力枠組のもとで米国の捜査に全面的に協力したが、その背後には、台湾政府のメンツ意識があったように思われる。

一方、UMCにとって米国は、必要不可欠な製造装置の供給源としても、ファウンドリ・ビジネスの市場としても非常に重要な存在である。JHICCがそうであるように、UMCの製造ラインも、アプライドマテリアル、KLAといった米系装置メーカーの協力なくしては成り立たない。顧客にも米系企業は多い。米中ハイテク摩擦が高まり、中国の国家プロジェクトとしてのハイテク産業育成策への米国側の警戒が高まるなか、UMCとしても、米国の政府や企業に「中国への技術漏洩のチャネル」として警戒されるような事態はなんとしても避けねばならない。そのためUMCは、米国商務省による提訴から数日後に、マイクロンからの技術窃取は提訴された3名が個人的に行った不法行為であるとして、社員らに対する告訴状を提出した。

JHICC-UMC事件の構図からは、米国に技術的に依存しつつ、中国とのつながりを急速に深めてきた台湾半導体メーカーが直面するリスクとジレンマが見て取れる。

III. DRAM産業における台湾の挫折と中台リンケージの形成

以上でみたように、中国が国策として推進する半導体メモリ・プロジェクトと台湾の半導体産業との間には、UMCとJHICCのような企業間協業、台湾人経営者・エンジニアの中国メーカーへの転職といった複数のチャネルを通じて、深いつながりが形成されている。このような中台協業の広がりは、ハイテク産業全般に共通する趨勢であるが、これに加えてUMC-JHICC事件には、台湾DRAM産業に固有の背景も指摘できる。以下ではこの点を考察する。

台湾メモリ産業の挫折

台湾の半導体産業は、後発工業国のハイテク産業の発展のサクセス・ストーリーとして広く知られる(佐藤 2007、岸本2017)。その特色および競争優位の源泉としては、半導体チップの開発、マスク製造、ウェファー加工、封止といったバリューチェーンを構成する各工程のそれぞれが専業メーカーによって担われる垂直分業型の産業構造が注目されることが多い(岸本2017)。しかし、これはもっぱら、プロセッサやコントローラといったロジック系素子の分野での台湾企業の成功に光を当てて描かれたイメージである。ロジック系と対を成すメモリ産業での台湾企業の歩みは、これとは対照的に、困難に満ちたものであった。

東アジアでは、1980年代後半から1990年代前半にかけて、DRAM産業への参入ブームと激しい市場競争が起きた。台湾では、1994年に、政府主導で開発された国産技術に基づいて、TSMC等が出資して成立した世界先進積体電路(VIS)がDRAM製造を開始した。また、大手ビジネスグループの投資により、6社の民間系DRAMメーカーが成立し、海外から技術を導入してメモリ製造を開始した。しかしVISは、1990年代後半に巨額の赤字を出し、撤退を余儀なくされた11。他のDRAM各社も2000年代末までに経営不振に陥り、再編や撤退、業態転換を余儀なくされた(岸本2017, 38-39頁)12。2012年までに、台湾のDRAMメーカーは、マイクロン系列の華亜科技、エルピーダ系列の瑞晶電子の2社にまで減ったが、その両社の経営状況も厳しいものであった。

図2には、台湾のファウンドリ生産額とDRAM生産額の推移を示した。2000年代を通じて前者が急速な成長を遂げたのに対し、後者が伸び悩んだ様子がみてとれる。

図2 台湾のファウンドリ、DRAMの生産額の推移

図2 台湾のファウンドリ、DRAMの生産額の推移

(出所)「工業統計生産月報」各月版(経済部ウェブサイトよりダウンロード)より作成。

このような台湾DRAM産業の不振は、この産業の特性と深く関係している。メモリ産業における企業間競争の焦点は、微細加工技術の急速な進歩と歩調をあわせ、また激しく変動する市況の変化を見極めながら、巨額の設備投資を機動的かつ継続的に行うことにある。しかし、台湾のDRAMメーカーの多くはこの投資競争を戦い抜くだけの資金力を有してはいなかった。また、自社技術を持たず、技術面で海外の提携先に依存しており、かつ多額のロイヤリティーを支払っていたことも不利であった。

一方、2002年頃を境に、DRAM産業では、業界トップのサムスン電子のシェアが3割強にまで上昇し、2000年代半ばにはサムスン電子とハイニックスの韓国系2社が5割近い市場シェアを占めるようになった。サムスン電子は、巧妙な価格戦略を通じて、資金力に劣る台湾メーカーをじりじりと追い詰め、市場退出へと追い込んだ。

結局、台湾DRAM産業は、2010年代半ば以降、マイクロンの傘下に組み込まれることによって命脈を保つこととなった。マイクロンは、2012年にエルピーダと台湾・力晶科技が合弁出資していた瑞晶電子を買収し、マイクロン台湾として傘下におさめた。また2016年には華亜科技を完全子会社化した。華亜科技の買収によって、マイクロン台湾は台湾最大の外資系企業となった。マイクロンは、台湾をDRAM生産の中核拠点として位置づけ、開発から製造、パッケージングまでを統合的に行う体制を築いている。

前掲の表1から分かるように、2018年に中国は台湾から約360億ドル強の半導体メモリを輸入しているが、これは、マイクロンによる台湾のDRAM製造拠点化の反映である13。マイクロンは、いわば台湾メモリ産業の救世主ともいうべき存在なのである。

対中協力の背後にあるサムスン電子への対抗心

以上でみたように、台湾のDRAM産業は、長年にわたる不振ののち、マイクロンの傘下に入ることで存続が可能になり、かろうじて新たな発展の契機をつかむこととなった。だが、1990-2000年代を通じて台湾のDRAMメーカーで苦境をなめた幹部やエンジニアたちにとって、世界的な脚光を浴びた台湾のロジック系セクターとは対照的に、DRAM事業がテイクオフを遂げることなく、最終的に外資企業による救済の対象となったことは、苦い挫折であった。そしてこの挫折は、多かれ少なかれ、彼らが中国のメモリ・プロジェクトに積極的に関与していく背景になったものと思われる。「台湾DRAM産業のゴッドファーザー」と呼ばれた高啓全が紫光集団に移籍した際の一連の発言は、台湾DRAM業界人たちのこの「鬱屈」を象徴している。

高は、2015年に紫光集団に移籍するにあたり、自身が総経理を務めていたDRAMメーカー南亜科技の従業員に一斉メールを出して、自らの決断を「強力なライバルに直面し、両岸(中国と台湾)の強みを組み合わせて世界のメモリ産業の地図をつくっていかねばならない」からだと説明した(陳良榕 2015)。また、台湾のメディアのインタビューに答えて、紫光集団・董事長の趙偉國とは、2015年に紫光集団がマイクロンの買収を計画した際に訪問を受けて知り合ったと語った。また、その際に趙と「力を合わせてサムスン電子に対抗していかねばならない」という意見で意気投合したことを明らかにし、「現在、サムスンが世界のメモリ(市場)を独占しているが、これは全世界にとっての問題だ。唯一の対処方法は(中国)大陸がサムスンに対抗する勢力となることだ……中国大陸のメモリ産業を立ち上げること、これは私がずっとやりたいと思ってきたことだ」「もし今も台湾にいたなら、どんな光景を目撃したことだろう。華亜科技すら売却されてしまったのだ! いても何にもならない」と語った14。このような高の選択や発言は、台湾DRAM業界の関係者らから共感をもっておおむね肯定的に評価された(陳良榕2015)。台湾のDRAMメーカーを次々と撤退に追い込んだサムスン電子に対する強い対抗心が、高のような実績と人望を備えた台湾DRAM業界人の中国企業への協力を後押ししたことがみてとれる。

中国によるエンジニアの引き抜き

台湾のDRAM産業が、産業としてのテイクオフを果たせず、長年の低迷の末にマイクロンの傘下に組み込まれたことは、中国へのエンジニアの押し出し要因ともなった。2016年に華亜科技がマイクロンの完全子会社となって以降、同社からは200人近くが中国の新興メモリメーカーに転職した 15

このような大量のエンジニアの中国への流出は、国家レベルのファンドを後ろ盾として潤沢な資金力を有する中国の新興メーカーによる、現行給与の2倍以上ともいわれる高給の提示や、ポジション面での厚遇といったアグレッシブな人材引き抜き策を通じて実現されてきた。重量級のエンジニアを、部下らのチームごと引き抜くケースも少なくない。

このような人材移動は、メモリ産業に限ったものではない。台湾のある転職支援企業によると、中国政府が2014年に「半導体産業投資基金」を設立して以来、台湾の半導体メーカーから中国に渡った人の数は1000人近くにのぼるという16。台湾の半導体産業の中心地である新竹には、多数の中国系半導体企業が拠点を構え、活発な人材スカウトを行っている。

人材流出を介した技術漏洩

このような引き抜き策は、むろん違法ではない。問題は、中国側がしばしば引き抜き交渉の過程で、高額の報酬と引き換えに、台湾人技術者に勤務先の営業機密を含む「手土産」の持参を求めることである。台湾の雑誌「財訊雙週刊」の調査報道(林苑卿・林宏達2018)では、中国の半導体企業が、巧妙な手口を使い、転職を希望するエンジニアを介して、台湾メーカーが苦労の末に開発した化合物半導体の技術情報を盗み出すにいたった経緯が詳細に報じられている。

中国と台湾のあいだには、1990年代以来の緊密な経済交流の過程を通じて、企業間・個人間のネットワークが強力に張り巡らされている(川上・松本 2019)。言語面での障壁がないこともあって、中国の急速な経済発展と、中国側の国レベル・企業レベルでの人材獲得策を背景に、中国で働く台湾人の数は数十万人にまで拡大している。

このような背景のもと、台湾のエンジニアたちは、中国企業による技術窃取の試みのターゲットとなってきた。2017年には、台湾の半導体関連メーカーからの営業秘密窃取事件が17件起き、その多くが中国企業への技術漏洩を伴うものであった(林苑卿・林宏達2018)。台湾企業の営業機密の中国企業への漏洩は、決して珍しい事件ではなくなっている。

JHICC-UMC事件では、この技術の窃取が、在台米系企業(マイクロン台湾)を舞台に行われ、その機密情報が台湾人従業員によって中国企業へと持ち出された可能性が指摘されている。そしてこの情報窃取は、米中ハイテク摩擦の高まりという新たな情勢のもと、単なる企業間の係争関係を超えて政府レベルの事案にまで発展し、台湾の企業と個人が中国を利する経済スパイ容疑で起訴されるという事態にまでいたった。

中国企業への技術漏洩が台湾にもたらすリスクは、もはや、台湾の半導体企業の競争優位の喪失のみにとどまらない。それは、台湾にとって極めて重要な技術の獲得源であり、ビジネスパートナーでもある米国の、台湾企業および台湾人技術者に対する信頼を揺るがしかねないものとなっている。

むすび――台湾のジレンマとリスク

本稿では、「福建晉華(JHICC)・聯華電子(UMC)事件」を切り口として、台湾のハイテク産業が、技術面で米国に依存しつつ、中国との間に企業間協力やエンジニアの移動を通じた深いつながりを築きつつあること、米中ハイテク摩擦の高まりとともに、台湾企業のこの立ち位置が、リスクとジレンマを生みつつあることを論じた。

国家の資源を総動員して急速なキャッチアップを図る中国のハイテク産業は、台湾の産業・企業にとって大きな脅威である。しかし、台湾のハイテク業界は、ジレンマに直面しながらも、対中協力を深めてきた。台湾の企業やエンジニアにとって中国は、無限の発展の機会を秘めた大舞台だからである。実際、UMCにとってJHICCとの技術提携は、中国側の潤沢な資金を利用して自主技術を開発できるという点でも、急成長を遂げる中国市場への参入の足がかりとなる点でも、魅力的なプロジェクトであった。

本稿では、JHICC-UMC事件の背景に、中国の磁力に加えて台湾DRAM産業の「挫折」が関係している可能性を指摘した。華やかなサクセス・ストーリーとして論じられることが多い台湾の半導体産業であるが、そのなかにあってDRAMセクターは、海外企業の技術的依存から脱却することができず、サムスン電子をはじめとする上位企業との競争に敗れ、米系のマイクロン・テクノロジーの傘下に組み込まれることでかろうじて命脈を保ってきた。本稿ではこの苦い挫折の経験が、台湾のDRAM産業の経営者やエンジニアらの中国への流出の一因になったと考えられることを論じた。そして、中国によるアグレッシブな技術者の引き抜きの過程で、台湾人エンジニアたちを通じた技術の漏洩が生じてきたことを指摘した。

このような技術漏洩は、昨今の米中ハイテク摩擦の激化のなかで、台湾企業に新たなリスクをもたらしつつある。企業間の技術窃取とその国境を越えた流出という違法行為は、台湾と中国の間ではもはや珍しいものではなくなりつつあるが、ひとたびこれが米国の有力ハイテク企業を巻き込めば、一気に国家レベルの事案へと発展する可能性がある。本稿でみたJHICC-UMC事件は、米国が、中国のハイテク産業の興隆を強く警戒し、防御的・対抗的なアクションを強めるなかで、中国ハイテク産業への協力を深める台湾が直面する新たなリスクを象徴する出来事であるといえよう。

台湾政府は、中国への技術漏洩リスクに対処するべく、営業秘密法の罰則の強化(2013年)とその積極的運用、米台司法協力協定のもとでの米国の捜査への積極的な協力といった取り組みを強めている(林苑卿・林宏達 2018)。しかし、今後、米中ハイテク摩擦の強まりによって、中国企業が海外企業の買収や技術ライセンス供与といった正式なチャネルを通じて技術を獲得する経路がさらに狭められることになれば、技術獲得チャネルとしての台湾の利用価値は、さらに上がる可能性が高い。中国が技術獲得の源泉として台湾の企業と人材に照準をあて、時に破格の条件で「手土産」を持ってくるエンジニアらを取り込もうとする戦略を採り続けるかぎり、第二、第三のJHICC-UMC事件が起きる可能性は決して低くはない。

著者プロフィール

川上桃子(かわかみ ももこ) 。アジア経済研究所地域研究センター次長。博士(経済学)。専門は台湾を中心とする東アジアの産業,企業研究。最近はシリコンバレーとアジアのハイテクリンケージ、中台研究に関する研究も行っている。単著に、『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会(2012年、第29回大平正芳記念賞受賞)、最近の共編著に川上桃子・松本はる香編『中台関係のダイナミズムと台湾:馬英九政権期の展開』アジア経済研究所(2019年)など。

書籍:圧縮された産業発展

書籍:研究双書

写真の出典
  • 写真1 マイクロン(本社・アイダホ州)のシリコンバレー拠点。筆者撮影。
参考文献

〈日本語〉

  • 川上桃子・松本はる香編(2019)『中台関係のダイナミクスと台湾――馬英九政権期の展開』アジア経済研究所研究双書No.639。
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〈中国語(ピンイン順)〉

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  • 林宏達(2017)「聯電400天奇襲密謀」『財訊雙周刊』8月9日号,67-72頁。
  • 林哲良(2018)「中國不再是靠山 聯電成美國箭靶」『新新聞』No.1653,66-69頁。
  • 林苑卿・林宏達 (2018)「潛伏竹可得紅色狼群」『財訊雙周刊』2月22日号,65-87頁。
  • 吳建輝(2018) 「美要防台西進洩密 台灣政府尷尬」『新新聞』No.1653,72-73頁。

    1. 中国は2014年に「国家半導体産業発展推進ガイドライン」、2015年に「中国製造2025」をそれぞれ発表し、半導体の国産化目標を掲げた。「中国製造2025」で掲げられた2025年の半導体の自給率は、当初は70%であったが、2018年5月に50%へ下方修正された。
    2. 2018年に、睿力集成電路(イノトロン)から名称変更した。
    3. 「中国の科学技術強国化――機能など多面性で道遠し」『日経産業新聞』2018年8月17日。
    4. 簡永祥「向台廠借將 只是序幕」『經濟日報』2017年1月10日。なお、3D NANDフラッシュメモリについては、富士通とAMDが合弁で設立したスパンション(現・サイプレスセミコンダクタ)が紫光集団傘下のメーカーへの技術供与を行った。
    5. 簡永祥「陸企聯合台商 突破技術防線」『經濟日報』2017年8月20日。なお、JHICC-UMC事件を受けて、CXMT社は、華亜科技出身の台湾人エンジニアを中心とする開発体制を再編したと報道されている(簡永祥「台廠吃悶虧 成了犧牲品」『經濟日報』2019年2月4日)。
    6. JHICCは当初、UMCの推薦により、エルピーダ社長だった坂本幸雄との協業を検討していた。しかし、坂本が設立したサイノキング社が、合肥市政府のDRAMプロジェクトの提携計画を優先的に進めることとなったため、UMCがJHICCと協力する運びになったという(林宏達2017)。
    7. 以下のJHICC-UMC事件の経緯についての記述は、参考文献に挙げた以下の文献に依拠する。『財訊雙周刊』の調査報道(林宏達2017、林苑卿・林宏達2018)、『新新聞』の調査報道(黄琴雅2018、黎蝸藤2018、呉建輝2018、林哲良2018)、『天下雑誌』の調査報道(陳良榕2018)および『經濟日報』等。
    8. 2018年1月、UMCとJHICCはこれに反撃して、マイクロンの子会社がUMCの特許を侵害しているとの訴えを福建省で提起し、「地の利」を活かして勝訴した。これが米国側の怒りをかって、政府によるUMCとJHICCへの提訴につながったのではないかという見方もある。
    9. 詳細については、Justice News, "Attorney General Jeff Sessions Announces New Initiative to Combat Chinese Economic Espionage"を参照。
    10. 簡永祥「台記憶體廠 重要性提升」『經濟日報』2018年10月31日。
    11. 日本のDRAMメーカーも、サムスン電子等との競争に敗れ、2000年代後半以降、次々と撤退した。2012年には、NECと日立製作所のDRAM事業を統合して設立したエルピーダメモリも経営破綻し、マイクロンの傘下に入った。
    12. この間、2009年には、政府主導でDRAM業界の再編が計画されたが、各社の足並みがそろわず、まとまらなかった。
    13. マイクロンはさらに今後数年間で、台湾で約20億ドルの投資を行う方針を公表している。
    14. 連于慧「加入紫光集團和長江存儲心路歷程 台灣DRAM教父高啟全獨家告白Digitimes,2017年4月10日。
    15. 簡永祥「美光反擊陸挖角 提告百人」『經濟日報』2017年4月5日。
    16. 「焦点:中国の半導体企業、高待遇を武器に台湾の人材引き抜き」『ロイター通信ニュース』2018年9月7日。