研究者のご紹介

Oi! do ブラジル—リオデジャネイロから徒然なるままに 2005年7月より 有意義なブラジル滞在を目指して

ブラジル現地報告

ブラジル

海外派遣員 近田 亮平

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2005年7月

以前から私の中の懸案事項であった大学院での学習について、アクションを起こしたのでご報告を。今月、正規の学生から聴講生に変更。今後、大学院に関しては、指導教官に統計学及び私の研究課題について個人指導を受けながら、関心のある授業を聴講していくことに。

今回の決断に至るまでの経緯をかいつまんで書くと次のような感じ。大学院の講義の内容が私の学びたかったデータ分析のための統計学とは大きく異なり。でも、いつかは統計学(またはせめてブラジルに関する地域研究的な学習)を学べるかなと思いしばらく辛抱。ところが、自分の関心事以外のタスクをこなす毎日が続く中、自分の課題研究(実はこれをちゃんとやらないと日本に帰れない…)は一向に進まず。打開策と思ってブラジルの現地情勢分析の時間を作るようにしたら、大学院での学習に対する疑問が増す一方で意欲はますます薄れ。悩んだ末に正直な気持ちを指導教官に相談したら(以前からグチはこぼしていたが…)、個人指導&彼の研究プロジェクトへのアシスタント参加で統計学の知識を習得してはどうかとの提案を受け⇒ Done!!

もちろん、ポルトガル語による授業を全ては理解できてはいなかったという言葉の問題、統計学&数学の予備知識が無さ過ぎた(汗)という問題等があったことは否定しない。だが、自分の研究目的に沿った学習ができていれば、これらの問題は乗り越えてやる!という気合いは十分持っていたつもり(ご参考までに。1学期の成績はまずまず合格点を取りました!)。しかし最終的には、限られたブラジル滞在期間で結果を出さねばならない現実+その結果が出せそうにない現状=このまま時間が過ぎたら日本に帰れない!という方程式が成立。残念かもしれないが、今回の決断へと至る(でも正直なところ、ブラジルでの学位、取りたかった・・・。履歴書にも書けたし(笑&涙))。

あと、まだ少し先(9月半ば)のことで確定したわけではいないが、大学院から「大学内に6週間短期集中の調査スキル養成講座があり、もしよければ受講できるように取り計らいますが」との提案をいただく。同じ過ちを繰り返さぬよう講座内容をよく調べる必要があるが、ブラジル統計院(IBGE)と交流のあるカナダ統計局のSurvey Skills Development Courseをベースにしていて、一見したところ私の希望に合致している様子。前向きに考えてみようと思ったりして。(ただこの講座、平日は朝から夕方までみっちり&週末もフィールド調査等盛り沢山らしく、きつそ・・・(汗))。

以上、ということで、今月は私のブラジル滞在が新たな段階に入ったかな、といった感じのひと月となった。

それから、今月の半ば、パラナ州のマリンガ市で年に1度の全伯(ブラジル)カラオケ大会が開催されたので、日本移民100周年を3年後(2008年)に控えたブラジル日系社会の様子を視るべく、マリンガ市の日系コロニア(移住地)を訪問(このときの様子は「ブラジル・フォトギャラリー」の「 ブラジルの日系社会 」に現地で撮った写真をいくつか掲載してあります)。

カラオケ大会ということで、“日本度”が高い日系人の人たちが多かったように思う。彼らが熱唱する“Karaoke”はもちろん全部日本語の日本の歌。しかもそのほとんどが“ド”がつくほどの演歌ばかり(若い人たち向けのポップス部門などもあったが)。あまり日本語を話せないであろう日系2世、3世または4世の人たちが、見事なまでの流暢な日本語と歌唱力で歌い上げる歌はまさに圧巻!全伯大会だけあって、出場者は各地の予選を勝ち抜いた精鋭ばかり。彼らのほとんどがKaraokeの先生に師事して、日頃から猛練習に励んでいるとか。でも、何よりも私の度肝を抜いたのが、出場者のこれまた“ド”派手な衣装と応援団の“ド”華やかな(?)応援。艶やかな振袖や超ゴージャスで目にも眩しい原色ドレスを着た出場者が得意の振りでこぶしをうならす一方、これまた原色鮮やかなハッピを着て旗やのぼりを振り回す大応援団。

会場にいる人のほとんどが“japones(日本人)”の顔をした純血日系人ではあったが、日本ののど自慢大会にはないブラジルらしさを強烈に感じた“日系ブラジル”大Karaoke大会であった。またそれと同時に、一方では、マリンガの日系コロニアを訪問し、現地の日系人の人にお世話になる中で(日系人の知り合いの家に滞在)、日系人の非常に少ないリオで生活する私にとって、日系ブラジル人が非日系ブラジル人から“japones”と呼ばれる所以、歴史、彼らの思いなどが以前よりも深いところで理解できるようになったように思う(尚このことに関しては紙幅(?)の関係により詳細は省略)。

今月のブラジル 経済

6月の貿易収支は、黒字額が前月比24.3%、前年同月比44.6%と大幅に伸び、史上初めて50億ドルを突破し(U$50.11億)、先月に続き貿易黒字額の記録を更新した。これは輸入額がU$60.5億ドルと前月比-2.0%減少する一方、輸出額が前月比8.4%、前年同月比23.0%の増加で過去最高のU$110.61億となったことによる。また、前月比では減少した輸入額も前年同月比では9.4%の増加で3ヶ月連続60億ドルを超えており、6月の貿易収支もブラジル経済の好調さを表すものとなった。

また、6月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は-0.02%となり、2003年6月の-0.15%以来のマイナス値を記録した(グラフ1参照)。このデフレの要因としては、アルコールやガソリンといった燃料の価格が下落したことに加え、食料品価格が大幅に値下がりしたことが挙げられている。更に、その一方で電話料金の価格調整が据え置かれるなど、公共料金に大きな変動がなかったことが影響したものとされる。依然として市場関係者の予測は2005年目標の5.1%より高いが、この予測値も日を追う毎に徐々に目標値に近づいている。なお、Selic金利(短期金利誘導目標)は今月も19.75%のまま据え置かれた。

グラフ1 IPCAの推移:2004年以降

グラフ1 IPCAの推移:2004年以降
(出所)IBGE

更に、6大都市圏(サンパウロ、リオ、ポルトアレグレ、ベロオリゾンテ、サルバドール、レシーフェ)の6月の失業が発表され、現在の基準による統計調査開始以来、過去最低の9.4%を記録した(グラフ2参照)。同失業率は昨年12月に9.6%を記録したものの、調査開始以来常に10%を上回っていた。しかし、依然として国内には205万人もの求職者がいるとされる。また、6大都市圏労働者の月額平均実質所得はR$ 945.80(現在の最低賃金はR$300.00)で、前月比1.5%の上昇、前年同月比0.3%の低下であった。

グラフ2 6大都市圏失業率の推移:2002年3月以降

グラフ2 6大都市圏失業率の推移:2002年3月以降
(出所)IBGE

このように、ブラジルの主要経済指標は依然として同国経済の成長を裏付けるものが多く、成長を続けている経済のファンダメンタルズに大きな変化はないものと思われる。しかし、政権党であるPT(労働者党)を取り巻く一連の汚職疑惑による政治危機の影響が、好調な経済にも悪影響を及ぼすのではないかという懸念が強まってきている。特に、今月の後半には為替相場がこの政治危機不安を反映し、大きくドル高レアル安に振れた(グラフ3参照)。来年の大統領選挙を前にこの政治危機が長期化することになれば、今後の経済成長にとってもマイナス要因となることは否めないであろう。

グラフ3 為替相場の推移:2005年5月~7月

グラフ3 為替相場の推移:2005年5月~7月
(出所)ブラジル中銀
政治

郵便局汚職疑惑事件に端を発したブラジルの国内政治の混乱は、政権党PTの組織的な汚職疑惑が暴露されるにつれ、更に混迷の度合いを増したといえる。疑惑究明のCPI(議会調査委員会)が連日のように開かれ、激しい舌戦がテレビで中継されている(特に2年前にPTを追放されたHeloisa上院議員の迫力満点な“口撃”は一見一聴の価値あり!)。今月に入り、この汚職疑惑は下院議員買収疑惑に留まらず、過去の選挙におけるPTの不正選挙資金疑惑にも及び、更に、焦点は汚職の具体的なスキームの解明とともに、ルーラ大統領がどこまで汚職疑惑を認知していたかに当てられるようになってきた。現在までのCPIの調査により、PTの裏金配布請負人であるValerioの会社を通した汚職疑惑の全体像が少しずつ明らかになってきた。既に収賄の可能性のある連立与党及びPTの議員、賄賂の金額とその経路、Valerioの会社に資金を融通した企業(Brasil Telecom, Uniminas, Banco Rural, etc.)などの具体像が徐々に判明してきている。また、PTはこの汚職疑惑実行などのために、現在3,900万レアル(約1,620万ドル)もの巨額の借金を抱えているとされる。

また、その関連性は明らかではないが、PTの議員買収及び選挙裏金工作疑惑の他にも様々な汚職疑惑が持ち上がっている。例えば、Gushiken(PT)情報戦略局長が以前役員を務めていた年金コンサルティング会社が、Gushikenの政府要職就任以降、彼の旧友がPrevi(ブラジル最大のブラジル銀行の年金基金)やPetros(ブラジル第2位のPetrobras(国営石油公社)の年金基金)などのブラジルの主要な年金基金のトップに任命され、急成長を遂げたという疑惑。生物学を専攻しビジネス界とは無縁だったルーラ大統領の息子(Lulinha)が、自己資金からの出資なしにブラジル最大の電話会社Telemarなどの企業の役員となり、巨額の利益を得たとの疑惑。Genoino PT党首の弟Guimaraesセアラ州下院議員の補佐官で、2002年の大統領選挙時の同州選挙責任者であったVieira da Silvaが10万ドル(しかもパンツの中に隠して!?)と20万レアル(約83,000ドル)もの謎の大金をサンパウロから持ち込もうとし、フォルタレーザ(セアラ州の州都)の空港で逮捕された事件。2004年の全国地方選挙の際、ゴイアス州のResende(PT)下院議員の命令で、20万ドルもの大金をサンパウロのPT本部に取りに行ったことを当時の運転手が暴露した事件。PTとのつながりの強いPizzolatoブラジル銀行の元部長が、同行の資金をPT支援に使用する見返りにValerioの会社の口座から大金を受け取り、個人のマンションを購入したとの疑惑、などなど。PTを取り巻く状況は日を追うごとに悪化したといえよう。

そして、これら一連の汚職疑惑の責任を取る形で、PTのGenoino 党首、Silvio Pereira事務局長、Marcelo Sereno官房長官、Delubio Soares財務長官などの首脳陣が辞任に追い込まれた。新しい党首にはTarso Genro教育大臣(党首就任後、大臣を辞職)が、事務局長と官房長官には、それぞれ労働雇用大臣と保健大臣を退いたRicardo BerzoriniとHumberto Costaが、財務長官にはJose Pimentel下院議員が就任した。

また、ルーラ大統領は今回の政治危機を乗り切るべく、政権の閣僚及び主要ポストの改造・改編を断行した。変更の主な点として、労働雇用大臣にブラジル最大の労組中央機関CUT(Central Unica dos Trabalhadores:単一労働本部)のLuiz Marinho委員長(PT)が就任し、保健大臣と鉱山・エネルギー大臣がPTからPMDB(ブラジル民主運動党)に変わる一方、社会保障大臣がPMDBからPTへと戻った。また、PP(進歩党)が都市大臣のポストを獲得した(伝統的な保守派の政治家として知られるSeverino Cavalcanti下院議長の影響とも言われている)。その結果、閣僚ポストではPTが12から9へポストを3つ減らし、PMDBが2から3へポストを1つ増やした。また、汚職疑惑のあるGushikenが局長ポストから退くなどの、連邦局(Secretaria do Estado)の改変も行われたが、改変の効果の判断を下すのは、現時点では時期尚早といえよう。なお、詳細は下記表を参照。

今回のルーラPT政権の政治危機が、同政権の命取りともなりかねない事態にまで深刻化したため、今後のCPIの調査がどこまで真相を究明できるか否かは逆に不透明ともいえるかもしれない。しかし、もし汚職疑惑の全貌が明らかにされることになれば、ブラジルの政財界を巻き込んだ巨大な非民主的メカニズムの存在が白日の下に晒される可能性があり、「PT vs not-PT」または将来的には2大政党制という時代に突入か、といった感があった近年のブラジルの政治地図も、今後大きく変わる可能性が出ることになるといえよう。

表 ルーラ政権の閣僚及び主要ポスト
ポスト 名前 政党等 前任者(政党・任期終了時期等)
文民官 Dilma Rousseff PT José Dirceu(PT:2005.6)
労働雇用大臣 Luiz Marinho PT(CUT) Ricardo Berzoini(PT:2005.7) →PT事務局長
Jacques Wagner (PT:2003.12)
社会保障大臣 Nelson Machado PT Romero Jucá(PMDB:2005.7)
Amir Lando (PMDB:2005.3)
Ricardo Berzoini (PT:2003.12)
教育大臣 Fernando Haddad PT Tarso Genro(PT:2005.7) →PT党首
Cristovam Buarque (PT:2003.12)
大蔵大臣 Antônio Palocci Filho PT 政権誕生時
環境大臣 Marina Silva PT 政権誕生時
農業開発大臣 Miguel Rossetto PT 政権誕生時
社会開発飢餓撲滅大臣 Patrus Ananias PT 社会福祉大臣(Benedita da Silva:PT)と食料保障飢餓撲滅特別大臣(José Graziano:PT)を統合(2004.1)
予算企画大臣 Paulo Bernardo PT Nelson Machado(PT:2005.3)
Guido Mantega (PT:2004.11)
保健大臣 Saraiva Felipe PMDB Humberto Costa(PT:2005.7) →PT官房長官
通信大臣 Hélio Costa PMDB Eunício Oliveira(PMDB:2005.7)
Miro Teixeira (PDT:2003.12)
鉱山エネルギー大臣 Silas Rondeau PMDB Dilma Rousseff(PT:2005.7)
科学技術大臣 Sérgio Rezende PSB Eduardo Campos(PSB:2005.7)
Roberto Amaral (PSB:2003.12)
国家統合大臣 Ciro Gomes PSB 政権誕生時
都市大臣 Márcio Fortes PP Olívio Dutra(PT:2005.7)
国防大臣 José Alencar PL José Viegas(2004.10) 副大統領(政権誕生時)
交通大臣 Alfredo Nascimento PL Anderson Adauto (PL:2004.3)
スポーツ大臣 Agnelo Queiroz PC do B 政権誕生時
観光大臣 Walfrido Mares Guia PTB 政権誕生時
文化大臣 Gilberto Gil PV 政権誕生時
外務大臣 Celso Amorim - 政権誕生時
商工開発大臣 Luiz Fernando Furlan - 政権誕生時
法務大臣 Márcio Thomaz Bastos - 政権誕生時
農牧畜大臣 Roberto Rodrigues - 政権誕生時
大統領事務局長 Luiz Dulci PT 下記2つの局を下部組織に
情報戦略局長 Luiz Gushiken PT ポスト廃止→大統領事務局の下へ
人権局長 Nilmário Miranda PT ポスト廃止→大統領事務局の下へ
制度関係局長 Jaques Wagner PT 下記2つの局を下部組織に(新設)
社会経済開発局長 Jaques Wagner PT ポスト廃止→制度関係局の下へ
Tarso Genro(PT:2003.12)
政策調整局長 Aldo Rebelo PC do B ポスト廃止→制度関係局の下へ
新設(2004.1)
大統領官房長官 André Singer PT 報道局長(Fábio Kerche:PT)を兼務(2005.3)
水産養殖漁業局長 José Fritsch PT 政権誕生時
女性政策局長 Nilcéa Freire PT Emília Fernandes(2003.12)
人種平等局長 Matilde Ribeiro PT 政権誕生時
制度保安局長 Jorge Armando Félix - 政権誕生時
連邦監督庁 Waldir Pires PT 政権誕生時
連邦弁護庁 Álvaro Ribeiro Costa - 政権誕生時
中銀総裁 Henrique Meirelles PSDB 政権誕生時
社会経済開発銀行 Guido Mantega PT Carlos Lessa(2004.11)
ブラジル銀行 Rossano Maranhão - Cássio Casseb(2004.11)
ブラジル石油公社 José Sérgio Gabrielli - José Eduardo Dutra(PT:2005.7)→2006年Sergipe州知事選挙出馬

(出所)ブラジル政府( http://www.brasil.gov.br/estrutura.htm )やPT( http://www.pt.org.br/ )のホームページ、各紙の新聞などを基に筆者作成。
(注)青字は今回2005年6月・7月での異動ポスト。緑字はポスト自体の改編及びPT内の異動。

社会

今月15日(金)、ラテンアメリカ最大といわれるリオのファヴェーラRocinhaで発砲事件が発生。16日(土)の夜には、郊外のベッドタウンBarra da Tijuca地区とリオ市街を結ぶ主要交通路の一つであるトンネルを通過していたバスや車に対し、手榴弾や爆弾が投げ込まれたため、軍警察が出動。通行人たちはバスや車をその場に放置し、徒歩で非難する事態となった。トンネル内部や周辺地域は日曜の朝まで電気が途絶えるとともに、トンネルは一時封鎖された。マフィアによる軍警察の掃討作戦への報復とされるこの事件により、周辺地域及びリオ市街を結ぶ交通路はパニック状態に陥り、週明けもしばらく混乱が続いた。その後、市民警察によるRocinhaへの大規模な介入捜査が行われ、マフィアのボスの逮捕には至らなかったものの、大量の麻薬と武器を押収した。

また、Rocinhaでの事件以外にも、リオ北部のファヴェーラでマフィアと軍警察の間で死者を出す銃撃戦が発生。その報復として、翌日、同地域の商店街はマフィアにより休業を余儀なくされた。この他にも、消防士が銃殺遺体で発見されたり、軍警察がマフィアに監禁されたり、4月にリオ郊外で起きた大量殺人事件の被害者家族に対する支援を行っていた神父が殺害されたりと、リオの治安の悪さを象徴するような事件が相次いだ。

今月の独り言— Choquezinho Cultural?(ちょっとしたカルチャー・ショック?)

今月はブラジルに来てからの日常生活の中で、ふと思ったちょっとしたカルチャー・ショック(?)について、2つほど書いてみようと思う。

まずはリオの“寒さ”。なぜ「寒さ」に括弧が付いているかというと、ここでいう寒さとは“冷房の寒さ”だからである。リオの夏は暑い(というか冬以外は暑い)。だから冷房が必要なのはわかる。だが、冷房のかけ方がハンパじゃない。外は暑くて建物の中は冷房ガンガンで冷蔵庫状態・・・ということがよくある。でも、これだけなら日本でもありそうな話。問題なのは冷房ガンガン状態が暑いときだけではないこと。今、リオは冬。もちろん日本の冬ほど寒くはないが、寒い日は寒い。なのに職場やバス(普通の市内バスを除く)の中には冷房が…。職場では上着を着込んで何とか凌いでいるが、ひどいときには手先や下半身が冷た~くなり、我慢し切れずに家に帰って仕事をすることも…。ブラジルの他の都市の状況はよくわからないが(ちなみにブラジリアの知人は「リオの冷房はひどい!」と言っていた・・・)、ホントこの寒さの中の冷房攻撃には参ってしまう。省エネという点から考えても、無駄なエネルギーの消費に思えるのだが・・・。

次に携帯電話。近年、ブラジルでは日本同様に携帯電話が急激に普及し(携帯電話の機能は日本ほどいろいろはないが)、ほとんどの人が携帯電話を持っている。で、私が感じたカルチャー・ショックとは、ここでは場所を問わず誰もが大声で携帯電話で話をするということ。バスや地下鉄の中、車を運転しているときでも(タクシーの運転手も)携帯電話でおしゃべり。バイブ・モード機能があるのにほとんどの人は使わないので、電話がかかってくると着信音が鳴り響く(ちなみに日本のような着信音のバラエティはまだない。あと、大学の講義や映画の上映中などは、さすがにほとんどの人が電源を切ったしりている人が多い)。

日本では「他の人の迷惑になる」という考えから、電車やバスの中などでの携帯電話の通話はマナーとして控えるべきという認識がある。車の運転中の通話に関しては、安全性の観点から法律で禁止されるようになった。でも、ブラジルの人はおしゃべりが大好き。とにかく(大きな声で&延々と?)話をすることがブラジル人の文化!と言えるくらいよくしゃべる(もちろん皆が皆そうではないが)。だからなのか(?)、日本でマナーとされることがここではマナーとされないようで、誰も「他の人の迷惑になる」から携帯電話の通話を控えようとは言わない(日本でよく見るこういった広告などはない)。以前は他人の携帯電話の会話が気になっていた私も、だいぶ慣れたのか今ではあまり気にならなくなった。ただ、ブラジルの交通事故の多さを考えると、運転中の携帯電話での通話は規制した方がいいのではと思ったりする。


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