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馬英九政権期の中台関係と台湾の政治経済変動

調査研究報告書

川上桃子・松本はる香

2017年3月発行

表紙 / 目次 (183KB)

はじめに (197KB)

chapter 1

本稿では、中台関係の歴史を踏まえた上で、馬英九政権期における両岸対話の再開に焦点を当て、中国側が台湾側に対して積極的な推進を呼び掛けてきた平和協議や平和協定の実現などについて分析を行う。それとともに台湾が直面した状況や問題点等についても分析する。中台間の対話の再開によって、一触即発の軍事衝突といった事態が突発的に発生する危険性は低減した。だが、中台交流の進展とはうらはらに、中国が「現状維持」の状態を突き崩すことによって、台湾をめぐる安全保障環境が危うい状況に置かれる可能性があったことを指摘しておかなければならない。

chapter 2

いわゆる「1992年コンセンサス」は、「一つの中国」原則を掲げる中国と「一つの中国、それぞれが表現」を主張する台湾の国民党による対話の前提あるいは基礎とされた。しかし、このコンセンサス自体、双方の解釈に幅を残した妥協である。その名前とはちがい、言葉自体は2000年に「一つの中国」のもとでの統一を嫌う民進党の賛同を得るために用いられ始めたものであった。しかし、民進党からみれば、同コンセンサスが台湾の国際的地位向上に寄与するとの確信を持てるものではなかった。馬英九政権は自らの実践でその有用性を証明しようとしたが、中国に「中華民国」承認の用意はなく、「政治実体」としての国際社会への参加についても台湾にフリーハンドを与えなかった。その意味で、「1992年コンセンサス」には大きな限界があったと言わざるをえない。

chapter 3

本稿では、馬英九政権期の中台関係を「両岸三党」政治という視点から捉え、特に「海峡を越えた政治ビジネス関係ネットワーク」で形成されたパトロン・クライアント関係(「海峡を越えたパトロン・クライアント関係」)の特徴とその政治的帰結について考察する。パトロン・クライアント関係は政権の安定や維持に寄与する反面、特権、金権政治、汚職や腐敗といった問題と切り離しがたい。海峡を越えたパトロン・クライアント関係は、台湾では政権喪失につながる国民党の大敗をもたらし、中国でも対台湾工作部門での汚職や判断ミスにつながったといえる。

chapter 4

本稿では,馬英九政権期(2008-2016年)における,中国の台湾に対する影響力行使の新展開の予備的考察を行う。中国の台湾に対する経済的手段を通じた政治的働きかけの方策は,中国に進出した台湾企業とそのオーナー・幹部ら(「台商」)に対する働きかけ,台湾を舞台として広範な住民を対象に行われる利益供与策を通じた働きかけに区別できる。前者については両岸企業家サミットの事例,後者については魚の契約養殖プロジェクトの事例を取り上げ,馬英九政権期の中国による台湾の取り込み策の展開を分析する。

chapter 5
本稿では、馬英九政権8年間の対中経済連携の成果を予備的に検証した。その結果、対中輸出や台湾への対内投資、あるいは中国における台湾企業からのリンケージ効果では想定された成果はみられなかった。また中台間の産業技術協力や台湾のFTA戦略では、一定の成果が得られたものの、残された課題も多かった。背景には、中台の経済関係が競合的になったこと、中国の交渉力が強大化するなか台湾の対応が慎重にならざるをえなかったこと、馬政権の政策遂行能力が第二期に落ちたことなどがうかがえた。
chapter 6

本稿では台湾と中国の間の人の移動に関する2冊の研究書――『台商研究』と『大中華圏の越境』――をレビューした。レビューをとおして、経済的利益と社会的アイデンティティの相克が台湾と中国の人の移動の研究の中核的な論点であることが明らかになった。同時に、近年進行している条件の変化――台湾と中国の経済的な格差の縮小、台湾における民主主義の定着、台湾アイデンティティの強まり――の人の移動に対する影響や、比較研究をとおした特殊性と普遍性の識別も必要であることも判明した。