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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.274 カンボジア人移住労働者の人権と国・企業の役割

2026年3月13日発行

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  • カンボジアの人権状況改善に向けて、国や国際機関による取り組みとともに、企業によるサプライチェーン上の働きかけが始まっている。
  • 日本でのカンボジア人移住労働者増加に伴い、彼らが直面する出国前の高額な手数料負担の問題は「ビジネスと人権」の大きな課題として注目される。
  • カンボジアの送出し機関による行動規範の着実な履行と情報公開の徹底に加え、企業がコストや責任を適切に負担することと、それが可能になるような政策的支援が必要である。
日本ではカンボジアからの技能実習生を含む移住労働者が増加している。彼らの多くが出国前に多額の手数料を支払っていることが人権侵害につながっており、「ビジネスと人権」上の大きな課題となっている。本稿では、移住労働者の直面する問題解決に向けて、国や国際機関の取り組みとともに、企業によるサプライチェーン上の働きかけの重要性を論じる。
カンボジアにおける「ビジネスと人権」

カンボジアは多くの人権問題を抱える国であり、カンボジア政府は国際社会の協力のもと、経済的・社会的人権を中心に、人権保護に向けた取り組みを展開してきた。「ビジネスと人権」に関する国連指導原則にもとづく国別行動計画は策定されていないが、カンボジアとのビジネスにかかわる企業からは、人権状況改善に向けた働きかけが行われている。例えば最大の輸出産業である縫製業においては、労働環境改善と国際労働機関(ILO)の中核的労働基準遵守を目的としたベター・ファクトリーズ・カンボジア(BFC)が実施されている。また、BFCの枠を越えて欧米企業から人権保護の要望が示されることもある。またアグロインダストリー分野では、2000年代に発生したサトウキビのプランテーション開発に伴う土地収奪の問題をめぐり、10年以上を経た2020年代に海外企業による住民への補償が実現している(初鹿野2025)。

日本でも増加しているカンボジア人移住労働者の人権は、「ビジネスと人権」の観点から、日本でも重要な課題である。カンボジア政府や国際機関による施策の展開に加え、移住労働者を必要とする企業からも対応が始まっている。

カンボジア人移住労働者たちの脆弱性

カンボジアの総人口は約1760万人、労働人口は約990万人(2024年)である。国内の雇用機会が限られるなか、百数十万人がよりよい収入を求めて移住労働を選んでいる。最大の送出先のタイでは、パスポートや労働許可等必要な書類を欠いた状態での就労者を含め約130万人のカンボジア人が働く。2025年5月末に勃発したタイとの国境紛争により90万人以上が帰国し、就労や生活に困難を抱えた事例は、移住労働者のおかれた環境が不安定かつ脆弱であることを示している(CDRI 2025)。

カンボジア人移住労働者にとって、韓国や日本での就労は比較的高い収入が得られることから魅力的な選択肢となっている。韓国では雇用許可制により毎年約10000人のカンボジア人労働者が新規入国しており、2024年時点で48105人が雇用許可を得て在留している。日本では技能実習および特定技能の資格での在留者数が2017年に5000人、2020年には10000人を超え、2025年6月時点で技能実習14617人、特定技能7208人が働いている。ベトナムやインドネシアのように日本への送出しが多い国に比べ、カンボジアからの送出し状況にはこれまで大きな関心は払われてこなかった。しかし、人権侵害の事例も増えており、その原因として出発前の高額負担の問題が注目される。

技能実習生の出発前の高額負担

カンボジア人移住労働者たちは不安定な環境のなか、身近にあふれる誤った情報をもとに、時には悪質な業者に多額の金銭を支払ってでもよりよい収入機会を求めて海外に渡航する。日本で働くカンボジア人技能実習生の中には、高額の事前負担が問題となってきたベトナムよりもさらに高い5000ドル以上を支払って渡航する人たちが多い(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 2024)。高額な事前費用のため借金をして来日した実習生は、雇用者に対して弱い立場に置かれやすい。より継続的かつ高収入の就労機会を求めて失踪し、さらなる人権侵害に直面する事例も生じている。カンボジア人技能実習生の失踪者数は、2022年に年間829人(失踪率5.6%)にのぼった。日本政府はカンボジア政府に対し、送出しの適正化の申し入れを行い、失踪者の多い送出し機関からの新規送出しは停止された。その結果、2024年には275人(同1.5%)に減少したが、依然として全体の失踪率(1.2%)より高い(出入国在留管理庁 2024)。

カンボジア労働・職業訓練省およびILOの協力を得て策定された民間送出し機関の行動規範(2020年)では、第3項「移住にかかる費用及び手数料の尊重と削減」にて、送出し機関が、移住労働者が負担する費用削減の措置を講じ、「手数料ゼロ」モデルへの移行に尽力し、請求可能な費用については適切かつわかりやすい説明とともに領収書の発行を義務付けている。法的拘束力のある金額の上限規定はないが、送出し機関を監督する労働・職業訓練省は、送出し機関ごとに手数料を管理する。しかし、日本側での調査結果をみる限り、負担額が十分に削減されていないことは明らかだ。

労働・職業訓練省は2024年に独自に開発したアプリ(MLVT Services)を通じて、日本の雇用情報を公開している(他国の情報については今後展開予定)。同アプリでは、カンボジア国内の雇用や職業訓練情報とあわせて、日本での技能実習や特定技能に関する情報、送出し機関ごとの手数料、就業先に関する詳細情報を掲載している。情報公開により、雇用プロセスの透明性が高まり、高額な手数料発生を抑制する効果が期待される。

この取り組みが実際に労働者による正確な情報へのアクセスの向上に繋がるのか、活用状況を検証しつつ、日本側でも技能実習生による出国前の負担状況を継続的にモニタリングすることが、事態の改善に重要となる。

企業からのアプローチの可能性

移住労働者の渡航にかかる金銭的負担の問題は、送出し機関だけが対応すべき問題ではなく、労働者を必要とする企業側にも責任のある問題である。日本国内のみならず日本企業のサプライチェーン上では多くのカンボジア人移住労働者が働いている。日本のある大手アパレル企業は、国際移住機関(IOM)と協力して、同機関の「雇用主向け移住労働者ガイドライン」に沿った方針を策定し、日本、タイ、マレーシアの調達先工場で働く移住労働者の雇用プロセスを見直すとともに、不当に負担された雇用手数料や関連費用を返済した(IOM 2025)。カンボジア人移住労働者が多く働く国々でのこのような取り組みは、彼らの人権改善に向けた好事例として評価できる。

この動きを大手企業のみではなく中小企業にも広げ、確実な潮流とするためには、適正な雇用プロセスを推進する企業への日本政府の制度的・資金的支援が求められる。

まとめ

カンボジア人移住労働者は脆弱な立場に置かれている。高額手数料などの問題を解決し雇用プロセスの適正化を進めるためには、カンボジア側における行動規範の着実な履行と効果的な情報公開を促す観点から、政府間の対話を推進していく必要がある。さらに、サプライチェーンに関与するすべての国・企業が相応のコストと責任を負わなければ、問題の抜本的な解決は望めない。移住労働者の人権保護は、個別企業の取り組みの範疇を超えた政策課題である。失踪者を生み出す不適切な送出し慣行の排除に加え、移住労働者の雇用プロセスにかかる負担の是正を後押しするなど、日本政府の積極的な対応が求められる。

はつかの なおみ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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