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アジ研ポリシー・ブリーフ
No.265 インドネシア首都移転事業はプラボウォ政権下でどこに向かうのか?
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- 2024年の政権交代後もプラボウォ大統領は首都移転事業へのコミットメントを続けている。
- 首都移転予定地ではインフラ整備が続いており、もはや後戻りできないところまできている。
- 今後は、政府の移転を実現したうえで、成長センター創出のための民間投資誘致が鍵になる。
プラボウォは首都を移転する気があるのか?
2026年1月12日、プラボウォ・スビアント大統領がインドネシアの首都移転予定地「ヌサンタラ首都」(Ibu Kota Nusantara: IKN)を訪問した。同大統領がヌサンタラを訪問するのは、2024年10月の政権発足後では初めてのことであった。
この首都移転計画は、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前大統領が自らのレガシー作りのため、国民的議論もないまま始めたものであった。そのため、政権が交代した後もこの大規模国家事業が継続されるのか、プラボウォ大統領は首都移転事業をどのように位置づけているのか、という点が常に議論されてきた。
ジョコウィ政権と比べると、プラボウォ政権における同事業の位置づけは大きく後退したと言わざるをえない。ジョコウィの支援を受けて大統領選を勝ち抜いたプラボウォは、政権発足当初から首都移転事業の継続を約束はしていた。しかし、2025年度予算では首都建設費が前年度の4割ほどに抑えられ、予算の多くは大統領の優先分野である社会政策や安全保障政策に振り向けられた。政府内における首都移転事業の優先度は明らかに低下した。連立与党の一部からも、建設の一時休止や首都から州都への方針転換を提案する声があがった。
しかし、プラボウォのヌサンタラ初訪問は、政権として首都移転事業にコミットメントしていくことを内外に示すものだったといえる。政策の優先度も建設のスピードも落ちたとはいえ、首都移転事業を継続するという姿勢に変わりはない。2029年まで任期のあるプラボウォとしては、いま慌てて首都移転を実行する必要はなく、この任期内に首都移転の第1段階を終えられれば自らのレガシーとできるという計算である。
後戻りのできない新首都建設
首都移転事業を継続するというプラボウォ大統領の姿勢は、2025年当初から垣間見えてはいた。プラボウォは、最優先プログラムの予算を確保するため、2025年1月末に各省庁に予算の1割削減を求めた。そのようななかで、首都建設予算は削減を免れ、2029年までの建設費として48.8兆ルピア(約4550億円)を確保するという約束を大統領から勝ち取った。
さらに大統領のコミットメントが明確に示されたのが、2025年6月30日付で制定された「2025年度政府行動計画最新版に関する大統領令2025年第79号」である。政府はこのなかで、年度内のインフラ建設の完工目標など具体的な数字を掲げたうえで、「ヌサンタラを2028年に政治首都とする」ことを明記したのである。
(写真1)中央奥に見えるのが大統領官邸・宮殿、両側の白い建物が官庁オフィス。
クサマ・ブンガ公園から筆者撮影(2026年1月29日)。
「政治首都」とは何か大統領令のなかでは定義されていないが、要するに執政・行政府、立法府、司法府の三権がこの年にジャカルタからヌサンタラに移転するということのようである。
これまでに大統領官邸・宮殿の建物が完成し(写真1)、いまは官庁オフィスの建物や公務員住宅の建設が順次進められている(写真2)。これら執政・行政府の建物に加えて、2025年12月からは立法府(下院にあたる国民議会DPR、上院にあたる地方代表議会DPD、両院の合同フォーラムである国民協議会MPR)と、司法府(憲法裁判所、最高裁判所、司法委員会)のコンプレックスの建設が始まった(写真3)。
これ以外にも、アクセス高速道路、ヌサンタラ国際空港、上下水道施設、ゴミ処理場など、周辺インフラも建設が進められている。筆者が別稿でも指摘したとおり、首都移転事業はもはや引き返せないところまできている。
(写真2)建設が続く公務員住宅。一部の棟では入居が始まっている。
筆者撮影(2026年1月29日)。
(写真3)工事が始まった司法府コンプレックス建設予定地。
筆者撮影(2026年1月29日)。
民間投資はなぜ来ないのか?
もはや首都移転の実現の可否を議論する段階を過ぎたとすれば、今後の課題は、政府の描く「グリーン、スマート、サステイナブル」な首都の姿にいかにして近づけていくかである。
プラボウォが掲げた「政治首都」はそこに至る第一歩でしかない。最終的にはデジタル技術と環境技術を活かした先端的な産業クラスターと研究開発拠点を創出し、新首都をインドネシアの新しい経済成長センターとしていくことが目指されている。
ただし、鍵となる民間投資の動きは遅い。政府はさまざまな投資インセンティブを用意しているが、2025年9月時点における投資実行額は目標の13%(約63兆ルピア)にとどまっている。しかも、投資主体は国営企業もしくは政府と近い国内企業がほとんどで、外国企業の多くは様子見の状態である。
その理由は、移転事業そのものの実現可能性に疑問符が付いていたことに加えて、首都が未完ゆえに「市場」がない点に求められるだろう。2024年には20万人以上が移住するとされていた公務員・国軍警察職員は、2025年末時点でわずか2000人ほどにとどまっている。約18万ヘクタールにまたがる「ヌサンタラ首都特別地区」全体でみても、2025年7月時点の人口は15万人弱にすぎない。当初の政府の計画では、全体の人口が2029年には40万人に、首都移転完了の年とされる2045年には200万人弱に達することが見込まれているが、それを鵜呑みにする投資家はいないだろう。民間投資が動き出すのは、政府が完全移転したうえで、投資先としての魅力が高まってからとなるだろう。
まとめ
政府の動きと現地の工事の進捗状況をみれば、首都移転がもはや後戻りできないことは明らかである。ただし、2028年に「政治首都」移転が実現できると言い切る根拠はまだない。投資を考える民間企業には移転事業の進捗状況を勘案しながら慎重な判断が求められる。一方、インドネシア政府に求められるのは、できるだけ早期の移転開始である。そのうえで、投資手続きの簡素化・透明化、規制の撤廃といった投資環境の整備が必要だろう。それは「ガバナンスの改善」という政府の長年の課題そのものである。
(かわむら こういち/海外調査員)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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