中東・北アフリカ地域の暴力的過激主義:その条件と解決策の再考察

中東レビュー

Volume 4

清水 学 著

2017年3月発行

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概要

はじめに

イスラエルは中東地域において特異な国家として存立してきた。この国は独特の民族主義思想であるシオニズムを動員力として欧州などからのユダヤ人入植者によって建設された植民国家である。地理的には中東に位置していながら米欧との文化的政治的経済的関係が重要な役割を果たしてきた。イスラエル経済は今日、軍事技術にも直結するIT・エレクトロニクス・バイオテクノロジーなど先端ニッチ産業とそれを支える新興企業が注目を集めている。そのなかで活発な起業活動を展開しているモデル国家としてのイメージを打ち出すことに成功し、経済技術分野で国際的にも独自の存在感を持つようになっている。一人当たりGDPも2015年現在34,300ドルで先進国水準に達しており、2010年には中東地域では唯一のOECD加盟国となっている。リーマンショック以降の経済成長率は3~4%程度であるが、米欧日と比較すれば満足すべき水準となっている。

このようなイスラエル経済の現状に対して、いくつかの国は学ぶべき一種の発展モデルの視点から注目している。中国はその一つである。高成長時代からやや低めの成長率時代である「新定常」経済へのソフトランディングを模索するなかで、習近平主席・李克強首相など政府・党指導部が機会あるごとに「起業」の大衆化を通じた経済活動の活発化というキャンペーンを展開しているが、そのなかでイスラエルの起業モデルに注目していることは間違いない。2016年1月には北京、9月にはテルアビブで「中国イスラエル・イノベーション・サミット」が開かれ、政府関係機関と多くの企業が参加して経験交流と企業連携の可能性を模索している。中国にイスラエル・モデルが移植できるかどうかは別として、中小企業の役割と技術革新に今後の経済発展を強く期待しているといえよう。

現在のイスラエル経済を特徴づけるキーワードを挙げるとすれば、グローバル化、活発な軍需・ニッチ型高技術志向起業ブーム、中東における周辺諸国との政治外交的関係とパレスチナ占領地問題という独自の制約条件の3点であろう。

本稿の課題はイスラエル経済の現段階の特徴と課題を明らかにすることであるが、第1部と第2部に分けて考察を加えることにする。第1部にあたる本稿では今日のグローバル化・経済自由化へのプロセスを準備した1980年代の経済発展戦略の転換とその後の経済政策の変化を検討する。第2部では具体的な産業技術発展を支えた政策と特殊な諸条件、起業メカニズムを検討することにする。地政学的諸条件については必要に応じて第1部でも第2部でも言及する。