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中国と湾岸を結ぶ南アジア -パキスタン・アフガニスタンの動向と関連させて-

中東レビュー

Volume 2

清水学
2015年3月発行
PDF (2.60MB)
概 要

はじめに
東アジアの枠を超える中国の国際的なプレゼンスの増大は、今日の国際政治の動向を見る上で極めて重要な要因となったことは論を待たない。中国の経済規模に見合う化石燃料の需要拡大は、湾岸を中心に中東世界との経済的関係を不可欠なものとしている。本稿は、その中国が今後、中東世界とどのような関係を展開していくかに関して、地理的にその間に位置している南アジア、特にパキスタン・アフガニスタンの動向と関連させて考えることを課題としている。中国と中東を直接結びつける議論は少なくないが、第1に中国・中東関係において南アジアが果たす地理的な意味での両地域の輸送などの連結性(Connectivity)の観点が一層重要になった点を見逃せない。第2に、アフガニスタンやパキスタンのイスラーム主義運動の展開は、「内政不干渉」の原則から中国は傍観するという立場を維持できるかどうかという新たな問題を提起していることである。米NATO軍撤退後のアフガニスタンでのターリバーンやアルカーイダの動向、パキスタンで政府軍も手を焼き始めたイスラーム主義過激派の中国へのスピル・オーバーの危険性は無視できなくなる可能性があるからである。本稿は、この側面に一定の光を当てようとするものである。

中東・アラブ世界の変動は、2014年6月の「イスラーム国」の登場のように、イスラーム主義政治運動は今までの国家間秩序を支えたサイクス・ピコ体制などを崩そうとする別の「領域国家」の存在形態を主張しており、多様な分離独立運動に刺激を与えている。新疆ウィグル自治区における民族問題を抱える中国にとっても一つの挑戦と見ることもできる。また「アラブの春」が従来のアラブ諸国の支配体制に与えた衝撃は、2013年7月の軍事クーデター後のエジプトとそれを支えるサウジアラビアなどのムスリム同胞団に対する厳しい対応に反映されている。他方、ムスリム同胞団に対する対応の相違はアラブ湾岸諸国内の対立も生んできた。サウジアラビアとイランの間のいわゆる「冷戦」は相変わらず厳しいものがあるが、スンナ派とシーア派という宗派間対立が独自のモメンタムとしてパキスタン国内、あるいは「イスラーム国」を巡る対立の中で、その激しさを増している。

中東イスラーム世界の不安定性を加速させている要因には、オバマ政権の中東政策の動揺と予測困難性があり、そこには米国の国際政治上の相対的な地位低下がある。中国などが対中東政策の独自の選択肢を拡大・多様化させる必要性を生じさせている。2014年11月の米中間選挙で共和党が勝利し上下院で多数を占めたことは、対中東政策においてオバマ色を薄める強硬路線が出てくる可能性を生んでいる。

またもう一つ無視できないのは、直接的には2014年初頭以降のウクライナ問題を巡る西側諸国によるロシア封じ込めの動きである。ロシアによるクリミア半島の併合は、セルビアからのコソボの独立と無関係ではないが、冷戦終焉以降の国際秩序が揺るぎつつある一面を示している。ウクライナ問題の複雑さは、西側諸国のロシア制裁やロシア弱体化政策にイスラエルを含む中東・アラブ世界が必ずしも同調していないことである。2014年3月24日、ロシアはG8参加資格を停止されたほか、米国およびEUはロシアの特定の個人や組織・企業に対して、それぞれ旅行禁止など、独自の制裁措置を発動してきた。米欧側が経済制裁を重視している背景には、対イラン経済制裁がイラン側の軟化を引き出したという「成功体験」が支えになっていると見られる。EUはロシアの5大銀行、3エネルギー企業、3防衛企業との取引停止などの措置をとったが、これはロシア経済にとって大きな打撃となりうるものである。しかしプーチンの逆制裁は西側の対ロ輸出に影響を及ぼし、ロシアの石油ガス輸出にも影響を与える。この間隙を縫う形でロシアと中国・インド・トルコ・エジプトなどとの貿易が加速化される可能性が生じている。

さらに欧州諸国との関係がパレスチナ問題を巡って一定の緊張を生んでいるイスラエルが、新興経済圏と経済関係を深めようとしていることも新たな動きである。特に兵器とその技術の輸出を巡ってのインド・中国・ロシアなどとの交流の強化は、イスラエルの外交戦略の重要な構成部分となりつつある。

このような背景のなかでオバマ政権の動きを見ると、現在の国際秩序に対する脅威が、ロシアなのか「イスラーム国」なのか、あるいはイランの核開発なのか、どこに重点を置いているのか揺れているように見える。米政府内の相違、あるいは米政府と議会との関係などがオバマ政権の政策に反映しているためと見られる。

2014年半ばから顕著になった予期せざる油価の半減という大暴落は、イランを含む湾岸諸国あるいはロシアのような産油国にとっても大きな打撃であり、中東世界を経済的政治的に揺るがすもう一つの要因となりかねない。石油輸出国と輸入国で受ける影響は大きく異なるわけであるが、この油価問題で極めて注目すべきことは、OPECが減産政策を放棄しているばかりか、一層の価格の低落さえ容認する姿勢を見せていることである。その目的は、競合するオイルサンドやシェール・オイルからOPECのシェアを守ることであり、油価が戻れば競合油種の採算性が取れるようになり、OPECのシェアを奪うことになりかねないからである。これはシェール・オイルなどの新参者に打撃を与えようとする挑戦の意味を持っている。

前記のように、中東を巡る今日の情勢は極めて流動的となっており、そこでは「アラブの春」を引き起こした社会変動、「イスラーム国」などを生んだ既存の国際秩序への意識的な挑戦など、いわば「下からの」流動化を促す変動が起きている。大きな枠組みを構築し維持するだけの強力な指導力を持った米国などの「上からの」力に部分的なほころびが見られることも、不安定化の要因となっている。現段階は冷戦崩壊直後に生まれた国際的枠組みが挑戦を受けており、世界は新たな国際秩序を模索する段階に入っているといえよう。そのなかで政治・安全保障面では中東地域の新参者的側面を持つ中国が徐々に役割を増大せざるを得ない状況に置かれている。アフガニスタン・パキスタンは中国にとって国境を接し、かつ国内のウィグル問題との接点もあり、その中東政策を試される場所ともなっているのである。