米国ユダヤ人の対イスラエル観の変化と新しいロビー組織J STREETの活動

中東レビュー

Volume 2

立山良司
2015年3月発行
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概 要

はじめに
「少なくとも米国の主要なメディアで米国の外交政策に対する(イスラエル)ロビーの影響を述べると、ほとんどの場合、反ユダヤ主義的あるいは自己嫌悪的なユダヤ人と非難される」——ジョン・ミアシャイマーとスティーブン・ウォルツは著書『イスラエル・ロビーと米国の外交政策』の序章で、イスラエル・ロビーの影響について語ることの難しさをこう述べている[Mearsheimar and Walt 2007,9]。この本が出版されたのは2007年だが、2人は当時、各方面から称賛される一方で激しく批判・非難された。

しかしこの7年間で、米国の外交政策に対するイスラエル・ロビーの影響を語ることは、たとえ主要なメディアであってもタブーではなくなってきている。2014年2月3日付け『ニューヨーク・タイムズ』は、「最強のロビー団体」と形容されるアメリカ・イスラエル公共問題委員会(The American Israel Public Affairs Committee: AIPAC)の強いロビー活動にもかかわらず、米議会がホワイトハウスの意向を優先しイランに対する追加制裁法案を成立させなかったことを取り上げ、「AIPACはホワイトハウスとの関係で手詰まり状態にある」と報じた[Landler 2014]。

また、ジャーナリストのジェイ・マイケルソンが2014年10月に、米国ユダヤ社会を読者対象とする全国紙『フォワード』に寄稿したAIPAC批判のトーンはいっそう厳しい。マイケルソンによれば、中東和平プロセスでパレスチナ国家を樹立し二国家解決案を実現しようとしないイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権はイスラエルの長期的な利益に反するものであり、そのネタニヤフ政権を支持し続けるAIPACもまた「反イスラエル的だ」と論じている[Michaelson 2014]。

このように米国の主要なメディアでも、最近はかなり頻繁にイスラエル・ロビーの影響が議論の的になっている。また、かつて一枚岩とされた米国ユダヤ社会内でも、イスラエルに対する見方が多様化し、場合によっては意見対立も表面化している。何がミアシャイマーとウォルツの述懐とは異なる状況をもたらしたのであろうか。

背景にあるのは、米国ユダヤ社会とイスラエルの関係に大きな変化が生じていることだろう。その変化を具現化しているのが、「親イスラエル、親和平(Pro-Israel, Pro-Peace)」を掲げて 2008年に結成されたJ Streetの活動拡大である。J Streetはロビー団体として法的に登録しており、イスラエル関係ではAIPACについで2番目の法的なロビー団体である。しかし、両者の主張や活動はかなり違っている。J Streetは入植地やエルサレム、米・イスラエル関係、さらにイランの核開発などの問題に関するイスラエル歴代政府の基本的な立場に批判的で、イスラエル政府を批判しないAIPACとは対照的といえる。

J Streetの発足当初、AIPAC関係者はJ Streetの年間活動予算が150万ドル程度と自分たちの組織に比べて極めて小さかったことを知って、「満足気」だったという[Lewis 2008]。しかし発足から5年後の2013年5月には、イスラエル政府関係者がJ Streetを米国政治で主要なプレーヤであり無視できないと評するまでに至っている [Eichner 2013]。実際、J Streetの活動は近年、多くのニュースで取り上げられるようになり、まさに無視できない存在になりつつある。