資料紹介: 残された小さな森 ——タンザニア 季節湿地をめぐる住民の対立——

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介:山本 佳奈 著 『残された小さな森 ——タンザニア 季節湿地をめぐる住民の対立——』
■ 武内 進一
■ 『アフリカレポート』2015年 No.53、p.33
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近年のアフリカでは、ほぼ四半世紀ごとに人口が倍増している。急激な人口増加は様々な社会変容の原因となっているが、農村の土地利用は最も直接的な影響を被っているものの一つである。タンザニア南西部の農村を対象に近年の土地利用を分析した本書は、荒削りではあるものの、類書にない長所を備えている。

まず、フィールドワークに基づいて住民の土地利用を精確に跡付け、それによって数十年にわたる土地利用の変化を描き出すことに成功している。季節湿地におけるトウモロコシ栽培の急増に驚かされるが、それだけでなく、季節湿地における伝統農法の衰退やアップランドでのコーヒー栽培の拡大が同時に進行していることがわかる。

加えて、こうした同時並行的な変化を農家経営の観点から総合的に分析し、そのメカニズムを説得的に提示した点が評価できる。湿地トウモロコシ栽培の急増は、アップランドのコーヒー栽培拡大とそこでのトウモロコシ栽培の制約を背景としており、同時に湿地の放牧地を減少させてウシ飼育の制約と分散化を招いた。一方で、牛耕の重要性から、一定の放牧地が必要であるとの認識は住民間に共有され、湿地の私有地化に歯止めが掛けられている。本書の標題「残された小さな森」は、共有地(湿地)の減少とそれをめぐる住民間の対立や交渉、そして協調を象徴する。

季節湿地は放牧地からトウモロコシ栽培地へと変貌したが、本書はそれを単線的な変化としてではなく、農家経営の変化や住民間の交渉過程を含めて重層的に描いている。こうした視点は、アフリカの土地問題を考えるうえで大切なものだろう。

共有地の分配がどう決まるかは、今日のアフリカできわめて重要な問題である。タンザニアの現行土地法では、土地の分配に村評議会が大きな権限を有している。しかし、本書が示すように、土地をめぐる住民間の対立が生じたとき、処理の方法や介在するアクターは多様であり、村評議会の裁定がすべてではない。共有地がどのようなメカニズムで分配され、そこでの紛争がどう処理されるのか。アフリカ各地で報告されている大規模なランドグラブについて考えるためにも、この点の解明は喫緊の課題である。著者が他地域に調査地を広げ、多くの事例に取り組むことを期待したい。

武内 進一(たけうち・しんいち/アジア経済研究所)