受賞一覧

坂口安紀研究員が2023年度(第38回)大同生命地域研究奨励賞を受賞しました。

2023年7月7日

坂口安紀研究員が2023年度(第38回)大同生命地域研究奨励賞を受賞しました。受賞対象は「ベネズエラを中心とするラテンアメリカの政治経済研究」です。

坂口安紀研究員が2023年度(第38回)大同生命地域研究奨励賞を受賞しました。

大同生命地域研究奨励賞は、地域研究の分野で新しい展開を試みるとともに、今後さらに活躍が期待される研究者に対して授与されるものです。坂口研究員の業績について、「坂口氏は日本における現代ベネズエラ研究の開拓者であり、過去30年にわたり、同国に関する我が国の議論の先頭に立ち牽引してきた」「ベネズエラ問題が、一国の問題にとどまることなく、ラテンアメリカという広大な地域における政治経済問題に発展しその行方に大きな影響を及ぼしている現在、坂口氏の研究が持つ意義はますます高まってきているといえよう」と紹介されています。

主な著作

受賞インタビュー

――受賞が決まったときの感想をおしえてください。

本当に私がこの賞をいただいていいのか、正直戸惑いました。戸惑う一方で、もちろんとても嬉しかったです。地域研究のあり方については、アジア経済研究所の中でも何十年も議論されてきました。確立された方法論がある分野ではないので、地域研究なんてといわれるような時代もありましたし、私自身もある種のコンプレックスとずっと戦いながら研究を続けてきました。今回の受賞で、私がこれまでやってきたやり方にもそれなりの価値があると認めていただいた気がして、大変嬉しく思います。

――これまでの研究について簡単にご紹介ください。

アジア経済研究所に入所してからベネズエラを担当することが決まりました。経済担当で入所し、当初はベネズエラの企業研究をしていました。しかし、1999年にチャベス政権が誕生し、「21世紀の社会主義」を目指すというチャベスが国内の大企業を敵視し、多くの企業を強制的に国有化・接収するような状況となりました。そのため企業から情報を入手することは難しくなり、現地の専門家からも「今後、企業研究は無理だよ」といわれました。いろいろ悩んで、国営の石油会社の研究をしてみたのですが、企業の経営戦略を考えても、石油産業やマクロ経済のゆくえを考えても、チャベス政権下では規定要因として政治があまりにも大きく、政治を理解しないと何も理解できないと思ったため、メインの研究の柱を政治に切り替えました。

――チャベス政権について日本からの評価はどういうものでしたか?

チャベス大統領はとてもカリスマがあって魅力的な人物でしたし、「国民が主人公の参加民主主義」というスローガンが注目され、政権初期には彼を称えるメディアや知識人が日本を含め世界にも多くいました。選挙や国民投票を多用していたので、ぱっと見には民主的に見えるのですが、私はこの政権はあぶないと発信してきました。選挙管理委員会や司法をはじめすべての国家権力の人事をチャベス派の人物で埋め、透明性や中立性が欠如した選挙を重ねていました。またみずからに権力を集中させ、政権初期から大統領の手によって民主主義が弱められていきました。チャベスが選挙で選ばれたことや彼が選挙や国民投票をひんぱんに実施しているという事実に注目が集まり、その裏でおこなわれていたことについては、日本まで情報が届いていませんでした。

――研究を始めた頃のベネズエラといまのベネズエラはどのように変わりましたか。

学生時代にはバックパックを担いでメキシコや南米を歩き回っていました。アジ研に入所して初めて出張でベネズエラを訪れたときに、メキシコなどと比べるとコンパクトですが緑あふれる都会的な街並み、そしてカリブ国らしく明るくて人間関係がフラットで楽しい国という印象を受け、訪れるたびに好きになりました。ただ、たとえばアジアの国を担当している同僚の話を聞くと、うらやましく思うことがあります。経済成長が続いていて、行くたびに街がきれいになって人びとの生活が豊かになっていく。10年、20年通うと、その変化が見てわかるんですよね。一方でベネズエラは、行くたびに貧しくなり政情や治安が悪化していました。街角では日中でもピリピリとした緊張感をいつも感じながら行動するようになりました。前回の出張の残りの紙幣の束がインフレで価値がわずかになっていたり。道端でゴミをあさって食べる人は、20年前には見かけませんでした。大好きな国の状況が悪化していく様子を長年にわたって見続けるのは、心が痛みます。

――しばらく現地調査に行けていないと思いますが、そのあいだどのように研究を進めてきましたか。

ベネズエラ国内の治安悪化や政情不安などにより、2014年以降ベネズエラに行けていません。そのあいだは、主にオンラインで情報収集をしています。ベネズエラ人の研究者や友人たちとオンラインで意見交換をしたり、大学や研究所、関連NGOの発信をフォローしたり。現地の専門家や世論調査会社に調査委託をしたりしました。現在は約700万人のベネズエラ人が国外に出ており、私の研究者仲間の多くも国外にいます。そのため、ベネズエラ人が多く集住する米国フロリダ州をたずねて聞き取り調査を実施しました。国際学会に集まるベネズエラ人研究者との意見交換も重要な情報源となりました。

――いまはどういう研究をしていますか。

昨年度まで参加していた途上国のデジタル化に関する研究プロジェクトの最終成果をまとめています。20年以上、ネガティブなことばかり語ってきて気持ちが沈んでいたので、いままで取り組んだことのないまったく新しいテーマについてゼロから勉強を始めました。ベネズエラはビットコインのような暗号通貨の世界有数の取引国として知られています。具体的に暗号通貨がベネズエラでどのように利用されているかについて調べました。ベネズエラではハイパーインフレと外貨不足により、決済手段が不足し、また資産価値の目減りを食い止める手段もなくなりました。そのような状況で暗号通貨は、それらの機能の代替ツールとして使われています。日本では投機対象として危ういものという印象がある暗号通貨ですが、ベネズエラでは、日本など先進国とは異なる機能のために使われています。この研究プロジェクトの成果は、日本語の本として出版される予定で、私はベネズエラの章を担当しています。

――今後はどのような研究をする予定ですか。

来年度から新しい研究プロジェクトを立ち上げるための準備をしています。具体的なテーマはまだ検討中ですが、世界各地にいるベネズエラ人の研究者仲間にもう一度声をかけて、なぜベネズエラでは権威主義体制が長期化しているのかについて考えていければと考えています。

(取材・構成:金信遇、2023年7月11日)