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No.25
アジア経済を点検する:共通の構造的課題に挑戦する9カ国
エグゼクティブ・サマリー
1996年のアジア各国経済
表1に示されるように、アジア9カ国の殆どの国にとって1996年は90年代に入って輸出鈍化と成長減速を同時に記録(一部推計)した初めての年となった。中でも輸出伸び率、成長率ともに対前年比で低下幅が著しかったのは、韓国、タイ、中国、マレーシア、台湾、シンガポールである。
これら諸国の96年の経済成長率は平均7.4%であり、世界の他の地域と比べれば依然として高い。しかし、これら諸国が1980年代中葉以来一様に輸出主導型発展によって高成長率を維持し続けてきたこと、輸出鈍化とほぼ同時にマクロ経済の不安定性を露呈しはじめたことなどから、各国経済の先行きに対して内外の不安が高まっている。これら諸国の輸出不振は、輸出向け製造業の在庫調整によるところも大きく、その意味での製造業、ひいては輸出の自律的な反転は時間の問題である。事実、図1によればシンガポールでは,約8ヶ月の停滞期の後にはやくも輸出の反転増加の動きが見られる。ここで注目されるのは、シンガポールにあっても反転の勢いは力強いものとはいえず、また、タイ(図2)は、96年中は輸出不振から抜けでていない。このことは、輸出主導型の各国経済において、輸出のみならず経済の自律的な回復を緩慢にする構造的要因が働いていると見て良いであろう。
一方これら諸国と異なり、ようやく本格的な輸出主導型発展軌道に乗りはじめたフィリピン、インドネシアは、輸出不振による経済への影響こそ軽微であったものの、成長率維持のために取り組まねばならない課題は少なくない。
輸出鈍化の主因とその意味
1. エレクトロニクス製品輸出の不振
NIES諸国、中国、マレーシアは、半導体市況の低迷、コンピューターを初めとするエレクトロニクス製品の欧米での需要停滞の影響を大きく受けて輸出伸び率を急速に低下させた。エレクトロニクス製品の輸出不振は、徐々にプラスチック産業、金属加工など国内の関連産業、ならびに域内向け輸出の中枢を占める部品産業の生産・輸出にも波及し、経済への影響を大きくしていった。この結果、上記諸国の経済が景気循環的なエレクトロニクス産業の生産と輸出に大きく依存していることが改めて確認されるとともに、これら諸国におけるエレクトロニクス産業の貿易構造の特質(アジア域内諸国からの部品輸入→最終製品組立て→欧米市場へ輸出)が、域内各国経済の景気循環を同期化し景気変動の幅を大きくしたこと、エレクトロニクス・メーカーの多くが外資系企業であることから、各国経済が外資系企業の行動に左右される度合いが強まっていることなどが明らかになった。
2. 労働集約型輸出産業の黄金時代の終わり
組立型家電製品、繊維、衣類、プラスチック製品など労働集約製品輸出への依存度の高い国々(タイ、香港、中国、インドネシアなど)では、生産コストの上昇、NAFTAによる貿易転換効果、競争激化による輸出価格の低迷などによって、輸出が大きく影響を受けた。このことは、低賃金などの比較優位に頼りすぎた労働集約産業の黄金時代がアジア9カ国においてほぼ終わったことを示している。
3. 円安など輸出条件の暗転
1995年、アジア各国は円高による価格競争力の向上、域内需要の増大などによって過去10年の中で最高の輸出伸び率を達成した。しかし、96年には、円安、(各国通貨の対円相場の上昇)、アジアの需要減退などから輸出条件が一気に暗転した。中でも円安は、アジアやその他市場において日本製品との競合を激化させただけでなく日本向け輸出を減少させ、韓国を中心に輸出に大きな打撃を与えた。この結果、95年の高い輸出伸び率を踏まえて生産能力を大幅に増大させたNIES企業、中国企業は、過剰在庫を抱えて企業収益が大幅に悪化した。
4. アジア経済の一体化とその影響
1996年のアジア各国の経済状況は、輸出工業化による経済成長に成功したがために、各国経済が世界市場のみならず域内市場の需要変動に直接的な影響を受けるようになったことを示した。また、労働集約産業の輸出不振は、グローバル化の進展によって、世界的に国際分業構造が絶え間なく変動する中で、各国の国際競争力やそれを規定する比較優位も絶え間なく変動していることをも示した。
中でも注目すべきは、域内分業、域内貿易の拡大によって急速に一体化し、自己循環メカニズムを備え始めたと言われるアジアが、一体化したがためにかえって域内各国経済の変動や経済政策の変化に大きな影響を受け、景気変動の幅を大きくしたことである。エレクトロニクス産業の輸出不振による部品輸入の停滞、中国の貿易・経済政策の変更、金融引き締めによるマレーシア、タイの内需の低迷などによって域内輸出が伸び悩んだことは、その具体的なあらわれであった。
アジア域内貿易の停滞は、アジア各国間の水平分業がいまだ成熟した段階に至っていないことを物語っているだけでなく、先進国レベルの経済水準に到達したNIES諸国が、これまでの外需志向型発展から内需志向型発展への転換を果たしていないことを明らかにした。
経済基盤の脆弱性
1. 1996年の各国経済の状況は、
1)成長牽引産業の停滞、2)輸出の減少、3)成長率の鈍化、4)経常収支の赤字拡大、5)通貨不安など新たな問題に直面したことを物語っている。これまでの各国経済の発展は、1)成長牽引産業の創出と発展、2)工業製品の輸出拡大、3)投資拡大、によるものであったことから見て、各国の今後の発展は、新たな成長牽引産業の創出による産業構造の再編如何に掛かっていると言って良いであろう。しかし、各国は輸出不振をきっかけに、これまでの高成長過程で容認してきた多様な構造的課題に直面し経済基盤の脆弱性を露呈している。今後各国は産業構造の再編と経済基盤の強化を同時に達成するという困難に立ち向かうことになる。
2. 企業債務の増大、不動産バブル
アジア各国経済の発展は、内外資金の動員による資金需要の充足に負うところが大きい。当初は国内貯蓄とそれを補うものとして直接投資と公的援助の導入が各国の工業化の原動力となった。その後、グローバル化によって国境を越えた資金流入が活発化するにつれて、各国は、金融システムの整備によって国内における金融サービス・ニーズの高度化に対応する必要性に迫られ、規制緩和・自由化を進めた。しかし96年、各国は企業債務の増大あるいは不動産バブルの崩壊を目前にして、これまでの金融システムの枠組みと実態経済が大きくかい離していることを明らかにした。韓国、インドネシアでは民間債務の増大、金融機関の不良債権の増大が警戒視されており、またほぼ全ての国で、金融機関を中心に不動産に対する過熱投資が起きており、融資規制など対策が講じられているが、すでにタイでは不動産バブルの崩壊、ノンバンクの経営不振などから金融不安が高まっている。各国は、市場開放を前提とした金融システムの安定性を図る必要があり、そのため規制、ルール造り、監督体制の整備が不可欠である。
3. 経常赤字の拡大
台湾、インドネシアなど少数の国を除いて、貿易赤字の拡大あるいは黒字縮小が顕著となっている。タイ,マレーシアでは,貿易赤字に加えて投資所得の赤字も拡大しており、GDPに占める経常収支の赤字は8%台まで拡大している。経常赤字問題は、各国が経常赤字を構造的に組み込んだ経済成長を追求してきた結果であるといえよう。すなわちアジア各国は、輸出工業化の達成には資本財、中間財の輸入期を経る過程が不可欠であるとの前提で、輸入に対して免税措置を講じるなど積極的に貿易赤字を容認する政策をとってきたのである。また、90年代に入ると、輸出主導型工業化をリードする外国企業のみならず国内企業も競争力強化を目的に、輸入機械設備への依存度をより深める傾向を見せている。積極的な外資導入を通じて、軽工業、消費財産業の委託加工貿易の拡大によって80年代末以来急成長している中国でも、輸出産業の高い輸入依存度が国内生産財産業の需要を奪っており(輸出産業による迂回現象)、生産財産業を担っている国有企業の経営悪化の主因となっている。さらに、所得の向上による消費の拡大が奢侈品を中心に輸入を増大させている。アジア各国は、輸入代替の促進、外国企業の選別導入の強化など産業政策による貿易赤字解消の方策を模索するとともに、奢侈品の輸入を抑制するなどの対策を講じている。しかし、貿易自由化の進展によってこれまでに採用された産業政策の効果が見えにくくなっている。また、輸入抑制によって個人消費の意欲を殺ぐことは、自由化の流れに逆行することであるとともに、NIES諸国を中心に成長のエンジンとなり始めた内需の高まりを抑制してしまうう恐れも大きい。
4. 高コスト構造による国際競争力の低下
輸出鈍化を踏まえ、全ての国で国際競争力の基盤そのものの再点検が不可欠となっている。中でもNIES諸国、準NIESのマレーシア、タイでは、生産性の上昇率を上回る生産コストの上昇に加えて、不動産コストや流通など社会インフラコストの上昇、高金利などを主因とした高コスト構造が、企業および産業の生産性上昇を阻害しているとしている。高コスト構造は,自国企業の対外投資を増大させる一方、新規外国投資の導入阻害要因ともなっている。これら諸国では、金融政策の見直し、規制緩和によるサービス産業の体質改善、早急なインフラ整備の必要性が強調されるとともに、研究開発ならびに人材開発による既存産業の高付加価値化、高コスト構造に見合った企業構造、新規産業の創出による産業構造の再構築が強調されている。
求められる新たな発展戦略
アジア9カ国は発展段階こそ異なるものの共通した構造的課題を数多く内包している。先進国段階に到達したNIES諸国をはじめ多くの国は、今後これまでの高度成長の追求から、苦しい構造調整の時代を迎えることが予想される。当然その過程でさらに成長率を低下させる国も出るであろう。しかし、教育への積極的な投資、高い貯蓄率、相対的にみれば比較的安定したマクロ経済政策運営など、各国の成長基盤が大きく損なわれるという状況にはいたっていない。また、外国投資の流れにも今のところ大きな変化は見られず、アジアの潜在成長力に対する域内外からの関心がいまだ高く、投資市場としての魅力が失われてはいないことを物語っている。このため、経済パフォーマンスが一気に悪化するとは思われない。
ただし、現在は投資誘致競争、輸出工業化競争に次々と新たな後発国が参加する時代であり、また、情報通信技術に見られるように、新技術が世界の産業構造高度化を加速する時代であることを前提にすると、各国の持続的発展の展望は、新時代に合わせた新たな発展戦略を構築し、産業構造高度化の方向で絶えず新たな比較優位を見いだす努力と新技術の活用による高度化努力の双方に掛かっているといえる。この点で、シンガポール、マレーシア、台湾などが積極的に推進している情報通信産業の育成と情報通信インフラの整備を通じた産業構造高度化構想は、新たな発展の可能性を示すものとして注目される。他の諸国においても、このような新時代に合致した新たな発展戦略の早急な構築が求められる。
