児童労働根絶に向けた多面的アプローチ

調査研究報告書

中村 まり ・ 山形 辰史  編

2011年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
中村まり ・ 山形辰史 編『 児童労働撤廃に向けて——今、私たちにできること—— 』アジ研選書No.33、2013年3月8日発行
です。
序章
児童労働根絶に動き出す新しいアクター (476KB) / 中村 まり・山形 辰史
はじめに
第1節 児童労働撲滅に向けて活動する様々なアクター
第2節 児童労働の2つの定義と対策
第3節 本書の構成
おわりに

世界の児童労働は、全体として規模が縮小しているものの、青年層の「最悪の形態の労働」はむしろ増加しているといった跛行性が見られる。縮小したとは言え、健康や教育を害するような労働に従事する子ども、最悪の形態の労働に従事する子どもの絶対数は多く、いまだ課題の重要性は大きい。
児童労働撤廃のための取り組み主体(アクター)には広がりが見られるようになっている。国際機関やNPOに加えて、労働組合、消費者、民間企業の役割は増しており,それらの新しいアクターがどのようにして連携していくべきかが問われている。

第1章
はじめに
第1節 子どもの権利に基づくアプローチ
第2節 カンボジアにおける子どもの権利に基づくアプローチ
第3節 児童労働から子どもを保護するシステムづくりのための能力強化
まとめ

本稿では、第1節で、子どもの権利に基づくアプローチ(Child Rights Based Approach)について概説し、第2節では、カンボジアにおける児童労働・人身売買防止や子ども保護のシステムづくりなど子どもの権利に基づくアプローチの3つの事例を紹介し、第3節で、児童労働を効果的かつ持続的に削減するために必要な、「権利保有者」である子どもたち、および、「責務履行者」である周囲のおとなたちの能力強化について論じる。
児童労働問題に子どもの権利に基づくアプローチを採用して取組む際、子どもが主張する力をつけるだけでなく、おとなが子どもの権利保障をできるような能力強化をすることが非常に重要である。そして、子どもが児童労働から守られる仕組みを継続させるためには、行政にはたらきかけ、行政がその仕組に対してオーナーシップを持つことが欠かせない。カンボジアでは、国レベルから、州レベル、郡レベル、コミューンレベルにわたって、人身売買や児童労働から子どもを守ろうとする政策および地域社会の仕組みづくりへの取組みがあり、その仕組みづくりにおいて行政の能力強化をするNGOの果たす役割は大きい。
子どもの権利に基づくアプローチを実施するには、各NGOに十分な人材と資金、そしてスキルが必要である。それらのリソースに欠けるNGOがこのアプローチを十分に実践するには困難も伴うだろうが、すでに成果を挙げているグッドプラクティスの実践から学びつつ、可能なところから始めていくことが重要だろう。

第2章
第1節 近世以前の児童労働
第2節 近代の児童労働
第3節 現代-戦後の児童労働(1945年以降)と児童労働禁止に関連する法制度の整備
おわりに

多くの先進国には、国内における児童労働問題と戦ってきた歴史的経緯がある。その経験の中から、現在の世界の児童労働問題に対する効果的な取組みのヒントを見出すことが可能であろう。
本章では、日本が歴史の中で経験してきた児童労働問題を、近世以前、近代、現代と分け、振り返る。日本では、どのような経済メカニズムによって児童労働が生じたのか、またそれらの問題に対し、我々は、どのような対応をしてきたのかを考察する。
日本の歴史の中で見られる児童労働は、欧米諸国との比較の中で、量的には少ないと言われている。しかし、産業革命期を中心に日本においても児童労働は存在した。そしてその多くの割合が女子であったところに大きな特徴がある。
日本の経験からは、児童労働を撤廃するために、経済成長、技術レベルの向上、法規制、義務教育の強化などに加え、女性の人権、ジェンダー平等意識を向上させることの重要性が示唆される。

第3章
はじめに
第1節 児童労働の定義及び最近の世界的動向概観
第2節 児童労働撤廃活動を取り巻く環境-働く人の人権を含めての人権「価値」の推進強化
第3節 ILO条約の実施監視活動-規範活動の中心的活動として-
第4節 児童労働撤廃への政策視点
第5節 実践的活動-教育とのリンクを重点に
第6節 児童労働の最悪の形態の一つである人身取引(売買)
おわりに

児童労働撤廃は、長い歴史を有するが、90年代以降グローバル経済化の中で、「公正」な価値・原則実現の一環として、児童労働撤廃が取組まれている。ILOをはじめとする国際機関は、この世界的努力の中心的役割を果たしている。
児童労働撤廃に向けて、規範的・実践的双方の活動が行われているが、この分野は国際規範を実現するための様々な実践的アプローチを提供している好例といえる。児童労働撤廃のためには、基本的に貧困撲滅と質のよい教育の提供、という開発目標が達成されなければならず、技術協力事業である児童労働撤廃国際計画(ILO/IPEC)が果たしている役割は大きい。なおIPECは、最近社会保護の視点を強調している。国際機関がグローバル・レベルで推進している児童労働撤廃政策には国際基準の設定・推進や開発政策のほかに、人権確保、貿易政策、企業の社会的責任、公共調達など幅広いものがある。
2016年を撤廃期限としている最悪の形態の児童労働に、国際社会の活動の重点が置かれている。この形態の児童労働には特別の視点を必要とするので、その一例である人身取引について最近の動向をみたが、態様として「労働搾取目的」が注視され、移民問題との関連で新たな課題が提起されている。
児童労働問題は複雑な事象と関わり、アクターの多様性もあって、その取組には、近年国際機関の連携が進んでいる。

第4章
はじめに
第1節 二国間協力の手法
第2節 各国政府による取り組み
第3節 日本の取組みと今後の展望

開発途上国の児童労働根絶に対して、先進各国政府も様々な形で支援を行っている。ただし、国際的な問題として認識されたことが比較的新しいこともあり、伝統的な政府開発援助の枠内でとらえることは難しい。このため、網羅的な調査は困難である。
本章では、二国間協力として行われている様々な手法を、働きかける対象別に4つに整理した。その整理を念頭に置きつつ、今回調査対象とした米国と英国を中心とするEU諸国政府の取組みをとりまとめた。米国は労働省を中心に比較的体系的に支援を行っていることが見て取れる。最後に我が国の取組みの具体例と、わが国政府に寄せられている支援充実のための提言を中心に今後の展望をとりまとめた。

第5章
第1節 児童労働と産業
第2節 消費者へ向けた取り組み
第3節 企業へ向けた取り組み
第4節 消費者と企業の両方への取り組み
まとめ

現在、チョコレート、コットン製品、ダイヤモンド、たばこなど、世界市場には児童労働の関与が疑われる製品が流通している。これらが市場に受け入れられている経済的な要因があるわけであるが、一方、最近になり倫理的な観点、持続可能性の観点から児童労働を市場から撤廃しようという需要サイド、また供給サイドへ向けた様々な取り組みが誕生し、実施されている。ヨーロッパを中心にして生まれたこれらの取り組みを見ることで、その生まれた背景や、特徴、有効性を特定し、今後の児童労働撤廃へ向けた施策の策定に役立てる。
消費者へ向けた取り組みとしては、認証制度を利用してサプライチェーンに影響を与える、Good Weaver(児童労働のない絨毯を認証するイニシアチブ)やフェアトレード、有機認証(英国のソイルアソシエーション)を取り上げ、またキャンペーン・アドボカシー型としては、No Sweat、また倫理的消費者運動を牽引するエシカルコンシューマーという雑誌を取り上げる。
企業へ向けた取り組みとして、紛争ダイヤモンドを撤廃するための取り組みであるキンバリープロセス、また持続可能で倫理的な企業の取引を支援するETI(エシカルトレードイニシアチブ)を見る。また消費者と企業、両方への取り組みをする取り組みとしてFair Food、CCC(クリーン・クローズ・キャンペーン)、の活動を取り上げる。

第6章
はじめに
第1節 企業行動と児童労働撤廃
第2節 途上国の生産現場での事例検討
第3節 今後の課題と対応策

企業は児童労働の撤廃に重要な役割を果たすことができる。1990年代末ごろから議論され整備されてきた企業のCSR(社会的責任経営)を通じて、環境問題や労働慣行、人権への配慮の国際的基準やイニシアティブは拡大してきた。児童労働にかかわる項目も、多くの基準やイニシアティブに含まれており、企業が取り組むべき問題に、文言上は児童労働撤廃も目に見える形で入っている。CSR活動の中でも、特にサプライチェーンマネジメントを通じた人権CSRは、NGOなどの問題提起の事例も多く、児童労働問題を解決する糸口となっている。
一方で、児童労働問題が実際に発生している途上国には、企業のCSR活動や倫理的消費者運動の目が届かない農場や国内消費財製造現場が数多く残されている。そのような現場における児童労働に対処するには、多くのアクターの関与による地道な問題解決努力が求められている。

第7章
はじめに
第1節 カカオ産業の児童労働への取り組みを進めた国際的な背景とガーナの現状
第2節 ガーナのカカオ生産地における児童労働のケースと地域の状況
第3節 持続可能なカカオ農園経営と教育を通じた児童労働撤廃プロジェクト:主な活動、成果、課題
第4節 日本での消費者、企業を巻き込んだ取り組み

児童労働撤廃へ向けた取り組みにおいては、特定の産業を基軸にして取り組むこと、またさまざまなステークホルダーが連携して進めることが有効であると考えられている。その点でカカオ産業における児童労働への取り組みは、国際レベル、主要カカオ生産国レベルにおいてもステークホルダーの連携が進んでいる好例として参考になる。
本章では、カカオ産業における児童労働への取り組みが進んだ国際的な背景と日本にとっての主要カカオ輸入国であるガーナの現状を振り返った上で、筆者が所属するNGO、ACE(エース)がガーナのアシャンティ州で行う現地プロジェクトの内容と日本で展開する活動を事例として紹介しながら、児童労働撤廃におけるステークホルダーの連携とNGOの役割について考察する。
児童労働の撤廃においては、子どもを労働から引き離し教育を徹底すること、教育を継続し質を向上させるために家庭の経済的自立を支えることが重要で、家庭、学校、行政、NGOなどが協力し、それぞれの役割を果たすことでこれが可能となる。また、カカオ農家が技術力を上げ、オーガニックなどの付加価値をつけたカカオの生産を行なうことが農家の収入につながるためには、企業や消費者がそれを支えることも必要となる。現状を広く伝えるメディアの役割も重要である。NGOはこれらステークホルダーの連携を促進するつなぎ役としても、またメディアのとしての役割も果たしている。